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湖中に消えた百合達

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湖中に消えた百合達

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 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、ヴァイシャリーの街で果物売りのおばさんに可愛がられていた。
「ほらぁ。こんな暑い中、帽子もかぶらないで歩いてちゃいけないよっ!水分たっぷり、美味しい梨を食べるといいよっ!」
 歩は素直に梨を受け取ると、店先のイスに座らされ、梨を剥いて一口大に切り分けてくれたおばさんからお皿を受け取った。
「んで、海の妖精の話しだっけ?おばさん、そんな話しは聞いたことないねぇ。でも、この先の道の裏にね、占い師のばあさんがいるから、その人なら知ってるかもしれないよ」
「じゃあ、湖で“消えたもの”って聞いたことありますか?何か大事なものを探してるとか、なくなるとか、そういうウワサでもいいんです」
 歩は、オケアニデスが求めているものが、必ずしも“女の子”ではないのかもしれない、と考えていた。キレイなものでも、オケアニデスにとって大事なものでも、それを待っているのかもしれない。
「わかんないねぇ。でも、ばあさんは古い話しにも詳しいし、仕事柄、不思議な話しもいっぱい知っているからね。もしかしたらそういうことも知ってるかもしれない」
 おばさんは、話しながらも器用にぱくぱくと梨を頬張る歩を愛おしげに見つめながら、占い師のいる場所を教えてあげた。
 その頃、御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)と、うんちょう タン(うんちょう・たん)は揃って、ヴァイシャリーの街の歓楽街の片隅、ひっそりと佇む占いの館へと辿り着いた。歓楽街とは言え、この時間ではまだ道も閑散とし、むしろ時が止まっているかのような静けさにあった。
 尋ねた占い師は、すでにけっこうな高齢を迎えているようではあったが、その青い目には力強い輝きがあった。
「街の伝説についていろいろと研究している者なのですけれど…『湖の生物とヴァイシャリー一族の悲恋の物語』などという話があるそうですわね。よろしかったらお聞かせ願えませんか」
 伽羅が口調を改めて占い師に問いかけると、占い師はチラとうんちょうタンの方を見て尋ねた。
「この人との恋の行方を、聞かなくても良いのかい?」
 うんちょうタンは真顔のまま、真っ赤になりつつも、否定した。占い師は笑いながら
「もったいないねぇ…。まあ、いいさ。ヴァイシャリーの悲恋ならば、この街の古いものなら、昔話しでみんな聞かされたものさ。占い料は取れないけどね。話しくらいならしてさしあげよう…、そっちのお嬢ちゃんも、一緒にね」
 4人が振り向くと、そこには百合園女学院の制服に身を包んだ七瀬 歩の姿があった。歩は4人の姿に一瞬圧倒されたが、すぐに頭を下げて、話しを聞くのに加わらせてもらった。
 それは人間にとっては遥か昔の時代、しかしオケアニデスにとっては、十分に待てるだけの時間、遡った時代の話しだった。

