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追章5 thereafter2

 トゥプシマティは、ルーナサズの城内に一室を与えられていた。
 部屋の扉の前には一応衛兵が立っているものの、特に監禁されているわけではなく、自由にしていいことになってはいるが、トゥプシマティは特に部屋を出ようともしていない。
 元々、エリュシオンに仇なすことが目的ではない。
 イルダーナが目覚めて、挨拶を済ませたら出て行くつもりのようだった。

 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、メイドに断り書庫から本を一冊借りて、トゥプシマティのところへ向かった。
 イルダーナが目覚めたら報せて欲しいと頼んである。
 一度見舞いに行った時には、ベッドの横に、椅子の背もたれを前にしてトゥレンが座り、ぼんやり動こうとしないので、そっとしておくことにした。

 途中、茶器と菓子を載せたワゴンを運ぶ女中と遭遇する。
「彼女の部屋に持って行くのなら、我が持って行こう」
「そうですか? それでは、お願いします」
 女中は礼を言って、ワゴンをブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に預けた。
 トゥプシマティの部屋を訪ねると、特に抵抗なく部屋の中に通された。
 彼女の肩に乗っている小さな龍を見て、天音は微笑む。
「へえ、彼がヴリドラ?」
 指を出すと、身構えて小さく威嚇する。
「流石に迫力あるね」
 天音は笑って手を引っ込めた。
「他にもお客のようだね。ああ、僕のことは気にしないで」
 天音は椅子をひとつ借りて、窓際に場所を借り、借りてきた本を広げる。
 トゥプシマティは、怪訝そうに天音を見たが、後から来た来客の方へ意識を向けることにする。
 ドラゴニュートであるブルーズは、お茶を用意しつつ、八龍であるヴリドラをチラチラと気にした。


 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、八龍の詳しい情報を知る為に、ヴリドラを訪ねた。
「うちの校長ティフォン、ティアマト、八岐大蛇、そしてヴリドラさん。
 他の四名について教えて頂けませんか?」
「語ルコトナド何モナイ」
 ヴリドラは、トゥプシマティの肩で丸まって返答を拒否している。
 知っているのか知らないのかは解らないが、そもそも信用をされていない。
「……知っていることを全部話してくれないと、また尻尾斬るよ?」
 詩穂は剣呑に笑った。
 トゥプシマティが、キッと詩穂を睨みつけ、警戒する。
「ええ、いいんですよ、他の七龍のことを知らないとおっしゃるのであれば、ご自身の経歴でも。
 パラミタの崩壊を防ぐことで、ポータラカを再興できるかもしれません」
「……大口ヲ叩ケバ我ヲ騙セルトデモ?」
 ヴリドラは丸くなったままそう言って、後は何を言っても返事をしようとしなかった。

 信用されていない相手に対し、更に怒らせても情報は引き出せないのではと、端で見ていた天音は思ったが、口出しはせずに見守っておく。
 ノックの音がして、衛兵が来客を告げた。
「……お邪魔しました」
 軽く溜息を吐いて、詩穂は入れ替わりで出て行く。


