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暴虐の強奪者!

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――第五章 ダインスレイヴ・ダグザ――


「ふんっ! せいっ!」
 広い広い石の部屋に、乾いた鞭の音が響き渡る。
 床にはありとあらゆる拷問器具の数々、その担い手は一人、笑い声を石窟に響かせながら、縄で吊るされた一人の男を滅多打ちにして心底愉快そうに鞭を振るい続けていた。
「はぁあっ! ぜぇ……ぜぇ……どうだ、新米村長、オレの茨の鞭の味はよぉ……!」
 男は笑った。それに対して、全身から血を流しながら、新米村長のアリフは口元だけ歪めて笑った。
「っはは、テメェが執拗にいたぶるもんだから、味なんてもんはわからなくなっちまったぜ……」
「言うじゃねぇか、アリフ! ますます気に食わねぇ、契約者風情が、どうしてそこまで耐えられる!」
「ムゥが……村の皆が、待ってるからな。テメェがお楽しみをしてる間に、さぞテメェの仲間は苦しんでることだろうよ……!」
「親分!」
 怒りに狂い、思いきり振りかぶった鞭は、行き場を無くして地面を叩く。
「なんだ!」
 ダグザは不機嫌そうに振り返り、拷問部屋の入口を見ると、そこには三人の男が立っていた。うち一人は黒いマントに白銀の枠が施された綺麗なものを羽織っており、周りの人間とは一味違うことが見てわかった。

「申し上げます! 村が契約者に制圧されました!」
「なんだと!? そんなバカなことが……お前、お前はなんだ!」
「はっ! 宝物庫の作物と、ダグザ様の釜が盗まれました!」
「はぁああ!!? ふざけたこと抜かしやがって! それじゃあオレがダイン様から仰せつかった命令が台無しじゃねぇか! 刹那とかいう傭兵野郎はどうした!? ああん!!?」
「それが、刹那様は交戦中らしく……」
 アリフは心の底から喜びを噛み締めた。監視の目を縫って出したSOSの手紙が、運よく契約者に見つけてもらえたのだ。
 しかし、ダグザは違った。彼は顔を真っ青にするどころか、
「ははーん、なるほど、そういうことか」
 謎が解けたと言わんばかりに頷いて、銀枠のマントの男を指さす。
「お前! お前はなんだ、どういう用件でそこにいる」
「はっ! 俺はダグザ様に危険が迫るといけないので、その護衛にと参上した次第です!」
「良くも白々しく嘘が言えるな、契約者」
「…………」
 ダグザは鞭を捨て、腰の鞘に入った剣の持ち手に触れる。
 すると、ダグザが剣を抜くのよりも早く、隣にいた黒いマントの男二人が血を吹き出し、その場に倒れ伏した。

「ばれちゃしょうがないか」
 彼は、名を鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)と言う、ダインスレイヴを壊滅させに来た正義の一員である。
 血のしたたり落ちる剣に禍々しいオーラの余韻を残しつつ、キッとダグザを見据えて構えた。
「ははっ! うちのマントにそんな格好の良い白い刺繍何ざ入ってねぇからな、一目瞭然よぉ!」
「それなんですけど、そっちのデザイン変えてもらえません? 俺、アンタらと間違えられるの嫌ですし」
「はは……っはははは! 言うに事欠いてそれか! 気に入った、気に入ったぞ白枠ゥ!」
「ヘンなあだ名を……!!」
 貴仁は見た、ダグザが剣を抜く瞬間を。
 それは、速さで言うならあまりにも遅く、殺気で言うならあまりにも静かだった。しかし、
「が―――はっ―――!」
 ―――その刃は確実に、肋骨を縦に数本傷つけるほど深く、皮膚を斬り裂いた。
 貴仁は膝を付き、一瞬消えそうになった意識の中で最大の疑問を口にする。
「な、何が……起こって……」
「ほほう、今ので死なないのか、ますます気に入ったぞ白枠。気に入りついでに教えてやろう」

 ダグザはそういうと、剣をまたゆらりと抜いて、天井へ振りかざした。
 すると、凄まじい摩擦音と共に天井に一瞬で亀裂が走り、土煙が石部屋を舞った。
「――この剣の名は『ダインスレイヴ』。一度鞘から抜けば血を吸うまでは戻らず、一度振ってしまえばどんな不可能さえも無視する。この世で最も強い神話の剣だ」
 ダグザはそう言い放った。アリフは数年前までの学生生活の知識を総動員して、なんとかその魔剣が、現実に実在していたことを思い出した。
 しかもそれは、このパラミタ大陸の歴史の話ではなく、日本、ひいては世界中の、向こうの世界の神話に登場する武器なのだ。
「ほほう、知っているのかアリフ。オレがダイン様に仕えるにあたり頂いた信頼の証、最高で至高で、崇高で精巧な魔剣だよ」
 まるで恍惚とした表情で剣を眺めるダグザを見て、アリフは一瞬でも喜んだ己を恥じた。
 こんなものがあるのなら、普通の契約者なら簡単に殺されてしまう。
 こんなものがあるのなら、どんな理不尽や暴虐だってまかり通ってしまう。
 暴虐の強奪者……彼を一言で表すのならば、そういう他ないだろう。アリフは自分の浅はかな行動に他の契約者を巻き込んだことを悔やみ、奥歯を強く噛み締めた。

