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1.タシガンの小景
 
 
1.タシガンの小景
 
 
 霧深きタシガンの町。白き霧は、いつも美しく、神秘的に町をつつんでいてくれる。
 霧につつまれた物は、直接その姿を見ることはできない。何が隠されているのか。何が隠れているのか。そして、何を隠したいのか……。
 だが、霧がすべてをつつみ隠してしまうわけではない。その証拠に、公園の周辺は霧でかすんでいても、目の前の風景ははっきりと見えるではないか。
 それでも、霧の中の追憶がキャンバスの中に書き写せればなと明智 珠輝(あけち・たまき)は思う。
「一つ、お頼みしてもよろしいですかな」
 初老の紳士が、明智珠輝の横にある「想い出描きます」という地味な看板を見て、声をかけてきた。
「ええ、もちろんですとも」
 そう答えると、明智珠輝は紳士に目の前の折り畳み椅子をすすめた。
「では、失礼いたします」
 丁寧に一礼すると、紳士は椅子に腰掛けた。
「それで、どのような想い出を描きましょうか」
「そうですね。では、以前、たくさんの学生の方々と行った、楽しい夏合宿の思い出を」
 明智珠輝の問いかけに、紳士はそう答えた。
 夏合宿という言葉に、明智珠輝はちょっと戸惑った。自分が参加した夏合宿に、彼はいなかったと記憶している。自分の幼い頃の記憶だけでなく、最近の記憶まで忘れてしまったのかと唖然としかけたとき、別グループが夏合宿に行っていたことを思い出して思わず心の中で苦笑した。
「分かりました。描かせていただきます」
 手に持ったスケッチブックに、素早くコンテを走らせていく。
 パラミタ内海。砂浜に打ち寄せる波。襲いかかる巨大クラゲ……いや、さすがに、それはないだろう。
 明智珠輝は、砂浜を散策する紳士をスケッチブックに書いて渡した。その砂浜は、明智珠輝が見た風景ではあるが、彼もまたそれを見ているだろう。ならば、その風景の中に、彼は自然と存在できるはずだ。
「お名前は?」
ジェイムス・ターロンと申します」
 紳士の名前を聞いた明智珠輝は、似顔絵の下の方にJames Taronと書き入れると、それを手渡した。
「これはこれは。いい絵です」
 素描ではあるが、紳士は気に入ってくれたようだ。嬉しそうに絵を受け取ると、お代をおいて去っていった。
「兄者! いた!」
 明智珠輝が気分よくしていると、突然聞き慣れた声がした。
 誰かが走ってくる。
 パートナーの、ポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)だ。
「こら、ポポガ、急に走り出すな……あ、あれ? 珠輝、こんなところで何やってんだ?」
 後ろから走ってきたリア・ヴェリー(りあ・べりー)が、怪訝そうな顔で明智珠輝に言った。
 リア・ヴェリーが三人でお茶にでも行こうと思ったときには、明智珠輝は薔薇の学舎の寮にはすでにいなかったのだ。またナンパにでも行ったのだろうと決めつけると、リア・ヴェリーはポポガ・バビと二人だけで出てきたのだった。
「おや、リアさん、ポポガさん。お二人でデートですか、うらやましい」
「誰と誰がデートだと!?」
 さらりと言う明智珠輝に、すかさずリア・ヴェリーが突っ込んだ。この辺の呼吸は、実に微笑ましい。それを分かっているからこそ、明智珠輝の口許から自然と笑みがもれてしまう。
「デート、違う。リア、兄者居ない。残念そう、だった」
「そんなことない! こら、何、にやにやしているんだ」
 ポポガ・バビの言葉を速攻で否定したリア・ヴェリーが、明智珠輝に笑われていると思って言い返した。
「ちょうどいい。せっかくですから、今日の記念にお二人を描きますよ」
 華麗にリア・ヴェリーの言葉をスルーすると、明智珠輝は二人にならぶように言った。喜ぶポポガ・バビに捕まえられてリア・ヴェリーが逃げられないうちに、素早く、けれど丁寧に、スケッチブックに二人の姿を描き写す。
「ほう、思ったよりうまいじゃないか」
 意外だと言いたげに、絵をのぞき込んだリア・ヴェリーが言った。
「兄者、居ない。三人が、いい。」
 絵を見たポポガ・バビが、不満そうと言うよりはちょっと悲しそうに言う。
「なら、描き加えればいいじゃないか。もちろん、できるだろ」
「いいんですか?」
 リア・ヴェリーの言葉に聞き返した明智珠輝だったが、もちろん二人は笑顔でうなずくだけだ。
 返してもらった絵を手に取ると、明智珠輝はそこに自分の姿を書き加えた。鏡など見なくても、二人の隣にいる自分の姿は、はっきりと目に浮かぶ。
「三人、一緒。嬉しい。今日、思い出」
 できあがった絵を見て、ポポガ・バビが喜んだ。
「夫婦と子供の肖像画ですね」
「誰と誰が夫婦だ!?」
 明智珠輝の言葉に、リア・ヴェリーが柳眉を逆立てた。
 開襟シャツ姿で裸の胸をさらしながら中央に立つポポガ・バビは、三人の中で一番背が高い。いくらなんでも、二人の子供と言うには無理がありすぎるだろう。そう思うリア・ヴェリーだったが、ごく自然にその配役しか考えついていないという事実には気づかないでいるようだった。
「さて、そろそろ店じまいしますかね」
「ちょうどいいや。予定通り、三人でお茶に行こうぜ」
 片づけをすますと、三人は喫茶店にむかって、霧の中へと歩み進んだ。
 タシガンの霧は、晴れることはない。
 だが、その霧は、隣を進む者の姿を隠すことは少ない。
 
