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第6章 ドラゴンに挑め

「……暑いですわ」
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)がグイっと額の汗を拭う。
「当たり前よ。だって、ここはどう見ても砂漠だわ」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が、ざくざくと音をたてながら歩く。
 二人は、まさに砂漠のど真ん中を歩いていた。
 第五階層。そこは岩山と砂漠の世界だった。
「唯乃、話が違いますわ」
「うるさいわよ、エル」
 二人がここにやってきた理由。それは、心くすぶる探究心でもなく、強者と戦いたいという熱い魂が叫ぶわけでもなく……。
「ドラゴンって、本当に美味しいんですの?」
 単なる食欲を満たすためだった。
 すべては、唯乃の「食費浮かせる為にドラゴン狩るわよっ!」という発言から始まった。
 下宿(コミュ)を開店させたのはいいが、あっさりと食材が底をついたのだ。
 今回の依頼を聞き、唯乃はテーブルをバンと叩き、「ドラゴンとか大きくて良さ気ね……。よしっ、狩りに行くわよ!」と熱弁した。
 それに巻き込まれたのが、今、唯乃の横をげんなりと歩いているエラノールだった。
「……知らないわ。だって、食べたことないもん」
 唯乃は、発案者の責任というか、意地があるのか、額から落ちる汗を拭くことなく力強く歩いている。
「ここままじゃ、逆に私たちが食材に……、いえ、ミイラになってしまいますわ」
「うるさいわよ、エル」
「確かにドラゴンは大きいですけど、どうやって持って帰るんですの?」
「……うるさいわよ、エル」
「第五階層に来て結構たちますけど、ドラゴンどころかトカゲすら見ませんわ」
「うるさいわよ、エル」
 その時、不意にエラノールが立ち止まる。
「どうしたの?」
「唯乃、生き物ですわ」
「え? ドラゴン? いや、このさいトカゲでも、サボテンでも構わないわよ」
「……人間ですわ」
「へ?」
 エラノールが指さす方向に視線を向ける唯乃。
 そこには、半分砂に埋まった人間の姿があった。
「生きてるの?」
「……さあ」
「……人間って食べたら美味しいかな?」
「……唯乃?」
「ちょ、ちょっと、冗談よ、冗談。本気にしないでよね」
「冗談の目には見えませんでしたわ。とにかく、今、ビクリと動いたので救助しますわ」
 エラノールが、砂の中から埋まっている人間を引き抜く。
 埋まっていたのは、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)だった。
「大丈夫?」
 唯乃がヒールを唱える。
 すると、クライスが目を覚ます。
「はっ、ここは? 僕は一体……?」
「行き倒れてたのよ」
「行き倒れ……?」
「大体、この暑さの中で、そんなゴツイ鎧を着てるなんて自殺行為ですわ」
「いや、僕はみんなを守るために……」
「他の方を守るよりも、まずは自分の身を守らないとダメですわ」
「……」
 ガックリとうな垂れるクライス。
 しかし、すぐにガバッと顔を上げる。
「僕も一緒に連れてってください。あなたたちは、命の恩人です。この恩を返させて欲しい」
「そう言われましても……」
「まあ、いいんじゃない。本人もそう言ってるんだし」
「ありがとう」
 クライスは立ち上がり、唯乃とエラノールに握手をしながら自己紹介をする。
 そして、三人は再び歩き始める。
「……ところで、唯乃さんたちは、どうしてこの階層へ来たんです?」
「食料を調達しに来たんですわ」
「……食料ですか?」
 クライスが困惑する。
「ちょっと、エル。じょ、冗談よ、冗談」
「食料なら、第三階層の方がいいですよね? 鳥類って聞いてるし」
「……」
「……」
 唯乃とエラノールが無言で顔を見合わせる。
「エル! 行くよ!」
「はいですわ!」
 唯乃とエラノールが踵を返して道を戻りはじめる。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕もついていきます。二人だけでは危険ですよ」
 鎧ガシャガシャ鳴らして、二人の後を追うクライス。


