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リアクション
対F.R.A.G.・2
「我々は、見くびられたな」
空中ドックの甲板では、最終防衛ラインを敷く部隊と共に、佇む教導団の新型イコン、金 鋭峰(じん・るいふぉん)の専用機の足元で、鋭峰達も控えていた。
双眼鏡を覗き込み、イコン戦闘を見ている羅 英照(ろー・いんざお)に、その後方で鋭鋒が言う。
「ああ」
と、英照はイコン戦闘から目を離さないまま、相槌を打った。
「こちらは旧世代機、その上パイロットは学生で、子供ばかりだ。
勝てない可能性など有り得ない、と考えたのだろう。
恐らくは、訓練兵に実戦の経験を積ませる、程度の認識なのだろう。
マヌエル枢機卿が自ら出て来ているのは、大義名分の為、だな」
ふん、と、鋭鋒は英照の言葉に眉をひそめた。
「彼奴等は、足元を掬われるであろう。
子供達が何故、次世代機を前に、怯むことなく迎え撃つことができるのか――それを理解できないのであれば」
関羽・雲長(かんう・うんちょう)が静かに、しかしきっぱりとそう言った。
「参謀、お体の具合はよろしいのですか?」
毅然として立つ英照の体を気遣って、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が、憚りつつも声を掛けた。
前回、単独行動を取った時の負傷は、癒えたのだろうか。
問題ない、と答えながら、英照は振り返って正す。
「今の私は、参謀長ではない。
団長のパートナーとして此処にいるが、一兵卒にすぎない」
鋭鋒が、小さく溜め息を吐いた。
「……失礼しました」
シャウラは頭を下げる。
英照は、歩き出しながら、双眼鏡をシャウラに渡した。
「来るぞ」
「はい?」
「変だな」
最終防衛ラインを敷くイコン、マリアの操縦席で、操縦を全てパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)に任せ、パソコンを持ち込んでデータ収集に勤しんでいた裏椿 理王(うらつばき・りおう)は、首を傾げた。
「どしたん?」
「戦闘データを分析してたんだけど……
天御柱のシミュレーターの戦闘データに比べて、どうも、実際のあいつらの戦闘能力が、今いちなんだよな……」
「弱いの?」
「まあ、一言で言えば。
弱いって言っても、シミュレーターに比べて、ってことで、まあ、普通にかなり強いんだけどな」
「強いんだ……」
「でもその強さと、パイロットの腕が釣り合ってない気がするな……。
ひょっとして、奴等、正規のパイロットじゃないんじゃねえの」
そこに突然、警報が鳴り響いた。
「えっ!? 敵襲!? どこ!?」
敵機接近の警報に、屍鬼乃はぎょっとして計器を、理王は直接外を確認する。
「――何だあれ……!」
イコン程に巨大な、しかしそれはイコンではなかった。
歪な、出来そこないの粘土細工のような、異形の形。
じわじわと沸いて出るように、空中ドックの周囲に、それらが現れ始めたのだ。
「フラワシ……? いや、“超霊”かっ……!」
迂闊だった。
それが攻めてくる可能性を、完全に失念していた。
「とっ! とにかく、攻撃すればいんだよなっ!?」
同じく最終防衛ラインを護る、叶 白竜(よう・ぱいろん)と土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)のイコンは、既に攻撃を開始している。
「当たらなくてもいい、とにかく、弾幕を切らさないように……!」
自らを落ち着かせる為にそう呟いて、屍鬼乃も操縦桿を握った。
警報よりも一瞬早く、雲雀のパートナー、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は超霊達の襲撃に気付いた。
「後方支援が、一気に最前線かよっ」
紅鳳凰の操縦席でエルザルドは、苦し紛れの苦笑を浮かべつつ、イコンの操縦には慣れてないってのに! とぼやく。
「団長はっ……!?」
雲雀が下を伺うと、先程よりは下がっているものの、鋭鋒も英照も、専用機の足元に立ったままだった。
関羽だけが、赤兎馬を駆り、飛び回って、超霊達を次々薙ぎ払って行く。
「さすが、トップは慌てないね」
エルザルドの言葉に、雲雀も頷いた。
冷静さを崩さず、うろたえず、平静を保ってそこに立ち続けていることで、味方の動揺をも抑えている。
「しっかりしないと……!
