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第3章 美食者たちの宴
 
 第二階層。
 そこは、第一階層とは雰囲気が違い、どこか庭先のような感じだった。
「用意ができましたよ、翔太さん」
 右手には巨大な肉料理が載った皿を、左手には紅茶を持った佐々木 小次郎(ささき・こじろう)が歩いてくる。
「もー、小太郎、遅い。待ちくたびれたよ〜」
 テーブルクロスが敷かれたテーブル。そのテーブルをフォークとナイフでドンドンと叩いてるのは、小林 翔太(こばやし・しょうた)だった。
「すいません。なかなか、火が通らなかったもので……」
 小次郎が、翔太の前に、皿と紅茶を置く。
「わー、美味しそう。ねえ、ねえ、何のお肉なの、これ」
 小次郎は懐からテーブルナプキンを出し、さっと翔太の首にかける。
「これはですね、巨大ウケッコーという改造生物です。とても、高級品なんですよ。肉もそうですが、卵はもっと高価なんですよ」
「へー、そうなんだ。まあ、何でもいいや、いただきまーす」
「まあ、待ちなって、お嬢ちゃん」
 フラリと現れたのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)だった。
 小太郎がピクリと眉を上げる。
「翔太さんは、男子です」
「おっと、それは失礼しましたねぇ」
「おっさん、誰?」
 ハムハムと肉を頬張りながら、翔太が尋ねる。
「……お、おっさん。これでも高校一年なんですがねぇ……」
「それで、なんの用です?」
 小次郎に問われて、ハッとするカガチ。
「いやね、確かにウケッコーは、焼くだけでも美味しいんですがねぇ。これを使うと……」
 カガチは、懐からポン酢を出す。
「もっと味が引き出せますよぉ」
「おろしポン酢ですか。いいですね。翔太さん、お言葉に甘えましょ……」
「えへへ、もう食べちゃった」
 翔太の目の前の皿は空になっていた。それを見て、カガチは目を見開く。
「なんと。あれだけの量の肉を短時間で……。すごいですねぇ」
 その時、後ろから、ガサガサと草を掻き分ける音がする。
 現れたのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)
 その手には、脚力を強化されたダチョウ『ダチュー』を持っている。
「カガチさん、こんなところにいたんですか? 探しましたよ」
「おや、遙遠さん」
「おや、遙遠さん、じゃありませんよ。何してるんですか、こんなところで」
「いやいや、つい、美味しそうな匂いにつられてね」
「陣さんも、勝手にウロウロしてますし……」
「いやぁ……、すまないねぇ」
 ずっと、遙遠が持っているダチューに視線が釘付けの翔太。
「ねえ、小次郎。お腹減ったよ?」
「なにっ!」
 カガチが驚愕の色を浮かべる。
「そうですね。そろそろ、次の食材を探しに行きましょうか」
 小次郎がカガチの方を向いて、ペコリと頭を下げる。
「それでは、このポン酢は借りていきますね。あと、この辺の調理器具や、テーブルは使ってもらっても構いませんから」
 小次郎はそう言って、翔太を連れて森の中に入っていく。
「……」
「カガチさん、どうしたんです?」
「……俺は、とてつもない原石を見つけたようだねぇ」
「何言ってるんですか?」


 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、ショットガンを構え、上空に群れをなしている『剛雁(ゴーギャン)』に向けて放つ。
 群で行動する殺人雁。群れが一斉に襲いかかり、鎧をも貫通するクチバシを突き立てる。
 涼は、「うわ」「おっ」「やべ」と言いながらも、器用に避けていく。
「ここじゃ、ちと、分が悪いな」
 そう言うと、岩陰の方へと走る。
 岩を背に、ショットガンを構える涼。
「来る方向が分れば、当てるのは簡単だぜ」
 前方から襲い掛かる剛雁に向けて、撃つ。
 次々と落ちていく剛雁たち。
 そして、間もなく決着が着く。
「ま、ちと、傷ついたけど、終わりよければ全て良しだな」
 一息つき、ショットガンに弾を装てんしていると、小さな人影がウロウロしているのが、目に入る。
 その人影は翔太で、涼が仕留めた剛雁を拾い集めている。
「……何してんだ?」
 翔太に問いかける涼。
「うん。晩御飯の材料を調達してるんだ」
「……そんなにか?」
 翔太は、すでに抱えきれないほどの剛雁を集めている。
「うん。そうだよ」
「……パーティでもあるのか?」
「ううん。僕の晩御飯だけど?」
「そ、そうか。頑張れよ……」
「うん。ありがとう」
 涼は頭をポリポリと掻きながら、歩いていく。
「……世の中は広いぜ」


