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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第2回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第2回/全3回)

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第四章 躍動する想い

「はい、ブリジット、お願いします」
 真っ直ぐな瞳で。橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に手渡した。
「分かったわ。任せて」
 まったく、何て瞳をしてんのよ。
 受け取りながら、ブリジットは2度目の敗北を喫した。
 1度目は金 仙姫(きむ・そに)を迎えに来た時だった。
「このような場所は、そなたには似合わぬ」
「そんな事は、今は関係ないわ!」
 トカールの村中でヴァルキリーにヒールを唱えながら、は声を荒げた。
「苦しんでいる人たちが居ます、その人たちを置いて逃げるなんて」
 最後まで言わず、はヴァルキリーへ視線を戻した。それでもその瞳は仙姫に次なる言葉を発する事を止めさせた。それはブリジットも同じを感じたのだった。 
 息を吐いた。2度目の敗北には、暖かい声援を受けたようにも思えたのだった。
「舞も、避難するのよ」
「分かってるわ。気を付けてね」
 分かってる。仙姫は言葉にせずにブリジットに応えた。
「ふんっ、格好つけおって」
 馬に跨り、駆けてゆくブリジットの背に呟いた。
「私の事は待たなくて良いから、舞と一緒に逃げて」
 懸念の通り、はすぐにアリシア・ルード(ありしあ・るーど)の補佐に回った。自分が避難する事など、元より考えていないようだ。
 ブリジットが受け取ったのは、仙姫が集めた香生草の束。
 香生草を炊いて炎毛狼を誘き出そうと考えた生徒は幾人か居たが、誘いだす地を定めた策に則り、皆が動き始めた所であった。
 ブリジットは、群れから離れようとしている狼たちを群れに戻すべく駆けるのだった。
 空飛ぶ箒で動く五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、対岸へと渡っていった。ピッタリくっついてしがみつくシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)は瞳を閉じているが、終夏はそうする訳にはいかない。
「あそこが良いかな…」
「うんっ、そ、そうね、それが良いですぅ」
「シシル… 瞳、開いてないよ…」
 水位の減る川肌の一点に狙いを定めた。
 狼たちが跳ぼうものなら、容易に渡る事が出来てしまうであろう程に川幅が細くなっている。
「気付かれると、厄介な事になりそうだね」
 局地的に細くなっている事から、川底の形に関係があるのだろうが。狼たちが一気に雪崩てくる、そんな危険性も考えられた。
 高度を下げて、派手に飛び回った後に、局地一点から離れた箇所に降りると、鍋を設置して香生草を炊きあげていった。
「師匠、準備できたですぅ」
「よしっ、離れるよっ」
「ぅう… また飛ぶですぅ…」
 上がる湯気と同じ速度で上昇した。すぐに同じにシシルは瞳を閉じてしまった。
「ねぇ、シシル… 君、高いところ苦手だったっけ?」
「違うですぅ…… ハヤィの…… 速いのが怖いですぅ……」
「速いの……? あっはっはっはっ、何だ、そうだったのか」
 終夏は箒のままに『素早く』空を滑り降りた。
「ひゃぁっっっつっっっ……」
「大丈夫だって、速さは慣れれば克服できるから。ほら、見てごらん」
 恐る恐るに小さく開いて…… すぐに閉じても、何とか開こうとして。
「そうそう、怖くないでしょ? ほ〜ら狼君達〜 こっちのが美味しいよ〜?」
 微かにどうにか開いて、見えた界下には、香生草の香りに誘われて集まってくる炎毛狼たちの姿が見えた。
「ほら、シシル、ラクダの川流れが見えるよ〜」
「何が川流れや! 河童の川流れみたいに言うな!」
 三つ足一コブらく蛇の背に乗りまして、日下部 社(くさかべ・やしろ)がツッコミを入れた。
「確かに真っ直ぐは歩けてへん、流されとるように見えるかも知れん、けどな、ラクダかて歩いとる、歩いとるんや、転んでばかりだったラクダが、こうしてしっかり歩いとるんや、そこをしっかり見てくれんと」
「きっとぉぉお〜 川に足を取られてるぅ〜 だけだと思うですぅ〜!!」
「遠い!! ツッコミが遠いでぇ、寺美ぃ〜!!」
