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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

リアクション

 その時、村長の前に突然出てきた人影があった。カーラ・シルバ(かーら・しるば)がファーシーを殴り、真菜華達に向き直る。
「まだ鍋になっていなかったのですか。まあ一発入れられましたし、よしとしましょう」
「な、なにするのよ!」
 物理的に若干へこんで抗議するファーシーに、カーラは平静な口調で言う。
「あなたは鍋になりたくないのですか?」
「あたりまえでしょっ!」
「銅板は機晶姫と呼べるのでしょうか。体を失ったのなら大人しく活動停止すべきでは? 機晶姫としてのプライドはないのですか」
「生に執着する気持ちは分かるけど……もう諦めた方が楽ですよ」
 ファーシーの前にしゃがみこんで、鳥羽 寛太(とば・かんた)がお釈迦さまのような笑顔を浮かべる。彼はパラミタに来た頃の自分を思い出し――それから立ち上がった。3人を、そして後から追いついてきたルイ・フリード(るい・ふりーど)リア・リム(りあ・りむ)ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)を見回し、寛太は声高らかに言った。
「機晶姫なのに銅板だなんて不安定極まりない。いつ暴走してもおかしくないです。銅板が暴走したらどうなるか……いや洒落ではなくて。
というわけで、とっとと鍋にしちゃいましょう! ってか皆、難しく考えすぎですよー」
「往生際が悪いのは機晶姫としてみっともないです。他の人がやれないのなら、私が引導を渡してあげましょう」
「おいおい。ファーシーの意思は考えないのかよ?」
 ラルクが前に出て、村長に向けて手を差し出す。
「ファーシーがイヤだって言ってんだからやらないのが普通だろ? テメェらは……兎に角、ファーシーをこっちによこせ」
「誰が渡すか! わしは売っ払いたいだけでこんなことを言っとるんじゃないぞ。鍋になった方がこいつにとっても幸せなんじゃ! 封印期間を跨いで90年以上この大陸で生活している機晶姫のわしが言うんじゃぞ! 間違いない!」
 見た目だけではなく実際に長生きをしているらしい村長は、そうまくしたてた。
「で、銅鍋にしたらファーシー自身は嬉しいのかな?」
「う、う、嬉しくない! 嬉しくない!」
 ミルディアの言葉に、ファーシーは身体があったら思いきり首を振りそうな勢いで否定した。
「わたしは早くルヴィさまの居場所が知りたいの! せっかくソルダさんにも会えたのに、ここで鍋になってたまるかってんだ!」
 ……最後、誰? と皆が一瞬思ったものの、ミルディアは気を取り直してうんうんと頷いた。
「今は銅板になっちゃったとはいえ、ファーシーにも意思はあるわけだし、その意思を尊重してあげてもいいと思う。だって、今まで生きてきて、その末が望んでないものじゃ可哀想だし」
「ファーシーさんの行く末を勝手に決めてはいけませんよ村長さん。彼女の進む道は彼女自身が決めて進むべきです。彼女は今ここにしっかりと『存在』しているのですから、生きているのですから」
「地球人が偉そうに理屈を並べ立てて……あなたに何が分かるのです」
 カーラが一歩踏み出して拳を繰り出す。それを避けて距離を取りながら、ルイは村長の 手にある銅板に視線を据えて優しげな笑顔で話しかける。
「ファーシーさん、決して可能性を見失わないでください。ワタシにも機晶姫のリアというパートナーが居るからという訳ではありません。一人の……友人として貴方に生きて欲しいのです」
「…………?」
 銅板から、不思議そうな空気が漂ってくる。
「僕もルイと同じ気持ちだ。ファーシーの進む道はファーシー自身が決めるべきだ。村長はファーシーの何を知っている。確かに長く生きている分多くの事を見てきたのだろう。だがな、自分の価値観だけで決めては駄目なのだ!」
 リアはそして、静かに言う。
「が、それはそれ。僕は……自称友人からファーシーと本当の友達になりたい」
「リアさん……」
「おまえ、人望があるんじゃなあ……」
