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都市伝説「メアリの家~追憶の契り」

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都市伝説「メアリの家~追憶の契り」

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第3章 「夜華」での調査とメアリの家の元の持ち主 
 
 イブの営むバー「夜華」は本来は日が落ちてからの開店だが、今日は日が傾き始めた時間から開店していた。
 バーのカウンターの中には、イブの姿がない。代わりにローグの斎藤邦彦(さいとう・くにひこ)がバーテンダーの格好でグラスを磨いている。フロアにはミニの青いチャイナドレスを着たプリーストの高潮津波(たかしお・つなみ)と色違いの緑のチャイナドレスを着たパートナーで機晶姫のナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が、ウエィトレスとして働いている。
「本当に助かるわ〜。悪いわねぇ、タダで働いてもらって」
 イブは満面の笑顔で言う。カウンター席の端に座り、すでに3杯目のブランデーに口をつけている。
 斎藤たちは多少引き攣った笑顔を浮かべる。実は3人は情報集めの為に、イブに「夜華」でバイトさせて欲しいと頼んだのだが、元々客が少なくて財政難のために宿屋を始めようとしているぐらいである。バイトを雇う余裕などない。イブは当然断ったのだが、無料でも良いから働かせてほしいと言われ、喜んで雇ったのである。おまけに、今日1日は無料で働くと聞いた為、わざわざ通常の開店時間よりも早く開店した。
「貴方は幽霊退治に参加しないのかしら?」
 イブは先程から横に座っているナイトの狭間癒月(はざま・ゆづき)に流し目を送る。
「ワタシは幽霊には興味がない。幽霊のことなら、ワタシの優秀な学友たちが解決してくれるだろう」
「……そうね。期待しているわ。ところで、飲み物の追加はいかがかしら?」
「ああ、頂こう」
 イブは斎藤にブランデーのロックを注文する。斎藤は慣れた手つきで素早く作り、高瀬が狭間の空になったグラスと交換する。
「そういえば、イブはメアリの霊をどう思っているだい? メアリの霊は昔から街にいるんだろう?」
 狭間の問い掛けに、イブは肩を竦める。
「昔からいるらしいけど、私は信じてなかったわ。私が光零の街に来たのは数年前からだし」
 狭間だけでなく、カウンターやグラスを拭いていた斎藤と高瀬も驚いて手を止める。
「へぇ、ずっとこの街の人間かと思っていたけど違うのか。それでは、ワタシが軽く聞いた噂程度しかメアリについて知らないのかい?」
「ええ。生涯独身だってことぐらい。でも、改築を頼んだ大工の男たちが襲われたから、男にうんざりしていたのかもね」
 イブはクスクス笑い、グラスに口をつける。狭間はイブに調子を合せるように笑って言う。
「それも面白い見方だね。ワタシは男に飢え過ぎて噛みついたって見方が……」
「噛みついたのは犬のほうだ」
 二人の会話を黙って聞いていた斎藤は、思わずツッコミを入れる。狭間は芝居掛った大袈裟な仕草で、自分の額をピシャリと叩く。「そうかっ、犬のほうか。あちゃー! 間違えちゃったよ! ……こほん。話を元に戻すが、イブは光零に来る前はどこにいたんだい?」
 イブはまだ下を向いてクスクス笑ったまま答える。
「……いろいろ。夜の風が吹くままによ」
 その時、扉が開き、小太りの中年の男が入ってくる。男は扉のノブに手を掛けたまま、訝しげな顔で斎藤を見ていたが、
「あら、お久しぶりね」
 イブが声を掛けると、男は安心しように笑みを浮かべた。
「おお! イブ! 見知らぬ男がカウンターに立っているものだから、店を間違えたのかと思ったよ! 
 うん? バーテンダーにこんな可愛いウエィトレスを二人も雇ったのか?」
 男は高瀬とナトレアを見てイブに訊く。イブは頷いて言う。
「残念だけど、今日一日限定よ。空京への行商で一カ月に一回はお店に遊びに来てくれるお客さまよ」
 イブは高瀬たちに説明する。ナトレアは行商人の座る椅子を引いてやり、高瀬はおしぼりを出す。
「初めまして。津波です。あっちの子はナトレアっていいます」
「二人とも可愛いお嬢ちゃんだねぇ」
 高瀬の可愛らしい笑顔に、行商人は上機嫌でどんどんお酒を注文する。カウンター席なので斎藤に直接注文すればいいのだが、わざわざ傍まで高瀬を呼んで注文する。高瀬もニコニコと愛想良く応じるので、行商人はますます杯を重ねる。短時間でだいぶ酔っ払ったころ、高瀬は行商人の傍で話しかけた。
「お客様は行商をしているのでしたら、光零の傍の森も通るんですか?」
 行商人は顔を赤くしながら首を横に振る。
「いやいや。あの森は昔から盗賊の森って呼ばれていて、今はアンデッドモンスターになった盗賊団がいるって話だからね。行商人の間では、必ず森を迂回していくのさ」
「まあ! 怖いですね」
 高瀬がお盆を胸に抱きしめ怯えた振りをすると、調子に乗ってさらに話す。
「そうそう。この間のことだけど、森の入り口付近で男の霊を見たんだよ。血が付いた服に剣を持っていて、ヤバイって思ったけどね。でも、どうしてか男の霊は俺の姿が見えてないみたいに、グルグルと木の周りをまわっていたよ」
「……見えてないですか……」
 高瀬は呟く。高瀬が考え事をしているとき、行商人は高瀬とナトレアのミニスカートから伸びた足に目尻を下げ、いきなり並んで立っていた二人に抱きついてくる。
「津波ちゃん、ナトレアちゃん! おじさん怖かったんだよ〜」
『きゃあ!』
 高瀬とナトレアが悲鳴を上げる。険しい顔で狭間が立ち上がるが、
「ぐえ!」
 いつの間にか斎藤がカウンター越しに、行商人の胸倉を掴み締め上げていた。行商人は斎藤の手を外そうと暴れるが、全く微動だにしない。
「お客様。当店はそういったサービスは行っていませんので、ご遠慮ください」
 斎藤が無表情に低い声で言うと、行商人は何度も頷く。斎藤が手を離すと、行商人は咳込みながら急いでお金をカウンターに置き逃げて行った。
 イブはその様子を慌てるわけでもなく楽しげに見ていたが、ふと思い出したように狭間に訊いた。
「そういえば、貴方の可愛いお嬢さんはどうしたのかしら?」
「ん? そういえば、散歩に行ったままだったな」
 狭間は今更のように、パートナーがどこに行ったのか首をひねった。
 狭間のパートナーで吸血鬼のアラミル・ゲーテ・フラッグ(あらみる・げーてふらっぐ)は、「夜華」の店の近くを歩いていた。狭間がイブと喋っているので、なんとなく暇で散歩しようとブラブラ歩いていたのだが、街の外れにあるせいか見るものは何もない。
 そろそろ店に戻るかと考えた時、白衣を着たジェルドが向かいからやって来た。
「奇遇だな。同胞のレディよ。一人か?」
 ジェルドは牙は覗かせ笑う。アラミルもすぐに同じ吸血鬼と気づいたが、特別な感情はなかった。
「アラミルよ。パートナーが夜華というバーで飲んでいるわ」
 そう言って、アラミルは店に向かって歩き出す。ジェルドは首をひねり呟く。
「珍しいな。こんな早くからバーが開いているなんて」

