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夜をこじらせた機晶姫

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夜をこじらせた機晶姫

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chapter.2 瀬蓮ルート1・漫言 


「ご協力お願いしまーす! この写真に見覚えのある人、いませんかー?」
 翌日、空京の大通りでビラ配りをしていたのはセシリア・ライト(せしりあ・らいと)。その傍では彼女の契約者であるメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)も、配布活動に精を出していた。
「大切な探し物なのですぅ。どうか、力を貸してほしいのですぅ」
 彼女たちは、ヴィネのメモリにあった映像を写真にし、その画像を載せた紙を配ることで情報を得ようとしていたのだ。
「メイベルちゃん、もっと大きな声出さないと通行人が止まってくれないよ?」
 セシリアがメイベルにアドバイスをする。
「ほら、大好きな歌を歌ってる時みたいな感じだよ!」
「歌……ですかぁ。分かりましたぁ。やってみますねぇ」
 ……やってみる? セシリアは、微妙に嫌な予感がした。そしてその予感は、見事に的中した。
「ご協力ぅ〜Uh〜お願いしたいのですぅ〜」
「あっ、ええとね、あのね、ほんとに歌わなくていいんだよメイベルちゃん」
「Please〜,Please help us if you are free〜」
「ああうん、ぽいけど! なんか英語にしたら歌の歌詞っぽいけど!」
 慌てて止めようとするセシリア。が、メイベルの歌がなまじ上手かったため、彼女らの周りにはさっきよりも人が集まってきていた。
「わぁ、言っていた通りですねぇ。いっぱい人が集まってくれたのですぅ」
「こういうことじゃなかったんだけど……結果オーライだよね、こんなに人が集まってくれたんだもん」
 セシリアはそうして自分を納得させ、人通りが増えた通路で再びビラを配り始めた。
「すごいね、歌を歌うことで人を注目させるなんて」
 そんなふたりに話しかけてきたのは、神和 綺人(かんなぎ・あやと)だった。
「僕も一緒に歌わせてもらおうかと思ったんだけど、なぜか僕が歌うと怪奇現象が起こっちゃうみたいなんだよね……」
 彼、綺人は美声の持ち主で、歌も普通に上手なのだが、どういうわけか彼が歌う度にオカルトチックなことが発生してしまうのだった。カラオケで一曲歌い終わった時、ラップ現象で拍手されたのも懐かしい思い出である。
「はい、セシリアさんにアドバイスを貰ったおかげですぅ。歌うことは元々アクションに書いてなか」
「あはは、怪奇現象ってなんだか怖そうだね! あ、よかったら手伝っていってくれると嬉しいな!」
 セシリアはさっきよりもさらに慌ててメイベルの口を塞ぎ、話を逸らすように綺人との会話に割って入った。もしかしたらメイベルが何か危ないことを言おうとしていて、それを感じ取ったのかもしれない。
「うん、喜んで手伝わせてもらうよ。さっき一応ヴィネさんの音声メモリをこれに録音しておいたから、何かに使えるかも」
 そう言って綺人は、デジタルオーディオプレーヤーを懐から取り出した。スタイリッシュな赤いボディと、30種類ものイコライザ搭載により様々な音質が楽しめるのが特徴で、見た目も中身も充実の一品である。なんとこちら、お値段税込みでイチキュッパとのこと。
「素敵なアイテムなのですぅ」
 どっかのサクラみたいな合いの手をメイベルが入れる。
「じゃあ、これも使いながらまた聞き込みを始めよう! あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったよね。何ちゃんって言うのかな」
「……僕は男だよ」
「ええっ!?」
 謝るより先に驚きが出てしまったセシリア。綺人の外見は確かに見間違えても仕方ないくらい女性っぽかった。謝るセシリアを笑ってフォローした綺人は、彼女たちから紙を受け取ると、近くで配布を始めた。
「よろしくお願いします! 親探しにどうかご協力ください!」
 声を上げながら、綺人はある疑問を頭から拭えずにいた。それはごくシンプルな、たぶん他の生徒たちもどこかで思っているはずの疑問。
 ――親を探している少女、ヴィネ。彼女は、どうして記憶を初期化されたんだろう?
 綺人は今配っている紙の一枚一枚がその疑問を解決する一歩になるのだと信じ、声を出し続けた。