 驚くファーシーに、村長は頑なだった表情を少しだけ緩めた。その耳元に寛太が囁く。
「彼らは単にいい子ちゃんなだけですよ。ほらいるでしょう?『仲良くしましょう〜』とか言う偽善者。平和ボケしてるんですよ。そんなの気にしない気にしない」
 カーラが「うるさいんですよ」と言って威圧で一同を怯ませる。
「交渉決裂だな? そんじゃああんまやりたくねぇが……少し大人しくなってもらうぜ?」
「交渉でまとまることが一番なんだろうけど、仕方ないね。『自分の意思を貫き通すなら、反対意思を乗り越えてゆけ!』って……あれ、誰の言葉だったっけ?」
 ラルクに同意して、ミルディアがハルバードを構える。
「一応確認しておくけど村長、ファーシーを渡すつもりはある?」
「無い! 人望があるなら尚更じゃ! わしがおまえ達を説得してやろう!」
 さすがに片手では戦い辛いと思ったのか、村長はファーシーをラスに放った。そして、ミルディアに攻撃を繰り出す。それをハルバードで防いだところで、リアが六連ミサイルポッドを発射した。村長がかわしたミサイルが着弾して辺りに爆音と煙が舞う。逃げ道をなくすように、リアは星輝銃で弾幕援護を放つ。
 着弾を示す金属音が響き、村長が煙の中から飛び出してきた。見た目ダメージは殆ど無い。そこに、ラルクが拳を突き出す。顔を狙ったその攻撃を、村長は片腕で受け止めた。
「ぬう!」
 力押しされた分、足が地面を抉っていく。ガラクタ装甲の中に鋭利な金属があったのか、ラルクの拳から血が飛んだ。だがそれには構わず、今度は村長のボディを叩く。衝撃を受けた村長が、その拳を両手で掴む。
「たとえ死を知ろうとも、その先に見える道だってある。ファーシーは真実を知るべきだと俺は思うぜ」
「道か……それが光である保証がどこにあるんじゃ? 闇に支配されて、絶望と共に心が壊れて戻ってこなくなることもある。希望が大きければ大きいほど、その時の落差は激しい」
「俺は、どんな絶望の中でも生きている奴を知ってる。道は必ずある。周りのやつが支えてやればな!」
 距離を取る村長に、ラルクは遠当てを放った。村長はその隙間を縫ってガラクタを引き抜き投げつけてくる。力と速さを伴ったそれらは、充分に殺傷力のあるものだった。
「ちっ! 近づかせないつもりかよ!」
 弾丸のように飛んでくるガラクタ群。ラルクは携帯から光条兵器のナックルを獲りだして装備し、ガラクタを叩き落としながら接近した。
「しゃーねぇ……これで一気にケリをつけるぜ!!」
 一方カーラは、煙の中から飛び出して加速ブースターを使ってリアに急接近した。固定具付き脚部装甲で位置取りし、轟雷閃を纏った鉄甲で思い切り殴る。
「あなたは、ああなってまで活動したいですか。機晶姫とは、石の寿命が来た時点で散るべきではないのですか。それが私のプライドです」
「ファーシーにはまだ生きられる可能性があるのだ!」
 リアが二つ目の六連ミサイルポッドを発射した。
「カーラ!」
 寛太が禁猟区をカーラにかける。ラルクに吹っ飛ばされた村長がぶつかってきたのと、その場が爆炎に包まれるのは同時だった。
 そして視界が晴れた時には――
 カーラと寛太、ゴン・ドーの姿は消えていた。

 砂と時に削られた不恰好な墓石が屹立する墓所。かつては確かな地面があった筈のそこも、すっかり砂に包まれている。他の場所よりも厚く積もったそれは、存在だけで探索者の足を絡めとる。
「ここに遺体を埋めるのは難しそうだな。砂を取り除くだけで一苦労だ」
「どういう風の吹き回し? 付いてくるように命令したのは私だけど、随分と積極的じゃない。ましてや、埋葬についてまで考えるなんて」
(……普段は爆発物ばかり作ってるくせに)
 眉を顰めて、環菜はアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)に訪ねる。柄じゃない、というのが環菜の率直な感想だった。
「死体とはいえ放ってはおけんさ……。オレは、命令されたからという理由だけでのこのこ来たわけじゃない。例の機晶姫とも少なくない縁がある。それに、蒼空学園の生徒になるかもしれん奴だ。生徒のために動くのが教師だろう?」
