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第3章 孤独なる戦い人 4

 コビアたちが扉の奥へと消えると、アリアたちの残された平地は徐々に小さくなっていった。やがてそれは、人数に合わせたかのような広さで収縮を停止する。一歩間違えれば奈落の底の闘技場に、誰もが息を呑んだ。
「けっ、戦いの舞台を整えたってわけかっ! なら、まずは挨拶代わりだ……!」
 ラルクの不敵な声が聞こえたかと思えば、彼は既に機人との間合いを詰めていた。
「先手必勝! 拳でもくらえや!」
 軽身功を使った並の人間を凌駕した拳の突きが、機人の身体を吹き飛ばす――かに見えた。しかし、機人は拳を腕で受け止めると、まるでその力を受け流すように自ら後方へ跳躍する。
 一切ダメージを受けている様子のない機人の姿に、ラルクは笑みを浮かべた。
「そうこなくちゃな……。俺の一撃だけで終わっちゃあつまんねぇよ」
 まさしく牽制、といったところ。
 そんなラルクの拳が嵐の前の静けさだったのだろうか。
 機晶機人は――疾風の如く駆けた!
「……!」 
 ラルクは眼前まで迫った双剣を、かろうじて避ける。カウンターで拳を突き出そうとするが、そのときには既に機晶機人のセンサーが別の人物を捉えていた。
「来るわね……」
 横に飛んだ機人が、奮迅の様で魏 恵琳(うぇい・へりむ)に襲い掛かる。だが、後方に飛んで時間を恵琳の計略に、機人のいく手は阻まれる。機人の腕を叩き落としたのは、美羽の振るうサーベルだった。
「させないもんね!」
 彼女はサーベルを巧みに操って、更に追撃する双剣を弾いた。さらに、そこから、背後に控えていたアシャンテが機人へと攻撃を仕掛ける。彼女の刀を、機人は片方の剣で防ぐ。
「無駄だ……」
 悠然と呟いた彼女の隣から、グレッグ――アシャンテの連れるパラミタ虎が機人へと飛び掛る。
 機人は次の一手を出す前に、地を蹴って退いた。
 逃がすか……! アシャンテの刀がそれを追撃しようとする。だが、退いたのは一時の経過にしか過ぎなかった。地を蹴った勢いをそのまま、再度跳躍した機人の双剣が、旋風のような速さでアシャンテの頭上から振り落とされる。
 しまった……!
 しかし、それを黙って見ているアリアではなかった。
「アシャンテ!」
 飛び込んだアリアの剣が、双剣を防いだ。
 ……だが、双剣は二つあってこその双剣。一つを防いだところで、危機は絶えず迫っている。敵の片や一方の剣が、今度は懐からアリアを狙う。
 一か八か……! アリアは、これまで機人の動きをよく観察していた。確実にとは言えないが、恐らくは目の中のセンサーで敵を認識しているはず。だとすれば――!
 アリアはソートグラフィーの力を込めて、機人の中のセンサーへ念を送り込んだ。まるで、時間が止まったかのような感覚。視界に映るもの全てに感覚を共有するかのような、浮遊感のある不思議な感覚がアリアを包み込んだとき、彼女の念はセンサーを捉えた。
 途端――機人の動きが奇妙な踊りのようにふらつく。まるで見えない敵と戦っているかのようだ。
「よかった……やっぱり念写でもいける……!」
「ははぁ、念写とは、また変わった力を使うもんだねぇ。よっし、今度ぁ俺の出番ときたかい」
 アリアに感心したような声をかけて、カガチは飛んだ。
(目を凝らして見たら、機人の動きが捉えきれないことはねぇ。しかも、好都合に酔っ払ってるみてぇだぜ。……そいじゃぁ、いっちょ踊ろうぜぇ)
 念写の力がまだ尾を引いているのか。機人の動きは見えない影を斬ろうとふらついている。そこに、カガチが追い討ちをかけるよう飛び込んだ。
 反りの浅い二つの打刀が、腰に挿された鞘から流れるように抜かれる。
 霜の降るような刀身と花弁の散るような刀身――ニつの刀が、まるで機人の双剣と相対するかのように姿を現した。
 巧みに操られる刀は、猪突の一閃。機人の双剣にも負けぬ速さで機人の腕を叩く。
