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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

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 作業場の机はこまごまとした機械が乗っている上に端に寄せられていた。椅子も2脚しかなかったので、本当に適当に座るはめになる。
「教導団なのに、こんなに立派な工房を持ってるの?」
 唯乃が訊くと、モーナは床にあぐらを掻いて、メンテナンス中らしき機晶姫に工具を差し込みながら言った。
「違うよー、あたし教導団じゃないもん」
「え? でも、その服……」
「ああ、これ? ただのコスプレ。いや、教導団は人を寄越すって言ってくれたんだけどさ。早く話を聞きたかったし、君達を驚かせたかったから、無理矢理? まあ、団長には話の内容は全部報告するように釘を刺されたけどね」
 あけっぴろげに言うモーナ。
「でも驚いたよ。機晶姫の心が銅板に移動するなんて」
「それで、彼女を機晶姫に戻すことは可能なんですか?」
 陽太が言うと、彼女は笑みを収めて工具を置く。
「うーん……、難しいけど……」
「どの部分が難しいのでしょう。その理由が分かれば、それを可能にする条件についても考えられるはずです」
「まず、機晶石の問題」
「未使用の機晶石ならあるわよ?」
 巨大機晶姫の心臓部で、唯乃は縦約3メートル、横約2メートルという巨大機晶石を目にしていた。そこから一部を採掘して持ち帰っていたのだ。それを見せると、モーナは興味津々の目で受け取った。
「これはキレイな機晶石だね。全然不純物とか入ってないし」
「足りないなら、ツァンダの瓦礫から発掘すれば良いわ。大きいのがあるから」
「うん、それも是非欲しいけど、この大きさなら機晶姫1体に充分使えるよ。いや、問題はそこじゃなくてね」
 機晶石を唯乃に返すと、モーナは全員の顔を見回した。
「例えばね、ひびの入った機晶石から新しい機晶石に移すということは出来るの。これは前例もあるしね。だから、彼女も銅板を新しい機晶石として、緊急避難先として使えたんだよ。まあ、普通はあたしたち技師の手が無いと移動は無理だし、機晶石本体はしゃべらないけどさ」
「……………………」
 何やら長考していた司が、そこで質問した。
「機晶石でないコアを持った機晶姫は作れないのか? これまでにそういった機晶姫は居なかったのだろうか」
 ファーシーはその実例といってもいいだろう。だが、それが機晶姫技術によるものなのか、あるいは他の力によるものなのかを確認したかった。
「ううん。そんな機晶姫存在しないよ。今回のことはかなりイレギュラーだから、やっぱり君達の想いと彼女の想いが生んだ奇跡なんだと思う。でもね、一度移ったらそれは物理的なものとして捉えなきゃいけない。銅板は、お世辞にも機晶石とはいえないよ。銅板なんてあたしは扱ったことないし、うまく移せるかは自信がない」
「シャンバラ大荒野に研究所を持った技師がいたわよね? 彼は今、何をしてるのかしら。さっき言った、その前例を作ったのも彼でしょう?」
「あー、あれは勉強になったよ。あの時に公開されたレポートのおかげで、あたし達も新しい技術を身につけられた。高度なものだから全員が使えるわけじゃないけど、機晶石を交換できるという事実は、機晶姫にとって大きな希望だからね。みんなも一層頑張ってるよ。彼は、今もあのラボにいるけど……きっと、あたしと同じことしか言えないと思うよ。吸血鬼だからって、研究に魔法を使ってはいないし」
「魔法……機晶石は魔法と機械両方に相性がいい気がするのですが、魔法と機械の融合というのは可能でしょうかー? 私の目標に一番近いのがこの石だと……」
 日頃から機械工学と魔法についての研究をしているエラノールが言う。
「やり方によるけど、不可能じゃないよ」
「それじゃあ……ファーシーの奇跡を説明出来ない魔法と捉えるなら、新しい石に移すことも出来るのではないですかー? 私、やってみたいです……」
 その言葉の意味を考えるようにモーナはメンテナンス中の機体に視線を落とした。そして、ややあって顔を上げる。
