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桜井静香の冒険~出航~

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桜井静香の冒険~出航~

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 テーブルに肘を突いてため息を吐くマノファ・タウレトア(まのふぁ・たうれとあ)に、向かいに座った後鳥羽 樹理(ごとば・じゅり)が目の前のジェラートを示す。
 ヒマワリ模様のサマードレスに麦わら帽子。普段のイメージとがらっと変えて、さっきまで湖の水のきらめきや鳥たちに子どものように感激していた樹理だったが、マノファの浮かない顔に少し心配になる。
「それ、溶けちゃうよぉ」
「そうねー」
 と、いいながらつついて口に運んでは吐息。
 こちらは青いサマードレスにクラフト素材の白いサマーハット。毎日徹夜で同人誌を書いて、そのままふらふらで授業を受けているようなマノファは、樹理以上に普段の印象とは違う。
「ごめんね〜。ほんとは惨状パンダ先生は百合園に入りたかったんだよね〜?」
 惨状パンダ先生とはマノファのあだ名もといペンネームである。光条兵器の守護者たるマノファだが、樹理と契約してから同人誌即売会に行き、ニートロリエロ同人作家になるというパラ実もびっくりな転身ぶりだ。
「いや、まあ……でも教導団も別に悪くないじゃん?」
「でも惨状パンダ先生、戦争きらいじゃない〜? 樹理ちゃんが教導団にうっかり入学したのに付いてきてくれてさぁ〜」
 しかもうっかり教導団に入って歌って戦えるアイドルを目指している樹理にくっついて、原稿の徹夜明けで教官の前で寝れるのだから、マノファも実は胆が座っているのかも知れない。
「そうだけどね……」
「だから今回はちょっとだけお嬢様気分で過ごそうじゃない〜?」
「……そだね!今は同人誌のことは忘れるっす!」
 頷いてジェラートを喉に流し込むマノファに、樹理はほっとしたようにお代わりを貰いに行った。出会ったときのスマートな──同人で徹夜明けするようなことなんて当然ない、落第スレスレなど考えられない──マノファと、今の彼女では違いすぎる。樹理は別に深く考えているわけではないが、何となく、自分のせいで彼女がこうなったんじゃないかと思っていた。同人誌のことだって溺れられるなら何だっていいだけのような気がする。
 ジェラートの追加を持って帰ると、パシャリと音がした。マノファはこちらに向けてカメラを構えている。
「あれ、写真撮ってるの? 言ってから撮ってよぉ。ばっちり営業に使えるようなポーズ決めちゃうからぁ」
「まだまだフィルムはあるから気にすることないって」
 言って、レンズを今度は船に向ける。シャッターを切りながら、
「資料写真なんて、忘れていいんだけどなぁ……」
 自嘲気味に呟いた。

「ふむ、教導団の者も参加しているのだな」
 腰に右手を当てて、比島 真紀(ひしま・まき)は周囲を眺め回すと、一人頷いた。
「やはりたまには羽を伸ばしたいのは誰でも同じと言うことか。自分も誰かが羽目を外しすぎて海に落ちたりしないよう、警戒をおこたらず……」
「おまえ何しに来たんだよ。遅めのバカンスとか言って、まだ軍隊にいるつもりかよ?」
 パートナーのドラゴニュート、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)に呆れたように苦笑されて、真紀は頭をかいた。
「おお、いかんいかん。そうだな、景色でも楽しむとしようか。山岳地帯のヒラニプラから見ればここはなんと美しいのだろうな」
 運河が入り組み、まるで湖に浮かんでいるように見えるヴァイシャリーの白い町並みが、目にまぶしい。
「そして美しいだけではない。ここがかつてシャンバラ王国の離宮があったのもうなずける。湖が天然の堀となり……」
「だっから、それをどうにかしろっての。素直に景色を眺めらんねーのかよ」
「すまん、癖が抜けないとみえる。だが目新しいのでつい、な。観光都市で有名なだけはある」
 運河と湖の境目を、大小の水上バス(ヴァポレット)やゴンドラが出入りしているのが見える。
 船はヴァイシャリーの外周をぐるりと時計回りに巡っていくようだ。
 ヴァイシャリーに住む人々にとっては、変哲のない光景なのだろうが、倉庫街ですら白や煉瓦色、色とりどりの外壁と屋根が入り交じって細工もののように見える。その光景はイタリアのヴェネツィアに似ている。パラミタは地球とは全く別の異世界のように見えるが、関羽が英霊として生きていたりと、どこか地球と通じるところがあるらしい。
「たまにはこういうのもいいかもしれないな」
 サイモンも、景色を眺めながら肯定した。
「けどよ、ちょっとやっぱり場違いな気がしなくもないなぁ」
 周囲はおめかしをしたお嬢様やカップルが多い。お嬢様や貴族といった生活とは縁のない彼にとっては、少々馴れない。真紀とサイモンの間柄は種族差もあるせいか、男と女というより、同じ戦場に立つ戦友のようなものだ。
 秋桜色も鮮やかなのドレスを風になびかせるアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)に、隅のテーブルで高月 芳樹(たかつき・よしき)が飲み物を手渡している。芳樹は落ち着いた色合いのスーツで、アメリアを引き立てていた。
「ありがとう。少し意外だったわ」
 ミントソーダのグラスを受け取りながら、小さなヴァルキリーは羽を小刻みに振るわせて笑った。
「意外って?」
「クルーズに誘ってくれたことが。こういうことにはあまり興味がなさそうだったから」
「確かにガラじゃないかもしれないが……」
 見た目も実年齢も年上の余裕なのか、アメリアは芳樹を見上げてまた笑う。
「何かおかしいか?」
「ううん、おかしくないわよ」
 芳樹はいぶかっているが、こうやってエスコートしてくれたり、服を合わせてくれたり、そんなことがアメリアには嬉しい。それに女の子が喜ぶものだろうと馴れない予約を頑張ってとったに違いないところも。
「そうか、それなら良かった」
 ほっとしたように芳樹は言って、
「いつもアメリアには世話になってるからな。ヴァルキリーなんだし、森の中が故郷なんだろうけど、たまには旅行っていうのもいいかなぁと思ってさ」
「ええ、嬉しいわ」
 素直に言われて、芳樹はどもる。照れたように視線をアメリアから湖面に移した。
「あっ、ありがとうな。喜んで貰えて良かったよ」
「こちらこそ素敵な旅をありがとう」
 船の外の景色は住宅街に変わり、細かい装飾を施された古い石造りの建物が、ぽつぽつと目立つようになっていた。