団長の背中を護るのが、あたしの役目なんだから!」
気を引き締めて、雲雀は操作用レバーを握る。
「操縦は任せた、エル!」
「任せられても困るけどな。
……まあ、頑張るよ」
慣れてない、などという弱音を吐いている場合ではなかった。
世界が分かれたら、雲雀も自分も、そして雲雀が好きな鋭鋒も、皆、消えてなくなってしまうのだから。
だが、イコンの操縦に慣れていないのは、雲雀もまた、同様だった。
「ええっと……使い方、これで合ってんだよな? この後はどうすれば……」
「とにかく撃て! 撃ちまくれ!」
「了解でありますっ!」
「前に出過ぎるな、だが下がるな、超霊をドックに近づけるな!」
状況把握に務める白竜の代わりに、パートナーの教化人間、世 羅儀(せい・らぎ)が、黄山の操縦席から指示を出しつつ戦う。
白竜は元々、地球側の人間として、地球の権益を護る為の方策のひとつとして、シャンバラに渡ったのだった。
だが、パラミタ内で各国が争っているように、地球もまた、一枚岩ではなかった。
「……勝手なことを……」
普段からあまり変わらない表情の下で、白竜は、ぎり、と奥歯を噛み締める。
地球軍と戦うことに、矛盾を感じる。
それでも、シャンバラを護る為に行動しないことは、考えられなかった。
戦争を肯定したことは一度もない。
それに加担する気もなく、今回のことは、災害出動の思いでいた。
ただし、敵がいる。
「……何で地球人同士が、地球を護る為に戦うハメになってんだよ……!」
そうは思うが、シャウラはやはり、国軍の一人として活動することに躊躇はなかった。
「俺も軍人だったってことだな……」
「自衛の為の戦いです、シャウラ」
自嘲の笑みを漏らすシャウラに、自分を卑下しないでください、と、その内面を看破したパートナーの吸血鬼、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が言う。
今、相手が超霊であることは、まだ救われた。
デイブレイクは、残弾を惜しまず、弾幕を張る。
やがて、鋭鋒と英照が動いた。
イコンに乗り込む姿を見て、シャウラは通信を開く。
「団長。護衛に付きます」
「必要ない。空中ドックを護れ」
「しかし」
「団長を1機で行かせるわけにはいきません。我々が囮として先行します」
続けて回線に入って来たのは、白竜である。
少しの沈黙の後、英照が答えた。
「囮の必要はないが、2機は我々に続け。一旦この場を離れ、大外から周り込む」
「第二世代機とは言っても、正面装甲以外は、比較して強固じゃないはずだぜ!」
――勿論、それでも旧世代機に比べれば、充分に固いのだが。
それでも、そこは数少ない、付け入る隙、だ。
超霊が出現したからと、クルキアータの迎撃を疎かにするわけにはいかなかった。
「クルキアータとは、その能力を身を以って知っている私達が、率先して相手をしないと、ですしね」
狭霧 和眞(さぎり・かずま)の言葉に、パートナーのヴァルキリー、ルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)もそう言う。
空中ドックの方が気になりつつも、その周囲の弾幕が薄れていないのを見て、和眞達は、目の前の強敵に集中した。
高峯 秋(たかみね・しゅう)のジャックが、遠距離からの弾幕援護を続ける。
「――やはり、遠距離からだと、死角から狙っても、通用しないですね」
パートナーの強化人間、エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)の分析に、秋は頷いた。
「俺達は援護射撃に徹しよう。
色々やろうとしても、失敗するよ」
「はい」
エルノも頷いた。その為の連携だ。