「……銅板にデータも入っているなら、可能かもね」
「データ『も』ですか?」
「ちょっと機晶技術と離れた話になるけど、生きとし生けるものには魂がある。それは機晶姫も同じだよ。造られた時こそ小さいけれど、時と共に確実な形になっていく。心、と呼んでもいいかな。そしてそれ自体に、寿命は無いと考えてる。パラミタが日本上空に出現してから、5000年前に身体を失った者達が契約によって復活しているのがその根拠だけど。基本、種族の寿命っていうのは、その肉体の寿命なんだよね。機晶姫が他と違うところは、心とデータ、2つの情報で成り立っているということ。あたし達が扱えるのはデータだから、これが残っているなら魔法を利用して、銅板からデータと心を抜き出すことも出来るかもしれない。ただ……」
 モーナはそこで、少しだけ厳しい顔付きになった。
「魔物化した心は壊されたということだから、それが完全なものとは思えない。コアである機晶石の更に中枢にあたる魂が一部しか残っていなかったとしたら、移植に成功しても身体が満足に動くかどうかは保障出来ないよ。恐らく、何らかのペナルティやリスクがあると思う。それがどう現れるかはわからないけど。あと、身体のことだけど……」
「本体作成は、今の技術では出来ないんですよね?」
「……うん。強化パーツを作ったりメンテナンスをしたりは出来るけど、機体の根本の構造が判明していなから、丸ごと造るのは無理だよ」
 問うてきた翡翠に、残念そうに言うモーナ。
「他の機晶姫の予備パーツを継接ぎして、1機作ることなんてのはどうですか? 規格が違って組合わせられないのなら、日本の電圧で動く物を外国で使う為に、コンセントにつける変圧器の様な物がありますよね? それを機晶姫のパーツ用に作って組み合わせれば良いんじゃないですか?」
「機晶姫の予備パーツの材質は、あたし達の造っている強化パーツと同じだよ。それは、イチから機体を造り上げるのと何ら変わらない。機晶姫製造のブラックボックスは、そこじゃないんだ。どうやって心を持つ存在にしているのか。どうやって身体との接続を可能にしているのか、それが分からない。だってそうでしょ? 機晶石は、機晶姫以外のエネルギー源としても使われている。石を組み込んだだけで心が生まれるんなら、それらも心を持たなきゃいけない。だから、機晶石だけじゃなく、身体にも何か秘密があるはずなんだ。あたし達が予備パーツを組んで、そこにファーシーの心が入った石を入れたとしても、うまく動くとは思えないよ。心が完全でない以上は、身体は最低限完全でないと」
「壊れたものですが……ファーシーさんの元の機体なら蒼空学園に保管してあります。学園までご足労いただいて、診断していただくことはできますか? それを修理することなら……ファーシーさんの魔物になった部分が完全に消えているのか、その辺りのことも確認した上で……」
「そうだね、その機体があれば何とかなるかもしれない。でも、悪いけど……あたしは今、ヒラニプラを動けないんだ。ちょっと忙しくってさ。まあ、大人の事情? だから、ここまで機体を持ってきてくれれば診断するよ」
「わかりました。そのくらいなら喜んで協力しますよ」
「ああ、でもあたしもその遺跡行きたいなあ。しばらく籠もって研究したいくらいだよ。団長、許可してくれないかなあ……」
 製造所の地下への興味を口にするモーナ。その彼女に、携帯電話を手にした陽太が確認の為に話しかける。
「えっと……情報を整理すると、完全ではなく難しいけれど、希望はあるということですよね?」
「……うん、そういうことになるね」
「今出来なくても、明日、明後日なら出来ることもあるかもしれないです。向上心を忘れずどんどん頑張りましょう!」
翡翠が言うと、皆自然と笑顔になった。陽太は早速、ソルダの家へと電話を掛ける。モーナは、再び工具を取って作業を再開しながら言った。
「さて、せっかくの機会だし、他に知りたいことがあれば答えるよ!」
「あ、じゃあ、パーツを見てまわってもいいですか? ここは機晶石・機晶姫の本場の地ですし、私に合ったパーツがあるかもしれません」
 フィアが言うと、モーナは気軽な調子で頷いた。
「2階にもいろいろあるから見ていいよ。合いそうなのがあったら付けてあげてもいいけど。有料で」
