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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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第3章 黒曜石は闇を呼ぶ
 
 
 はたして、カレン・クレスティアたちの予測とは真逆の、スライムの合流予定地点の空中高くに、オプシディアンは潜んでいた。いつかの夜祭りのときのように大きめの魔導球の上に立ち、周囲には数多くの小さな魔導球を従えるように浮遊させている。
「見つけた! ようし、美海ねーさまに知らせて、すぐにみんなを集めてもらうんだもん」
 隠れ身で巧妙に姿を隠しながら、久世沙幸は音をたてずに携帯を操作した。ここはまだ世界樹に近いから、先日のパーティーの罠に仲間たちがはまったときのように情報攪乱を受けていなければ、パートナー以外とも通話できるはずだ。
『分かりましたわ。すぐに、黒幕対応チームのメンバーに連絡しますわ』
 携帯のむこうから、藍玉美海(あいだま・みうみ)のささやく声が帰ってくる。
 これで、周囲に散らばっている仲間が集まってくるだろう。動くのはそれを待ってからでいい。それよりも、敵がどうやってスライムをコントロールしているかを突き止める方が大事だ。おそらくは、今現在もオプシディアンの周囲を飛び回っている球体のどれかがコントロール装置なのだろうが、地上からでははっきりと確認することができない。
 久世沙幸が目を凝らしていると、連絡を受けた茅野 菫(ちの・すみれ)たちが一番乗りでやってきた。
「いたわね、この前の貸し、きっちりと利子をつけて返してもらうわよ!」
 空中に浮かぶオプシディアンをびしっと指さして、茅野菫は言った。ザンスカールのアジトでひどい目に遭わされたことは、忘れたくても忘れられない。
「もう、かぎつけてきましたか。さすがに、侮れませんね」
 オプシディアンが、わずかに視線を落とした。
 今日の茅野菫は、黒を基調としたフリフリのレオタード姿の魔法少女コスプレできっちりと衣装を整えていた。
「闇にとらわれし、瞑ワークスの中間管理職よ!」
「?」
「とっとと始末書書いて、謹慎しなさい!」
 茅野菫の隣に現れたパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が、戸惑うオプシディアンを無視して名乗りを続けた。顔立ちも茅野菫にそっくりならば、衣装も白と言うことをのぞけば、まったく同じデザインだ。
「眼鏡っ娘の萌えを守る戦士、ノワール・リュネット」
「同じく、ブラン・リュネット」
 二人が、びしっとポーズを決める。
「二人は……ええと、なんだっけ」
「ちょっと、ちゃんと覚えておきなさいよ」
 名乗りを続けようとして、ちょっと台詞を忘れてしまい、二人がこそこそと相談を始める。
「とりあえず、眼鏡と美少女だけは外せない戦士、かっこ深夜バージョンよ」
 気を取り直して、茅野菫が適当にごまかした。
「ちなみに、わしがマスコットのコジローちゃんなのだよ」
 ゆる族なみの謎着ぐるみを着た相馬 小次郎(そうま・こじろう)が、二人の後ろから現れて言った。
「ふざけているのですか」
 かなり呆れて、オプシディアンが言った。
「何よ、深夜に八パーセントという驚異の視聴率をとったアニメを知らないの」
「地球の文化など、資料価値はあっても興味などありませんね」
 言い返す茅野菫に、オプシディアンがあっさりと言った。
「変態のくせに、超有名変態アニメを知らないとは……」
 茅野菫たちが、声をそろえてまくし立てる。
「さすがに、少し目障りですか」
 うんざりしたように、オプシディアンがすっと片手を動かした。彼の周囲を浮遊していた魔導球のいくつかが、茅野菫の遙か上空に移動する。
 何か仕掛けてくるのかと、茅野菫たちが身構えると、突然魔導球が振動を始め、甲高い音をたてた。
「なんだよこれ」
 あわてて、茅野菫は耳を両手で押さえた。だが、すぐに、音は聞こえなくなった。
「こんな音ぐらいで……」
 びっくりするものかと言いかけた茅野菫のスカートが突然燃えだした。
「菫、おしりが!」
 パビェーダ・フィヴラーリが、あわてて氷術で消火する。
「どういうことだ。火線も、光線も見えなかったようであるが」
