空京

リアクション

【パラミタの魔法楽器】では、他の展示と比べて一際癒しを提供していた。
　パラミタに伝わる様々な楽器を展示、そしてミニ演奏会「陽だまりのルーエ」を行っていた。ステージを囲むように配置された椅子と机でゆったりくつろぎながら、演奏を楽しむこともできる。
「魔法楽器の中には、聴く人に危険を及ぼす物もあります。なので、今日はあまり危険のない楽器をご紹介しますね」
　と、五月葉　終夏（さつきば・おりが）はにこっと客へ笑顔を向けた。それから『銀のハーモニカ』や『牧神の笛』、『眠りの竪琴』といった害のない楽器を取りだし、それらを一つずつ奏でて見せる。
　真剣に耳を澄ますルシェン・グライシス（るしぇん・ぐらいしす）の横顔を盗み見して、榊　朝斗（さかき・あさと）はどこか安心したように息をついた。終夏の奏でる音色はどれも聞き慣れず、地球人である朝斗にはなおさら新鮮だ。
　しかし、眠りを誘う音色には、つい他の客たちと同様にうとうとしてしまった。
　その様子に気づいたセオドア・ファルメル（せおどあ・ふぁるめる）は『清浄化』を使用し、演奏が終わるのと同時に彼らの目を覚まさせた。
　そして用意していたハーブティーを配り歩く。
「どうぞ。まだまだ空京万博は終わらないからね」
　と、セオドアは朝斗にもハーブティーを差し出した。
　いい匂いのするそれを一口飲むと、身体の中から疲れが吹き飛んでいくようだった。ふとルシェンが微笑ましそうにこちらを見ているのに気づき、朝斗は思わずはにかんだ。
「ルシェンも飲む？　おいしいよ、これ」
「ええ、ありがとう」
　と、朝斗からカップを受け取るルシェン。
　するとすべての楽器を演奏し終えた終夏が聴衆へ呼びかけた。
「演奏は以上になります。お客さんの中で演奏が出来る方や、演奏してみたいという方！　一緒に魔法楽器を奏でてみませんか？」
　その場がざわつき、後ろの方で演奏を聴いていたメメント　モリー（めめんと・もりー）が早川　あゆみ（はやかわ・あゆみ）へ視線を向けた。
「あゆみんの出番じゃない？」
「……ええ、そうね。ちょっとやってみようかしら」
　椅子を立ったあゆみに人々が注目し、終夏がにっこり笑って手招いた。
「演奏してくださるんですねっ」
「ええ、どの楽器がいいかしら？」
　客用に準備した楽器を見せてもらい、終夏の説明を受けながら悩むあゆみ。音楽の先生でもある彼女は、歌声にも自信があった。
「そうね、じゃあこれで」
　と、選んだ弦楽器を手に、終夏の用意してくれた椅子へと腰かける。
　ぽろぽろと零れだした音色はやがてメロディを生みだし、聴く者に元気を与えるようだった。終夏はさりげなく取り出したヴァイオリンを構え、あゆみの演奏に合わせて奏で出す。
　モリーはその音楽に乗って肩を揺らし、あゆみが即興で歌を紡ぎ出す。
　その様子を見て、ルシェンはそわそわと落ち着かなくなった。どうやら終夏のヴァイオリンに触発されたらしい。
「ルシェンも思い切り楽しんできなよ」
　と、朝斗にそっと背を押されてステージへ上がるルシェン。ただのヴァイオリンとは違うが、それとよく似た楽器を手にしたルシェンが演奏へ加わる。
　その見事な三重奏に、人々は盛り上がった。
　小さな子どもたちがきゃっきゃと踊り出し、モリーがその中へ入ってくるくると回れば子どもたちも真似をした。
　目配せをしながら演奏を続ける三人も、とても楽しそうだ。ただ魔法楽器について知ってもらうだけではなく、こうして直に触れて楽しむことこそがこの展示の醍醐味だった。
　時に人を傷つけるとしても、それが音楽を奏でる道具なら楽しい方が良い。多くの人を巻き込んで、笑顔にできる方が良い。
　そうしてまた他の展示を見に行ってもらい、空京万博を満喫してくれるなら、それが一番だ。隅に立ってこちらを見守るセオドアへにこっと微笑んで、終夏は今を精一杯楽しんだ。

