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オークの森・遭遇戦

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オークの森・遭遇戦
オークの森・遭遇戦 オークの森・遭遇戦

リアクション


2‐04 黒炎

「そちらへ行きましたよ、クロ!」
「あぁ、わかってる。こいつで最後だなっ」
 黒衣に身を包んだ、長身の剣士が、オークの刃を受け流し、反撃で首を討つ。
「むっ。もう一匹……匡、後ろだ」
 軽やかな身のこなしで、不意打ちを狙ったオークの瞬時に後ろを取り、デリンジャーを突きつける。
 鮮やかな連携で、オークの追っ手を仕留めたのは、黒崎 匡(くろさき・きょう)と、クロード・ライリッシュ(くろーど・らいりっしゅ)
 互いに信頼を寄せ合う仲間だ。
「二人とも、怪我は……?」
 剣の花嫁というイメージからは、随分体格がよくしっかりしたレイユウ・ガラント(れいゆう・がらんと)。男性の、剣の花嫁。彼は匡のパートナーだ。
「勿論、この程度で傷を負う僕らではありませんよ。これで包囲網は抜けましたが、ここからは、なるべく敵に見つからぬよう、且つ迅速に行動しましょう。しかし……また、厄介な状況になったものですねえ」
 クスリ、と微笑して見せる匡。以前ある特殊部隊では軍師を任されたこともある。こういう状況には慣れている、のかも知れない。
「余裕だねえ、匡。しかし、言っていることは尤も。俺達は、俺達のやるべきことをしようか。これもまた天の与えた試練。では、永久殿……」
「じゃあ、僕が今から禁猟区をかけるよ!」
 戒羅樹 永久(かいらぎ・とわ)。クロードとは、義兄弟の契りを交わしている。
 この四人、すなわち【黒炎】の目的は、逃げ散った生徒の救出およびに、撤退支援。森中で出会う者があれば、それにも臨機応変に対応する。
 戒羅樹の禁猟区が成功すると、四人の周囲に、加護の力が働き始めるのが感じられた。
「さあ、行きましょうか、クロ」
 柔らかな口調だが、秘めた強さを窺わせる。
「あぁ、往こうか、匡」
 穏やかに応える、クロード。その表情には、信頼と静かな笑みとを湛えている。
 こうして、黒炎の探索は開始された。



2‐05 殿軍攻防戦

 退路確保に、クレーメック達と、ロンデハイネ隊が乗り出し、森奥への救助隊も放った騎凛ら、殿は若干の手薄になっていた。
 まだ、他の部隊は戻らないし、出て行って暫くになる各隊の様子もわからない状況。
 しかし、殿を志願した者達は、さすがにその意志と強さを見せ付け、まだ迫り来るオークの群れに対し、怯む様子を見せなかった。が、なかには、今回が初の実戦演習になる者もいる。

(ふ、ふふふ、そうだ。何も震える事など無い。
 本で何度も読んだ状況じゃないか。)……昴 コウジ(すばる・こうじ)にとっては、初めての戦いであり、突然の危機に、半ばは胸躍らせ、しかし腕は、震えているのだ。昴家は、代々軍人を輩出してきた家系であり、昴 コウジもまた、そうなるべく、教導団に入学した。それに僕は何よりの、戦争狂いである筈、だ!
 午後からの演習で、前線に着く上官らに守られ、昴の放ったアサルトカービンが見事オークに的中したときは、まさに軍人に相応しい素質を持っている! と、確信した。が、今、この乱戦の最中。ゆらぐ確信。ゆらぐ標的。突如、オークが味方の防衛線の隙間から、後方をめがけて剣を振り回し駆けてくる。僕をめがけて……
「うう、ううう……ううー! おかしいぞこの小銃、装填したのに撃てないんだ……っ。
 ら、ライラ! ライラプス!」
 すぐ、彼の後ろに、気配がし、前に飛び出す。振りかぶったオークがそのまま動きを止め、倒れた。昴のパートナー、機晶姫のライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)の剣がきっちりオークをとらえていた。
「セフティが外れておりません。大丈夫、貴方なら出来ますよ」
 戦場にあって、慈母の顔で微笑む彼女。そこへまた、オークが襲いくる。
 次こそは……! 昴が発砲し、オークが倒れた。……やった! やはり、僕はまさに軍人にふさわし……
「それよりも主。連中は既に勝った気でいる様です」
 倒されても倒されても、オーク勢の勢いはますます盛んだ。
「……そうか。そうだな、では教育してやろう。
 と、統制された鉄量こそが蛮勇を制するのだ。
 ライラプス、戦斗機動(コンバット・マニューバ)。状況開始!」
「了解(コピー)、戦斗機動。参ります」