「えい」
 ホーリーメイスを操るクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)
 掛け声と共に、『鳥餅(トリモチ)』の首がポンっと飛んでいく。
「ふう」
 シルフィアミッドが額の汗を拭う。
「あ、あのですね、シルフィー」
 シルフィアミッドは、「はい?」と後ろを向く。そこには、気まずそうに頬を掻いている、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)が立っている。
「ほら、今回ここに来たのって、私の戦いの経験を積みにってことでしたよね?」
「……はい。そうですわ」
「でもさ、今まで出てきた改獣は、全部シルフィーが倒してますよね?」
「……はっ」
 シルフィアミッドがペコペコと頭を下げる。
「ああ。ごめんなさい。私ったら、安芸宮さんの援護をしようと思ったんですけど……」
「い、いや。別にいいんですよ」
 シュンとしょげてしまうシルフィアミッド。
 和輝はポンと、シルフィアミッドの肩に手を置く。
「でもさ、シルフィーも私のためを思ってしてくれてるんですよね? ……その、嬉しいですよ」
「え?」
 ポッと、顔が赤くなるシルフィアミッド。
「お取り込み中、申し訳ありません」
「キャッ」
 和輝たちの横にフッと現れたのは、小次郎だった。
「その、宜しかったら、この鳥餅を譲っていただけませんか?」
「え? 別に構いませんわ」
「ありがとうございます」
 小次郎は深々と丁寧に頭を下げ、鳥餅を担いで歩き去っていく。
「……なんだったんでしょうか?」
 和輝が首をかしげる。
「……わかりませんわ」
 シルフィアミッドが呟く。


「……はぐれてしまいました」
 そう言いながら、巨乳を揺らして歩いているのは志方 綾乃(しかた・あやの)だった。
 綾乃は地面をトコトコと歩くひよこに目をとられているうちに、他の生徒たちとはぐれてしまった。
 綾乃は基本的には、支援タイプなので一人で戦闘するということはあまりない。
「……困りました。こんな時、改獣に出くわさないといいのですが」
 不安げに歩く綾乃。その時、お約束のように改獣が現れる。
 『葱魔(ネギマ)』。鴨が巨大化したような姿だった。首には、葱が巻かれている。
「え?」
 あまりの間抜けな鳥の姿に、一瞬反応が遅れる綾乃。
 その隙をついて、葱魔が大きく首を振る。すると、首に巻かれている葱がブーメランのように飛び、綾乃を襲う。
「きゃっ!」
 葱とは思えない衝撃を受け、綾乃は後方へと飛ばされる。
 追撃するように、葱魔が綾乃に襲い掛かってくる。
 倒れた拍子に頭を打ったのか、動けない綾乃。
 すでに眼前まで、葱魔が迫っている。
 突如、葱魔が綾乃の視界から消える。
 変わりに現れたのは、七枷 陣(ななかせ・じん)の後ろ姿だった。
 その手には、ヘキサハンマーを持っている。
「立派な葱魔やなぁ。これは兄貴、喜ぶんちゃう?」
 綾乃はハッとして、起き上がる。
「あ、あの、ありがとうござ……」
「兄貴に調理ヨロすんやから、なるべく原型のままの方がええよな……」
「えっと、あの……」
「となると、魔法は使えんな」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「こんだけの量だと、オレと兄貴だけじゃ食いきれんしなぁ。しゃーない。ヨウくんにも、食わせたるか」
「……」
「んじゃ、ま、行くか」
 ハンマーを掲げて、陣は葱魔に向かってバーストダッシュをかける。
 葱魔は再び、首を振り、葱ブーメランを放ってくる。 
 だが、陣はわずかに首を横に傾けるだけでかわす。
「……すごい」
 綾乃が後ろで、感嘆の声を漏らす。
 葱魔の正面に迫る陣。そして……
「チェックメイトや」
 ゴズンと、鈍い音が響き渡る。
 横たわる葱魔。口からは泡を吹いている。
「肉、ゲッツっ!」
 陣が勝利宣言をする。
「あ、陣さん」
「おー、ヨウくんに、兄貴」
 陣が振り向くと、そこには遙遠とカガチが立っていた。
「兄貴、見てください。立派な葱魔ゲットしましたよ」
「……うん。ご苦労様だったねぇ」
「でも……ほんとにこれ食べる気なんですか……?」
「当たり前やん」
「いくらなんでも……こんな怪しい……というか改造されたものですよね?」
「陣ちゃん、食い倒す会会長としては、ぜひとも食さないとねぇ……」
「遙遠は……ちょっと食べれませんね……」
「いやいや、毒味係がなにを言ってるんだろうねぇ……」
「……。え?」
 そんな三人のやり取りを遠目で見ている綾乃。
「……私は、どうしたらいいんでしょうか?」
 こうして、一体誰が第二階層のボスを倒したのか謎のまま、制圧は完了されたのだった。