「護ってみせる……!」
繭の中、東京、そしてシャンバラでも。
皆、二つの世界を護る為に、絆を護る為に、戦っている。
地球だけではない。パラミタも、今や失い難い、大切な場所だ。
「だから……だからここは、絶対に護らなきゃ!」
秋は、クルキアータを睨み据えながら、断固たる決意を改めて、誓う。
和眞のトニトルスは、仲間達と連携を取りながら、援護射撃に紛れて死角に回り込むと、一気にクルキアータの背後に接近した。
仲間の機体が飛び付いて動きを封じた瞬間に、背後から攻撃を仕掛ける。
「とったぜ!」
ビームサーベルは関節を貫いて動きを遮断し、バランスを失ったクルキアータは、海中に落下して行った。
単独では絶対に戦わない。
連携を取って相手どるのが大前提だった。
桐生 理知(きりゅう・りち)は、戦闘前の、いつもの儀式、お守りを握り締めて目を閉じた。
今度も、生きて、護り抜くよ。
そう誓って目を開け、パートナーのヴァルキリー、北月 智緒(きげつ・ちお)と共に、グリフォンに乗り込む。
火村 加夜(ひむら・かや)のアクア・スノーは、射程圏内ギリギリまで高度を上げ、太陽を背にして、マジックカノンで上空から攻撃を仕掛けた。
優先的に、指揮官機を狙った。
相手の強さを測っていて、ランスを持った指揮官機も、パイロットの腕前は、一般機とそう変わりない、と判断したからだ。
だとすれば、遠距離攻撃を主に仕掛けて来る一般機よりむしろ、指揮官機の方が、相手にしやすい。
理知のビームキャノン連射によって、クルキアータの機体が押される。
「畳み掛けるねっ!」
続いてアサルトライフルに持ち替え、更に連射する。
「躱すよっ!」
そこで、クルキアータの動きを読んだ操縦担当の智緒が、機体を大きく後退させた。
クルキアータが追ってくる。
「しつっこい! 近付く気無いっての!」
智緒は増設スモークディスチャージャーを使い、一旦その場を回避した。
「一気に、行くよ〜」
加夜のパートナー、強化人間のノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が、太陽に隠れていた機体を一気に加速させて、降下する。
加夜は武器をマジックカノンからダブルビームサーベルに持ち替えた。
「来たよ!」
智緒は合図と共に、機体をクルキアータの至近距離に飛び込ませる。
理知はイコン用マジカルステッキを取った。
グリフォンとアクア・スノーは、前後からクルキアータを挟み撃ちにして、同時に腕の関節を狙う。
クルキアータの腕が飛んだ。
「……これで、武器は持てませんよ」
加夜はほっと息をつく。
引くかと思いきや、クルキアータは身を捩って体当たりを仕掛けて来た。
「ひゃ〜」
ノアが慌てて回避する。
グリフォンは、下方に沈んでその攻撃を躱した。
「油断も隙もないよ〜」
一旦距離を起き、グリフォンとアクア・スノーはクルキアータを挟む。
「確実に、行くよ」
「りょーかいっ」
油断はしないように、確実に。理知の言葉に、智緒が応えた。
マヌエル枢機卿は、後方で待機し、戦線に加わることはしなかった。
機体は、第二世代機の中でも更に抜きん出た性能を持ったものであったが、マヌエル自身は、パイロットとしては、テストパイロットにすら及ばないからだ。
イコン操縦の殆どをパートナーの英霊、ロンギヌスが担っている。
――ロンギヌス。
その英霊をパートナーとしたマヌエル枢機卿は、救世主の再来、と、そう呼ばれていた。
「マヌエル!」
近付くイーグリットに、レヴィアタンは身構えた。
ネレイドに乗った館下 鈴蘭(たてした・すずらん)は、正面からマヌエル枢機卿の機体に向かう。
共通回線を使って、呼び掛けた。
「この惨状を、世界の現状を、ちゃんと見なさい、マヌエル!
