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夜をこじらせた機晶姫

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夜をこじらせた機晶姫

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chapter.6 エレーネルート2・疑問 


 地下にある研究施設。
 イレブンは、目の前の影の主に確認の意味を込め尋ねた。
「グレイプさん……ですね?」
 影が近付いてきて、やがてそれが老人だと3人は気付く。
「こんな老いぼれに、何の話が聞きたいというのじゃ?」
 老人――グレイプが尋ね返す。
「グレイプさんが、どんな研究をなさっているのかということに興味がありまして」
 グレイプは、ふんと鼻を鳴らし、元の場所へと戻った。
「適当にそこらへんに落ちてる資料でも見れば大体分かるじゃろう。気が済むまで眺めたら帰るんじゃな」
 辺りが暗くて言われるまで気付かなかったが、彼らの足元には乱雑にレポートなどがばら撒かれてある。
「……ではまず、これらを整理整頓させていただきます」
 イレブンは、近くに落ちている資料を片っ端から広い集め、足場を広げていった。



 その頃、エレーネたちもヒラニプラへ到着していた。彼女らもまた、他のグループの生徒たちから情報を受け取り、グレイプの居場所を掴んでいた。施設へと着き、そのまま中へ進む一行。グレイプが地下からカメラでその様子を監視し、声をあげる。
「何じゃ……今日は客人がやたらと多い日じゃの」
「グレイプさん」
 刀真が、グレイプに話しかけた。
「もし、貴方がここでしている研究があまり他人に知られたくないことなら、俺が上へ行き、彼らを止めてきますよ?」
「刀真……それじゃあ、刀真が誤解される」
「構いません。『誤解される』と心配をしてくれる月夜がいるならそれで充分です」
 グレイプは少しの間考えたが、やがて「別に構わん、そんな大した研究でもない」と言い、上の者たちの入室を許可した。
「そもそも、そこにいるお前たちも他人じゃ」
 苦笑いする刀真。と、イレブンが資料の整理を一旦やめ、昇降口の方へ向かった。
「イレブン、どこへ?」
「いくら構わないと言っても、さすがにあの人数では迷惑だろう。取次ぎ役でもしてこよう」
 しかしそんな彼を止めたのは、グレイプだった。
「2、3人入ってくるのも10人入ってくるのも同じじゃ。光を部屋に入れないようにだけ伝えてくれればそれで構わん」
「……分かりました。ところで、ここへ来る時も思ったのですが、光を入れないようにしているのは、研究か何かのためで?」
「お前は知らなくて良いことじゃ」
 イレブンの問いをぴしゃりとシャットアウトするグレイプ。イレブンは仕方なく、言われた通りエレーネたちに注意だけをして、再度地下へと戻った。その後ろから、エレーネを含めた生徒たちがぞろぞろとやって来る。
 地上にある四畳半の空間よりは広いものの、さすがにこの数の生徒たちが入ると部屋の密度はそれなりに濃くなった。エレーネは思ったより機械類が少ないことに軽く驚いていた。
「この部屋は、機晶姫に直接手を加えて実験などをする部屋ではないということでしょうか……」
 小さく呟くエレーネ。その声は誰にも聞こえなかったようだった。そんなエレーネの脇から、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が前に出てきた。レーゼマンはぼそっとエレーネに、
「下がっていた方がいい……念のためだ」
 と呟き、エレーネを一歩下がらせる。
「ご老人……単刀直入に聞こう。ヴィネ、という名に心当たりは?」
 グレイプが一瞬その名にぴくりと反応を示す。
「……いきなり押しかけてきて、意図の分からない質問に答えろと言うのかね?」
 部屋の奥にある椅子に座ったまま、グレイプは問いに答えずレーゼマンを睨みつけた。言葉に詰まったレーゼマンをフォローしたのは、影野 陽太(かげの・ようた)だった。
「す、すいません、突然こんなに大人数で押しかけた上、あれこれ一方的に質問してしまって! 実は、俺たち依頼でやってきたんです」
「依頼……?」
「はい、ヴィネという機晶姫が私たち各学校の生徒に『親に会ってみたい』と依頼をしてくれて、それで俺たち、ヴィネに残ってたメモリとかから色々調べて、ここに辿り着いたんです」
 沈黙を続けるグレイプ。陽太は続けた。
「ここにいるエレーネも、同じ機晶姫として手伝おうと一生懸命だったんです。だから……」
「ああもうっ、陽太はまどろっこしいですわっ! わたくしがズバっと聞いてあげますわ!」
 矢継ぎ早に言葉を繋げていく陽太の言葉を遮ったのは、彼のパートナー、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)だった。
「ヴィネの記憶を初期化している映像を見ましたわ。どうして、あのようなことをしたんですの?」
