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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

リアクション

 ソーニョは早速、村長の下へ走っていった。身体を駆け上がって、背中からファーシーに話しかける。機晶姫である村長は、直に触れられていても全く気付かない。
「ファーシーさん、このまま黙って聞いてね。これからちょっとフリスピーみたいに飛ばすけど、絶対に声を出さないで。ファーシーさんを助けるためだから」
 聞こえているかどうかを確認する術はない。それでも通じていると信じて、ソーニョは一旦村長から降りた。草むらから飛び出した風を装って、銅板に思いきりアタックする。
「何じゃ!?」
 ファーシーは村長宅の横に生い茂っている草の中へと消えていく。そこからプレナがひょっこりと現れて銅板を渡した。
「はいどうぞ。これで返してくれるんですよね?」
「あ、ああ……」
 受け取った村長は戸惑いながらも、銅板をトライブに渡した。
「村のしきたりを守るのは、わしの矜持じゃ。金は取る。10Gで良い。その代わり……」
 膝をついて、土下座する。
「頼む。さっき言った、部屋に飾るというのを守ってくれんか。ファーシーを大切にしてやってくれ。5000年前のマスターのことを教えるのだけは……やめてくれ」
「ちょっ……いきなりどうしたんだよ。顔を上げろって……!」
「……村長。同じ機晶姫なら彼女が『物』では無い事が分かるだろ? 分かってるから、言ってるんだろ? ……どんな理由があるにせよ、彼女に選択を委ねるべきだ」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)の言葉に、村長は絶望したように顔を歪めた。
「村長さん!」
 プレナがラスの手を引っ張ってくる。
「ごめんなさい! それは偽物で……! 本物のファーシーさんはこっちです……!」
「おお……おお……! こっちか……! ラス……! おまえはわしと同じじゃろう……! 決して、ファーシーに言わないでくれ……!」
「……分かってるよ。言うつもりはない」
「それよりも、何なの? 村長、何かルヴィさまのこと知ってるの……? ううん、村長だけじゃない。ラスも、みんなも……」
「おまえは黙ってろ!」
 ラスが怒鳴ると、心なしか銅板がびくっとする。
「村長は、過去に人を殺してるんですよ。5000年前に、沢山ね」
「ソルダ……!」
 ソルダ達が合流する。生徒達は真剣な顔で、今にもルヴィについて話してしまいそうだった。
「殺すってなに……? 悪いことなの?」
(……何だ……ただの自己満足か……)
 村長も、5000年前の戦争に駆り出されていたのだろう。そこで多くの人を殺し、人の死を抱えて壊れそうなほどの罪の意識の中、日々を過ごしてきたのだろう。封印を解いた奴は、随分と罪作りだ。
 死を背負う苦しみを、ファーシーに知ってほしくなかった。だが、ただそれだけの理由。村長は気付いていなかった。
何故、誰も気付かない。ルヴィが『ただ死んだのではない』ということに、何故、誰も……。
 もう、ぎりぎりだった。
 トライブが言う。
「ファーシー。あんたは死を知るべきだ。ルヴィって奴が大切なら、そいつの為に泣かなけりゃいけない。悲しみに身を宿して喉が枯れるぐらい泣きはらした後、あんた自身がどうするかを決めればいいさ。でも、忘れるな。ルヴィはきっと、あんたに生きて欲しいと願うはず。他の連中も同じように思っている。それを一人残らず拒否するのかい?」
「どういうこと……? 死って……壊れることじゃないの……?」
「駄目だ!」
 やはり、ファーシーは殺さなければいけない。ラスは短剣を振り上げた。銅板を地面に押し付け、突き刺そうと――
「きゃああああああああ!!」
「…………っ!」
 ファーシーが悲鳴を上げるのと、雷術がラスを襲うのは同時だった。ルーシュチャ・イクエイション(るーしゅちゃ・いくえいしょん)の力を借りた皐月が放ったものだ。
「勝手やってんじゃねーよ、生きてる奴を殺す事の何が正しいって言うんだ!!」
 ラスが距離を取ったところで、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がファーシーを拾って素早く離れる。それに気を回す余裕もなく、ラスは言った。