 激しい轟音と共に、巨大な岩山が瓦礫の山へと変貌する。
 全てを焼き尽くす業火は、瓦礫と化した岩を溶岩へと変えた。
 大気を振るわせる咆哮。
 そこには、メカ兵器を融合させたドラゴン『生体兵器DORAGON』が佇んでいた。
 腕に火炎放射器、背中にミサイルポッド等科学兵器とドラゴンを融合させた生物兵器が暴れている。
 岩陰から、その様子を見ている、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)
「……全く、えらいもんを見つけちまったもんだぜ」
「ねえ、どうするの?」
 不安げな顔をするロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)
「何とかするしかないだろ」
「ええ? ボクたち三人で?」
「明らかに、我らの叶う相手ではない」
 断定的に言い放ったのは、デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)だった。
「分ってる。けどよ、ここでアイツを逃したら他の生徒たちに被害が及ぶかもしれん。なにより……」
 エヴァルトがニヤリと笑みを浮かべる。
「面白そうだ」
「もう、エヴァルトくんは、いつもそうだよ」
「そこがエヴァルトらしいところであろう?」
「うー、そうだけどさぁ」
「で、どうするのだ? 絶望的な戦力さには変わらないのだが」
「そこをひっくり返すのが面白いんだろ」
 エヴァルトは、ロートラウトとデーゲンハルトを交互を見て、ニヤリと笑う。
「うっ、嫌な予感……」
「ちょっと、二人には無理してもらうことになる」
「あ〜、やっぱり」
「まあ、そうであろうな」
 諦めモードのロートラウトとデーゲンハルト。

 デーゲンハルトがドラゴンの目の前に立つ。
 ドラゴンは、低い唸り声をあげながら、デーゲンハルトを見下ろしている。
 デーゲンハルトが、氷術を放つ。それに対抗するようにドラゴンが腕の火炎放射器から炎を撃つ。
 次に、雷術を放ち、連続して光術を唱えるデーゲンハルト。
 光術がドラゴンの首筋に当たる。が、さほどのダメージを与えられるわけがなかった。
 ドラゴンは尾で、デーゲンハルトを狙う。それを後ろに大きくさがり、再び氷術を放つ。
 ドラゴンとデーゲンハルトの攻防が続く。
 デーゲンハルトは、ドラゴンの攻撃をかわす方に重点を置きながらも、隙をついてドラゴンに魔法を当てていく。
 ドラゴンは、イラついた様子で、咆哮をあげた。
 地に伏せるような体勢を取る。背中のミサイルポットを打ち込もうとしている。
「今だ」
 デーゲンハルトの静かで通る声が響き渡る。
「りょーかーい」
 岩山の上から、ロートラウトがドラゴンの背に向かって跳ぶ。
 そして、ミサイルポットにグレートソードを突き刺し、すぐにドラゴンの背から飛び降りる。
 爆音と爆風がロートラウトをビリビリと襲う。
 ドラゴンの背のミサイルポッドが暴発したのだ。
 グタリとするドラゴン。
「……終わりだ」
 エヴァルトがバスターソードでドラゴンの首を刎ねる。
「あーあ。やっぱり、美味しいところはエヴァルトくんが持っていくんだよね」
「それも、いつものことであろう」
「そーだけどさ……」
 どこか、納得がいかないロートラウトだった。


「ホァチャー!」
 大幅な肉体改造により人型に生成されたドラゴンの『バーニングドラゴン』がヌンチャクを振り下ろす。
「んっ!」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、腕をクロスさせて、ヌンチャクを受けるが、それでも衝撃を受け止めきれず後方へと押される。
「なかなんか、やるね」
 透乃は笑みを浮かべる。
「ホォォォォーーー」
 バーニングドラゴンがヌンチャクをブンブンと振る。
 まるで竜巻のように、ヌンチャクが風刃と化し、透乃を襲う。
 必死に応戦するが、腕や足、胸や腹に被弾していく。
 たまらず大きく後ろに跳ぶ透乃。その透乃の肩を霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が、ポンと叩く。
「透乃ちゃん、ここは私に任せてくれ」
 試作型星槍を構え、バーニングドラゴンと対峙する。
「陽子さん、透乃ちゃんの治療を頼む」
「はい」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が透乃に駆け寄り、ヒールを唱える。
「透乃ちゃん、大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう」
 バーニングドラゴンがヌンチャクを振り回し、渾身の一撃を泰宏向けて放つ。
 そのヌンチャクを、星槍で弾く泰宏。
 次々と繰り出されるヌンチャクを弾いていく。そのスピードは徐々に増していく。
 すでに目で捉えられる速度を越していた。
 そして……。
 鈍い金属音と共に、ヌンチャクの鎖が断ち切られ、一方が後方へと飛んでいく。
 バーニングドラゴンが切れたヌンチャクを見ると、ポイと捨てる。そして親指をペロリと舐めて、構える。
「へえ……。まだ諦めねえのか」
 泰宏はニッと笑うと、星槍を捨てて構える。
「漢の喧嘩は、素手と決まってるからな」
 バーニングドラゴンも笑みを浮かべる。そして、お互いの拳が交差する。
 バーニングドラゴンの拳が、泰宏の腹にめり込む。
「うぐ」
 しかし、泰宏はひるむことなく、右足でドラゴンのこめかみを蹴りぬく。
 ドラゴンは倒れるが、すぐに立ち上がる。
 ドラゴンが飛び蹴りを放つ。泰宏は身を伏せ、蹴りを避ける。着地したドラゴンへと拳を打ち込もうとする。
 が、ドラゴンは裏拳を放った。泰宏の右頬を打ち抜く。
「がっ」
 泰宏は体勢を崩すが持ちこたえる。
「……やるじゃねえか」
 泰宏が折れた奥歯と共に、血をプッと吐き出す。
 ドラゴンが、クイクイと右手を動かし、泰宏を挑発する。
「……てめえ」
 泰宏が怒りの表情を浮かべる。
「やっちゃん!」
 透乃の声が響いた。その声を聞いた泰宏がハッとする。
 そして、大きく息を吐く。コキコキを首を鳴らす。
「さあ、決着をつけようか」
 穏やかな表情の泰宏。
 ドラゴンが顔面へ拳を放つ。
 泰宏はそれを避けざま、ドラゴンの腹に左の拳をめり込ませる。
 苦しさで、前傾になったドラゴンの顎に、泰宏の飛び膝蹴りが炸裂する。
 後方に吹っ飛ぶドラゴン。
 大の字に倒れたドラゴンはどこか、清々しい顔をしていた。
 泰宏は笑みを浮かべる。
「楽しかったぜ」
 そう言って踵を返し、透乃たちの元へと歩いていく。



