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【シャンバラ教導団・1】


 山岳地帯の機晶都市とも呼ばれるヒニプラに構えるその厳めしい外観に、この中で一番軍から縁遠い人生を送ってきたシェリーは、案の定顔の筋肉が固まらせてしまっている。
 建物に入る前から此れではと、アレクが軽く流すような説明を始めた。
シャンバラ教導団
 現在のシャンバラ国軍総司令金 鋭峰(じん・るいふぉん)が設立した民間軍事会社出資の学校だ」
「ええっと。ええと、アレクさん。その、ここも学校、なの?」
 先に見学した学校とはまた更に違う雰囲気に飲まれて、シェリーは感情表現が上手くできない。会話するのは愚か、声を出すのも戦いてまともな文章にならないといった風だ。
「シェリーは軍学校って分かるか?」
「わからないけれど、アレクさんは軍人さんなのよね? 言葉の響きだけで判断するのは良くないとは思うのだけど、軍人さんの学校ってことかしら?」
「簡単に言えば『軍隊が設立した学校』。Officer――要するに俺みたいなのを育てる場所だ。
 此処はそれよりはお前がイメージしている学校に近い。兵卒から育ててるからな。
 だから中間点とも言えるし、此れ自体が一個のデカい軍隊とも言える。社会的地位で言えば国軍に当たる」
 軍という単語――そういう組織にこの中で一際敏感になっている破名は、自分の過剰反応を悟られまいと一層と表情を固くしている。気を抜くこともできない中、シェリーの疑問の声を聞き、出発時に手引書キリハ・リセンから自分達の問題は解決済みと説明されていたのを思い出して、そう言えばと破名はアレクに視線を流す。
「俺は立場とか力関係とかそういうのはよくわからないが、同じような組織が対立関係になりやすいのを知っている。立ち入っても平気なのか?」
 時代ごと溯るような過去、破名はある研究所に居た。研究所の研究は同業に狙われやすい対象であった為、スパイ――つまり侵入者に対して手厳しい処罰をしていたのを内部監視者という直接関わりのない位置に居た彼でも良く知っている。だから、どうしても、聞いてしまう。「大丈夫なのだろうか」、と。
 『心配』と言う程の情は無いが、今は状況が状況だ。保護者の保護者のようなアレクを覗き込む破名に気付いて、ミリツァは鼻を鳴らしてしまう。
「軍事同盟を組む国家間での合同軍事演習なんて頻繁に行われている事だわ。あなたニュース配信も見ないの? 本当に無知なのね」
 と、愛しい妹の発言に一行が感心して何度も頷いている為、アレクは真実――別に教導団の母体となる国家とは軍事同盟を結んでいない――を心に締まって手続きを済ませに進む。
 出迎えに立っていたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、そして教導団法務局長のマグナス・ヘルムズリー大佐の三人だった。
 今回、国軍たる教導団が外部からの見学を受け入れるという事で、法務局としても監視の意味合いを込めての立ち合いが必要との判断に至り、こうしてわざわざヘルムズリー大佐が自ら立会人として同行する運びとなっていた。
 アレクが直前迄気の抜けたビールのようだったのに何時の間にか姿勢から表情から空気をがらりと変えヘルムズリー大佐の前に立つのは、見学者の保護者としてよりシャンバラに駐屯する合衆国陸軍大佐としての挨拶を優先しているからだろう。
 会社員がその背中に常に社名を背負う様に、彼等は国名を背負っているに等しい立場なのだ。迂闊な行動一つで国の名に泥を塗る結果になりかねない。
 それはともかく、見学者達の受入事務は滞りなく済ませなければならないのだが、申請書に記入をする前に、ダリルは苦笑しながら破名へ耳打ちした。

「破名は偽名の方がいいかもな、正体がバレたら先日の事件の発生源として『仕組み』を精査されてしまうぞ」
 彼のこうしたキツい冗談に