 一方、佑也もパートナーのラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)と共に人の多そうな通りで聞き込みを行っていた。
「これだけ人が多いと、誰に話しかけるか迷うな……」
 眼鏡を一旦外し、目を数回パチパチとさせてから再びかけ直す佑也。そんな彼の隣で、ツヴァイがぴくんと頭を動かした。
「どうした、ツヴァイ。何か見つけたのか?」
「兄者、センサーに反応がありました」
 どうやら彼女が頭につけているシニヨンキャップは、センサーの役目を果たし、色々な情報を受信可能らしい。それがどれほど正確なセンサーなのかはもちろん彼女本人しか知らない。
「おぉ、やるじゃないかツヴァイ」
 こいつが役に立つこともあるんだな。佑也は心の中でこっそり呟いた。そんな毒づきを知る由もないツヴァイは、自信満々にある方向を指差した。彼女の指先にあったのは、一軒のお店。学生御用達のその店は、ミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称「ミスド」だった。
「あの中に、手がかりがあるのか?」
 確かに、あそこは冒険好きな者が集まる店。今自分たちが探している情報が転がっていてもおかしくはない。
「どうやらあのお店のドーナツ、新作が出た模様です」
「そうか、確かに秋のフェアが開催されていてもおかしくない時期だ。よし、試食してみるか、って馬鹿!」
 軽くツヴァイの頭をこづく佑也。生まれて初めてノリツッコミをした瞬間である。
「お前が甘いもの食いたいだけだろそれ。全く……同じ機晶姫でもヴィネさんとは大違いだな」
「ゴチになりますぞ、兄者」
「ああちょっと待ってくれ、財布どこだったかな……って馬鹿!」
 生まれて初めてノリツッコミを連発した瞬間である。
「……まあでも、情報を集めるにはいい場所かもしれないな」
 佑也は小声でドーナツドーナツ呟くツヴァイに呆れつつ、店内へと入っていった。

 中に入ると、そこはさすが人気店だけあってなかなかの賑わいを見せていた。ふと佑也が店内を見渡すと、そこには瀬蓮の姿もあった。そのすぐ近くには、他の生徒も数名いるようだった。
「瀬蓮ちゃん、どう? 何か役立ちそうな話は聞けた?」
 瀬蓮と一緒に店内で聞き込みを行っていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、ハキハキした声で尋ねる。
「ううん、聞いて回ってみたけど、あの映像に映ってる場所は知らない、って」
 やや気落ちした様子の瀬蓮。そんな彼女を見て、ミルディアは自らの元気を分け与えるかのように、瀬蓮を励ました。
「まだ探し始めたばっかりだし、そのうちきっと手がかりが見つかるよっ!」
 そんなミルディアを見て、瀬蓮は再びあちこちを歩き始めた。
「よーっし、あたしたちも張り切って探そうね、真奈さん!」
「はい、瀬蓮さん、そしてヴィネさんの手助けになるよう、頑張りましょう」
 ミルディアの意気込みに応えたのは、パートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)
「ヴィネさんに写真を撮らせてもらい、メモリも録画させていただいたので、これも上手に使いながら話を伺っていきましょうか」
「うんっ、分かった! あたしに任せて!」
 ミルディアはそう言うと、データが保存されてある携帯を持ってびゅうっと駆け出した。先ほど瀬蓮に元気を与えてもなお有り余っているかのような彼女のそんな様子に、真奈は苦笑する。
「ねえねえ、この映像に映ってる場所、知らないかなっ?」
 声のボリュームなど気にもせず、店内をせわしなく駆け回るミルディア。と、そこにオーナーのヨハンナ・スウェンソンがやってきた。
「ごめんね、一応飲食店だから、もうちょっと静かにしてもらってもいいかな?」
「あぁっ、すみません! ほら、ミルディも謝ってください!」
 慌ててミルディアのところへ走り寄ってきた真奈が、ミルディアに謝罪を促す。
「うー、ごめんなさい」
 頭を下げたふたりを見て、ヨハンナは微笑を浮かべながら「次からは気をつけてね」と優しく諭し、戻っていった。
「ミルディ、他の方への気配りを忘れてはいけませんよ? 百合園の生徒なら、なおさらです」
「そういえば百合園って、お嬢様学校だったね……」
 どうもミルディアは、百合園生としての自覚にやや欠けているようだった。もっとも、百合園には今や本来の伝統とはかけ離れた文化が生まれつつあり、守旧派やら革新派やらがあったりするため一概に大和撫子だけがいる学校とは言えないのが現状である。これと似たケースとして、合コンなどで「女子大の子集めたよ」などという情報に踊らされ、「箱入り娘ゲットだぜ!」みたいな感覚で行ったらやたら男慣れ・合コン慣れしてる女が多かった、というような事例が挙げられる。最悪○○○○ばっかりということもあるのがまた恐ろしいところである。