 相馬小次郎が、二人をかばうようにして前に出て言った。
「超音波加熱(スーパーソニックブラスター)も知らぬとは。やはり、相手にするのも無駄ということですか」
 残念そうに、オプシディアンが言った。
 超音波加熱というのは、複数の超音波を一点に集め、装甲などを一切無視して粒子振動加熱を……。
「はっははははははははは!!」
 そのとき、地の文の解説を無視するような空気を読まない高笑いがあたりに響き渡った。
 オプシディアンがいる高度よりも遙かに高い場所で、閃光が輝いた。
「天空の騎士エ……じゃなかった、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、光臨!」
 クロセル・ラインツァートの名乗りとともに、背後にいたマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が光精の指輪の光量を、通常の明かりにまで落とす。
「かっこいいのだ、クロセルぅ」
 空飛ぶ箒の上に立つクロセルの後ろで、自分用の小さな空飛ぶ箒にまたがりながらマナ・ウィンスレットが言った。
「ありがとう、チビッコドラゴン」
 そう言いながら、クロセル・ラインツァートはゆっくりと地上に降下していった。
「さて、それほどの力を持っていながら、なぜ力に頼る。少しは話し合いを持とうという気はないのか。スライムを使役して衣服を溶かすなど、テロリスト以前の、ただのエロリストではないか」
 暗闇を利用して後ろの方で着替えをしている茅野菫たちから、注意を自分の方にむけさせるようにしながら、クロセル・ラインツァートはオプシディアンを挑発した。
「ふむ、誰かと思ったら、あなたたちはザンスカールで私の屋敷を襲った者たちですか。見慣れない顔もいくつか混じってはいるようですが。またもや、正義の味方気取りというわけですね。あなたたちの意にそぐわない者はすべて悪というわけですか」
「そういうわけではないぞ。だから、話し合おうというのではないか」
 オプシディアンの言葉に、マナ・ウィンスレットが答えた。
「まあ、とりあえず、正義の味方ということだけはあっているわけですが」
 クロセル・ラインツァートが、関係のないところに感心する。
「正義の味方ですか。そういえば、先日の夜祭りのときも、正義の味方気取りの者たちがたくさんおりましたね。あれは予想以上に盛りあがりまして、注目をイルミンスールからそらすことができ、充分に今日のための準備の時間ができました。一言お礼を述べておきましょう。それに、あなたでしたら、あのとき、さぞや格好よく登場なされたのでしょう?」
「ああああ、あのときは……」
 なぜかクロセル・ラインツァートが引きつった。まさか、あの場所にいなかったなどとは、正義の味方としては口が裂けても言えない。
「まさか、いらっしゃらなかったとでも。いやいやいや、正義の味方殿が、あのような晴れ舞台を逃すなどというようなことが……」
 オプシディアンが、わざと大仰に肩をすくめてみせた。
「ああああ……」
 クロセル・ラインツァートが、がっくりと大地に両手両膝をついた。
「ふっ、たわいもないですね」
 オプシディアンが、指示を出した。魔導球の一つが、まっすぐにクロセルめがけて襲いかかる。
「立て!」
 危機一髪、ガイアス・ミスファーンが、ドラゴンアーツで魔導球を弾き飛ばして叫んだ。
「敵を罵倒して精神ダメージを与えると言っておったのに、逆に心理攻撃を受けてどうするのだ!」
「すまない」
 ガイアス・ミスファーンに叱咤されて、クロセル・ラインツァートが気を取り直して立ちあがった。
「よくもまあ、後から後からぞろぞろと……」
 疎ましげに言うオプシディアンの眼前を光の精霊がかすめ飛んだ。素早く、オプシディアンが少し後退する。
「言いたいことがあるのなら、はっきりと言いなさい」
 光の精霊を操りながら、ジーナ・ユキノシタが叫んだ。彼女の後ろからは、ナナ・ノルデンとズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)も現れる。
「そうです。どうして、イルミンスールを狙うのですか。何か、因縁があるとか。たとえば、大神御嶽さんとか……」