 しかし、あまりにも硬い装甲のせいか……腕を斬り落とすまでは刃が到達しなかった。むしろ、弾かれてジンジンと手のひらに響くほどだ。
 そこに、鬼院 尋人(きいん・ひろと)が続いた。余計なことは喋らないといった、彼の烈気を帯びた専心の目が、機人の隙を逃さない。
「逃がすか……!」
 自分の身体を打ち震わして、尋人は突進した。
 カガチが叩いた装甲から、さらに追撃を加えて機人を薙ぎ飛ばす! だが、機人の強固な装甲が、その勢いを挟み込むようにして止めた。
「……な、くそ……!」
 尋人の動きを止めた機人は、ようやく念写の力を振り切って、彼をなぎ倒そうとした。だが、それをカガチの刀が防いだ。機人の意識は尋人からカガチへと移り、センサーが距離をとった彼を見つけた。
「おっと見つかったかい」
 カガチは、今度は不用意に飛び込まず、敵の出方を伺う。
 ――だが、そのとき緊急事態が発生した。
「あ、危ない!」
「あ?」
 恵琳の声を聞いてカガチが振り向くと、目の前に迫ったのは黒塗りの剣だ。
「……お、おいおい、なんだいこいつぁ」
 カガチは飛び退いてそれから距離を置いた。そこにいたのは、まるで闇そのものに支配されてしまったかのような魔の瘴気を纏う人型のシルエット。紅く光る双眸と、身体に浮かぶ赤い目のような紋様――曰く、月詠 司が瘴気に犯されて暴走を始めた姿だった。
 とはいえ、それに気づいているのはシオン一人だけらしく。
「くす……」
 彼女は高みの見物を決め込んで、自分の相棒が自我を失っているのを面白そうに見つめていた。
「これはまた……随分と不恰好なやつだな」
 司を見た毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、呆れたように言った。その手に握られているのは、彼女特製の破壊工作用爆破薬……単純な言い方に変えれば、爆弾であった。
「こんなものに付き合ってる暇はないぞ」
「同感ですね……」
 彼女に同意を示すのは、戦闘とは程遠そうな温和な顔をした若者だった。線の細い顔だちで、まさか戦いに身を投じるとは思えない。しかし、彼の握る剣。そして、手馴れたその構えは、一本の糸のような洗練された力を感じさせた。
「二体に増えるとは厄介です。早々に退場願いましょう」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が剣の切っ先を敵へと向ける。
「なら、あの黒いヤロウは俺がぶっ倒すぜ!」
 ラルクの腕が盛り上がり、敵を潰せと唸りを上げる。
 暴走を続ける司は、それに反応して彼へと襲い掛かってきた。
 黒い腕がラルクの顔を貫かんとする。だが、刹那の瞬間には沈み込んだラルク。まずは一撃――敵の身体を回し蹴りが吹き飛ばした。次いで、それに追う。
「おらおらおらああぁ!」
 蹴りと突きを複合的に合わせた肉体技が、瘴気に満ちた司の身体を幾度となく抉った。力が増幅した分、司は冷静な判断など出来るはずもなければ、早さも僅かながら落ちていたのである。
 そして、最終的にラルクの蹴りが司を地に叩き落とした。気を失ったのか、司はぱたりと地に伏せて身動きをとらなくなった。
 その間にも、機晶機人との戦いはまだ続いていた。
「く……まさかここまでの速さを……!」
 機人の速さはウィングの予想を越えていた。
 元々、彼の剣舞は二刀流である。今はわけあって単剣であるが、本来は双剣と同様に二つの剣を用いていた。故に、二つの剣を扱う上での死角というものは熟知している。
 だが――
「こ、の……!」
 機人はまるで死角がなかった。いや、というよりは、不自然なほどに完璧な動きであると言ったほうがいいだろう。人間のそれでは成しえない、逐一動作の変わらない完璧な剣舞を見せるのだ。
 機人の双剣はウィングを圧し続け、更には恵琳にまで襲い掛からんとする。降りかかる恐怖に、恵琳は強張って動けなくなる。
「あぶない!」
 だが次の瞬間には、飛び掛った尋人が恵琳を抱くようにして転がり、かろうじて敵の攻撃を避けていた。