 ジェルドはアラミルと一緒に店に入ってきたが、イブと軽く挨拶をした程度で無言でカクテルを飲んでいる。高瀬たちが話しかけてもあまり答えない。斎藤は少し考え、高瀬に話しかける。
「そういえば、今日は黒喜館の店主に会っていないのか?」
 すると、ジェルドの興味深そうに顔を上げる。斎藤がジェルドに黒喜館の店主のことを訊くと、
「今日は彼は店にいないだろう。彼は昔から毎月一日だけ、あの場所へ行かなければならないからな」
 そこへ、永夷とルナがやってきた。ルナと仲の良いナトレアがすぐに声を掛ける。
「ルナさん、お久しぶりですわ。相変わらず永夷さんと仲が良くて……」
 ナトレアが最後まで言う前に、高瀬は永夷の腕をとって店の外に連れ出した。
「おっととと……ど、どうしたんだ。津波」
 強引に腕を引っ張られて、永夷はよろけながら高瀬に訊く。
「ご、ごめんなさい」
 高瀬は顔を赤らめて、慌てて永夷の腕を放す。
「永夷さんが光零で調査しているのを見て……何かお手伝いができればいいかなって。それで、街の外にいる青年の霊について、少しだけどお客さんから情報が入って……」
「おお! さすが津波! ぜひ聞きたいな」
 永夷に褒められ、高瀬は顔を赤くしながら今まで聞いた情報を永夷に伝えた。
 
