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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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第6章 時は流れ
 
 
「あれは……。ついにやってきたのね。忌部、カフあげて始めるわよ」
 北の枝の展望台から、スライムを追う和原樹たちの明かりをめざとく見つけた望月あかりが歓声をあげた。オペラグラスで確認すれば、スライムらしき巨大なうねうねがこちらにむかって移動してきている。
『やぁ、みんな。いるみんラヂヲ、始まるよ! 今回は記念すべき第一回放送。豪華ゲストは、這い寄るこ……じゃなかった、湖、湖。その正体は、スライムさんです!』
 忌部綿姫のOKサインを確認してから、望月あかりは一気にしゃべり始めた。
 
「いよいよ、出番が回ってきたわね。スライムなんか、このランスで一気に蹴散らしてあげるわよ!」
 ビキニアーマー姿のカロル・ネイ(かろる・ねい)は、聞いていた校内ラジオのボリュームを上げると、自転車に飛び乗って元気に出発した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「すすめー、すすめー、ものどーも」
 ぶよぶよのクレイゴーレム部隊の肩に乗った日堂真宵が、御機嫌で鼻歌を歌っている。これだけのゴーレムを配下にできる機会など滅多にない。いや、今後もうないかもしれない。それだけに、上機嫌だった。
 だが、水をたっぷり含んだ高分子ポリマーを全身に纏ったクレイゴーレムたちは、とにかく足が遅かった。先行した攻撃部隊の学生たちがとうにスライムたちとの戦いを終えつつあったというのに、未だに世界樹からあまり離れていなかったのだ。
「ふわあーあ。平和すぎてあくびが出てしまいまーす。おや、真宵、前方から何かがやってくるようですが……」
 アーサー・レイスが、前方の闇に目を凝らした。暗くてよく分からないが、何か青い物が意外に素早いスピードで動いているような気がする。
「げげ、あれはスライムじゃないの。しかも紫じゃなくて青じゃない。回避よ、回避。急いで!」
 迫ってくる物の正体に気づいた日堂真宵があわてて叫んだ。だが、クレイゴーレムの動きは鈍い。もっとも、ここまで動きを鈍くさせてしまったのは、日堂真宵たちの自業自得ともいえるのだが。
「待てー、すくわせるのだー」
 洗面器を振り回しながら、青いスライムたちの後を追うようにして和原樹とフォルクス・カーネリアがやってくる。
 途中で魔導球が破裂したときはもうダメかと思ったが、なんとか呑み込まれずにすんだ。
 一部紫が混じったスライムは、世界樹にむかうスピードを一気に上げたのだった。
「無理でーす。逃げ切れません。だから、あれほど我が輩の選んだ勝負下着に着替えろと……」
「今更、そんなことを……」
 皆まで言えずに、日堂真宵とアーサー・レイスがゴーレムごとスライムに呑み込まれた。
「ははははは、今、あたしが蹴散らして助けてあげるわよ!」
 カロル・ネイが、猛スピードでバイスクルチャージをかけてスライムめがけて突っ込んでいった。光条兵器でスライムを弾き飛ばしつつランスで犠牲者をほじくり出そうとしたのだが、スライムの動きは予想外のものであった。
 クレイゴーレムたちをつつみ込んでいた高分子ポリマーの含む水が、一部の紫スライムたちを分裂させて飛び散らせたのと同時に、青いスライムたちは単純に水分を得て活発化したのだった。
 結果、スライムの一部が、突然爆発するように飛び散ったのだ。
 幸いだったのは、すでに呑み込まれた日堂真宵とアーサー・レイスがその反動で吐き出されたことであったが、近くにいたカロル・ネイと和原樹とフォルクス・カーネリアもスライムにはねとばされて大地に転がった。一応、カロル・ネイのビキニアーマータイプの騎士鎧は無事だったが、元がほとんどすっぽんぽんのようなものだ。和原樹は衣服をクリップに止めてはいたが、ほとんどがスライムにもまれて引きちぎられ、なんだかみすぼらしいことになっている。フォルクス・カーネリアとアーサー・レイスは、潔くすっぽんぽんだ。
「た、大変だよー。早く助けなくっちゃだもん」
 無謀なカロル・ネイの後を追いかけてきたクラーク 波音(くらーく・はのん)が、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)にむかって、あわてて叫んだ。
「あわてないで。箒の間に広げたハンモックに乗せれば、なんとか全員助けて運べますよ」