「誰ですか、それは。さすがに、あなた方の名前までいちいち覚える気はないのですがね。イルミンスール魔法学校にしても、たまさか、北にあるということだけですし。それとも、あなたたちが納得できる理由が必要ですか。それは、地球人である自らの心に聞くのが一番でしょう」
 ナナ・ノルデンの問いに、オプシディアンが答えた。やはり、彼の行動には、個人的な思惑というものはあまりないようだ。
「そんなに地球人が憎いなんて。やっぱり、あなたも鏖殺寺院の人なの?」
 ズィーベン・ズューデンが訊ねた。
「鏖殺寺院? ああ。ええ、そうですよ、そう。私もその一員なのです。あなた方は、私たちの教義に反する存在ですからね」
 わざとらしく、オプシディアンが答える。はたして、それが真実であるのか、単なるブラフなのか、あるいはブラフに見せかけた真実なのか。オプシディアンの術中にはまった学生たちは、困惑するだけであった。
「そういう考え方も立場も、確かにありはするでしょうね。かくいう自分も、決して地球人が好きというわけではありませんから」
 綾瀬悠里が、千歳四季とイエス・キリストとともに現れて言った。
「ですが、だからといって、むやみに他人を害してもいいという理由にはなりませんが」
「その通り。人は、立場によって変わるのですよ。あなたたちの理念が、目的が、存在が、パラミタ大陸全体にとって脅威であり、異物なのです。それを改めない限りは、私たちのように、パラミタを守る意志が働くのですよ。これは、自然の摂理なのです」
「それは違います。大いなる意志が存在するとすれば、それは寛容であるべきもの。排除する前に、和を求めるべきでしょう」
 イエス・キリストが、諭すように言った。
「それを、英霊であるあなたが言うとは……」
 意味深げに、オプシディアンが言った。
「大いなる回帰は破滅とともに訪れるもの。だからといって、それを許してもいいものでしょうか。ですが、人はそのサイクルから未だ逃れられてはいない。であるならば、やはり、あなたたちは脅威なのですよ。シャンバラ建国もいいでしょう。ですが、そのあり方はすでに破壊へとむかっているのです。ならば、現在導き出される答えは明白でしょう」
 そう答えると、オプシディアンの周囲の魔導球が活発に動き始めた。
「気をつけて。きますわ!」
 禁漁区で危険を察知した千歳四季が叫んだ。
「だったら、先手必勝!」
 その声とともに、火球がオプシディアンにむかって飛んでいった。新たにやってきた一団の先頭に立つヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)が放った物だ。
「問答無用ですね」
 魔導球で火球を消滅させたオプシディアンがつぶやいた。
「悪の仮面男は、許さねえんだぜェ!」
「そうそう。黒衣の仮面は、俺だけで充分」
 ヴェッセル・ハーミットフィールドの言葉に、クロセル・ラインツァートがうんうんとうなずいた。それが気に障ったのか、魔導球が再び超音波振動を始める。
 そこへ、遠距離からハンドガンの狙撃が割って入った。弾き飛ぶ魔導球に、メニエス・レイン(めにえす・れいん)がすかさず雷術で追撃を与える。さすがに攻撃と防御を同時にすることはできず、魔導球が砕け散った。
「あら、意外といけるかしら……きゅう」
 アンブッシュ状態で喜んだのもつかの間、背後から首筋に突然の一撃を受けてメニエス・レインは昏倒して倒れた。
「手は出さないつもりでしたが、あまり調子に乗らせるのもよくないと思いまして。申し訳ありません」
 メニエス・レインを倒した人影は、そう言うとオプシディアンの方にむかって歩き出した。
 
「待たせたなあ。今までの借り、一挙に返してやるぜ!」
 始まった戦いの中で、新田 実(にった・みのる)は嬉々として火球を撃ち出していた。何かトラップでも仕掛けられてはいないかと、威嚇的に広範囲からオプシディアンの魔導球を狙う。その陰では、狭山 珠樹(さやま・たまき)がカメラを片手に、オプシディアンの観察を続けていた。
「来たれ火之迦具土神! 輝きと共に!」
 叫びながら、樹月 刀真(きづき・とうま)は火球を放ち続けた。敵が空中にいたのでは、刀剣による接近戦は充分に仕掛けられない。
「こら、正々堂々と下に降りてきて戦え」
「その通りだ。我らを恐れぬのであれば、かかってくるのだ。さもなくば、我の狐火を受けるがよい」
 そう言うと、藍玉美海も火球を放ってオプシディアン挑発した。
