校長室
戦乱の絆 第二部 第一回
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メガフロート/イコン戦・3 橘 恭司(たちばな・きょうじ)はヴァラヌスの機体に飛び降り、操縦席を力ずくで無理矢理こじ開けた。 珍しい、と、傍らで口出ししないながらも、パートナーの魔鎧、ミハエル・アンツォン(みはえる・あんつぉん)は思う。 (ここまで感情を剥き出しにしているとは……) 余程、シャムシエルに対して思うところがあるのだろう。 だからこそ、ただ諌めるのではなく、本当に必要な時に抑えの役を果たそうと、恭司に装備されているのではなく、人の形をとって傍らに居る。 「いったいなあ、もー! ひっぱるな!」 果たして、期待通り、中から引きずり出されたのは、シャムシエルだった。 やった、と、それぞれ別の理由から、真司と恭司は歓喜する。 真司は情報を得る為に。 恭司は、抹殺する為に。 「……俺の功績ではないから、殺す前に一応義理を立てる。 貴様は本物か? お前達の目的は何だ」 生かしておくつもりなど更々無かった。更に言えば、本物か偽者かもどうでもいい。 ただ、放っておけば、またむごい犠牲が増やされる、という確信があるだけだ。 「本物? 偽者? ボク達に偽者なんてないよ」 ミハエルによって拘束されたシャムシエルは、馬鹿にしたように笑う。 そして、次の瞬間、その体がどろりと溶けた。 「!?」 流石に驚いて、ミハエルは手を離す。 泥のように溶け、崩れて、見る見るシャムシエルの体は、なくなってしまった。 ち、と恭司は舌打ちをした。 今更、シャムシエルが見せることに驚いたりはしない。 だが口惜しかった。自ら殺すことができなかったということが。 「えっ!?」 シャムシエルに続いてヴァラヌスの機体から引きずり出された者を、愛機ネレイドの操縦席から見て、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)は驚いた。 シャムシエルと共にイコンの操縦をしていた――単純に考えれば、彼女のパートナーだ。 最大ズームで、その人物を再確認する。 だが、判断に代わりはなかった。 「……地球人じゃない?」 シャムシエルのパートナーが、同じエリュシオン人。 体に魔法陣のようなものが刻まれているのが、いっそ痛々しいほどに目に映る。 鈴蘭の判断は正しく、その上、その男は第七龍騎士団の龍騎士だった。 “地球化兵”。 後に、彼女はそんな単語を耳にすることになる。 「……鈴蘭ちゃん……」 パートナーの強化人間、霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)が、その心中を察し、おずおずと声を掛ける。 「……ええ、そうね、責める筋合いは無いわよね」 怒りを抑えるように、鈴蘭は唇を噛む。 「……帝国の龍騎士。ちょっと憧れだったのよ。でも……」 信念に基き、誇りと騎士道精神の鑑と思っていた。 こんな開戦の仕方をするなんて、と、宣戦布告の折に興醒めだと思っていたのだが、まさかここまでとは。 「……恥を知りなさい!」 届かないと解っていても、叫ばずにはいられなかった。 ぷは、と水上に顔を出したシフ・リンクスクロウの前に、 「掴まって!」 と縄梯子が投げられる。 見上げれば、黒船の上から少女が笑いかけてきていて、有り難くシフは、ミネシアと共にその縄梯子を上って船の上へ上がる。 「ようこそ、黒船るる号へ」 そう言ったのは、守護天使のラピス・ラズリ(らぴす・らずり)だ。 「助かりました、ありがとう」 「どういたしまして」 礼を言ったシフににっこり笑って、立川 るる(たちかわ・るる)は右手を差し出した。 「……?」 首を傾げたシフはふと、船上に、自分達の他にも濡れ鼠の者達が居るのに気付く。 両手が拘束されているのは、まさか。 「あ、あの人達? 人命救助は平等にね。 逃げ出そうとしたから今ちょっと縛ってるけど、大事な乗組員だからその内ほどいたげるよ」 るるの言葉に、シフは驚く。 諸葛霊琳や、結局撃墜された東園寺雄軒達が、軒並みるるに救助されてそこに居たのだった。 「まさか……」 身構えるシフに、 「落ち着いて」 とラピスがハーブティーを差し出す。 「だーかーら、人命救助は平等に」 るるは再び手を差し出す。 「平等に、有料ね」 チップもつけていーよ、と無邪気に笑うるるに、シフは頭痛を覚えた。 「えへへ、乗組員も増えて、るるの勢力も大幅拡大だねっ」 「……あの、その乗組員にはひょっとして」 自分達も含まれているのだろうか、というシフの問いは聞こえない。 「順調に儲けたら、エメネアちゃんの前で豪快にショッピングするのもいいなあ」 その野望が達成されれば、さぞ気持ちのいいことだろう。 ――結局は、妄想に浸っている間に新乗組員達には逃げられてしまうのだが。 