 川原の縁の遠い所から、どうして聞こえたのだろう、望月 寺美(もちづき・てらみ)に。寺美に叫び返した。
 毒に侵されたヴァルキリーの中には、幼い娘たちも居た。治療が終わり、元気いっぱいに走り回る娘たちを、寺美が集めて面倒を見ていた。
 幸い、どの娘にも再発症の症状は見られない。少しでも不安を拭ってあげたい、そう思っていた寺美だったが、彼女の容姿と人柄に、娘たちは思いの他すぐに懐いたようだった。
「思うですぅ〜!!」
「遅ぇ!! つーか、おまえ等が言うんかい!! 寺美ぃ! 何言わせとんねん!!」
「よそ見しなぁぁい!!」
「しなぁぁいぃぃい!!」
「くっ、何や、あの瞳の輝きは… 反則やろ」
 遠くから。見られてるはずに、言われているはずなのに。
「よっしゃ、良ぇとこ見せたるでぇ」
 終夏が設置した鍋の周りに、香りに誘われた狼たちが集まってきていた。
 香りで集めよう策の終点として、皆で協力した甲斐もあり、対岸に見える炎毛狼の残りの、ほぼ全てが集まっていたようだった。
 らく蛇の尻尾は、蛇の尻尾。
 三つ足一コブらく蛇の尻尾を掴むと、蛇の口から舌を思いきり引っ張った。
「半分だけなら、良いですよ」
 らく蛇のコブに貯められた10トンの水、その半分を使っても良いと
アリシア・ルード(ありしあ・るーど)から許可を得ていた。
 舌を引かれた、らく蛇は口から5トンもの水を噴き吐き出していった。
 直撃を避けても押し流されゆく。滝のような水流に炎毛狼たちは次々にその巨体を横たえていった。
「よっしゃ、大成功や!!」
「大成功やぁ!!」
「だいせいこうやあ!!」
 寺美、そして幼ヴァルキリーたちが揃って拳を高々と上げた時、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は瞳に怒りを燃やしていた。
「よくも… よくも千百合ちゃんを…っ」
 震える拳で凶刃の鎖を握りしめる。
 唸り声を上げながら、2体の炎毛狼がジリジリと日奈々に寄ってゆく。
 両目の視力を失っている日奈々の瞳は耳とも言える。超感覚によって生えたリス耳も逆立っていった。
「日奈々…… ダメ ……」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が上半身だけを反らして見つめみた時、日奈々は勢いよく飛び出した。
 共に戦っていた、千百合が狼の巨爪に打たれ倒れた。その瞬間は、実際には見えていなくても、刻が遅くなったような感覚の中で感じ取っていた。
「………………っ!!」
 炎毛狼の正面から駆け向かう。丸飲みにしようと大口を開ける狼の首へ、日奈々は鎖を投擲した。
「………………許さない」 
 鎖が狼の首を回り始めた、その初動に日奈々は鎖の先の刃に奈落の鉄鎖で重量を加えた。
 勢いの増した刃が、狼の首を刈り斬った。
「日奈々…………っ!」
 止まることなく日奈々は、もう一体の狼の背に飛び乗った。
 空高く、地と垂直まっすぐに、日奈々は凶刃の鎖を宙に放つ。
「………………これで」
「日奈々っ! ダメぇっっ!!!」
 奈落の鉄鎖で刃に重量を。
 無表情の日奈々、叫ぶ千百合。堕つる刃が狼に斬り触れる、その刹那−−−
 狼の頬が凹み、その巨体がフラついた。それ故に日奈々の刃は地まで落ち刺さった。
 ドラゴンアーツで強化した拳。高周波ブレードを握ったまま、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)の拳が狼の頬に強き打撃を与えた。
 頬を殴られ、ヨロケた狼に、リアトリスは追撃の殴打を繰り出した。
 怒りの矛先を奪われた日奈々は、その身と思考を硬直させてしまっていた。
 新たな矛先を定めるより前に、そして狼の背から落下するより前に、カレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)日奈々を抱き締めて、狼の背から跳び離れた。
「あ、あの、ありがとうございます」
「あぁ、無理をするな、あんたの治療もしよう」
 日奈々を下ろしたカレンデュラは、千百合を起こしてヒールを唱えた。
「アリシアさんなら…… あそこに」
 小さな指が、川原の端をさした。順調に回復してゆく千百合を見て、日奈々もようやく息が整ってきたようだ。
 リアトリスが、炎毛狼の1体を気絶させた事で、生徒たちは川原に集まった炎毛狼の全てを撃退、または戦闘不能にする事を完了させた。つまり炎毛狼の脅威から村を護ったといえるのだった。
 喜び合う声もあがるが、何よりも安堵のため息が最も多くあがったようにも思えた。
 しかし、喜んでばかりはいられない。
 ヴァルキリーたちの治療は、未だ解決していない症例が多くあるからだった。