 訪れたのは、セルマ・アリス(せるま・ありす)だった。
 あの後、どうしても気になって此処へ来た。
 自分に何ができるとも思えないが、それでも、せめて会いに行こう、と。
「トゥプシマティ、だっけ。君とは初めましてだね」
 差し出された手を、トゥプシマティは困ったように見る。
 ちらりとヴリドラを伺って、その手を取った。
「初め、まして……」
 彼女も、仕える相手と離れて、戸惑っているのだろう。
 死者でもなくナラカまで従うその思いは、どれ程なのだろう。
「ヴリドラ。
 今日は俺の思いを聞いて貰いたくて来た」
 セルマはヴリドラを見つめた。
「確約はできない。
 けど、君達が八龍として生きられるように、何かできないかと考えている。
 簡単には行かないだろうし、叶わないことかもしれない。だが、諦めたくはない。
 待っていて貰えるだろうか?」
 セルマのパートナー、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)も、不安げにヴリドラを見つめる。
 ポータラカを失った後も八龍としての居場所を欲した彼は、結局この一体を残してナラカへ戻ってしまった。
(きっと納得なんてしてないんじゃないかな……)
「ごめんね」
 ミリィの言葉に、トゥプシマティが首を傾げ、ヴリドラは僅かに顔を上げる。
「ワタシ達じゃ、瘴気を潜ってナラカまで二人を送ることはできないから……せめてワタシ達のこと待ってて」
「期待ナドシナイ」
 ヴリドラは冷たく言い放つ。
 パラミタの地には既に、自分が守護する場所はない。
 リューリクも「エギドナをエリュシオンから排除する」とは言わなかった。
 八の龍によって守護されてこそ、ということを理解していたからだ。
 それでも、ヴリドラはリューリクを信じたし、リューリクはヴリドラを偽らなかった。
「ダガ」
と、そう続けて、ヴリドラは身を起こす。
「オ前達ノ言葉ニ嘘ハナイ」

「まあ、とりあえず何かあれば、“シャンバラの八龍”に相談してみてもいいかもしれないよね」
 天音は、空大生であるセルマにニヤリと笑いかけた。


 三度目のノックで、訪れたのは、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)のパートナー、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)だった。
 リイムはヴリドラに、訊きたいことも話したいこともない。
 ただ友達になりたいと思った。
 子猫サイズでは、背中に乗せて貰う夢は叶いそうにないけれど、逆に近い大きさなら仲良くなれそうな気がする。
 仲良くなれれば、きっと楽しいことがある!
「こんにちは、お土産なのでふ!」
 怪鳥の温泉卵やエリュシオンの茶菓子を差し出すと、ヴリドラはじっとそれを眺め、トゥプシマティを見た。
「……我ハ要ラヌ。オ前ガ受ケ取レ」
「えっ」
 戸惑いながらも受け取ったトゥプシマティは、それを興味深げに見つめる。
「ヴリドラさんの飛んでる姿がとってもかっこよかったのでふ。
 僕と友達になって欲しいのでふ!
 僕に何か手伝えることがあったら言って欲しいのでふ!」
 じろっ、とヴリドラはリイムを見ると、不意に舞い上がり、飛びかかって来たかと思うとがぶりと首に噛み付いた。
「ふにゃー!!」
 と、リイムは叫んだが、痛くない。
 ヴリドラは、親猫が子猫を運ぶ要領でリイムを咥え上げると、再び飛び上がって扉に突進する。
 がつん、とぶつかった音に衛兵が扉を開けると、呆然と見送るトゥプシマティや天音をよそに、そのまま出て行った。
 廊下に出たヴリドラは、リイムに訊ねた。
「オ前達ガ、とぅぷしまてぃニ渡シタ食物ハ何ダ?」
「え?」
 帝都ユグドラシル近郊で、トゥプシマティが受け取った食べ物。
 それをリイムは知らなかったが、彼女はリューリクの許可を得て、後でそれを食べてみようとしまいこんでいたらしい。
 しかし、その後の戦闘でそれを失くしてしまった。
 口には出さないが、残念に思っていることを、ヴリドラは気付いていたのだった。
「わかったのでふ!
 知ってる人に聞いてきて、同じのをトゥプさんにあげるのでふ!」
 どん、とリイムは胸を叩く。
 そして、恐怖の込められた呟きを漏らした。
「……それに、そろそろ戻らないと……」

 一方中庭では、宵一とパートナーのヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が対峙していた。
「ヨルディアはリイムに厳しすぎる!」
と主張する宵一と、
「宵一はリイムに甘すぎますわ」
と思う、不機嫌頂点の魔王ヨルディア。
 リイムが中庭へ到着した時、既に全ては終わっていた。
「……遅かったのでふ……」
 武器凶化された凶器用チャンピオンベルトで全身を殴打されて転がっている宵一を見て、リイムは鎮痛に呟く。
 それでも、息があるのはヨルディアの愛情(物理)なのだと、無理やり思い込むことにした。