 そのドラゴンは、特に威嚇をするわけでもなく、ただジッと目の前に立つ者たちを見ていた。
 ドラゴンとしては巨大と言うわけでもなく、中型に分類されるほどの大きさだった。
 だが、腕のたつ者であればただのドラゴンではないと、一目でわかる。
 金色の瞳は、暗く、深く、鈍く光っていた。その瞳で見られた者の殆どは、一瞬で自分の死を予感するだろう。
 取り囲まれた状態でも、動かないのはいつでも叩き潰せるという余裕からきているものだった。


「うわー、やっぱ無理じゃん」
 カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)は、ドラゴンを見あげながら呟いた。
 背中に一粒の冷たい汗が伝っていくのを感じた。
 カリンの傍らにいるペットの蛇や、乗り物の虎も、ビクビクと震えている。
 カリンはスリルを求めて、ここまで来た。だが、今は本能が逃げろと必死に叫んでいた。
「だからと言って、ここで眺めてても始まらねえぜ」
 ズイッと前に出てきたのは、夢野 久(ゆめの・ひさし)だった。
「キミじゃ、勝てないって」
 カリンがドラゴンから目を離さずに、呟く。
「ふん。かもしれん。だが各上の強敵に挑むってのは、燃えるじゃねえか…!」
 ドラゴンに向かって行く、久。
 だが、ドラゴンは全く動こうとしない。
 久がドラゴンの眼前まで迫った時だった。いきなり、久が吹き飛ばされる。
「な、なに!」
 驚愕する久。そこに追い討ちをかけるように、何かが、久を襲う。
「ぐ、う、な、なんだ」
 見えない何かが、久に攻撃を加えている。
「……あれってさー、インビジブルヒドラだよね」
 そう呟いたのは、ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)だった。
「だね」
 佐野 豊実(さの・とよみ)がルルールに同意する。
「おいおい、助けなくていいのかよ!」
 そう言う、カリンの胸をジッと見るルルール。
「あなた、おっぱい大きいね」
「そんなこと言ってる場合か!」
「久君の自業自得。何も考えないで突っ込むのが悪いよね」
 平然と言う、豊実。
「ちっ、キミら仲間じゃないのかよ!」
 カリンは、久を助けに向かう。
「援護します」
 そう言って、カリンに並走しているのは、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)だ。
「……ん? そこっ」
 ザカコが何もない空間に、カタールを振るう。
 鈍い金属音が響く。
「キミ、見えるの?」
 驚くカリンに、ザカコが苦笑いをする。
「いえ。殺気を感じてるだけです。自分の間合いに入って来ないと分らないですね」
「……そうなんだ」
「しかし、インビジブルヒドラとは厄介ですね」
 ザカコが立ち止まる。
「自分が囮になります。早く彼を」
「ああ。分った」
 カリンが久の元へとたどり着く。
「……ふん。我ながら未だまだ、だな……」
 ガクリと気絶する久。