「あ……ありがとう」
 尋人は、なんてことのないように立ち上がり、機人に剣を向けた。
 もしも、ここで恵琳を助けることができなければ、彼は自分を誰よりも悔やんでいたことだろう。彼は騎士だ。騎士たる者は、人を守るために存在する。今はまだ未熟な騎士なれど……その心には、不屈の騎士道が眠っている。
 距離をとって、ウィングは息を整える。気合を込めて、敵の姿を一瞬たりとも逃さないと心に秘める。
「皆さん、一斉にいきましょう……。数で行けば、敵を抑えることができるはず……!」
 ウィングの言葉に、その場にいた皆が頷いた。
 カガチがゆらりとした仕草で機人を見据える。
「やってやろうじゃねぇか……。俺ぁ大層なことできる頭は持ってねぇし、野蛮かもしれねぇけどよ。どうせ短ぇ人生だ。蝋燭みたいにゆらゆら燃えて。たまぁに大きく燃え上がっていつか消える。……だったら、精々踊ろうぜ。燃え尽きるまでさ」
「……奴を、絶つ」
 瞬間――ウィングたちは駆けた。
 ウィングの閃光のように素早い連撃が、敵を捉える。機人の腕を二つともひきつけるまでに、一刀であるにも関わらず彼の剣が風となる。そこに、カガチが飛び込んだ。ウィングの作った敵の隙を、彼の刀が叩き貫こうとする――が、機人の腹から現れた双剣が、それを防いだ。
「げ……そんなんありかぁ」
「いや、それほど追い詰めてるということです!」
 ウィングの希望に満ちた声と同時に、アシャンテが飛び込んだ。
 彼女の目が、機人の腕をつかまえて離さない。一瞬のチャンス。それを彼女は待つ。やがて――訪れたその隙は、ウィングとカガチの剣が相手の剣を弾き上げたときだった。
「……!」
 一閃――アシャンテの刀は、敵の腕の一つを関節ごと斬り裂いた。そして、続けざまに――
「ほら、プレゼントでもやろう」
 大佐の爆弾が、アシャンテたちの隙間を縫うように投げ込まれる。
 精密な調整をされている爆弾は、極めて際小規模の爆破で機人の腕を吹き飛ばした。爆破の余波が烈風を生む。だがそれを裂いて、美羽のサーベルが機人の喉元――機晶石を狙った。
「これで終わりにしてやるんだからっ!」
 が――
(し……!)
 かろうじて残っていた機人の一本の腕が、美羽の顔を裂こうと伸ばされる。彼女は、終わりを予感した。
 ……しかし、どうしたというのか。まるで時が止まるかのように、機人の腕はピタリと動きを停止する。いや、違う。機人の震えるような動作。そしてこれは――
 美羽は勢いをそのままに、サーベルを振った。閃光が走るよう滑るサーベル。
 機人の機晶石は、真っ二つに絶たれた。
 すると、機人の身体はそれにともなって突然崩れ落ちる。これまで制御していた機晶石の力を失って、身体を保っていることも出来なくなったのだろう。
 崩れ落ちた機晶機人の前に、美羽を助けた娘――アリアが立った。
「ア、アリアンー!」
「やったね!」
 美羽は彼女に助けられたことに、涙ぐまんばかりに喜んだ。それを受けて、アリア自身も照れ臭そうにブイサインを出す。
 そう、あのとき機人の腕をサイコキネシスで操ったのは、彼女であった。機人のセンサーを翻弄した念写のように、超能力を巧みに利用したのだ。
「終わりましたね……」
 ウィングは、機能を停止した機晶機人を見下ろして、感慨深そうに言った。これで、終わった。第三の試練を越えたのだ。
 アリアは、機晶機人の前で座り込み、砕け散った機晶石を拾い上げた。
 彼は、ずっとこの場所で私たちを待っていたのだろうか。まるで悠久の時を越えるように、ずっと、自分の役割を果たすためだけに。
 アリアは、そんな機晶機人のことを思うと、少しだけ悲しくなった。それでも、これが彼の役割で、これが、彼の確かな生き方だったのだと、信じたい。だから、ごめんなさいとは言わない。言うべき言葉は――
「ありがとう。おやすみなさい」
 アリアは機晶石を抱いた。
 まだほのかに暖かい熱を持った機晶石は、もしかすれば彼女の声に応えてくれているのかもしれなかった。