 そしてその横、こちらは幾分手馴れた腕で、オークに射撃を命中させる、シャギー頭のソルジャー、ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)
 彼もまた、優秀な軍人を輩出している名家の出である。
 防衛陣を抜け入ってこようとするオークを撃ちもらすことなく仕留めながら、彼はつとめて冷静に、こう考えていた。
(……それにしても、こういった状況だと葉巻を吸って精神を落ち着かせたくなるな。……高揚し過ぎて無茶をやらかしそうだしな。
 そういう場合で無いとは理解しているが……教官の許可を貰えたら存分に吸いたいところだな。)、と。
 そんな彼の思いはよそに、彼のパートナーであるヴァルキリー、アリシア・カーライル(ありしあ・かーらいる)は、彼の前方で戦っている。
 ロブの援護を受けながら、正面の敵のみならず、左右の手薄となるところもフォローしつつ、攻撃を加える。
「戦闘訓練が、こんな形になるとは思わなかった、けど……」
 彼を守る盾になり、時には彼の道を切り開く為の剣になる……それが私の役目。今回もそれを果たすだけ。そうすればきっと切り抜けられます――それが彼女の思いだった。
「ロブ、そちらは大丈夫ですか!」
 俺は、葉巻が吸いたい……相変わらずそう思いながらも、正確な射撃でアリシアに応えるロブであった。

 負傷する者もあり、円陣の前衛は数を減らしつつあった。
 しかし、負傷兵の治療にあたることのできる者も少ないのだ。
 教導団においては、数少ない治療の任をこなせるとして、剣の花嫁が重宝され、前衛に立つ優秀なセイバーや、士官候補生には剣の花嫁をパートナーとしている者も多い。今回の演習にしても、彼女らをパートナーに引き連れている者こそ多かったが、殿に残る花嫁は三名に過ぎなかったのだ。
「……しまったですね。複数回復魔法を使えるマッゴゥに限ってレーヂエが連れているし……」
 飛んでくる矢を払いながら、騎凛の呟き。
「騎凛様……すみませぬ、私がゆる族でなければ。私がゆる族でなければ」
「アンテロウム。誰もあなたのドレス姿など見たくありませんから、お願いです、早く応戦してくださ……ああ、髪の毛を矢がかすめ……不覚、不覚」
 手薄になってきた陣の中心部には、士 方伯(しー・ふぁんぶぉ)が、シャンバラ人のナイト、ジュンイー・シー(じゅんいー・しー)と共に、駆けつけてきたところ。まだまだこれから実戦を積んでいく士は、教官らの戦いぶりを見たい、とも思ったのだが、今のところ、騎凛とアンテロウムの奇妙なやり取りが見られるだけだった。
 さて陣の同じく中央付近で、負傷者に治療にきりきり舞うのは、火蓋を切った松平の剣の花嫁、フェイト・シュタール。松平と、同じくセイバーとして前衛を務める、疾風の剣の花嫁、月守 遥(つくもり・はるか)の二人だ。
「大丈夫、貴方は助かるからしっかり!」
 後方で、治療にあたる月守の声が聞こえている。
 犬神 疾風(いぬがみ・はやて)は、蒼空学園からの選択科目生として参加、ベオウルフ隊とは別にそのまま殿を志願した。セイバーであるからには、戦闘経験を積みたい。それに、何より正義漢の彼がこの状況をほっておけるわけがなかった。
 粗悪な装備しか持たず、戦法もない魔物オークと言え、好戦的で、ためらいなく切りかかって来る人型の敵を倒すのは、最初そう容易いことではなかった。真剣での勝負だ。容赦ないオークの刃にかかれば、槍に一突きされれば、死もあり得る……
 そんななか、祖父に習っていた剣道が、実戦での剣術に確実にかわりつつあった。

 もう一人の剣の花嫁、ライゼ・エンブは今……?
 前衛、オーク達の攻撃を身軽に交わしながら、竹箒に仕込まれた刀を抜き放ち、応戦する朝霧 垂。
 その周りを、同じくオークの剣を避けて、動き回っているのが、パートナーのライゼだった。
「おい、ライゼ! わかっているのか、ここは戦場だぞ! おまえは、治療に専念してれば……おっと」
「垂! 後ろ! 僕だって、一緒に戦うんだもん。僕の力があれば、垂はもっと戦えるんだから」
「……わかったぜ。ならオークども、覚悟しな!」
 可憐なメイド姿に似合わずな口調、朝霧を援護しようと周囲で戦っていた男性教導団員らが怯む。オークも、怯む。
 ビッ。一匹が身を引いても、木々の合い間から、次から次へと姿を見せるオークの群れ。
「こりゃきりがないな。ライゼ、光条兵器でいくぜ」
「わかった! 垂っ」
 ライゼが取り出したのは、光る鞭。
 ビシッ。ビッ、ビッ、……
 一気になぎ倒されるオークたち。「皆、今だ、とどめを……」
 さき、朝霧の周りで戦っていた諸君は、すでに距離をとって別の女性戦闘員らの援護に回っていたのだった。
 朝霧に寄って集るのは、倒されたオークども……
 「ハアハア、ハアハア……」
 「……」
 「垂〜〜、敵が迫ってきてるよー?」
 「……まだこれを食らいたいか。もしかして、こいつらが新手のオーク……?」