「ほほう、そうですか。それで?」
 入口から声がした。見るとそこには平然と、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が腕を組み、壁を背にして立っていた。
「? ば、馬鹿な! 契約者だと!? 他のヤツらは何をやって……」
「ああ、他の団員ですか、一人残らず殲滅されたでしょうねぇ。もちろん、村の方も」
 唯斗はにっこりと笑った。その笑顔は笑顔ではあるが、エースのそれとは違い全く笑ってはいない、どこか沸々と煮え滾る怒りのようなものさえ、その笑顔からは感じられた。
「じゃ、じゃああの白枠が言ってたことは、まさか、本、当……」
「さあ、質問は終わりだ、代わりにこちらから質問させてもらうよ」
 唯斗が言うと、突如―――空気が揺れた。地に転がる石がカタカタと震え、心なしか風が唯斗の方に引き寄せられているように感じる。
「まず一つ。薬はどこにあるのかな?」
「薬? ああ、これの事か。どうしてそんなものにこだわる、そんなに死にかけの少女に同情してやがんのか? 契約者風情がよぉ!」
「それじゃあもう一つ、なんで村を襲ったのかな?」
「……こ、答える義理はねぇ!」
 ダグザは魔剣ダインスレイヴを振る。強化外骨格に覆われ始めた唯斗の皮膚に亀裂が走る。しかし苦痛に顔をゆがめることも、もはや意に介すことすらしない。
「そう、じゃあ最後に一つ。対イコンクラスの威力で人を殴ったら、どうなるでしょうか?」
「い、イコン!? ま、待て! やめてくれ!! 剣は強いが俺は生身の……」
「―――吹き飛べ外道オォッ!!」
 ……思いきり振りぬかれた拳は、容赦なくダグザの顔面にブチ当たり、彼は叫び声をあげながら吹き飛んだ。
 それこそ木の葉のように、いや、木の葉であるならばまだ空気抵抗を受けてゆらりと落ちる。いうなれば、丸めた紙屑のように、地面から垂直に吹き飛び……
 ……洞窟全体を揺らす凄まじい衝突と共に、岩の壁にめり込んで全身から血を吹き出し、気絶した。

 その揺れの影響で、アリフを縛っていた縄が解け、地面に落ちる。全身に血が通い、痛みと吐き気がこみ上げるアリフの前に、薬が転がり落ちた。
「……これで、終わりだな。ダグザ」
 アリフは咳込みそうになるのをぐっとこらえて、薬を震える手で掴んでよろよろと立ち上がる。
 その間に、ダグザの隣に転がっていた魔剣ダインスレイヴは、跡形もなく消えていたことに気付けたのは、唯斗と貴仁だけだった……。

「……む、ダグザがやられたか……」
 戦闘中だった刹那は、不意に武器を繰る手を止めてそう言い、何処ともない空を見上げる。
 突然の戦闘中断に、総司と歳三は驚き戸惑ってその場に静止した。
「所詮はダインの奴隷か……暴力だけしかない小物じゃったのぉ」
 刹那は武装を素早く解除し、ぐぐっと屈伸した
「な、何をしている……?」
 歳三が聞く。刹那はため息をつき、静かにこう言った。
「わらわの任務はたった今終了した。失敗じゃよ、失敗。故に戦いにも足止めにももう興味は無い。どこへなりとも好きに行くがいい。じゃあの」
「待てっ!」
 総司が止めるも、刹那は木を蹴って巧みに飛び上がり、姿が見えなくなった。
 残されたイブも、刹那に気を取られている間にどこかに行方をくらませてしまった。
 後に残された二人は唖然としながらも、味方との合流に走った。

「だ、ダグザ親分がやられた! 宝物庫は戦闘中で危険だし……裏口から逃げねば!」
 凄まじい轟音と、ダグザの叫び声を聞いて、一般兵士たちは驚き戸惑った。
 彼らにはもはや指揮も、士気も存在しない。ただただ我先にと逃げていくばかりだった。
「まあ、逃がしはしないんだがな」
 アジト制圧班たちが入ってきた入口とはまた別の、細い裏口のその先に立ち、出てきた男たちを問答無用で罠にはめる男がいた。
 彼は天城 一輝(あまぎ・いっき)。本当はダグザ狙いで罠を仕掛けていたのだが、出てくる雑魚の様子を見る限り、もう倒されてしまったらしい。事件の解決を察して、彼は人知れずほっと溜息をついた。
「入口は他の人たちが見張っているし、こちらも俺一人で事足りるだろう」
 罠にかかって悲鳴を上げる男にスタンガンを押し当てて、電流を流して気絶させる。その作業を数回すれば、もう内側からダインスレイヴの残党は出てこなくなった。
「これにて一件落着。さぁ、捕虜を連れて帰るのも一仕事だぞ、まったく……」
 一輝は団員を掴み、堂々とアジトの中を通り仲間と合流した。
 ―――勝って兜の緒を締めよ。勝利した後こそ重要なのである。彼のおかげで、一人として逃がすことなく、アジト内のダインスレイヴの構成員を捕獲することに成功したのだった。