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湖中に消えた百合達

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湖中に消えた百合達

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 影野 陽太(かげの・ようた)は、ヴァイシャリー湖のほとりをひた走って、ある人を探していた。自分が手に入れた情報を渡すに相応しい人物は誰なのか…、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)を見つけることが出来れば一番良いのだけれど…。この場に来ていないわけはないと思ったが、混乱した中ではなかなか見つける事が出来なかった。そうしている間にも、オケアニデスに対する攻撃は始まってしまい、自分では止める事は出来そうになかった。オケアニデスを説得しなくては、さらに被害者が出てもおかしくない。
 岩造が立て続けに爆炎波を放つも、オケアニデスにはあまり効いていないようだった。しかし、それでも岩造は戦うことそのものは楽しそうでもあった。
「元少尉の鬼の岩造も強いやつと戦うことで血が騒いでしまうんでな!!!」
 めげずに攻撃を続ける人がいる限り、オケアニデスをこの場に留めておくことは出来る。オケアニデスが帰ってしまっては、元も子もないのだ。
「海の妖精、あなたは全く強いですね。岩造様も強い方と戦えて本当に大喜びをされています。私もそんなあなたの強さに大喜びです!」
 フェイトはケータイガンで岩造を援護していた。オケアニデスの氷術をよけながら戦うのは容易なこととは言えなかった。オケアニデスを仕留める方法はあるのか…。
 戦っている人の姿を見ながら、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)を引き連れて、ヴァイシャリー湖ほとりを、人を探して移動していた。ファルスのコスプレ喫茶で情報の取りまとめをした後、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の家へ寄ったのだが、すでにジュリエットの欲しかったものは他の人物の手へと手渡された後だったのだ。ジュリエットは、ひとまず、手にした情報のほとんどを橘 柚子(たちばな・ゆず)へと渡していた。巫女として妖精との架け橋をお願いするのに、うってつけの人物だった。
(でもまだ、オケアニデスに納得してもらうのには、足りませんわ)
 梨穂子や先輩だけでなく、オケアニデスも救うもの、それを求めてジュリエットは走っていた。
 