 
2.ヒラニプラの後景
 
 
「やったあ、久しぶりの休みだあ」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は寮の外へ踏み出すと、うーんと大きくのびをした。
 最近ではヴァイシャリーの事件に関わったりとゆっくりする暇がなかった。そうでなくとも、教練や指令に明け暮れる毎日だ。
「とりあえず、お金はないからウインドショッピングかなあ。まあ、楽しければいいよね。とにかく町に行けば、何か楽しいことが……」
「ほーう、町に行くのか。ちょうどいい」
 不意に声をかけられて、琳鳳明は振り返った。嫌な予感はしたのだが、身体の方が先に反応してしまうのが悲しい。
「これは、銀霞指導教官。何か御用でありましょうか」
 素早く敬礼して、琳鳳明は言った。生活指導教官として、夏合宿にも引率ガイドとして参加していたことのあるジェイス銀霞(ぎんか)がそこに立っていた。
「うむ。少し内密の依頼がある。ちょっと耳を貸したまえ」
 ちょっと大仰に言うと、ジェイス銀霞教官が手招いた。
「秘密任務でありますか」
「しっ、声が大きい」
 そう言うと、ジェイス銀霞が琳鳳明の耳に唇を近づけた。ちょっと琳鳳明がドキドキする。
「……を入手するのでありますか?」
 意外な命令――いや、依頼に、琳鳳明が瞬間きょとんとした。
「無理にとは言わんが」
 ちょっとはにかむように顔を赤らめて、ジェイス銀霞が言った。
「いえ、御依頼、承りました」
「そうか。すまんな、私はここを離れられないのだ。頼むぞ」
 琳鳳明の答えに喜んで、ジェイス銀霞が彼女に小銭を渡した。
「では、行って参ります」
 再び敬礼すると、琳鳳明はやっと当初の予定通りヒラニプラの市街へとむかって歩き出した。
「それにしても意外だよね、指導教官が甘い物好きだったなんて」
 小銭をちゃりんと鳴らしながら、琳鳳明は言った。頼まれた新作ケーキは、ヒラニプラ中央商店街の外れにあるケーキ屋にある。
 距離としては数キロという道のりで、たいしたことはなかったはずなのだが……。
「ええと、機晶姫博物館はあちらだからもう迷わないでね」
「はい、もう、わんわんの紐を放しちゃだめなんだもん」
「誰か、スパイクバイクのキー落としませんでしたかー」
 もう、三歩歩けば、何かにあたる状態である。
 やっとの事で目的のケーキ屋にたどり着いたのは、午後もずいぶんと回った頃だった。
「はあはあはあ……。すみません、このケーキとこのケーキをください……」
 息を切らせながら、琳鳳明は店員のお姉さんにケーキを注文した。
 