 日が傾いた頃、セイバーの葉月ショウ(はづき・しょう)とパートナーで剣の花嫁の葉月アクア(はづき・あくあ)は小型飛空艇に乗り、緋桜ケイのパートナーで魔女の悠久ノカナタ(とわの・かなた)は空飛ぶ箒に乗って、光零から離れた場所にある小さな村に来ていた。イブからメアリの家の元の持ち主が住んでいると聞いて来たのだ。
「カナタさんはケイさんとは一緒に行動しないんですね」
 アクアの質問に、悠久ノは気まずそうに答える。
「メ、メアリの家の調査はケイ一人で十分じゃ。わらわは他に気になることがあるゆえ……」
「元の持ち主は、あの家だな」
 ショウが二人の会話を中断させる。
 元の持ち主は若い夫婦だった。
「申し訳ありません。突然、押しかけてしまって」
 若夫婦の妻から飲み物を出され、アクアは頭を下げる。隣に座ったショウと悠久ノも一緒に頭を下げる。が、ショウの視線は家の中をチェックしていた。丸太小屋のような小さな家で、家内も手作りらしきテーブルや椅子があるだけで、装飾品は一切ない。質素に昔ながらの生活を続けている村のようだ。
 妻は「ごゆっくりどうぞ」とショウたちに声を掛け、二階へ上がって行ってしまった。
「それで、わざわざ光零から僕にどういった用事で?」
 ショウたちの向かいに座ったのは、夫のロバート・ライッシュである。ライッシュ家がメアリの家を代々所有していた。
 ショウは単刀直入に訊く。
「メアリの家について、わかることは全て教えてください」
「……やはりメアリのことですか」
 ロバートは溜息を吐いた。光零から来たと聞いた時点で、ショウたちの来訪の目的は予想がついていた。
「メアリの家を買ったのは、本当に遠い昔のことです。僕にも正確な年数はわかりません。ただ、メアリの婚約者だったアレックス・ライッシュが買ったと伝えられています」
「メアリの親戚とかではなく、男の方の親戚でしたか。メアリが住んでいたと聞いたので、てっきりメアリの方かと思いました」
 ショウの言葉に、ロバートは苦笑いを浮かべる。
「ええ。みなさん、そう思うでしょう。アレックス・ライッシュは傭兵を生業としていて、かなりの財産を築いたと聞いています。しかし、メアリとの結婚を機に足を洗う予定だったらしいです。傭兵として最後の仕事を終え、メアリの待つ光零に行く森で、盗賊団に襲われて命を落としたそうです。彼も財産を築くほどの強さではあったようですが、盗賊団の数の多さには勝てず、最後は光零目前まで逃げて絶命したそうです」
「まあ……目前で。無念だったでしょう」 
 アクアは沈痛な面持ちで小さく呟く。ショウは首を傾げて、ロバートに訊く。
「アレックスが亡くなったことは、メアリに伝えなかったんですか?」
 ロバートは悲しげに首を横に振る。
「もちろん、ライッシュ家の者がメアリに伝えたと聞いています。しかし、メアリは事実を受けいられずに、そのまま住み続けたそうです。ライッシュ家の者もメアリを気の毒に思い、当時はアレックスが今まで稼いだお金をライッシュ家にも入れてもらっていたので、そのお金でメアリを支援していました」
「その後、イブがあなたから家を買い取るまで、メアリの家を処分しようとかは考えなかったんですか?」
「……メアリの霊が出ると聞いていたので、恐ろしくて出来ませんでした。イブさんから買い取りたいと申し出があった時も、正直戸惑いました。僕たちライッシュ家は、代々そのままにしておくことが一番だと考えていたので」
 ショウは少し考えて、ロバートに言う。
「そのままにしておいてどうするんですか? それでは何も解決しないし、誰も報われない。メアリもライッシュ家の人たちも悲劇の呪縛から解放されることもない」
「……代々のライッシュ家の者たちにも重荷になっていました。僕もその重荷を降ろしたいばかりに……」
 ロバートは項垂れ、口を噤む。ショウは静かに訊いた。
「今、光零の街にいる友人たちが、メアリを救おうと奔走しています。事件の結末を聞きたいですか?」
 ロバートは無言で頷く。
「アク、連絡を頼む」
 ショウはアクアに光零にいる者に連絡するように頼む。アクアは頷き、家の外に出て携帯をかけた。
 今まで黙って聞いていた悠久ノは、躊躇いがちに訊く。
「……妙な事を尋ねるが、おぬしは今までメアリの家を掃除したり、誰かに掃除を頼んだりしておったか?」
「いいえ。僕は光零に行ったことも、誰かに掃除を頼んだこともありません」
「……そうか。はて?」
 悠久ノは誰がメアリの家を綺麗に保っているのかと、首をひねった。