 この乱戦とは別個の世界が、円陣の中心部で生まれていた。
 青 野武(せい・やぶ)。工兵科。
 まず、地形を観望。縄張りの検討を付けた後、倒木等で急遽円形防禦線を作り、かつ天幕が難燃性であれば弓射対策のため天幕を展張すること。またこの期間が一番脆弱なため、アンテロウム副官以下射撃武器を持つ者による牽制射撃を……等等、戦の始めに、彼は教官に策を具申した。
 したが、その状況はまだ訪れない。
 訪れないが、彼自身は、この乱戦下、すでに彼自身の作戦に取りかかっていた
 青は、戦いの始めに、同じく殿に残る朝霧 垂から、メイドである彼女手持ちの固形石鹸を受け取っていた。――「簡易ナパーム投擲爆弾」を作るため! である。青はそれから、××……ガソ……××……火炎……瓶……××……粉末化して混入……××……ゲル状にし……××酸化Mg××還元××金属Mg×××……糧秣……××……糖分を……加え××××(※筆者注:カナリ詳細な記述がありますが危険ですので略=よい子の皆は、真似しないでね by青 野武(工兵科))。
 この殿に残る、青のパートナーである一人の守護聖、黒 金烏(こく・きんう)は、陣の中心で禁猟区を張り続けているが……
「これでは、あれだな、……青の爆弾が失敗したとき用の、備えだな……」逆禁猟区、というやつである。肩の鎧にオークの矢を突き立てたアンテロウムが言うが、青には全く聞こえていない。
 騎凛も、さすがにこれはうまくいくのか、心配そうに見守っている。が、やはり青は気づいていないのだった。

 再び、前線に視点を戻そう。
 最前衛――
 続々切り込んでくるオークを、盾をもって身を挺し防ぎ、ランスで一薙ぎにしているのは、二人のナイト。
 彼らの存在によって、オークの攻勢はだいぶ勢いを削がれている。
 一人は、教導団所属……には思えない黒の刺々しい鎧に身を固めた、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)。顔立ちは、凛々しい女性のようだが、
「……やれやれだなァ、オイ。何でこんなメンドクセェことになってるんだか……」
 困った先輩が教導団にはいるものだと、心のなかで罵りつつも、殿の役目をしっかりと果たしている。
 今、彼のパートナーになっている、ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)。かつては別の土地を守っていたこともある、機晶姫。見た目も、口調も、礼儀正しい少年といったふうに見える。普段は。が、
「文句言う暇があるなら、真面目に戦え!」
 今は白熱した戦の最中。キレると、デゼルにも手が付けられない……
 そんな彼女も、彼の不良軍人っふりに呆れてはいるものの、認めているからこそ、共に戦う仲でもあるのだ。

 もう一方のナイト、この戦場に少し不似合いにも映る、彼女は何と百合園女学院生なのだった。
 十二歳にしか見えない女の子が、仰々しい鎧を着た騎士と並んで、いちばん前で戦っている。着用している甲冑も、少女趣味に仕立てられている。卑しいオークは真っ先に、こいつなら間違いなく俺の餌食だとばかりに飛びついてくるが――
「この風雪ちゃんに挑むのにはまだまだ未熟じゃたかのぅ〜」
 ――瞬く間に屍に。
 白鏡 風雪(しろかがみ・ふうせつ)
 何故か口調は年よりくさい。
 その白鏡をしっかりと守って戦うのが、彼女に仕えるヴァルキリーのルディア・クロスフィールド(るでぃあ・くろすふぃーるど)。彼女は、白鏡に、昔仕えていた主の面影を見ている。白鏡に近付く敵を確実に、倒していく。

 ……
 最初に仕留めてから、すでに何匹のオークを切ったか。しかしオークもキング来訪に、望みをかけ必死なのか、勢いが衰える気配がない。
 敵の背後はとれないまでも、だいぶ敵側を切り崩しているナイト達、その周囲で白兵戦を繰り広げるセイバー達(とメイド一人)、それを援護射撃するソルジャー達。怪我の治療に専念するプリースト(剣の花嫁)達。
 岩造の思い描く陣形にはなっているが、戦況はよくなっているとは言えない。……果たしてこの人数で、殿を守りきれるのか。
 彼の不安。
 そして、更にこの殿に迫る大きな影が、森の中をうろついていることを、禁猟区さえも探知できないでいるのだが、……