「やっぱり、このお店は人気みたいだよね。あんなに息せき切ってまで駆けつける人がいるんだもん」
 女の子モード全開でブルーベリーパフェをつつきながら、月島 悠(つきしま・ゆう)は琳鳳明に視線をむけた。普段は教導団男子制服を着て活動している分、プライベートではフリフリの女の子らしい服を着たくなる。
「あそこまで焦らなくても、いろいろ食べられるのにねえ」
 イチゴパフェをつつきながら、パートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)が言った。
「そんなことはないわよ。甘い物は、いつなくなるか分かったもんじゃないんだから」
「悠くんは、ほんとに甘い物好きですよね。こんなにたくさんあるんですから、いきなりなくなったりはしませんよ」
 そこまで必死にならなくてもと、麻上翼が月島悠に言った。
「うう〜、だって、おいしいんだもん。なくなるときはあっという間だよ、きっと」
 言いつつ、月島悠は、じっと麻上翼の手元に視線を注いでいる。
「あ、もしかしてこっちも食べてみたいとか?」
 クリームにまみれたイチゴを口に運びかけて、その視線に気づいた月島悠が手を止めた。
「……うん」
 ちょっと間をおいてから、月島悠が素直にこくんとうなずく。
「しかたないですね。はい、あーん」
 麻上翼が、イチゴの載っているスプーンをそのまま月島悠の方にさし出した。
「あ〜ん……ううぅぅぅん♪」
 ぱくりとイチゴにかぶりついた月島悠は、そのおいしさに思わず両手でほっぺたを支えた。
「おいしいですか?」
「もちろん♪」
 麻上翼の問いに、満面の笑みで答える。
「じゃあ、今度は私のを分けてあげるね。はい、あーん」
「いや、くれるのなら、自分ですくうので……」
「ダメよ。私にはしといて、自分だけずるいんだから。はい、あーん」
 少し恥ずかしがる麻上翼で遊びながら、月島悠は存分に甘々を堪能していった。
 
「やれやれ、何もこんなところで男が二人がケーキをつつくこともないだろうに」
「あれ、甘い物はお嫌いでしたか?」
 淡い琥珀色の肌をした青年が、黒髪を軽くゆらしながら、さらりと聞き返した。目の前に座った銀髪の青年が、あからさまに嫌な顔をする。
「ザンスカールでは、あなたの顔を覚えている学生がいるかもしれませんからね。ヒラニプラであれば、多少は安全でしょう」
「私が言っているのは、なぜケーキ屋なのかということだよ」
「少しぐらい、僕を楽しませてくれてもいいじゃありませんか」
「まったく。趣味が悪いのだか、性格が悪いのだか……」
 にっこりと、邪悪な天使の微笑みを浮かべるジェイドに、オプシディアンは軽く悪態をついた。
「もう充分に楽しんだあなたには言われたくないところですが。まあ、僕の方の準備も整いましたので、今度はこちらが楽しませていただきますよ」
「好きにすればいいだろう」
「ええ。とりあえずは空京にむかいますが。はてさて、どこにお届けしましょうか……」
 そう言うと、ジェイドは目の前の紅茶に角砂糖をポトンと落とした。