 湖や街、図書館などで、各々がそれぞれのアプローチ方法を考えていた頃、百合園女学院の中では、直接的な行動に出る者があった。ヴァイシャリーのことを調べるのだから、ヴァイシャリー家のものであるラズィーヤ様に聞くのが一番早い!と考えたとしても、おかしくない。
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、百合園女学院校長室で、桜井 静香(さくらい・しずか)と紅茶を飲んでいた。
「今日の紅茶は、秋限定のマロンショコラですわ。ミルクとよく合いますわね」
「うんっ!とっても美味しいねっ!」
「高務さんが、やはり紅茶の淹れ方がとてもお上手ですわね。今度コツを教えていただける?」
 高務 野々(たかつかさ・のの)は、優雅な手つきでティーポッドを片付けながら、頷いた。
「ところで、ヴァイシャリーの歴史を学べるところ、ですけれど、やはりヴァイシャリーの図書館が一番、民話や歴史についての文献が多いと思いますわ。ヴァイシャリー家の書庫にも文献はいくつかありますが、私的なものも多いので、歴史を学ぶ上ではあまり参考にならないと思います」
 先ほど、『ヴァイシャリーの歴史について勉強したいので、学べるところを教えてください』と尋ねた野々にラズィーヤは少し考えて答えた。
「高務さんは勉強熱心ですわね。こういう生徒が多いと嬉しいですわね」
「うん。そうだねっ!ボクもヴァイシャリーの歴史ってあんまり知らないから、一緒に勉強しようかなっ」
 ヴァイシャリー家の書庫を見せてもらうわけにはいかないか、と野々が考えていると、校長室のドアをノックする音があった。野々は静香が返事をするのを待って、ドアを開けた。
「失礼いたします」
 ドアを開けると、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)、そして真口 悠希(まぐち・ゆき)が揃って入って来た。悠希は静香を前にして、やや緊張気味の様子だった。
「今日はやけに来客が多いねっ!」
「すみません、静香様。あの、ボク…、えっと、ちょっとお話しをさせていただきたいんですけど…っ」
「ソファのほうに移りましょうか。高務さん、みなさんの分も紅茶を淹れていただいてもよろしいかしら?」
 ラズィーヤは、窓際のテーブルからソファのほうへと、みんなを促した。
 ジュリエットは、静香とラズィーヤに、昨夜、ヴァイシャリー湖で…ストレス発散のために湖に石を投げ込んだら淵の底から『ヴァイシャリー家ゆかりのものか…うらめしやねたましや…』という声が聞こえた、と切り出した。
「お姉さまが投げ込んだのは、石というより、岩くらいの大きさでしたわよ」
 ジュスティーヌは、ジュリエットと一緒にその場にいたものとして、より正確にその時のことを描写しようとした。悠希は2人の話しに驚いたものの、ジュリエットの思惑に気付いた野々から、口を挟まぬように小さく指を立てて「しーっ」の合図を送られ、黙っていた。
「そんな話しは、聞いたことがありませんわね…?とくにヴァイシャリー湖での怪談のようなものは聞いたことがありませんし」
「怪談ではなくてもかまいませんわ。何かヴァイシャリー湖にまつわるようなお話しはありませんか?」
 ジュリエットは食い下がった。ラズィーヤは、そうですわね…と考え込んでいる様子。
「あの、静香様は何か、ご存じありませんか?」
 悠希は、昨日の事件がヴァイシャリーに縁ある静香にまで害を及ぼすことがあるのではないかと心配しているのだった。
「うーん、さっき野々ちゃんとも話してたんだけどね。ボクはヴァイシャリーの歴史ってあんまり知らないから、わからないけど。そんな声が聞こえてくるなんて、怖いよねっ!ヴァイシャリー湖は、ボクの可愛い生徒たちもよくお散歩に行く場所だし、ともかく原因は知りたいねっ」
 野々の淹れた紅茶を一口すすってから、ラズィーヤは口を開いた。
「原因、と言えるかはわからないけれど…。ヴァイシャリー湖にまつわる話しで聞いたことがあるのは、遠い先祖に、妖精と恋に落ちた人がいたとかいなかったとか…」
 妖精、という言葉に昨夜の事件を知っている4人に緊張が走ったが、ジュリエットは平静を装って口を開いた。
「ロマンティックなお話しですけれど、そのご先祖様と妖精は、どのような結末を迎えたのですか?」
「そうですわね。先祖はどこか遠い国に嫁いだというお話しだったと思いますけれど…、妖精がどうなったか、ということは存じませんわ。小さい頃にばあやにお話ししてもらっただけですし…。子ども心に好きな人と引き裂かれるのはかわいそうだと思ったことだけ覚えていますわ」
「…妖精は、引き裂かれた恋人のことを、恨んでらっしゃったのでしょうか」
 ジュスティーヌは少し悲しげに呟いた。引き裂かれた恋人をいつまでも恨んでいるのだとしたら、そしてその恨みのために今も人を攫っているのだとしたら、そんなの、悲しすぎる…。
「好きな人は好きな人、だよっ!」
 しんみりとした空気を打ち破るように、静香はいつも通りの口調で言った。
「遠く離れたことを悲しんだとしても、好きな人はずっと、好きな人だよっ!好きな人を恨んだりなんて、するわけないよっ!」
 静香は立ち上がって、悲しげな色を瞳に浮かべた悠希の頭をぽんぽん、とよしよしした。
「可愛い生徒たちのことは、ボクが守るしっ!みんな心配することないからね。…そろそろ時間だよ、ラズィーヤ」
 ラズィーヤは部屋にかけられた豪奢な時計をちらりと見て、頷いた。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
 野々が尋ねると、ラズィーヤが答えた。
「イルミンスール魔法学院から、百合園女学院の見学をしたいと申し出があった方がいらっしゃるのです」