 落ち着いて、アンナ・アシュボードが答える。
 二人の箒の間にハンモックを広げて救助ネットにすると、地上に降りて犠牲者たちを一緒くたにハンモックの上に乗せあげた。男女一緒くただが、かまっている余裕はない。
「おっもいいい……」
「がんばって、波音ちゃん」
 なんとか二人で犠牲者を回収しながら移動していく。だが、手間取る二人に、分裂したスライムが迫った。
「きゃっ」
 思わず二人が身をすくめたところへ、飛来した光弾がスライムを打ち抜いて消滅させた。
「ラキシス、忍、急いで二人を手伝うんだ。スライムは、俺がなんとかする」
 葬炎と名づけた拳銃型の光条兵器を連射しながら、空飛ぶ箒に乗った譲葉大和が言った。出発が遅れたおかげで、いいところに駆けつけることができた。
「急いじゃうよー」
 駆けつけたラキシス・ファナティックが、見かけによらない怪力で、カロル・ネイをひょいとハンモックの上に放り投げた。下敷きになったアーサー・レイスから何かつぶれるような声が漏れたが、気を失っているのだから問題はないだろう。この状況は、誰が幸福で誰が不幸なのかはまったく分からない。
「さあ、箒を引っ張って逃げるのじゃ」
 犠牲者を全員回収したのを確認して、九ノ尾忍が叫んだ。女の子四人で低空に浮かぶ空飛ぶ箒を引っ張りながら、安全なところまで急いで避難する。
 それを援護して見届けながら、譲葉大和は改めてスライムの群れに目をむけた。
「さて、用意した毒はどの程度効くものか……」
 九ノ尾忍が届けてくれた薬瓶を、蓋を開けてそのまま下に広がるスライムに投下する。
 弾けるようにして、スライムが溶けだした。いや、細胞壁が瞬間的に破壊され、体組織の形状を維持できなくなったのだ。生命のスープとでも言うべき状態になって、それがどんどんと広がっていく。
「このまま広がってくれれば、致命傷に……」
 譲葉大和が喜んだのもつかの間、スライムたちは素早い防御行動に出た。毒に犯された仲間の体組織を切り離して、コロニー全体を守ったのである。
 真ん中だけを残して左右に分離したスライムたちは、そのまま世界樹にむかって侵攻を再開した。
「みんなー、スライムがきましたよー」
 鷹野栗が、エル・ウィンドに携帯で連絡を入れた。世界樹のてっぺんから、枝の傘への延長線上からはすでに内部へスライムたちは入り込んでいる。上から見れば、その這い進んだ後が一筋の線として見えるので一目瞭然だった。
 まだ世界樹の枝の端までには到達していないとはいえ、世界樹その物に達するのは時間の問題だろう。
「了解した。さあ、キミたち、最終防衛戦の開始だ。ボクたちの後ろは、大切な学校なのだ!」
 エル・ウィンドが、その場にいたみんなを鼓舞した。
『さあ、始まりました、世紀の一戦。勝つのは、我らイルミンスール魔法学校の生徒か。負けるのはマジックスライムか。おおお、さっそく、伝家の宝刀、一つ覚えのファイヤーボールが雨あられとスライムにむかって撃ち込まれますぅ。これはもう、数の暴力だぁ。でも、本土決戦ですので、これはしかたないですねえ。ねえ、解説の忌部さん。忌部さん? あれ? 忌部さーん』
 実況を始めた望月あかりではあったが、パートナーの忌部綿姫はすでに寝袋の中ですやすやと寝息をたてていた。そういえば、もう夜明けも近い時刻である。
「とにかく、数を減らしちゃってよね。ダリル、カルキノス、やっちゃってー」
 自らも火球を放ちながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がパートナーたちに命令した。
 スライムの頭上に、アシッドミストの霧が何重にも重ねがけされる。それらは混ざり合って強酸の雨となり、スライムたちを休むことなく焼いていった。
「今だ、池を決壊させて、一気に押し流して分離させるんだ!」
「よし、分かったぜ」
 エル・ウィンドの言葉に、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がドラゴンアーツで防塁に穴を穿つ。
「いかん、決壊させてはダメだ!」
 夏侯淵が叫んだが遅かった。
 池を決壊させて、スライムを赤と青に分離させるのは、あくまでも紫スライムに対しての策だ。今ここにいる青スライムに対しては、水は敵を活性化させるだけの、逆効果にしかならない。
 その通り、水を得た青スライムは、ここまでの攻撃や高分子ポリマーで不足気味となっていた水分を補給して、一気に元気になった。
『おおっと、これは、作戦が裏目になってしまったようです。スライムが元気になってしまいましたあ。心なしか、地響きのような音も聞こえます』
 眼下の攻防を見下ろしながら、望月あかりが実況を続けた。