「あ、はい!」
「……マジにしないでよ。金なんか取らないって。でも、適したパーツってのはなかなか無いからねー。あんまり期待しないで」
「わかりました! ありがとうございます」
 嬉しそうに、フィアは2階に上がっていく。
「俺は、錬金術について話したいんだが」
 司が言うと、モーナはきょとんとして動きを止めた。
「へ? 錬金術?」
「ああ。今回の事……人格が銅版に対しても付与できたという事実は、人体練成やキメラの製造にほど近い意味合いを持つと思う。錬金術師としては見逃しておけない。錬金術の望みを大雑把に言えば『今ある物質を改良しよう』ということだ。錬金や不老不死の研究は、その過程にあるだろうとされる技術に過ぎない。人格を持つコアをメンテナンスできるようになれば、錬金術もまた進化できるんじゃないかと思うんだ。メンテナンスの方法を教えてもらえないか?」
「そんな無茶苦茶な……」
「そこまで無茶な話ではないと思うが」
 習得できるできないに関わらず、単純な強い好奇心からの質問であることは否定しないが。
「ボクも、メンテナンス方法を知りたいな」
 真面目な表情でカレンが言う。
「うーーーーー、それは無理だよ」
「失礼な話かもしれないが……コアは限られたものだけがメンテナンスできる程度とのことだが、それは、ある程度特定の家系に隠匿されているためではないのか? 今は、地球人とパートナー契約を結ぶ機晶姫が増えている。その技術が多くの人々に必要とされているんだ。時代は変わっている。今こそ、知識を皆で共有するべきではないのか?」
「……隠匿云々に関しては肯定も否定もしないよ。でもね、他の人に技術を広めるなんて、あたしみたいな下っ端に決められることじゃない。それに、万に一つもないだろうけど将来そうなったとして……人にはそれぞれ得意分野というものがある。あたしなんかは、いくらやっても料理が上手くなんないけど、機晶姫と契約した人に資質があるかは別問題でしょ? 状況は大して変わんないと思うよ」
「つまり……資質のあるものがこのヒラニプラに集められているということか?」
「まあ、そういうこと」
「アーティフィサーでも、ダメなのかな?」
 そう訊くカレンに、モーナは優しげな目をして手招きした。この少女からは何か、覚悟のようなものが感じられる。
「ボクは自分で言うのもなんだけど、人一倍好奇心が強くて、とにかく分からない事は知りたがる性格なんだけど……機晶姫の事だけは、あまり考えないようにしてたんだよね。だって、大切な親友のジュレの機晶石が壊れちゃったりした時に、今の技術で直す事は不可能、なんて知ってたら、耐えられないし。でも……勇気を出して今日会いにきて良かったと思うよ。機晶石が壊れても、機晶姫の魂を移す方法があるって分かったし……。ジュレがいつまでも元気でいられる様に、今まで避けて学ばなかった分、ここでしっかり勉強していきたいんだ」
 初めは無口で感情の起伏が無かったジュレール。だけど、今は怒ったり泣いたりしてる。その彼女といつまでも一緒にいるために、彼女を長生きさせるために、カレンはその技術を身に付けたかった。
「……メモは持ってる?」
「う、うん」
 カレンは、慌ててメモを取り出した。
「あたしの手元を良く見ていて。アーティフィサーなら理解することも多いと思う」
「あ……ありがとう!」
「あの……私もいいですか?」
 翡翠と蘭華、エラノール、電話を終えた陽太も近寄ってくる。メンテナンスを見つめる彼女達を隣で眺めるジュレールを襲ったのは、複雑な感情だった。
 目覚めてからこれまでの間、カレンと様々な体験をし、人間と言う存在がどういう物か、所謂「死」の概念を理解してしまっている彼女は――気付いていた。
 カレンが自分の活動時間を長く望むほど、ジュレールが一人で過ごす孤独な時間は長くなる。肉体の寿命というものが不可避であるからこそ、それと同じくらい確実に訪れる未来。
 だが、その事を言葉に出来るほど彼女は器用ではなかった。真剣に、楽しそうにメンテナンスの勉強をするカレンに言えるのはただこれだけ。
「カレンと離れるような事があれば、我はまた眠りに付くだろう」
 小さな声で呟く。
 それが『寂しい』と言う感情だと悟りながら。