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【十二の星の華】悲しみの襲撃者

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【十二の星の華】悲しみの襲撃者

リアクション

 勉強や読書のために放課後の図書室を訪れる生徒も少なからずいる。リフルもその一人だった。
 リフルは図書室に入るとざっと全体を見回し、本棚に沿って一歩一歩歩き始める。十倉 朱華(とくら・はねず)はその様子を陰から窺っていた。
「転校初日から図書室通いとは、勉強熱心なコだね」
「なんなんですか、こんなストーカーみたいな真似をして」
 パートナーのウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)が朱華に言う。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。僕はクイーン・ヴァンガード襲撃事件にも興味があったのに、ウィスが関わるのを許してくれなかったんじゃないか」
「今回ばかりは、朱華の守護天使として了承するわけにはいきません」
「まあいいけどさ、なぜかあの転校生気になるし。でも、どうにも話しかけづらい雰囲気なんだよね。そこで、とりあえずこうして観察をしているというわけだよ」
「私は他の利用者の方の目が気になります……」
 二人が気付かれないように後をついていくと、リフルが一つの本棚の前で足を止めた。彼女が見上げる先には、一冊の分厚い本が手の届かない高さにある。だがリフルの周りに踏み台は見当たらない。彼女は諦めてその場を去ろうとする。朱華はこの機を逃さず動いた。
「はい、これだよね?」
 リフルの見ていた本を取って差し出してやる。
 リフルはちらりと朱華の顔を見やると黙ってそれを受け取り、そのまま机へと向かった。朱華は慌ててその後を追う。
「僕、十倉 朱華っていうんだ。キミは転校生のリフルさんだよね? よろしく。随分難しそうな本を読むんだね。あ、もしかして専攻してるっていう古代シャンバラ史に関係あるのかな」
 陽気に話しかける朱華を尻目に、リフルは席に着くやいなや本を開き始める。
「何々、そんなに面白いの? 僕にも教えてよ。そうだ、よかったら友達に……」
 ちょっとやそっと素っ気なくされた程度でめげたりしない朱華は、なおも話を続けようとする。しかし、ウィスタリアが彼を肘で突つき、それを遮った。図書室で静かに学んでいる生徒たちが無言の視線を送ってきていたのだ。これには朱華も口をつぐむ。
「……今日はそろそろ帰ることにするよ。またね」
 朱華とウィスタリアはリフルの元を去っていく。図書室を出たところで、朱華が言った。
「自分で言うのもなんだけど、人懐っこさには自信があったんだよなあ」
「なかなか手強い相手のようですね。今までの経験からすると、こののんびりとした性格のせいか、私も人を安心させる雰囲気をもっているようなのですが。まあまだ初日ですし、仕方ないのかもしれません」
「そうだね。また今度話しかけてみよう」
 
 朱華たちが去った後も、リフルは細い指で黙々とページを捲ってゆく。
「隣、いいかい?」
 そんなリフルに次に話しかけたのは、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)だった。
 リフルは本から目を離そうともしないが、シルヴィオは気にせず隣に着席する。
「キミ、今日転校してきたってコだろ? こっちも12月の初めに編入してきたばっかなんだよね」
「……」
「古代シャンバラ史を専攻してるんだってな。俺も古代のシャンバラには興味があってさ。この図書室は何回か利用したんだけど、色々と不明な部分が多いよな」
「……」
「やれやれ、つれないなあ。そんなにいつも無表情でいたんじゃ、せっかくの美人が台無しだぜ?」
「ちょっと、シルヴィオ」
 シルヴィオの言葉に、パートナーのアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が口を挟む。
「ごめんなさいね。悪気はないんです。少しお節介なだけで」
「ただの挨拶だって。それに古代シャンバラに関しちゃあ、アイシスだって話したいことが山ほどあるんじゃないか? ミルザム様が女王候補になることにも納得できてないみたいだし」
「そういうわけじゃ……。ただ、私がお慕いしているのは、今でもアムリアナ陛下ただおひとりなのです」
 アイシスがぽつりと本心を漏らす。すると、不意にリフルが顔を上げて彼女に視線を向けた。
「お、やっとこっちを見てくれたな。アイシスは古王国時代に司祭を務めていて、女王を深く敬っていたんだ」
「……アムリアナ女王陛下は偉大なお方。真に女王に相応しきは、あのお方だけ」
「へ?」
「リフルさん?」
 突然しゃべり始めたリフルに、シルヴィオたちは驚きを隠せない。当のリフルはというと、既に本を閉じ立ち上がっていた。
「おい、どうした?」
 リフルはそのまま図書室を出て行ってしまう。
「……なあアイシス、なんだったんだアレ? アムリアナ女王がどうとか言ってたけど」
「分からないわ。アムリアナ陛下の名前が出た途端、態度が変わったわね。相当なアムリアナ陛下マニアだったりするのかしら……」
 二人は呆気にとられたまま、リフルの去った席を見つめていた。