　＊　　＊　　＊

　いったいどうやって作ったのか、と誰もが疑問に思うほど大きな雪だるまが立っていた。
「ようこそ、雪だるまの世界へ！」
　と、元気いっぱいに声を張り上げる秋月　葵（あきづき・あおい）。そこは【雪だるまの世界】という名の大規模な展示だった。
「雪だるま王国のお土産や、そこに見える巨大雪だるま、雪合戦なんかも出来るよ！」
　目玉である巨大雪だるまの前ではエレンディラ・ノイマン（えれんでぃら・のいまん）が客に詳細な説明をしていた。
　天井に付こうかというくらい大きなそれは、遠くから見ている分には面白かったが、近くで見ると首が痛くなる。大きさだけなら、あのティアマトの剥製にも劣らないかもしれない。
　その他にも雪像や雪で造られた家なども展示してあるため、中は非常に低い温度を保っていた。
「すごく寒いところだな」
　ふいにぽつりと呟いた鳥野　島井（とりの・しまい）に快斉　刃（かいさい・やいば）は言う。
「そうか？　いい温度だが」
　その言葉通り、刃は平気な顔をしていた。
　少し羨ましいと思いつつ、目の前の雪像を眺めてくしゃみをする。
「ぅ、やっぱり寒いぞ」
　このままじゃ凍死してしまいそうだ。それもまた、この展示の魅力ではあるのだが。
「大丈夫ですかー？　よければこちらのコートをどうぞ」
　と、島井の様子に気づいた高峰　雫澄（たかみね・なすみ）は貸し出し用のコートを差し出した。
「ああ、どうも」
「あちらに温かい紅茶の飲めるコーナーもあるので、ゆっくり見ていって下さいね」
　にこっと笑って零澄はその場を離れていく。
「そんなに寒いか？」
「ああ、寒い」
　刃に言い返しながら、島井はありがたくコートを羽織らせてもらった。幾分か寒さがマシになり、展示を楽しむ余裕が生まれる。
「僕らも気をつけなきゃねぇ」
　と、零澄は入り口付近で立っている魂魄合成計画被験体　第玖号（きめらどーる・なんばーないん）に言った。
「そうですね、万博が終わるまで何事もなければいいのですが」
　と、相槌を返すナインこと第玖号。その見た目が麗しいおかげで、何もせずとも女性客が寄ってくる。
　零澄は少しおかしそうに笑うと、貸し出し用のコートを手に再び中へ入っていった。
　その背中を見送って、ナインもすぐに仕事へ戻った。
「こちらは雪だるまの世界です、涼んで行かれてはどうですか？」

　床に積もった大量の雪を一掴みして、赤羽　美央（あかばね・みお）は言う。
「雪だるまにもいろいろあり、地球とパラミタで違いがあるのはもちろん、シャンバラにおける雪だるまについても説明をしようと思います」
　雪だるま王国の正式な女王衣装に身を包んだ美央。ぎゅっぎゅっと手にした雪を両手で丸く固めて、演台の端へ置く。
「そして雪だるまがいかに素晴らしいか、皆さんに知っていただきたいのです！」
　一つの場所に留まっていると辛いため、美央の演説に耳を傾けるものは数えるほどしか見えない。それでも女王の声はよく響いた。
　ちなみに彼女のパートナー、月来　香（げつらい・かおり）はあまりの寒さに耐えきれずいつの間にか脱走していた。その気持ちは分からなくもないが、美央は女王の名に恥じぬよう、何が何でもこの場所にいる気だ。
「ではまず初めに、地球の雪だるま、いえ、地球で降る雪の特徴をご説明しましょう」

「今度こそ当ててみせるっ！」
　そんな中、寿　司（ことぶき・つかさ）は雪合戦を楽しんでいた。
「甘いっ！」
　と、飛んできた雪玉を打ち落とすキルティ・アサッド（きるてぃ・あさっど）。
　初めは雪を見てたぎった人たちが突発的にやりだした雪合戦だが、いつの間にか「天下分け目の雪合戦　夏の陣」と称するイベントになっていた。
『超感覚』で感覚を研ぎ澄ました司は、キルティめがけて切れ間無く雪玉を投げているが、キルティもまた『超感覚』を使用しているため勝ち目がない。
「くっ、何ですぐ打ち落とされちゃうの！？」
　悔しそうに叫ぶ司にキルティが余裕の笑みを向ける。
「だから、甘いって言ってるでしょ」
　ムカッと来て司は一層の力を込めて雪玉を投げ始めた。しかし、キルティは先ほどと何ら変わりない動きで打ち落とすばかりだ。
　白熱している二人の様子に、お土産コーナーを担当していたクロセル・ラインツァート（くろせる・らいんつぁーと）は思わず見入っていた。雪合戦を楽しんでくれているようでありがたい。
　他にも何人もの人たちが微笑ましく彼女たちを眺めていたが、それもやがては溶ける雪――。
「爆炎波！」
　ぶわっと巻き起こった炎が辺り一面の雪を消してしまった。
「何やってるの、寿！」
　と、驚いたキルティに名前を呼ばれてはっとする司。負けず嫌いの悪い癖がつい出てしまったようだ。
「ご、ごめんなさいっ」
「やれやれ、熱くなるのは結構ですが、本当に熱くするのはご遠慮下さいね」
　と、クロセルは嫌味にならないよう気を遣いながら声をかけた。
「は、はい……」
　反省した様子で身を縮める司。葵やエレンディア、零澄とナインもこちらに注目していたが、ただでさえ司は小柄なため、誰も責める気にはなれなかった。
　演説をしていた美央も一度中断し、クロセルの様子を見ている。
「雪の量が減ってしまったのは残念ですが、誰にも怪我がなくて良かったです」
　巨大雪だるまの修復をしていたマナ・ウィンスレット（まな・うぃんすれっと）もやって来て、わずかに上昇した温度を『氷術』で下げ始めた。
「雪合戦には、行き交う雪玉に違う『モノ』が混じることも多々ありますしね」
　と、何とも胡散臭い笑みを向けるクロセル。そんな卑怯な真似……と、司が苦笑してしまうと、クロセルは言った。
「というわけで、気を取り直して雪だるま王国のお土産でも見て行って下さいねっ」
　そしてお土産コーナーを手で示す。
「雪だるまクッションや雪だるまストラップ、氷雪の精霊謹製の雪だるまかき氷なんかもありますよ。さあ、どうぞご遠慮なく！」
　言いながら元いた場所へ戻り、商売を始めるクロセル。演出じみてはいたものの、そう言われては見ないわけにもいかないのが人の性。
　一連の出来事を傍観していた客たちが一斉にお土産コーナーへ足を向け、雪だるまの世界は数分前の賑わいを取り戻し始めた。
　安心した美央も演台へ戻り、続きを喋り始める。
「皆さん、ご覧になったように雪というのはとても儚いものです。それは同時に――」