 オケアニデスとの攻防は、膠着状態が続いていた。オケアニデスは積極的に攻撃をしては来ないものの、こちらの攻撃も大して効いている様子がなかった。時折、割けた水が人を襲う気配はあるものの、大半のカップルがヴァイシャリー湖のほとりから離れたため、これ以上攫われる気配はなさそうであった。しかし、このままオケアニデスが帰ってしまっては、新たな被害者は出ただけで何も解決していない。
 材料がそろっていないけど、仕方がありませんわ…っ!ジュリエットが柚子に、オケアニデスの説得をお願いするために電話をかけようとした時、白百合団所属のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、オケアニデスの正面に進み出た。ロザリィヌには、ファルスのコスプレ喫茶で取りまとめた情報を渡してはあるものの、何をしようと言うの…?!
「オケアニデスさまっ!あなたが待っている子の代わりには、誰にもなれないんですの?」
 走り出たロザリィヌに、視線が集まった。攻撃に対して防御をしながらも、オケアニデスも聞いてはいるようだ。
「長い年月を経ても、恋を忘れることなどできませんわ。ですけれど…新しい恋を見つけることもできるはずですわ…?わたくしは、あなたの孤独を癒してあげたいですの…」
 てっきりオケアニデスの説得を始めるつもりであったのかという予想は大きく外れ、ロザリィヌはオケアニデスに愛を語り始めた。これには、オケアニデスに攻撃をしかけていた人たちも、一瞬攻撃の手を緩めるほどあっけにとられた。この状況で愛の告白って…っ!!
『そなたにワシの気持ちがわかると言うのかっ!わかるものかっ!!』
 オケアニデスが初めて口を開いた。怒りのような悲しみのような声が響く。ロザリィヌにケガをさせてはならないと、攻撃の手を休めたものの、オケアニデスの怒りを買えばロザリィヌの身が危ない。ラルクは予備の弾薬を取り出した。
「わたくしには、オケアニデスさまが待っているという“あの娘”のことは、わかりませんわ…。でも、人を愛する気持ちはわかるつもりですわ…!」
 ロザリィヌは、真剣な瞳でオケアニデスを見つめた。
「オケアニデス様、あなた様がお待ちになられている“あの娘”は、もうこの世のものではありませぬ」
 柚子が赤い袴の巫女装束で、進み出た。ロザリィヌがオケアニデスの動きを止めたので、ジュリエットが説得をお願いしたのだった。オケアニデスは柚子をにらみつけた。
『今、なんと言うた?ワシの待っている娘を知っているというのじゃな?』
 柚子はひるむことなく、その視線を受け止めた。海の妖精であるオケアニデスは、やはり神と同じ神々しさを放っていた。長い陰鬱な気持ちで過ごした年月が、オケアニデスの美しさを曇らせていたとしても。
「はい。オケアニデス様のお待ちになっている“あの娘”は、すでにこの世のものではありません。オケアニデス様も、本当はうすうす感じてはったのでしょう。だからそんなにも、悲しいお心をお持ちなのではありませんか」
『信じぬ!!あの娘は最後の日にも、いつも通り「待っていらしてね」と言ったのじゃ。ワシはずっと待っておるのじゃ。約束を守っているだけじゃ…。それなのにっ!!』
「その方がこちらにいらっしゃらなくなったのは、オケアニデス様のことをお嫌いなったからではないですぇ。彼女は、政略結婚させられるということを知らなくて…、無理矢理に嫁がされてしまったそうどす」
『どこにそんな証拠があるのじゃっ…!』
 オケアニデスは、柚子の説得になかなか応じようとはしなかった。数百年前の恋の物語にそんなに簡単に決着がつくわけはない。ただでさえ、乙女心というのは複雑だと言うのに。
 弥十郎は、やっと合流した響から受け取った情報に目を通しながらも、柚子の言葉に水を傾けていた。柚子はオケアニデスの言葉に、淀みなく応えていた。オケアニデスはきっと、ただ、納得をしたいだけなのだ、と弥十郎も気付いた。海の妖精ほどの存在であっても、恋をする気持ちというのは人間とそう変わらないものなのか…、弥十郎は隣でオケアニデスと柚子のやり取りをメモしている、百合園女学院の制服に身を包んだ響の姿を眺めた。
 シルエット・ミンコフスキー(しるえっと・みんこふすきー)は、マリアンマリー・パレット(まりあんまりー・ぱれっと)から聞いた話しと、オケアニデスと柚子の会話から、オケアニデスの心の闇というものが見えてきた気がした。ボクも話しをしたかったけどね。マリアンマリーを危険にさらすわけにもいかない。今回はマリアンマリーを辱めることが出来ただけで、良しとしようか。
 柚子が説得を始めた姿を見て、陽太は、自分がラズィーヤから預かってきたものを、渡すべき相手が柚子だと気付いた。オケアニデスの正面に出るのは、正直勇気のいることではあるけれど…、女の子が危険に身をさらしているというのにそんなことを言っている場合ではない。
 オケアニデスは、すでに“あの娘”が亡くなってから数百年の年月が経っていることを認めたくない様子であった。柚子は粘り強く説得していた。陽太は、勇気を出して、柚子の元へと走っていった。今、柚子に説明をすることは出来ない。柚子にも、オケアニデスにも見えるように、陽太は厳重に布で巻いていた大きな荷物を下し、布を解いて見せた。
『…っ!!』
 それは、ヴァイシャリー家の一人娘である、ラズィーヤ・ヴァイシャリーの肖像画であった。現在、ヴァイシャリー家の階段に飾られていたものを、陽太が借りてきたのだった。けっこうな重量である絵画を背負って来たのは、もちろん、オケアニデス説得の際の役に立つだろうと考えてのことだった。
『似ているが、違う。しかし…、ヴァイシャリーの家のものか…』
「そうです。ラズィーヤ・ヴァイシャリー様は、私たち百合園女学院にとっても、とても大切な方ですわ」
 陽太は、ラズィーヤから預かってきたもう一つのものを、そっと開いた。古い巻物状のそれは、ヴァイシャリー家に伝わる詳細な家系図だった。柚子はそれを遡るように一人ひとりの名前を丁寧に読み上げて言った。オケアニデスはただ、静かに聞いていた。
 オケアニデスは、失恋したのだ。そして、その恋は今やっと、終わったのだった。