 ベルセリア・シェローティア(べるせりあ・しぇろーてぃあ)は苛立っていた。
 契約と同時に失った記憶を取り戻すためこれまで活動してきたが、記憶は一向に戻る気配がない。剣技を教えているパートナーの刹夜はあまり腕を上げていないし、最近ではクイーン・ヴァンガードなどというものへの入隊を勝手に決めてしまった。刹夜は自分との約束を忘れてしまったのだろうか。
 月森 刹夜(つきもり・せつや)は考えていた。
 シャンバラ中を駆け回ってベルセリアが記憶を取り戻す手掛かりを探してきたものの、未だに成果はない。考えてみればベルセリア――というよりも『剣の花嫁』自体のことをまだよく分かっていないではないか。ここらで今までとは違うアプローチをする必要があるかもしれない。
 二人が廊下の角を曲がると、ちょうど一人の少女が図書室から出てくるところだった。
「あれは……よし、話すきっかけにもなるし、聞いてみよう」
「ちょっと、セツヤ? なにさ……もうっ」
 刹夜は少女に向かって歩いていく。
「こんにちは、リフルさん。まだ学校に残っていたんですね。ちょうどよかった、実は少し聞きたいことがあるんです」
「急いでるから」
「ちょ、ちょっと待ってください。剣の花嫁って一体何なんですか? 俺のパートナーも剣の花嫁なんですけど、契約したときから記憶がなくて――」
 リフルは刹夜の脇をすり抜けて廊下の先へと消えてしまう。
「ああ、行っちゃう」
 刹夜はその後を追おうとしたが、何やら悪寒を感じて思わず振り向いた。
 そこには俯いて肩を震わせるベルセリア。
「こんなにも……こんなにもベルが……いい度胸だ」
「ベル? な、何か勘違いしてない? ほら、聞いてたでしょ。俺はベルのために……」
「思イ知ラセナケレバイケナイ」
「ベル! 話を聞いてってば! うわああああああ!」
 こうして、ここでも人知れず小さなクイーン・ヴァンガード襲撃事件が起こったのだった。

 廊下を曲がって階段を下りる。保健室の前を通ってまっすぐ行けば、左手が下駄箱だ。表情に乏しいとはいえ、靴を履き替えるリフルの顔にもさすがに若干疲労の色が窺えた。しかし、好奇心旺盛なパラミタの生徒はまだ彼女を自由にはしてくれない。
 波羅蜜多実業高等学校所属のヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は初め、闇討ちなどという卑劣な行為をはたらく輩をとっちめてやろうと、情報収集のために蒼空学園にやってきた。ところが聞き込みを進めるうちにリフルの噂を聞き、彼女に興味をもったのだ。
「ヴェルチェ様、正門で転校生の方をお待ちするのはよいのですが、どう接触なさるのですか? みなさんのお話を聞く限り、あまり社交的な方ではないようですが」
 パートナーのクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)がヴェルチェに尋ねる。
「情に訴えるのよ♪」
「情、ですか」
「そ。おあつらえむきにとろそうな鳥がいるわ。クリス、捕まえるのを手伝って」
「捕まえてどうするのですか?」
「羽根をいただくの」
「そんな、かわいそうですわ」
「だーいじょうぶ。あれだけあるんだから、少しくらいもらっても平気よ♪」
「ヴェルチェ様がそうおっしゃるのなら……分かりましたわ」
 クリスティと一緒に近くの鳥の羽根をむしり取ると、ヴェルチェはスプレーでそれを赤く染め上げ、ピンをとりつける。
「完成〜♪ はい、クリスの分。あら、ナイスタイミングで転校生ちゃんがきたじゃない。それじゃ早速♪」
 ヴェルチェはお手製の羽根を胸に刺し、これまた手作りの箱を抱えて学園から出てきたリフルの方に走っていく。
「恵まれない人々に愛の手を! 募金に協力お願いしまーす!」
 当然のようにこれを無視するリフル。しかし、ヴェルチェは何とか自分を印象づけようと必死に食い下がる。
「お願いよ〜。少しでいいから。ねえねえ」
 諦めそうにないヴェルチェに、リフルはため息をついて一言だけ言った。
「……恵まれない鳥に愛の手を」
 リフルが指さす先では、必要以上に羽根をむしられた鳥がクリスティの腕の中で目を潤ませている。
「あはは、あれは――」
 ヴェルチェが苦笑いしながら振り返る。そこにもうリフルの姿はなかった。
「あら、なかなかすばしっこいわね……うーん、ますます興味が出てきちゃったわ♪」

 低く傾いた太陽がリフルを照らす。今日はリフルにとって非常に長い一日だったことだろう。道一杯に伸びる自分の影を見やりながら、彼女は何を思うのだろうか。それを知る者はまだいない。