「インビジブルヒドラですか……」
 譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、興味深そうにヒドラを見上げる。
「面白そうな生物も居たものですね……不可視の秘密を解き明かせば、不可視になるのも……」
 ニヤリと笑みを浮かべる大和。
「それを解除するのも思いのままですか……ふむ……生物部としてはほっとけませんね……とは言え、まずは退治しない事には始まりませんね!」
 大和は、ヒドラに向かって走り出す。

「……思ったより、厄介ですね」
 ヒドラを相手にしているザカコ。
 すでに額にはビッシリと汗がにじみ出ている。
 気配と殺気のみで、見えないヒドラの首を弾いているのだ。
 普通に戦うよりも、疲弊が何杯も早い。
「苦戦してんな」
 そう言って、ザカコの横に並んだのは、強盗 ヘル(ごうとう・へる)だった。
「あいつ、どうやら俺達と同じで姿を隠せるみたいだな」
 ヘルは、ゴソゴソ道具袋に手を突っ込む。
「首が見えないなら、見える様にしてやるぜ」
 道具袋から出したのは、みかんだった。それを空中に放り投げる。
 そして、それをショットガンで打ち抜く。
 みかんが破裂し、見えないヒドラの首に付着する。
「よし!」
 ザカコはバーストダッシュで空中に飛び上がり、両手のカタールをそれぞれ首に向けて投げる。
 そして、奈落の鉄鎖で重力をかけて加速させ突撃する。
 服装の裏に仕込んでいた少し大きめのカタールを取り出して装着するザカコ。
「この一撃に全てを賭けます!」
 ザカコが、ヒドラの首を切り落とす。


「まあ、考えることは大体同じだな」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は、左手でライトブレードを持ち、右手を懐に入れた状態でヒドラに向かって奔る。
 殺気看破を使い、って不可視の首の気配を探る。
「そこだ!」
 武尊は懐から、自称小麦粉を出して投げつける。
 不可視の首に白い粉が降りかかる。
「首さえ見えるようになればこっちのもんだ」
 ライトブレードを展開させ、ヒドラの首に迫る。
「喰らえ、八つ裂き真空刃」
 ヒドラの首が弾け飛んだ。


「……お嬢、本当にやるんですかい?」
 宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が、繰り広げられる戦いを呆然と見ながら言う。
「私、ヒドラのレアな干し首を作ってみたいのです」
 そうきっぱりと言い放つ、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)
「……」
「透明な干し首など作れるんでしょうか?」
「ヒドラとか怖ぇよ! ヤダよ! 獲らぬヒドラの首算用とかやめて、もっと浅い階層に行きましょうよ!?」
「……別に蕪之進さんの干し首でもいいんですよ?」
 優梨子がニコリと微笑む。
「……行ってきやす」
 涙目でヒドラに突っ込む、蕪之進。
「ううぅ、くそ、くそっ! 全部てめえのせいだ!」
 蕪之進は、泣きながら、ペイント弾を装弾しておいた銃をひたすら撃ちまくる。
 不可視の首にベットリとペイントが付着する。
「さすが蕪之進さんです」
 優梨子は、ヒドラの首に向かって疾走する。
 そして、ライトブレードで首を焼き斬り落とす。
 その切り落とした首をうっとりと見つめる優梨子。
「透明な干し首……」
「……お嬢、怖いです」
 ガタガタと震える蕪之進であった。


「……迷ったのであろう?」
 重装甲アーマーを着込んだリア・リム(りあ・りむ)が言う。
「馬鹿を言わないでください。最初からボス狙いでしたよ」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)は、キラリと歯を光らせルイ!スマイルを放つ。
「その笑顔は実にキモイのだよ」
「……」
「当初の予定では、唯乃さんたちと回るはずだったであろう?」
「男たる者、より強い相手と戦いたくなるものなのですよ」
「女々しい言い訳にしか、聞こえないのだが」
「……」
「唯乃さんたちは、大丈夫であろうか?」
「さあ、ワタシたちの手で、ヒドラを仕留めましょう」
 ルイがヒドラに向かって走っていく。
「やれやれ」
 リアは、ガシャコン、ガシャコンと音をたてて、ルイの後を追っていく。