「まだいけるよ。今なら、一斉に雷術を使えば、スライム全体に高圧電流を流せるよ」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が叫んだ。その背後で、世界樹を巡る立体魔法陣の回転する速度が速まり、一気に活性化を始めた。
「エリザベート校長やアーデルハイド様のお手を煩わせるな。みんなで、スライムを倒すんだ!」
 エル・ウィンドが叫んだ。
「その通り。赤スライムにふられた青スライムは俺たちの仲間……じゃない、敵だあ。そのまま絶望の淵に落としてやれ!」
 七尾蒼也が、スライムにとってはいわれのない怒りをぶつけながら言った。ジーナ・ユキノシタに手渡したお守りからは未だに彼女の危険は感じられなかったものの、無事だという連絡も未だにない。それが、七尾蒼也の不安をあおり続けていた。
「くらえ、出会いのびりびり!!」
 七尾蒼也の攻撃とともに、何人かが一斉に雷術を放った。
 水に濡れたスライム全体が感電して死ぬと思われたとき、大きく伸びあがったスライムが、上半分を切り離してジャンプさせた。下半分は犠牲にしても、残る半分で学生たちの頭上を飛び越え、直接世界樹にとりつこうというのである。
 それを感じて、立体魔法陣が低いうなりを発し始めた。
『ああっ、スライムがこちらへ飛んできます。校長先生の攻撃魔法がついに発動してしまうのでしょうか。自分たちはやはり役立たずだったのでしょうかあ。もう、自分は逃げることが間にあいませーん。皆さんさようならー』
 実況を続けていた望月あかりが、頭をかかえてしゃがみ込んだ。
 ぐちゃりと、スライムがはりつく音がする。
 風が唸るような声が響き渡った。
 おそるおそる望月あかりが目を開けると、彼女の前にそびえ立つ巨大な人影が見えた。
 巨獣だごーんだ。
 光学迷彩を使って近づいてきていた巨獣だごーんが、世界樹の盾となってスライムを防いだのである。だが、いかに巨体の巨獣だごーんとはいえ、スライムにとりつかれては意識を保ってはいられない。ゆらりとその巨体が揺れたかと思うと、そのまま前のめりに倒れていった。
「おおう、大丈夫ですか、だごーん様」
 巨獣だごーんの背中にはりついていたためにかろうじて難を逃れたいんすますぽに夫が、心配そうに声をかけた。
 だが、その周囲ではそれどころではなかった。巨獣だごーんが倒れたときに飛び散ったスライムによって、少なからず学生たちに被害が出ている。
「ええい、全員、あわてるな!! 態勢を立て直して、スライムにむかって一斉放電。一気に片をつけなさい!!」
 業を煮やした紗理華が叫んだ。風紀委員を中心に、多くの者が雷術の準備をする。
「ちょっと待ってください、まだ、だごーん様がぁ」
 驚いて、いんすますぽに夫が紗理華にしがみついた。
「大丈夫、この程度で中の人は死んだりしないから」
「中の人なんていませーん」
 叫ぶいんすますぽに夫を無視して、紗理華は空中にルーンを描き始めた。
「ヘゲル! ――ソーン! ――エオ!!」
 紗理華のサンダーストームとともに、一斉攻撃による無数の雷光が巨獣だごーんに降り注ぎ、スライムたちを今度こそ全滅させた。
 後には、灰になったスライムの残骸と、ぶすぶすと煙をあげる巨獣だごーんだけが残った。
「やれやれ。やっと終わりましたか」
 御嶽がほっと一息ついたとき、世界樹を回る魔法陣が大きく変化を始めた。上下の魔法陣の回転する方向が逆になり、それとともに、二つを結ぶスペルチェーンも呪文が変わって色合いを変化させた。
「これは……」
「攻撃呪文が、回復呪文に組み替えられているのじゃ……」
 学生たちが呆然と美しい光の変化を見あげていると、ビュリが感心したように言った。
「早くて、完璧じゃのう。そして、何よりも美しいのじゃ」
 組み直された魔法陣が、ふいにぴたりと止まった。次の瞬間、光の魔法陣がほどけ、無数の細かい粒子となって周囲に広がっていく。暖かい光ととも鈴のふるえるような音が、世界樹を中心にイルミンスールの森全域へと広がっていった。
 光が、音が、暖かさが、すべての者の心に染み渡っていく。
 巨獣だごーんが、少しきょとんとしたような仕草で何事もなかったかのようにむっくりと起きあがった。心なしか、身体にうっすらと緑の苔が生えたようにも見える。
 巨獣だごーんはパラミタ内海の方角にむかって歩き出すと、その姿をゆっくりと光学迷彩で消していった。
 スライムとの戦いで荒れた森に緑が戻っていく。変えられた地形はまだそのままだが、倒れたり燃えたりした木は、ビデオの早回しのように新芽をのばして、ほとんど元通りになっていった。
 やがて、長い夜が明け、朝の最初の光が、生徒たちの上に分け隔てなく降り注いだ。