　＊　　＊　　＊

「おもしろそうなことやってるわね」
　と、シオン・エヴァンジェリウス（しおん・えう゛ぁんじぇりうす）は月詠　司（つくよみ・つかさ）の腕を掴んだ。
「え？」
　連れて行かれてたどり着いたのは【古今東西☆魔法少女の伝統と歴史】だった。カラフルな彩りで溢れ、伝統パビリオンの中でも特に目立っている展示である。
　司はとても嫌な予感がした。しかしそんな彼に構うことなく、シオンは司の腕を引いて中へ入っていってしまう。
「ようこそ、古今東西☆魔法少女の伝統と歴史へ！」
　と、明るく出迎えるのは魔法少女のコスチュームに身を包んだ遠野　歌菜（とおの・かな）。
「こちらでは魔法少女たちのあらゆるデータや、決め台詞に決めポーズ、衣装や武器のレプリカなどを展示していますっ」
　そう説明する歌菜もまた、魔法少女アイドル・マジカルカナの衣装を着用している。ここは、魔法少女の世界だった。
　司はシオンの様子をちらちらと見やる。
「魔法少女の衣装を着て記念撮影も出来るので、どうぞ、ゆっくり見ていって下さいね」
　歌菜はそう言ってにっこり笑うと、新しく来た客の元へ行き、先ほどと同じように説明を始めた。
　司の横で、シオンはにやにやと笑う。
「素敵じゃない、いい参考になるわねっ」
「……いや、あの、シオンくん？」
　司の嫌な予感が確信に変わった瞬間だった。
「ほら、見て！」
　シオンの指さす方向にあるのは、スポットライトの当たるステージだった。何やらキラキラした音楽まで流れだし、その場に居合わせた人々がそちらに見入る。「魔法少女【変身！】ショー」だ。
　現われた藤林　エリス（ふじばやし・えりす）が叫ぶ。
「変身！」
　そして新体操のリボン演技のような動きと共に、イルミンスールの制服姿だったエリスは見る見るうちに変化をしていった。眩く輝くレオタード風のアンダーウェア姿となったあと、手にした杖から流れ出た光がリボンのように肢体を取り巻き、まるで花が咲くように純白の魔法少女コスチュームが完成する。
　大きな赤旗がくくりつけられた魔法の杖「レッドフラッグロッド」をたなびかせ、
「愛と正義と平等の名の下に！　革命的魔法少女レッドスター☆えりりん！　人民の敵は粛清よ★」
　と、決め台詞をばっちり決めるえりりん。
　あっという間に拍手が沸き起こった。魔法少女の名にふさわしく、華麗な変身シーンだった。
　パートナーのアスカ・ランチェスター（あすか・らんちぇすたー）もまた、エリスの見事な変身に拍手を送っている。
　イベントの間にも客へ説明および案内を続ける歌菜に、ちらりと目をやる月崎　羽純（つきざき・はすみ）。魔法少女という物自体が多くの人の興味を惹くため、少し彼女が心配だった。
　そんな運営側の苦労は、シオンの呟きにより報われようとしていた。
「いいわね、誰でも出られるのかしら？」
「っ！」
　不吉な言葉に司は慌てる。
「ちょっ、待って下さい！　今はクラスが違うから『変身！』はでき――」
「え？　大丈夫よ、ちぎのたくらみがあれば少女にはなれるから」
　と、すごくノリノリで言ったシオンは、司に抵抗する隙も与えず、貸し出し用魔法少女コスチュームの前へ引っ張っていく。
「さあ、どの魔法少女にする？　衣装くらいは選ばせてあげるわっ」
「……そ、そんなの嬉しくないぃーーー！！！」
　司の悲痛な叫びはイベントの音声にかき消されたのだった――。