 泉 椿(いずみ・つばき)は、身軽にヒドラの攻撃をかわしながら、カラーボールを投げつける。
 不可視の首がカラーボールによって、露になっていく。
「チョロイ、チョロイ」
 椿は攻撃を避けることと、カラーボールを当てるのには成功しているが、決定打が見つからなかった。
「ちっと、無理しすぎたか」
 苦笑を浮かべる椿。
 レベルが低いだあ?んなこと関係ねえ!強い奴と戦わなきゃ意味ねえぜ!、と意気込んでここまで来た。
 だが、やはりレベルの差が、高く椿の前に佇んでいる。
 体力の限界が近い、すでに足も悲鳴をあげている。
「くそ、情けねえぜ」
 歯噛みする椿。
「ここはワタシに任せてください」
 そう言って、現れたのはルイだった。
「さ、後は下がって休んでいてください」
 その言葉に、椿は一瞬気を抜いてしまった。
 そこに、ヒドラの牙が襲い掛かる。
「う、うわっ」
 咄嗟のことで反応が遅れる椿。
「させるか!」
 ルイが椿をかばう。
 ルイの肩に深々と牙が突き刺さる。
「ぐ……あっ」
 ルイの口から、多量の血が溢れだす。
「ルイィィィ!」
 リアが目を見開き咆哮した。

 リアは唇をグッと噛んだ。
 一瞬の油断。
 ルイを護ってやると、心に誓っていた。
 それが、なんてざまだ。
 リアは自分に対しての怒りを、ヒドラにぶつけるしかなかった。
「うああああぁぁぁ」
 持てる武器を駆使し、ヒドラの頭に打ち込んでいく。
 肉片になっても、さらに打ち続けるリア。
「この、くそっ」
「……も、もう、いい、でしょう……」
 ルイの息絶え絶えの声に、リアはハッとする。
「ルイ!」
 リアがルイの元へ駆け寄る。
 ルイに応急処置を必死にしている椿。
「すまん。あたしが、あたしがあんな油断しなければ……」
「い、いいんですよ……。怪我はありま、せん、でしたか?」
「ルイ、喋るでない! 誰か、頼む、ヒールを……」
 しかし、この場にいる全員は、ヒドラとの戦いに必死だった。
「ルイ、死なぬよな? 大丈夫であろう?」
 ニコリと微笑むルイ。
「許さんぞ。僕を置いていくなど!」
 その時だった。どこか、間延びした声が響いた。
「死にそうだねぇ」
 眼鏡をクイっとあげて言ったのは、棚畑だった。
「だから言ったのに。自信がないのなら、帰れって」
「てめぇ!」
 椿が、棚畑の胸ぐらを掴む。
「いいかい、いくら相手が改造生物と言っても、これは実戦なんだよ。油断すればこうなる。遊びやゲームではないんだよ」
「……!」
 椿は力なく、棚畑の胸ぐらを離す。
「ふう、まさか、ここでこれを使うことになるなんてね」
 棚畑が内ポケットから、試験管のように長細い小瓶を出した。
「棚畑さん、それは、大事な完成品で……」
 後ろに控えていた研究員らしき男が止めようとする。
「なくなったら、また造ればいいだけです」
「しかし、それを造るのに、どれだけの時間と費用が……」
「時間と費用で、人の命を造れるのかい?」
「……いえ」
 研究員の男は口を閉ざして、後ろに下がる。
「さ、これを飲みなさい。苦しくても、飲み干すんだ」
 棚畑がルイの口に、小瓶の中の液体を飲ませる。
 すると、途端にルイの呼吸は穏やかになり、出血が止まり始める。
「ルイ!」
 リアが叫ぶ。
「大丈夫だよ。まあ、多少は傷が残るかもしれないけどね」
 コツコツと歩き始める棚畑。
「あ、ありがとう」
 棚畑の背に向かって、ペコリと頭を下げるリアと椿。
 棚畑は振り向かずに右手だけを上げた。


「さ、覚悟はいいか?」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は咥えていた楊枝をプッと吐きだす。
 ヒドラの不可視の首は、全て生徒達によって潰されていた。
「悪いが加減はしねえぜ」
 ラルクは光条兵器はナックル型を手にはめる。
 Hアサルトは鬼の力を借りて身体強化する【剛鬼】だ。
「じゃあな」
 ラルクはグルンと腕をまわす。そして……。
「うらぁ!!鉄拳制裁!!」
 ヒドラの本体の首は跡形もなく消し飛んだ。
 これで、第5階層の制圧が完了した。


「おっ宝〜、おっ宝〜、ゲットだぜ〜」
 鼻歌交じりで、研究所を探索しているミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)
 チョコチョコと小さい体を駆使して、隅々までお宝がないかを漁っている。
 ピクピクと、耳が動く。
「やや、ここれは、伝説の……」
 豪華な手鏡を拾い上げ、うっとりとするミュウ。
「むっ、あっちには、これまた珍しい品だぜ!」
 ホクホク顔で、お宝を集めている。
「ゲット〜、ゲット〜、ゲットだぜ〜」
 本日一番得をしたミュウは、ご満悦だった。