 だが、あくまでもオプシディアンは冷静であり、巧みに魔導球を操って攻撃と防御を行っていた。彼が学生たちの許へやってこない代わりに、魔導球が重い砲弾として襲いかかってくる。
「使い魔ごときが相手では、俺の剣は役不足で泣いているぞ!」
 樹月刀真は、藍玉美海の前に回り込んで、スウェーで魔導球を弾き飛ばした。
「近づいてくれれば、こちらの攻撃もあたるというものだろう!」
 ヴェッセル・ハーミットフィールドが雷術を放った。魔導球が直前で軌道を変え、雷光を避ける。
「今だ、クロ子!」
 ヴェッセル・ハーミットフィールドの声に応えて、彼の陰からクロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)が飛び出す。
「取った!」
 クロシェット・レーゲンボーゲンの手が、魔導球をつかみ取ろうとした。敵の武器を手に入れられれば、後々何かと有利になる。だが、魔導球の高周波振動は、あっけなくクロシェット・レーゲンボーゲンを弾き飛ばした。
「危ない!」
 クロシェット・レーゲンボーゲンを追撃しようとする魔導球にむかって、樹月刀真が虎の子のソニックブレードを放った。
 直撃を受けた魔導球が真っ二つになった。内部構造が垣間見えた瞬間、直後に爆発して四散する。攻撃は受けなかったものの、爆風を受けて、クロシェット・レーゲンボーゲンが再び吹き飛ばされた。
「大丈夫か」
 駆けつけたヴェッセル・ハーミットフィールドが、急いでヒールをかける。
「あれは、機晶石?」
 一瞬見えた物を思い返してクロシェット・レーゲンボーゲンはつぶやいたが、確かめるすべはなかった。
「もしかして、攻撃にも防御にも使っていない玉がある?」
 茅野菫やクロセル・ラインツァート、ジーナ・ユキノシタ、ナナ・ノルデンたちの加わった激しい集中攻撃の中、カメラを片手に狭山珠樹がつぶやいた。
「どれ……かしら」
 目につく魔導球にむかって確かめるように火球を放ちながら、隣にいた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が言った。玉藻 前(たまもの・まえ)も光の精霊でオプシディアンの注意を引きつつ支援する。
「そういうことね。見つけたんだもん!」
 未だ隠れたまま、注意深く戦いを見つめていた久世沙幸が姿を現して叫んだ。オプシディアンの左右に位置を変えないで寄り添うように浮かんでいる魔導球めがけて、リターニングダガーを放つ。夜の暗さではっきりとはしていなかったが、青い色をしていた魔導球が、直撃を受けてもろくも砕け散った。
「それか」
 同様に機会をうかがっていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、もう一つの赤い魔導球めがけて雷光を放った。狙い違わず、直撃を受けた魔導球が砕け散る。
「俺の目はごまかせない」
 サングラスの奥で赤い瞳を輝かせて、レン・オズワルドはつぶやいた。
「しまった!」
 オプシディアンが始めて動揺を見せた。
「それを待っていた。いっけえ!!」
 空中に制止させた小型飛空艇の上で、葛葉翔が大上段に構えたグレートソードを振り下ろした。一発限りのソニックブレードが死角からオプシディアンを襲った。
「なにっ!?」
 バランスを崩して避けたオプシディアンの仮面を、わずかに衝撃波がかすめる。そのまま、オプシディアンが、魔導球から落下したかに思われた。
 やったかと、学生たちが歓声をあげかけたが、それは声になることはなかった。
「手を出したくはなかったのですが。うかつでしたね」
 空中でオプシディアンの手をつかんだ男が、彼を引きあげた。真白いローブで全身をすっぽりと覆い、オプシディアンと同じ意匠の翡翠の仮面で顔を隠している。
「ジェイドか。よけいなことを」
 呼び寄せた自分の魔導球に乗り直しながら、オプシディアンが言った。
「ここは退くべきですね」
「まあいい。彼らは、自分たちの手で、大切な森を傷つけるだろう」
 ジェイドの言葉に、オプシディアンは自分に言い聞かせるように言った。
「それでは、皆様。いずれまたお会いいたしましょう」
 そう言うと、ジェイドがローブを翻した。とたんに、学生たちの視界いっぱいに白い鳥の羽が乱舞した。
「逃げられたのか」
 悔しそうにクロセル・ラインツァートがつぶやいたが、すでに敵の姿はどこにもなかった。