平和の為と嘯きながら、世界を破滅に導こうとする……それがあなたのやり方なの!」
鈴蘭の訴えに、マヌエル枢機卿は苦笑した。
「誤解をしないで欲しいものだな。
主は救いを求める者に対して平等だ。
我々ならば、世界が分断された後に『元シャンバラの契約者である』君達をも助ける事が出来る。
世界の三分の一の信仰を持つ我々が、何の策もなく愚行に出るはずがないだろう。
『救済』のための準備は整っている。
それでも尚、シャンバラ政府の妄言に従うと言うのか?」
「あなたは、地球とパラミタが分断された時の悪影響を、想定していますか?」
パートナーの強化人間、霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)もまた、言った。
鈴蘭の声が感情的になっているからこそ、できるだけ、冷静に。
「先進国が起死回生を掛けた政策が根本から断たれれば、世界経済は崩壊してしまう。
それに……もし西シャンバラが崩壊し、太平洋上に落下すれば、大津波が大陸沿岸に壊滅的な被害を齎す危険性が考えられます」
「……それがどうしたというのだ」
呆れ返ったようなマヌエル枢機卿の言葉に、二人は言葉を失った。
「その程度のことは、当然予測されている。
だが、例え多少の犠牲を払うことになろうとも、今、パラミタを分断しなければ、更なる戦乱で、いずれ世界は滅びる。
痛みは覚悟で、決断しなくてはならないのだ。
無論、パラミタ分断後の世界の経済、軍事における計画は、既に完了している。
そんなことは当然だ。
――だが、日本や中国は、今回のことに関する責任は計り知れない。報いは受けねばならない。
泥炭の苦しみを味わって貰うことになるがな」
「そんな考え方、おかしいわ!」
「子供は、断片的にしか物事を見ることができないのだな。
しかしそれを暗愚とは言うまい。
理解したまえ。理解できないのなら、黙っていたまえ。
事態は、そのような思慮の浅い判断で動かせるものではないのだ」
「何ですって……!」
鈴蘭は、怒りのあまりに、息を飲む。操縦桿を握る手が震えた。
「つまり、説得は不可能というわけですね。志方ありません」
共通回線に割り込む声。志方 綾乃(しかた・あやの)だった。
ツェルベルスで、ポータラカ製円盤型飛空艇に乗って一気に近付き、バーストダッシュを使って、飛びかかる。
「――私達は、あなたに縋りたかった。シャンバラの皆を助けてと言いたかった。
だけどあなた達は、自分達だけが助かる為に、救いの門を閉ざしたのです!
私は戦う!
あなた達が地球の平和を護るように、私達にもシャンバラを守るために戦う権利があります!」
「それを浅慮と言うのだ!」
レーザーバルカンによる弾幕をものともせず、躱そうとすらせずに、レヴィアタンはその長いランスを振りかざす。
「やがて未来、全ての人類は私に感謝することになるだろう!
まさしく救世主の再来だとな!」
距離を詰めたツェルベルスをまるで待ち受けていたかのように、串刺しにした。
「きゃ……!」
「マヌエル……てめえ!」
ランスを引くと、するりとツェルベルスから抜ける。
パートナーのヴァルキリー、ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が叫んだ。
「調子に乗るなよ!
てめえらに、世界を救うことなんざ、できやしねえ!!」
機体は海に落下し、水柱が上がった。
「……悔しい……っ!」
マヌエル枢機卿の位置を捕捉した天貴彩羽は、空中ドック上甲板のイコン内部で地団太を踏んでいた。
マヌエル枢機卿のいる位置は、遙か射程の範囲外だったのだ。
「エネルギーチューブを外して、向かうでござるか?」
「それしか無いわね……」
ここまで、限界知らずの大活躍だったので、惜しい気はするが。
「旦那ぁ、水差してすまねぇですけどね」
マヌエル枢機卿のパートナー、ロンギヌスが、口を開いた。
「こっちで盛り上がってる間に、F.R.A.G.隊が、半分くらいやられちまってますぜ」
「……何だと?」
マヌエル枢機卿は、今迄殆ど触らなかった計器を見て、状況を確認する。
「……ここまで劣勢を強いられるとは」
と、渋い顔をして呟いた。
「――仕方あるまい、一旦撤退する。
女王の方も、未だどうにもならぬしな」
「……ふぅん?」
まあいいですがねぇ、と、ロンギヌスは、操縦桿を引く。
「逃がさない!」
イクスシュラウドで上空に潜んでいた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、全速力で一気に降下し、機体ごと体当たりを仕掛ける勢いで攻め込んだ。
「――ちっ」
回避が間に合わない、と判断したロンギヌスは、避けずにキャノン砲で迎撃した。
砲弾は、イクスシュラウドの肩に命中する。
(機体中破! 損傷率36%です!)
パートナーの強化人間、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)のテレパシーが伝わる。
(構わない! このまま行く!)
元より、相打ちを覚悟の上だった。このチャンスを逃すつもりはない。
だが、
(真司、ランスが!!)