 エリシアは、否、エリシアも陽太も、エレーネのために何か情報を引き出し、力になりたいという思いがある。しかし、そんなふたりの思いは、グレイプには届かなかった。
「確かに、ヴィネのことは知っている。ヴィネの記憶装置を初期化したのも、わしで間違いない。これで良いかね?」
 ぶっきらぼうに答えるグレイプだったが、その言葉は核心に触れてはいなかった。
「もしかして、メモリ機能がいっぱいになってしまったから仕方なく初期化した、とかですか?」
 恐る恐る自分の予想を告げる陽太。その背後ではエリシアが「もっと自信持って発言するのですわ」と陽太を小突きながらぼやいていた。
「素人が、知ったようなことを……」
 グレイプは話にならん、といった様子で椅子の向きを変えた。
「質問を変えよう。ではなぜ、あのような欠陥品である機晶石が組み込まれていた?」
 レーゼマンが再び投げかけた質問に、グレイプは怒りを含んだようなトーンで返した。
「機晶姫のパーツそのものを作る技術は、わしら巷の研究者は持っていない。ヒラニプラ家だけのものじゃ。わしらがやっているのはあくまでも修理がメイン、だから元々組み込まれていた機晶石の理由など知らん」
 核心を避けるような受け答えを続けるグレイプを、じっと睨む生徒がいた。ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)である。
「何だかあのグレイプとかいう爺さん、話をはぐらかしてばっかりだな……うー、なんかイライラしてきたぞ」
 そのルケトの近くからぴょんと前に飛び出し、グレイプに話しかけたのはルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)だった。
「るーちゃん、むずかしいことわかんない。じーちゃん、わるいやつか?」
 この場の雰囲気と何ともミスマッチな、小さく可愛らしい姿と片言の言葉が、ほんの少しだけ場を和ませた。さすがのグレイプも苦笑して答えた。
「かもしれんな」
「なにー、わるいやつか! わるいやつ、せいばい!」
 グレイプに飛び掛かろうとするルーを慌てて止めたのは、ルー、そして先程からずっとグレイプを睨んでいるルケトふたりの契約者、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)だった。
「おいおい、手を出すのは最終手段だっつったろ?」
 ルーの後ろ首をむんずと掴むと、元の位置に戻し大人しくさせるデゼル。
「ルケトも、いつまで睨んでんだ」
 ついでにルケトの頭に手をポンと置くと、やや強引に顔の向きを変えさせた。
「なに大人ぶってんだよデゼルー!」
「いちいち暴れんのもめんどくせぇだろうが。あぁそうだ、オレもついでにいっこくらい聞いとくか。なあ、なんでわざわざ記憶を消して、そのまま放置なんてしたんだ?」
 仮に不都合な記憶がヴィネにあったとしたら、ヴィネを壊す方が確実なはずだ。デゼルはそう考えていた。
「機晶姫を放り出すことが、不法投棄にでもなるというのかね?」
 グレイプはしかし、デゼルの問いにも明確に答えることはなかった。
「全く……好奇心旺盛な者ばかりじゃな」
 呆れ気味に呟くグレイプに向かって話しかけたのは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。
「ヴィネって子が困ってた。だから見過ごせなかった。なんつーか、そんなお節介集団なんだよ、俺らは」
 さらに彼は言葉を続けた。
「別に俺は誰が悪いとか悪くないとか、そういうことを追求してるんじゃないんだ。この一連の出来事の、始まりから終わりまでを知りたいだけなんだ」
 いつになく饒舌な政敏を、パートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は少し嬉しそうな表情で見つめていた。
「もしかしたら、以前似たような機晶姫と接した時のことがオーバーラップしてるのかも」
 普段のらりくらりとしていて、「面倒だ」とばかり言っている政敏のいつもと違う一面に、カチュアは信じ続けることの大事さを覚えた。
「ふふ、もしヴィネさんがいたら、今の政敏をメモリに保存してほしいとこね」
 小声でカチュアに囁くのは、政敏のもうひとりのパートナー、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)
「そうね、永久保存版になっちゃう」
 カチュアのそんな冗談に、リーンは小さく笑って言葉を返した。
「でもきっと政敏は、『見過ごすのがかったるかった』とか言うかも」
 そんな会話が行われていることなど露知らず、政敏はもう一段階、グレイプに踏み込む。
「そもそも、本当に全部初期化するつもりだったなら、消し忘れるなんてあんのか? 本当は、残そうと思って残したんじゃねーのかな、あの映像は」
「……もうわしはこんな歳じゃ。忘れ物のひとつやふたつ、あって当然じゃろう」
 椅子に背中を預けた姿勢で、グレイプがそう漏らした。