 店内で情報収集をしていた瀬蓮、ミルディア、真奈、佑也、ツヴァイ(内一名は主に新メニューの情報収集)たちだったが、なかなか有益な情報は浮かんでこない。そんな中、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)はこの店に食材を搬入している業者に話を聞いていた。
「このあたりで、定期的に食料の調達をしている老人の方はいませんか? それも、研究者方面の職業の方で」
 優斗は、他の生徒とはちょっと異なるアプローチを行っていた。それは、研究者という職業のイメージからの調査。研究者なら自らの研究所に篭りやすいであろうという推測の下、搬入業者から情報を得ようとしていたのだ。もしこれで空京ないし空京近辺に該当する老人がいれば、映像に映っていた人物と同一の可能性がある。
「うーん、ちょっとそういうのは、アレだねえ……」
 渋い顔をする業者。というのもこのご時世、そう簡単に顧客情報を漏洩させるわけにはいかなかったのだ。
「お願いします、大事な依頼なんです」
 真剣な表情の優斗を見て、業者は重かった口を開いた。
「いくら依頼といえど、お客様の情報を簡単に教えることは出来ないんだ。ただまあ……依頼を受けている契約者ってことで、特別に大まかなことで良ければ教えよう。この近辺に個人単位で食料を調達されているご老人の方は何名かいるが……研究者の人はいないようだね」
「そうですか……分かりました! 我がままを言ってすみません、ありがとうございます!」
 深々とお辞儀をする優斗。業者はその礼儀正しい態度に感動し、袋からドーナツをひとつ取り出した。
「あんちゃん、これ食いな!」
「え、これは……?」
「お昼に食べようと思ってさっき買ったんだが、嫁が弁当作ってくれてたのをすっかり忘れちまっててね。ほれ、若いもんはいっぱい食わないと」
 優斗は申し訳なさそうにそれを受け取ると、もう一度お辞儀をした。
「おっと、これは内緒だぜ? 情報だけじゃなく食い物まであげたなんてのがバレたらクビになっちまう」
 笑いながら、業者はトレーラーで去っていった。普段自分の方が人に親切をすることが多く、さらに早くに親を亡くし孤児院で育ったという経歴もある優斗は、この小さな親切に涙せずにはいられなかった。
「あれ……おかしいですね、ドーナツなのにしょっぱいなんて」
 このセリフ書きたかっただけじゃないか疑惑もなくはないが、その真偽はさておき優斗は他の生徒と合流するため、店内へと向かった。

 その頃店内では、瀬蓮たちがある情報を掴んでいた。
「ほ、本当ですか!?」
 客のひとりが、彼女らの録画した映像を見て言う。
「ああ、この老人がそうかは分かんないけど、ヒラニプラの外れに、真っ暗な部屋に引きこもって滅多に外に出てこない研究者がいるって話は聞いたことあるぜ」
「その方の名前を……知っていますか?」
 客は眉間に皺を寄せて少し悩んだ後、記憶から引っ張り出した言葉を口にした。
「確か……グレイプだったかな」