「翔ちゃんアリサちゃん、後ろや!」 天空寺鬼羅のイコン、『アモン』から、リョーシカが叫ぶ。 「解ってる!」 防衛機は、場所を動かない。 砲撃の盾となっていた翔機に、後方からヴァラヌスが突っ込んで来る。 「――智緒、ごめん!」 確認できていたが反応が遅れていた翔機の背後へ、味方の援護の為に別のヴァラヌスに砲撃していた桐生理知のイコンが、急転身した。 「翔君に怪我させたら許さないから!」 「きゃう!」 智緒への指示が間に合わず、ヴァラヌスへ突撃する理知に、智緒は一瞬動転するが、すぐさま状況を飲み込む。 「当たって砕けよ――!」 と、言いつつも、ヴァラヌスのクロウは、智緒が咄嗟に振り回した大型キャノンの砲身が弾き、そこへ、体勢を整えて狙いを定め終えた鬼羅機の銃撃が放たれた。 「悪い! 助かった!」 翔が遅れて身を翻す。 「何の!」 鬼羅が笑い、翔の無事に理知もほっとした。 「司。無理はともかく、無茶はしないでくださいね」 空京大学のイコン、アルジュナの操縦席で、守護天使のグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)がパートナーの姫神 司(ひめがみ・つかさ)を心配する。 「それは、どう違うのだ?」 「全然違いますよ。 いつでも共にありますから、頼ってください。 一緒に、無事に帰りましょう」 「――来たぞ。戦闘に集中する」 上空から、フロート上に上陸するヴァラヌスを確認する。 グレッグも気を引き締めた。 「上陸したイコンは任せてください!」 矢野 佑一(やの・ゆういち)の『ヴァイス』が、ヴァラヌスの攻撃を躱しつつ、自らビームライフルを連射しながら敵機に向かって先陣を切った。 「援護する!」 『マルアハ』に乗る姫神司が、プラズマライフルで弾幕を張る。 龍を象ったイコンであるヴァラヌスは、接近戦を仕掛けられ、大きく身を翻した。 尾の部分が振り回され、祐一は一旦距離を置く。 「牽制と言うには、凶悪な尻尾ですね」 ある程度まで近付き、接近戦になってビームサーベルに持ち替えた佑一に、パートナーであるアリス、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が間合いを詰めるタイミングを計った。 そこへ、狙い撃った司の一撃が、ヴァラヌスのクロウを弾く。 「今だよっ!」 ミシェルの叫びに、佑一は迷わず飛び込んだ。 一撃で仕留められる、とは思っていない。 動きを止める為の一撃の後、とどめのニ撃め、そして更に駄目押しの為の一撃を加えて、後退する。 倒れたヴァラヌスから、爆音が上がった。 その直前、操縦席から脱出するパイロットを見て、佑一は驚く。 シャムシエルだったからだ。 シャムシエルと、体に魔法陣を刻んだ彼女のパートナーは、海に飛び込む。 それを追うようにして身を乗り出してはっとした。 そこには、最初にエリュシオン歩兵達が侵入してきた時に使われた高速ボートがあり、シャムシエル達はそれに乗り込むと、素早くエンジンを掛け、逃走したのだ。 「シャムシエルが逃げる!」 端守秋穂ら、上空に居たイーグリットがそれに反応して追いかけようとしたのだが、最終的には逃げられてしまった。 「……何処に逃げたのかな……?」 そもそも彼等は何処から来たのか。 メガフロート上からそれを見送った佑一とミシェルは、顔を見合わせた。 「――これが、イコンの戦闘ですか」 グレッグは、静けさを取り戻したメガフロート上を見渡して呟いた。 主に敵イコンからだが、フロートのあちこちから煙が上がっていた。 フロート内部――イコン格納庫から漏れ出る煙もある。 海底には、夏野夢見達によって、上陸できずに狙撃されたヴァラヌスが、何体か沈んでいるはずだった。 何機かの機体からはシャムシエルや龍騎士達が逃走したが、逃げないまま爆破した機体もある。 その後操縦席を開けてみたが、龍騎士と思われる二人が死んでいる機体もあったが、中で死んでいたのは一人だけで、もう一人と思われるシャムシエルの姿が確認されなかった機体が多かった。 シャムシエルの契約者は、地球人と思われる者もいたが、やはり体に魔法陣を刻んだエリュシオン人が多い。 「大きな力を手に入れた時、人はどんな行動を取るのか……。 何だか、何かに試されている気が致しますね」 そして思う。 今、海底遺跡で発掘されようとしている、エリュシオンが狙うほどの、最後の女王器とは、何なのか。 それを手に入れた時、人は。 「はあ、終わったか」 翔が安堵の溜め息を吐く。 「翔君、無事ですか?」 桐生理知の心配そうな声が聞こえて笑みを浮かべた。 「何とも無い。そっちは?」 「大丈夫です」 「翔、不甲斐なかったな」 アリサの突っ込みにとりあえず翔は 「うるせ」 と返し、 「2人とも、助かった。ありがとな」 理知と天空寺鬼羅に礼を言った。