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第一幕



 今日は【シャンバラ演劇祭】。
 芸術の秋にちなんだ文化の祭典である。上演も六組目を終え、いよいよ次が最後の劇団。長らく客席に腰を落ち着けていた観客だったが、その顔には疲れの色よりも期待の色のほうが強く見える。これから始まるのは、地球の演劇。初めて見る事になる舞台に、観客一同興味津々のご様子。やがて、客席に静かに闇が訪れた。
 エントリーナンバー七番【蒼空歌劇団】、演目は【白雪姫】。
 それでは、舞台のはじまりはじまり。 


 昔々、ある所に白雪姫という美しい姫がおりました。
 姫は優しい王妃の元で幸せに暮らしていましたが、ある日王妃は亡くなってしまいました。
 王様があとがわりに妻にしたのは、いじわるでうぬぼれやの王妃でした。
 新しい王妃が来てからと言うもの、白雪姫はいつもいじめられていたのです。



 ナレーションがはっきりした口調で流れると、ゆっくりと舞台の幕が上がっていった。
 照明が舞台に向けられる。明るく照らし出された舞台に、城の中庭を模したセットが現れた。左右正面から浴びせられる光の中央に座っているのは、白雪姫役の小谷 愛美(こたに・まなみ)だ。その周囲で、愛美と一緒に庭に咲いた花を摘んでいるのは妖精たち。緑色の羽の付いたドレスを着てるのは、広瀬ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)。パートナーのウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)は羽の付いた純白のロングドレス。ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)は、ファイリアと似た感じの衣装に身を包んでるが、肩の部分は露出してる。ちょっと大人なデザインに、少しばかり恥ずかしそうだ。
「新しいお義母様は、とても意地悪な人。心が休まるのはこうして妖精と戯れている時だけ……」
 愛美は客席に悲しげな表情を向けた。
「ねえねえ、白雪姫。そのドレスいいよねー。すっごい似合ってるよ」
「うふふ、ありがとう」
「普段の制服も似合ってるし、やっぱスタイルがいいと得だね。そのドレスでどんな男子を落とす気なの?」
 肘で突っつくファイリアに、ちょっと照れてる愛美であった。
「どんな男子がタイプなの、白雪姫?」
「やっぱり白雪姫的には、白馬に乗った王子様かなぁ」
「わかるわかるー。ファイも……じゃなかった、私も、ピンチの時に颯爽と駆けつけて、華麗に助けてくれる人が好き。私にも、そんな王子様が現れてくれないかなぁ……」
 地球の妖精も女子高生トークするんだ……、観客はなんだか感慨深い表情を浮かべていた。地球の妖精が本当に女子高生トークするかどうかは、ちょっと筆者は見た事無いのでよくわからない。
「……で、ウィルヘルミーナは?」
「って、好きな男の人ですか!?」
 マイク代わりに花を向けられて、ウィルヘルミーナは目をまん丸くした。
「ボクは元々男だったから好きになるのは女性の人で……。でも、勇敢で優しい人なら……って、何を言わせるんですか!? ……って、素でお話してどうするんですかボク!?」
 ポカポカと床に当たるウィルヘルミーナを、「ちょっと、上演中だよ」とウィノナが止める。
「英霊化で性別が変わると大変なのね……」
 苦笑いを浮かべつつ、愛美は舞台を進行させるためと立ち上がった。


 きっといつか現れる王子様 それを待って今日も過ごすの
 お義母様のいじわるにも 耐えて……



 歌い始めた愛美。ところが、どこからか同じメロディで歌う声が聞こえてくる。


 不幸にも王妃によって国を滅ぼされ 掃除婦としてこきつかわれる
 あたしは掃除の国の王女 いつかきっと報われる日がくるの

 