「正しくなくて……俺のわがままで上等だ! こいつに真実を教えることが……真実も分かってない奴が偉そうなことをぬかしやがって……! 俺は嫌なんだよ! ファーシーが……」
 ファーシーの心が壊れるのを見るのが。
「馬鹿馬鹿しいですね。つまり貴方は、逃げているだけではないですか」
 雨宮 七日(あめみや・なのか)が言う。
「自分の心を守る為に。――幸も不幸も、生きてこそ意味が有る物だと言うのに」
 七日は、透乃の持つファーシーを見詰める。
「私達は、貴女の思考に干渉する権利を持ち得ません。全て、貴女が決める事です」
「…………」
 ファーシーは答えない。
「……尤も。隣の馬鹿はそうは思っていないようですが」
 皐月は歯噛みすると、拳を握った。
「例えどんな事情があろうと、生きてる奴は生きてるんだ。辛くったって苦しくったって、生きて……!! それを否定させるような真似、させて堪るか!」
 ――分からず屋はぶっ飛ばすまでだ。
 光条兵器のフライングリバースVを出して向かってくる皐月に、ラスも短剣で対抗する。
「ファーシーちゃん、君のマスターは、もう何処にもいないんだよ。この世界の何処にも。いくら探したって、見つからないの」
「え……?」
 ファーシーには酷だが、透乃は率直にルヴィが死んでいることを教えたかった。あまり別のことを言ってまわりくどく説明すると、真実が伝え難くなるかもしれない。
 「壊れた」という表現は嘘をつき、ごまかしているとしか考えられない。嘘はつき続けるほうも辛く、それが嘘だったとファーシーが気づいたとき、必要以上に怒りや悲しみを生みかねない。そうならないためにも、早いうちに真実を伝えたかった。
 これからどうするかは、真実を知った後で、ファーシー自身が決めれば良いと思う。もし真実を知っても生きていきたいとファーシーが願うのなら、その力になりたい。
「分からないでしょ……? 他の国で幸せにしているかもしれないし、壊れていても修理すれば……それとも、やっぱり何か知ってるの……?」
「ううん、知らないよ。でもファーシーちゃんは、自分がその銅板から機晶姫に戻れると思う?」
「それは……!」
 透乃は、皆が機体の修理を目指していることを伏せて言った。自分を振り返るのが、1番分かりやすいと思ったから。
「同じだよ。絶対に元に戻らないものがこの世にはあるの。『死』がそれ。壊れたらもう、戻らない」
「うそ…………うそ…………嫌っ! そんな言葉聞きたくない!」
「聞いて! 5000年前の人間が生きてるなんて絶対に有り得ない。それを受け入れられなくて感情を殺して生き続けるのなら、さっさと死んだほうがいいよ」
「透乃ちゃん!」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が慌てて止める。
「やめてください! 私は、ファーシーさんには辛くても生きて欲しいんです!」
「いや…………いや…………」
 うわごとのように言い続けるファーシーに、閃崎 静麻(せんざき・しずま)が近寄った。
「大丈夫だ。ファーシー、壊れないものもちゃんとある。確かに、世界に在るあらゆるものは壊れた時に修理出来なくなる時がある。それが生き物だった時は、そんな壊れ方をした時に『死』んだとか言い換えるんだ」
「……………………」
「生き物の多くは、時が過ぎればいずれ『死』んでしまう。だけど同時に、思い出みたいに壊れる事がないものだってある」
「……思い出……?」
「そうだ。今、ファーシーがルヴィの事を想うのは、彼と過ごした記憶があるからだろう? それが、思い出だ。もしかするとルヴィは『死』ぬ前にファージーに対して壊れない何かを残しているかもしれない。……それを、探してみないか?」
「……壊れない、何か……?」
「きっと、ファーシーの心の支えになるはずだ」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)がファーシーに話しかける。
「……ルヴィさんは、ファーシーさんのことを愛していたんだよ」
「ティエルさん……?」
「ファーシーさんは、結婚って知ってる?」
「…………」
「好きな人同士が……友達とかの好きじゃなくて、ずっとずっと一緒に居たい、家族になりたい、と思ってする約束のことだよ。その銅板は、ルヴィさんからのプロポーズ……結婚の申し込みだったんだよ。5000年前には指輪とかなくて、家紋の刻まれた銅板がその証だったんだって。確か戦争に行く前に渡されたって言ってたよね? それはきっと……絶対に帰ってくるよって意味だよ」