 ルヴィに会いたい一心で、銅板に宿ってまで生き延びようとしたファーシーは実に面白い研究対象……もとい、憐れなくらい純粋な『少女』だ。しかし、彼の者と会うことは二度と叶わないだろう。
 だからといって、彼女が再び眠りにつくほうが幸せだとも思わない。何か契機があれば、再び笑って暮らせるようになることも可能なはずだ。
 それが、ファーシーが鍋にされようとしていると聞いた時にアーキスが考えたことだった。
「跡地の探索も出来るしな……」
 その結果、ルヴィの形見なり何らかの痕跡なりが見つかれば言うことはない。
「おーい、誰かきてくれー」
 その時、墓所から少し離れた場所で人を呼ぶ声がした。葛葉 翔(くずのは・しょう)が膝をついて、地を注視している。近付くと、砂が取り払われて石でストッパーが施されたその中心に、鈍色の金属で出来た蓋らしきものが露出していた。1メートル四方程の正方形の溝底辺付近に、取っ手のようなものがついている。鍵穴もあった。
「トレジャーセンスが反応したから調べてみたんだ。上には、この石が積まれていた。鍵はピッキングで開けてある」
「これは、ハッチ……? 地下入口の可能性が高いわね」
「開けるぜ」
 翔が蓋を引き上げると同時、何とも言えない淀んだ空気がもうもうと舞い上がってきた。出口が開くのを今か今かと待っていたかのように、外へと逃げ出していく。
 その先にあるのは、蓋と同じ鈍色の階段だった。幅も同様で、中に入ったら広い、というわけではなさそうだ。人一人が歩くのがやっとだろう。
 奥を見透かすような目で、アーキスが言う。
「墓所の近くというのは、敵を意識してのものなのかもしれないな。こんな所に入口を作るとは、まさか誰も思わないだろう」
「機晶姫製造所の跡地と関連しているんだろうな。周辺も廃墟でボロボロだと思ってたのに原型留めてるのもあるし……ここは一体何なんだ? もしかしたら、中にファーシーや機晶姫に関する何かがあるかもしれない。行ってみる価値はあるか」
翔は階段に足を降ろす。ファーシーがどんな選択をするのか解らないが、選ぶ選択肢くらいは多めにあったほうが良いだろう。
 後ろから、入口に興味を持って集まってきていた虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)フリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)を嵌めた瀬島 壮太(せじま・そうた)四条 輪廻(しじょう・りんね)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)、彼女が去年のマジケットで書いた同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)、通称静香と足の生えたタル――いや樽型機晶姫樽原 明(たるはら・あきら)が続く。明の今日のお面は、アフロで面長、顎の割れた口髭を生やしたオヤジである。
「そこを退け。爆破して出口を確保する」
 最後に残った環菜に、アーキスは手持ちの火薬を見せた。破壊工作で蝶番部分を重点的に爆破し、蓋を外す。
「……何だ?」
 突然の爆発音に、先行した面々が顔を見合わせる。
「問題ないわ。行きましょう」
 2人が追いついてくる。長い階段を降りきると、右側と正面に通路が延びていた。右側の通路には左手に、正面の通路には右手に部屋が並んでいる。
「二手に分かれた方が良いかしら」
 環菜が呟くと、博識を使った涼が言う。
「この地下部分は、廃墟の全体に広がっている。墓所の真下だけは避けているみたいだが、それ以外は迷路のようになっているな。階層もここだけではまあ、大勢でぞろぞろ歩いても仕方ないし、もう1つ銃型HCが在れば、分かれても大丈夫だろう。お互いにマッピングしつつ、何か発見があればインターネット機能で連絡を取れば――ああ、在るのか」
 アーキスが銃型HCを見せたことで、二組に分かれて調査をすることになった。環菜、涼、輪廻と翔が右側の通路。アーキスと壮太、フリーダ、祥子とパートナーの静香と明が正面の通路である。
「あ、ちょっと待て。禁猟区をかけるから」
 壮太が別組のマッピングを担当する涼に禁猟区を使う。
 互いの無事を祈りながら、2組は調査を開始した。