「その事なんだが、解決済みだ。実際あの件に関しては俺は本当に――」と、破名は真顔で返し、そして、にやりと笑った。
「あと、あまり脅さないでくれ。警戒対象に入れるぞ」
 何を基準に判断しているのかを報せない破名の言葉こそ、脅しに等しい。冗談のつもりで突っついたら更にきつい冗談で返されて、食えない顔で笑う破名にダリルは苦笑した。
 こうして破名が申請書に記入をしている間に、ルカルカはシェリー達へ今日の説明をしているようだ。
「軍事施設だから機密だらけだし普段は食堂くらいしか行けないの。
 でも今日は申請して貰っているし、案内も付いてるから、安心して見て回って。
 シェリーもミリツァもナオも、秘密は守れるよね」
 約束してねと振られ、シェリーはわかったと頷く。案内してくれるのがルカルカと知って、校舎の外見で既に震えていたシェリーは自分を落ち着かせるように深く深呼吸を繰り返した。
 ルカルカはそんなシェリーと目が合って、大丈夫よとウィンクする。任せてのアイサインにいつものルカルカだとシェリーは安堵した。
 緊張が解れたらしいシェリーの反応に、ルカルカは持っていたパンフレットを開いた。
 最初の頁には制服姿の兵士の写真が踊っている。
「制服……あ、でも、軍人さんだから軍服って言うのかしら? 色んな種類があるのね」
「そうよ、シェリーがイメージするような制服だけじゃなくてこういう野戦服とか――」
「わぁ、全然雰囲気も違うのね。こういうのも着れるのね……実用的な感じがして素敵ね」
「――学食は中華が豊富よ。職員さんがすごく強いわ」と、ルカルカは飲茶を勧める。
 聞き慣れない料理の名前それだけで感動し、歓声の代わりにやはり書類に記入中の「クロフォード」を呼んだ。どうも系譜の子供は食べ物に関して興味と感動の振り幅が大きいらしい。
「あとで食べに行ってもいいの?」
 期待一杯に見つめられ、少女の無邪気さにルカルカは微笑んだ。
「ここに所属すると国軍にも所属するわけで、お給料も出ちゃうよ。
 昇進すると上がるよ。家計大助かり」
 頁をぱらぱらと捲りながら該当する写真を指差して説明するルカルカとそれに聞き入るシェリーに、ミリツァは眉を上げていた。
 ところがここで、ヘルムズリー大佐がおもむろに口を挟んできた。
 流石に相手が相手であるだけに、ルカルカとダリルはこの時ばかりは緊張感を持って直立不動の姿勢を作らなければならなかった。
「教導団の階級は、あくまで教導団発令の任務に於いてのみ、その意味を持つ。近頃、契約者の尉官や佐官には教導団任務とは関係の無いところで、矢鱈と己の階級を誇示する者が居るようだが、それは本来、御法度だ。ともすれば、職権乱用の容疑で軍法会議にかけられてもおかしくない話である。折角見学に来て頂いて脅し文句を吹き込む訳ではないが、この点だけはよくよく理解しておいて貰わなければならない」
 しかしミリツァは怯えるどころか、寧ろその徹底した管理体制に感心する思いだった。実際彼女はヘルムズリー大佐の言葉を心得ていると、彼女には珍しくも「はい」と返したのだ。
 ミリツァの出身は、軍人の家系である。兄も父も祖父も曾祖父も写真に残る人物も、肖像画しか残されて居ない系図の一番上の人物ですら、陸軍司令部の人間だった。姪までロシア地上軍出身であるらしい。だからミリツァにとって軍隊とは、ごく身近な存在なのだ。
「でも自分が軍人や軍属になると言うのは、今迄思いついた事すら無かったわ」
 呟くミリツァの後ろに立って、アレクは首を傾げた。
「――なりたいか?」
「見てから考えるわ。だから『見学』というのでしょう」
 眉を上げる兄に、ミリツァが得意げに笑う。丁度そんな折にナオと破名がこちらへ戻ってくる。ダリルは追加のパンフレットも持ってきた。
「ねぇ、ダリル。これは、何? お風呂?」
 パンフレットの一点に指をさしてシェリーが問う。
「ヒニプラ温泉の保養施設だ。
 それから給料と言えば福利厚生制度はちょっとしたものだぞ。所属したら系譜の皆で温泉旅行に来るといい」