「ルヴィさまは……わたしを……」
「恋人だと思っていたんですよ。1人の女性として、あなたを見ていたんです」
 スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)が言うと、ファーシーは考えるように沈黙した。
「これが、その銅板です」
 ソルダが銅板を見せる。そこに刻まれた紋様は、ファーシーのものと完全な左右対称になっていた。
「礼拝堂で約束をした恋人達は、魂まで繋がるって信じられていたみたいだよ。何でも、片方が亡くなっても……死んでしまっても……相手が天寿を全うするまでは現世に留まっているんだって。その銅板の中で」
「わたし……みたいに……?」
「もちろん、それは信仰に過ぎません。現実にそのようなことが起きたのかは今となっては分かりようもありませんが……」
「ルヴィさんは違った」
 ソルダが俯くと、ティエリーティアは後を継いだ。少しだけ辛そうな顔をして。
「戦争で、ルヴィさんは亡くなった。彼は、肌身離さずに銅板を持っていたらしいんだけど……息を引き取った直後、銅板が光ったんだって。それで、気味の悪くなった上官が戦地の洞窟の奥に封印した。でも、悪かったな、って思ったのかもしれない。戦後、生き残ったルヴィさんの弟に、全てを話しに来たんだ。それで、ラドレクト家では不思議な昔話……ルヴィさんの悲恋の話として言い伝えられてきたんだよ」
「僕は、ルヴィさんの弟の……子孫です」
「子孫……?」
 ファーシーはこの村に来る前に環菜とルミーナが言っていたことを思い出した。確かに、ソルダが子孫である可能性があると話していた。実のところ、子孫というのが何なのかは良く理解していなかったが――
「人間は必ず死ぬかわりに、自分達の血を持った子供を作るんです。そこが、機晶姫とは違うところと言えるでしょう。子供は誰かと結婚し、また子供を作る。そうやって、命は連綿と続いていくのですよ。ソルダさんは、ルヴィさんの血を持った人なんです」
「先祖が守護天使と結婚して以来、そちらの血も濃いですけどね」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の説明に、ソルダは苦笑した。
「…………」
 黙するファーシー。ややあって喋った彼女の声には、切実な想いがこもっていた。
「その中に……ルヴィさまが居るの……?」
「残念ですが……」
「……声を聞かせてください……笑ってみて……。ずっと会いたかった……ずっとずっと待っていたの。謝りたかった……帰ってくる前に壊れてしまったことを……。ずっと知りたかった……この銅板の意味を知りたかったんです……。やっと分かったのに……やっと気持ちがわかったのに……なんでも話して……離れてから何をしていたのか……どんなことでも聞くから……お願い……お願いします……」
「ファーシーさん……」
「どうして……?」
 悲しい。悲しくて仕方がない。嬉しいはずなのに。大切に想ってくれていたのだと分かって、嬉しいはずなのに。
(こういう時、わたしはどうすればいいの? 泣けばいいの? どうやって? みんなみたいに……)
 その気持ちが伝わったのか、彼女の代わりに泣いているのか。銅板を抱いていた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)やティエリーティアが涙を零す。
 機晶姫達も、また。
 そして。
「ルヴィさまは……いつ死んだの……?」
「××××……」
「止めろ!」
 ソルダは、何の疑問も持たずに答えた。ファーシーは自分で、地雷を踏んだ。いや、これもいつかは知らなければいけないこと。生きていくために必要な情報。けれども恐ろしく、残酷な情報。
「え……?」
 その日付を聞いて、ファーシーは驚きのあまり声を失った。それはいとも簡単に、ある1つの事実を導き出す。考えたくないのに、嫌でも理解してしまう。
「何で誰も気付かねーんだ!? ファーシーが襲われて、活動を停止して……その結果何が起こったのか、誰も……!」
 相手をしていた日比谷 皐月(ひびや・さつき)を跳ね除け、ラスが叫ぶ。パートナーが死ねば、契約者に多大な影響が及ぶ。後々にまで後遺症が残るような影響が。1番酷いのはその直後。