長いランスを上空に向けられ、真司は慌てて機体を横に逸らす。
躱し切れずに、ランスは機体の側面をガリリと引っかいた。
「――くそ!」
通り抜け様に突き立てようとしたビームランスは、レヴィアタンの装甲を僅かに焼いただけだった。
「何て強度だ……」
機体の損傷が激しい。
このままここに留まるのは危険で、真司は一番近い旗艦へ撤退する。
「全く、次々としつこいことだ。――撤退する」
「逃がさない、と言った」
今度こそと言ったそこへ、また新たな声が割り込んだ。
羅英照のものだ。
はたと見れば、退路を三機のイコンが塞いでいる。
「……シャンバラ国軍の総指令、か……」
撤退を、読まれていたか。
そのイコンを見て、マヌエル枢機卿は苦々しく呟いた。
「全く、忌々しいことだな。
少なくとも、貴殿らのその優秀さを、私は買っていたのだが」
「嬉しくもないな」
英照は一蹴する。
「ちっ」
その時、ロンギヌスの舌打ちが聞こえて、マヌエル枢機卿ははっとした。
赤兎馬で死角から飛び込んだ関羽が、一太刀で、レヴィアタンのランスを持つ腕ごと断ち落したのだ。
反応する余裕もなかった。
「何っ……! ロンギヌスの槍が!!」
海に落下するランスを見、マヌエルが驚愕する。
「格の違いを知るといい。
同じ英霊でも、ローマの百人隊長と荊州の軍事総督では、その実力の差は明白だ」
「……おのれ!」
英照の言葉に、憎々しげにイコンを睨む。
「……なぁ、旦那ぁ」
ロンギヌスの声が、操縦席ではなく、すぐ後ろから聞こえて、マヌエル枢機卿は振り向いた。
「何をしている、今は操縦を放っている場合では――ッッ!!?」
ぽん、と軽く肩を叩かれ、咎めようとしたマヌエル枢機卿の腹部を、鋭い痛みが貫いた。
マヌエル枢機卿は、ぎょっと目を見開く。
「き、貴様、っ……!」
ロンギヌスは、ニヤリと笑った。
「いつも言ってたでしょうが。冗談だと思ってたわけじゃあ、ねぇでしょう?
今が一番、いい時で……? ……んん?」
マヌエルの腹部を貫く、ロンギヌスの槍。
かつて、救世主の身を貫いた槍は、再び、救世主の生まれ変わりと言われるその男を刺し貫き、あの快感を味わいたいと、ずっと思っていたのだった。
今迄、ことある毎にマヌエルに、刺させてくだせぇよ、などと言ってきた。
そして、満を持して今。――なのに。
「――まじぃ!?」
顔をしかめて、違う! と彼は叫んだ。
「あんた救世主じゃねえ! こんな味じゃなかった!」
「………………」
がく、とマヌエル枢機卿は操縦席の床に転がり、大量の血が、床に流れて行く。
「ヒッヒッ……」
憤慨するロンギヌスは、もはや彼を一瞥もせず、肩を震わせて笑いだした。
「ヒヒヒ……ヒーッヒッヒッヒ!」
自ら、パートナーロストの業を負ったロンギヌスは、いつまでも、狂ったように奇声を上げ続けた。
操縦者を失ったレヴィアタンが、海中に落下して行く。
沈むイコンから脱出して、海上に顔を出した志方綾乃とラグナは、沈んで行くレヴィアタンを、最も近いところで見送った。
「……死んだのですか、彼は?」
「……身内に、しかもパートナーに殺されるとは、な」
どんなに優れた機体に乗っていても、意味がない。
それを操る者が、相応の精神を持っていないのなら。
生き残ったクルキアータが、次々と撤退して行く。
関羽は素早く身を翻し、
「空中ドックへ戻る」
と、英照は周りのイコンに指示を出した。
「気を引き締めろ。まだ終わってはいない」
「終わったような気がしたけど、まだまだなのね!」
シャムシエルとそのクローン達の脅威が去り、F.R.A.G.を撃退させても、超霊のモンスターが、まだ限りなく出現してくる。
双剣を構えたセイニィの視界に、二つの背中が写った。
ふと、その姿に見入ってしまう。
(……二人とも、好き、かな……
――でも、一番好きなのは…………)
「セイニィ?」
「ぎゃー!」
思考に割って入った声に、セイニィは驚いて絶叫し、二つの背中が振り返る。
「どうした?」
「どうしました?」
「ななな、何でもないわっ! 別に何も! 考えてなかった!」
慌ててぶんぶんと首を振るセイニィに、その横から、呼んだティセラが肩を竦める。
「まだ、終わっていませんわ」
「わかってるわよっ!」
別に何も考えてなかったってば! と叫んで、セイニィは二人と共に、掃討戦に加わった。
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