 気の早いダリルの誘いに、「旅行?」とシェリーは首を傾げる。学校の施設に誰かを呼べるということを知らないのだ。そして、それが所属した者の「特権」ということも。
「学校って、不思議ね。ねぇ、ダリル。ダリルは学校楽しい?」
 背の高いお兄さんに少女は素直な声音で質問を重ねるのだった。


 こうして軽い雑談を交わしていると、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)が奥からやってきた。
 彼が此方に向かって合図したのに、いち早く反応したのは一行ではなくルカルカだ。
「真一郎さんっ」
 重厚な建物に不似合いな程の高い声で駆け寄ると、真一郎の腕を両手で掴んで甘えた視線で見上げた。
 先程までルカルカと話していたシェリーは、その場に残されてきょとんとしたまま動けない。入り口で彼女が抱いた軍隊の重々しいイメージとはかけ離れていたからだ。
 シェリーがルカルカのパートナーを見れば、ダリルは特に何もない――何時通りという顔で二人を見ている。と、ルカルカが此方をくるりと振り向いた。
「ね、教導団では素敵な彼氏もできちゃうよ」
「……個人差が有るだろそれは」
「てへっ」と声に出して笑うルカルカに、慎一郎は優しい眼差しのままで誤摩化す様に此方を見た。
 だが、そんな二人の様子にヘルムズリー大佐は渋面を隠さない。
 ルカルカは大佐の表情の変化にはまるで気付いていない様子だったが、慎一郎は流石に拙いと思ったのか、居住まいを正して二度三度、咳払いを放った。
「ねぇ、クロフォード。かれしって何?」
「番(つが)いだろ?」
 疑問を振られ、破名は、「なんだ慎一郎とルカルカはそういう仲か」と理解し口に出した。
 シェリーの方は勝手に自己完結されてしまい、質問の返答が「番い」と更にわけのわからない事になり、肩を竦める。
(帰ってからマザーに聞いてみよう)
 そんな風に思っていると、ミリツァが近くへやってきて、シェリーが恥をかかないよう耳打ちしてくれた。
「恋人の事よ」
 言葉を聞いて初めて理解して、どぎまぎしたシェリーの顔は真っ赤に染まる。系譜にテレビが導入されたのは改装があった最近の事だ。
 毎日が繰り返し。起伏のない彼等の生活に外の世界を持ってきたのは、契約者達で、それまでは外界から隔絶された生活を送っていたのである。
 今も件のテレビの前は低年齢の子供達が陣取っていたから、シェリーが得られる知識は幼く偏りが有る。
 書籍も年を召したマザーの蔵書と、アレクが買ってきてくれた絵本や古典文学や図鑑、それから破名の埃を被った専門書くらいだ。
 アレクが本棚の隅に置いた辞書を最初から最後迄読めば単語は掲載されていただろうが、それでイメージが湧く程、シェリーには現代に即した知識が無かった。
 おまけに年若いアレクとジゼルの夫婦関係を見ていた為、愛し合ったら即結婚するのだくらいに、大事な部分が欠落していたのだ。
 それでも年頃らしく『白馬に乗ったチャーミングな王子様』との出会いやロマンスに憧れはあったから、(ああ、どうしましょう)と一人で身悶えて、はたと、目の前の二人が恋人関係であることから、「ルカルカは王子様をゲットしたのね!」と心踊らせ、羨望の眼差しを向けたのだった。

 さて、此処からは案内役を仰せつかった慎一郎の任務なのだと、ルカルカとダリルは皆に挨拶すると、最後にシェリーの手を取った。
「軍隊だから上官の命令は絶対だし嫌な事もお仕事でする時も有るけど、『シェリーの大切な人達を守るなら』教導も選択肢に入れてもいいかもね」
 笑顔でそう言って、敬礼で一行を見送る。
「……軍人か」
 と、破名は呟く。落ちてくるように聞こえた声にシェリーは顔を上げた。互いに目が合い、シェリーは気まずくなる。個人の交流はあっても、組織に対して彼の態度は固いのだ。この学校を候補に入れるのは少しばかり難しいのかもしれない。