 ――ルヴィの上司は生還した。
 ――ルヴィだけが、亡くなった。
 その意味は。
「わたしが……殺したの……?」
 製造所が襲われた日と同じだ。パートナー契約をした相手が影響を与え合うことくらいは知っている。ルヴィと初めて会った日、彼を初めて認識した日に教えてもらったことだ。
 ――だから、お互いを大事にしような。ファーシー――
「いやああああああああああ!」
 ファーシーの慟哭が、村に響いた。

「我輩が全自動イルミンスール賛称機、樽原 明(たるはら・あきら)であーる!」
 隠し通路をうろついているへどろんにツインスラッシュで攻撃をする明。相手の材質が材質だけにあまり効いていないが、怯ませるくらいの効果はあった。その隙に、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が雷術を使ってしびれさせる。
「決定的に倒せないのは痛いわね」
 その横をすり抜けて走りながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は言った。
「火術なら滅することも可能だと思いますわ。やりますか?」
 同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が提案すると、祥子は首を振る。
「こんな狭い所で油の塊みたいなあれに火術を使うのは危険すぎるわ。やり過ごすしかないわね」
「それにしてもこの通路、下り坂になっていますがどこに続いているのでしょう?」
 先頭を行く明が、前から来るゴーレムに体当たりをかます。
「やらせはせん! やらせはせんぞぉ!」
 よろけるゴーレムを、等活地獄を纏った祥子と、ライフルに轟雷閃をのせたアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)の攻撃が土塊にする。アーキスは通路に転がる遺体を見遣って考える。
「何故、こんな所で倒れているんだ? 地下1階の状態からして、ここが襲われたとは考え難いが、何かから逃げようとしていたような……モンスターか? だとしたら、5000年前からこいつらは住み着いて……第一、1階にモンスターが居なかったのは……」
 その時、前方の金属壁に亀裂が入った。
「みんな離れろ!」
 殺気看破が何かを察知し、瀬島 壮太(せじま・そうた)が叫ぶ。あまりにも遺体が多いので、フリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)を嵌めた左手はポケットに突っ込んだままだった。
 壁が爆発する。
「んー、ここはどこですかねえ。通路?」
「だから、遺跡を無闇に壊しちゃだめデスって〜!」
 穴から出てきたのは、赤羽 美央(あかばね・みお)ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)だった。後ろから、へどろんがぷるんとついてくる。
「な、なに連れてきてんだ!」
 ジョセフがアシッドミストでへどろんを溶かす。祥子達をぐるりと見て、美央は言った。
「では行きましょう」
「いきなり仕切った!」
「……まあまあ。どうやらゴールも近いみたいよ、ほら」
 祥子が指差した先には釦付きの壁があった。隠す必要もないからか、随分とあからさまだ。
 壁が回転したその先は広大な空間になっていた。中央に鎮座するのは――
「……巨大機晶姫……?」
 以前のようなゴーレム然としたものではなく、サイズもその半分といったところだ。黒を基調としたボディの機晶姫で、人型ではあるが、少女というよりはロボットに近い。造りかけだったのか、顔の部分はまだ骨組みのままである。
「……うわっ、何だこれ!?」
 別ルートから到着した葛葉 翔(くずのは・しょう)達も巨大機晶姫に驚きの声を上げる。環菜が近付いて、ボディを触る。
「あまり劣化していないようね。これ、ファーシーのパーツに使えないかしら」
「……サイズ的に難しいであろう」
 四条 輪廻(しじょう・りんね)が言うと、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が機体を見上げて呟いた。
「これが動いたら、とんでもないことになるな……まさか、鏖殺寺院に襲われた原因というのは……」