 このやや重たい場をどうにかしようと、朝野 未沙(あさの・みさ)がグレイプの前に出た。
「ねえ、グレイプさんっ。グレイプさんは、ヴィネさんが光のある場所でしか動けない機晶姫だってこと、知ってるんだよね?」
「……あぁ、知っとるよ」
「ていうことは、ヴィネさんって、常に光があるとこにいなくちゃいけないってことだと思うんだ。もしかしてグレイプさん、そのせいで常に眩しくて寝れないからって、記憶を消して追い出したりしてないよね?」
 未沙の言葉に、グレイプは思わず口の端を少しだけ釣り上げた。
「そもそもここに明かりがないのだ、追い出す以前の問題ではないのかね」
 グレイプがまとう空気が僅かに緩くなったタイミングを見計らい、未沙は自分のことを話し始めた。
「あのね、あたし機晶姫のことが大好きなんだ。蒼空学園で機晶姫のメンテナンスもさせてもらってて。だから、今回のこの依頼を聞いて、居ても経ってもいられなくなっちゃったの」
 その表情はさっきまでと違い真剣で、未沙の機晶姫に対する情熱がそこから窺えた。
「お姉ちゃん、機晶姫のこと、とっても詳しいの。だから、きっと力になってくれると思うの」
 未沙の隣にいた彼女のパートナー、朝野 未羅(あさの・みら)が真っ直ぐな瞳でグレイプを見て未沙の言葉に続いた。
「私も、実は再起動する前の記憶がないの。いつ作られたのか、それも分からないの。お姉ちゃんは、そんな私の記憶を戻そうと頑張ってくれてるの。だから、そんなお姉ちゃんの言葉を、聞いてほしいの」
 一生懸命言葉を紡ぐ未羅。彼女の言葉を補足するならば、姉――未沙はどこかで自分とヴィネを似た者として見ている。だから、いつもより余計に真剣にもなってくれている。機晶姫に携わる人なら、その気持ちも分かるはずだから。どうか、本当のことを教えてほしい。そんなところだろう。
「もし……完全な状態の機晶石とかがあれば、ヴィネさんに組み込まれてる機晶石と交換して、修理してあげられないかな?」
「私にも、ぜひお手伝い出来ることがあればさせてください〜」
 朝野 未那(あさの・みな)も、何か力になれることがあればと名乗りを上げる。
 ヴィネを直してあげたい。いつでも動けるようにしてあげたい。そんな未沙たちの思いが込められた言葉。しかしグレイプは首を横に振った。
「そんな機晶石はここにはない……仮にあったとして、機晶石の交換は機晶技術の中でもより特殊な技術じゃ。わしら一介の研究家が簡単に出来るものではない」
「でも……ヴィネ様を正常な状態に戻してあげたいですぅ〜……」
 未那が悲しげな顔で俯く。そんな彼女から少し離れたところでは、機晶姫のララ サーズデイ(らら・さーずでい)が施設の中を何かないものかと模索していた。しかし暗い部屋で動き回っていたせいで、ララはつまづいて転んでしまった。どたっ、と大きめの音が部屋に響く。
「……何をしているんじゃ」
 グレイプがゆっくりと椅子から立ち上がる。音の方に目を向けると、ララの右腕の外部が剥がれ、回路の一部が露になっていた。
「……リリ、どうやら右腕が破損したようだ」
 ララが話しかけたのは、契約者のリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)
「勝手に壊れておいて、なぜに偉そうなのだ」
「これはパーツ交換が必要だな」
「……いやだから」
 ララの態度に呆れ気味なリリ。グレイプはララの故障を目にすると、部屋のさらに奥へとその姿を消した。次にグレイプが生徒たちの前に姿を現した時、その手には見たことのない何かの部品を持っていた。
「それは……?」
「ただのジャンクパーツじゃ。お前の形状からして、おそらくこれとこれを組み上げれば応急処置にはなる」
 そう言うとグレイプは慣れた手つきで、ララの右腕を修理していく。
「まあ、ニコイチという、使い古された技術じゃがな」
 その様子を眺めていたリリは、そんなグレイプの言葉を聞きあることが頭に浮かんだ。
「……そのニコイチという技術を、機晶石では応用できないものだろうか」
「機晶石で……?」
「つまり、ヴィネの欠陥機晶石と別の機晶石を併せ、互いの欠陥を補う形にするのだよ」
 グレイプは黙ってリリの言葉を聞いていたが、ゆっくりと椅子へ戻ると溜め息と共に告げた。
「さっきも言ったが、機晶石に関する技術は、普通の機械類の技術とは比べ物にならないくらい特殊なものじゃ。第一、ひとりの機晶姫にふたつの機晶石を宛がうことは出来ん」
「そうか……」
 名案だと思ったのだがな、と残念そうに呟き、リリは引き下がった。しかしこの時、リリを含めたほとんどの生徒たちは、あることを発見していた。それは、今行われた一連の流れから読み取ったものだった。
 誰に言われたわけでもないのに、自ら機晶姫の修理を進んで行ったこと。
 さらにその修理が手際良く、こなれたものだったこと。
 相変わらずヴィネに関しては明確な回答を避けるが、機晶石に関しては多弁になること。
 これらが導いたひとつの予想。

 ――グレイプは、機晶姫に対して愛情を持っているのでは?