 舞台袖からスポットライトを浴びて登場したのは、七瀬歩(ななせ・あゆむ)。掃除の国の王女様を名乗る彼女は、ドレスにエプロン姿、片手に掲げるのは箒。クラスがメイドなだけあって、違和感のない立ち振る舞いである。一緒に出て来たパートナーのチュウ・蓮華院(ちゅう・れんげいん)は、縦ロールがついたハムスター型ゆる族なので、なんの役なのか観客は一瞬掴めなかったが、召使い兼お目付役のメイドとの事である。
「王座を追われこんな所でブルーカラー。毎日王妃のパンツを洗うのはキツイけど、頑張ってればいつかきっと報われる日が来るわ。目指すはこの世で一番奇麗な(掃除が出来る)人。そして、いつか王子様と……」
「ボロは着てても心は錦。ご立派ですわ、王女様」
 光の中で訴えかけるその姿に、愛美は言い知れぬ不安を感じた。
「あの……、歩ちゃん。そ、その役なに? 私、聞いてないんだけど……?」
「ごめんね。あたしもお姫様やりたくなっちゃった」
「うう……。私より目立ってる……」 
「ちょっと何を遊んでおりますの!」
 突如響いた声と共に、禍々しい音楽が流れ始めた。
 登場したのは、羽高魅世瑠(はだか・みせる)。後ろに二人のパートナー、フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)を引き連れて、ツンとした表情。三人はヒーロショーの悪役女幹部が着るようなラメラメしたレオタードに、ドクロや竜の牙をトッピングし毒々しく着飾ってる。舞台に咲いた毒の花を、愛美と歩は不思議そうに見つめた。一体なんの役なのだろう……?
「おーっほっほっほ。間抜けな顔をお並べになって、どうしたの? 義理の姉妹をお忘れになって?」
「ぎ、義理の姉妹?」
「あたし達、王妃の連れ子シスターズ!」
 魅世瑠が闇雪姫。フローレンスが暗雪姫。そして、ラズが黒雪姫と言うそうな。
 義理の姉妹なんて白雪姫にいたっけ? 愛美と歩が舞台袖に目を向けると、脚本を担当する弁天屋菊(べんてんや・きく)が眉にしわを寄せた後、「繋げ」と簡素な一言が書かれたスケッチブックを提示した。
「白雪姫と掃除姫だったかしら? 仕事もしないでこんな所でお油をお売りになって。立場をわきまえなさい」
「白雪姫、オナカへったよ! 飯、作レ!」
「ああ、なんてか可哀想な、黒雪姫。妹を飢え死にさせる気?」
 これは高度なアドリブを要求されている……、愛美と歩は思った。
「あ、あの……。ご飯ならさっき作……」
 そう言いかけた愛美に、ラズはどこからか取り出したアツアツの握り飯を投げつけた。
「きゃあ!」
「まずイ! こんな飯ガ食エるカ!」
 握り飯は後ほどスタッフが美味しく頂くとして、魅世瑠とフローレンスはふんと鼻を鳴らした。
「白雪姫の分際で生意気ですわ。そもそも、お前にそんなドレスは不釣り合いですのよ」
「そうですわね」
 逃げようとする愛美と歩を取っ捕まえて、その衣装を無理矢理ひん剥いた。
「きゃあ! やだやだ!」
「お嫁に行けなくなっちゃう! って、見てないで助けてよぉ、ちーさん!」
 ビリビリに裂かれた衣装から、はみ出るすらりと伸びた白い脚。破れた胸元を手で隠しても、健康的な鎖骨は隠しきれない。瞳をうるうると潤ませて、上気した頬には恥ずかしそうに赤みが差す。二人のあられもない姿には、客席の助平からも惜しみのない拍手が送られた。中には手を合わせて拝む者の姿も。
 一仕事やり終えた顔で去って行く魅世瑠たちを横目に、愛美と歩は暗い表情。まあ、当然か。
「こんなにたくさんの人の前で汚されちゃった……」
「愛美ちゃん。なんだかあたし、泣けてきちゃった……」
 そんな二人の上に、ふぁさっと毛布がかけられた。
「まあ、また酷い目にあったのですわね」
 そう言って、華麗に舞台に現れたのは、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)。そして、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)のパートナーズ。三人は予備の白雪姫用ドレスで着飾っているのだが、どうやら白雪姫役として、ヒロイン争奪戦に挑戦しに来たわけではないらしい。
「え、えーっと。あの、ジュリちゃん、それ何役?」
 首を傾げる愛美に対して、ジュリエットは大げさに驚いてみせた。
「あなたの本当の姉妹をお忘れになって?」
「ほ、本当の姉妹?」
 ジュリエットが白雪姫を妬んではいるものの面倒見の良い長女の吹雪姫。ジュスティーヌが引っ込み思案ながらしっかり者の三女、初雪姫。アンドレがわがまま気ままのお調子者、末娘の深雪姫……だそうな。
 再び舞台袖を見れば、菊が苦い顔で「繋げ」と書いたスケッチブックを、ぺしぺしとペンで叩いている。
「この吹雪姫。吹雪姫が来たからには安心なさって。傷ついたあなたの代わりに進行はわたくしが」
「そうそう。このあたし、深雪姫も付いてる事だし!」
「私、初雪姫も及ばずながらお手伝いしますわ」
 ……ふっふっふ。ヒロイン争奪戦に参加して、不毛な争いを繰り広げるなど愚の骨頂。主役になどならなくとも輝く方法はあるのですわ。わたくし達が輝くその瞬間をとくとごらんなさい。
 ジュリエットはきょとんとする愛美を見つめ、目を細めるのだった。
「……とまあ、そんなやりとりを繰り広げている白雪姫たち」
 そう言ったフローレンスに続き、妖精役が舞台の前に出る。
「さて、一方その頃お城の中では……」