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第2章 石仮面の問答 3

 唸るような声をあげて悩むコビアたち。
 するとそこに、楽天的な声が聞こえてきた。
「あれー? もう先に来てる人がいるー!」
「おや、私たち以外にもいたとは……」
 階段を降りてきたのは、元気がみなぎらんとばかりに明るい娘――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)であった。
 彼らに続いて降りてくるのは、ルカのパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)である。彼は、まるで不機嫌そうな顔つきでコビアたちを見回していた。
 最後に、無邪気そうな少年に引っ張られる、気品を持った若者が現れる。
「エース、ほらほら、はやくー!」
「分かったから焦るなよ……。と……、先客か?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、自分を引っ張るクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とともにコビアたちを見て、目を見張った。
「あなたたちも試練を受けてるの? すっごいねー、私たち以外にもいたんだー!」
「物好きな奴が多いもんだな……」
 ルカは感嘆してにこにこと、コビアたちに自己紹介を始めた。呆れたようにため息をついていたエースも、それに準じて名を名乗る。
 コビアが話を聞いたところによると、彼らも大地変動に巻き込まれたようだ。
 とはいえ――
「試練の回廊なんて、すっごい面白そうでしょ! こんなチャンスめったいにないしね!」
「バーゲン気分で死んでたまるかよ。ま、俺も興味は確かにあるけどな」
「なぁに、多少の危険は最終兵器が居るから大丈夫なのだよ」
「メシエったら失礼しちゃうわね。か弱い乙女なのに」
 漫才のように掛け合いを続ける彼らを見ていると、悲観的な様子はまったくないようであった。
「ところで、それ……なに?」
「第二の試練で、問いかけをする石仮面なんだ。僕たちもずっと答えてるんだけど、なかなか扉を開いてくれなくて……」
 ルーの質問に、コビアがくたびれたように答えた。
 すると、ほうほうと興味深そうに、ルーとダリルは近づいていく。
「石仮面か……。これも機晶姫と同じような仕組みなんだろうな」
「へー……。問いかけだけのためにずっーっとここにいるんだ」
 ルカとダリルがそれぞれに口を開くと、まるで待っていたというように石仮面が声を発した。
「汝らも試練を受ける者か?」
「そのとーり!」
 ぐっと親指を立てて、ルカは元気に満ちた声音で言った。
「私は誰であれ拒むことはない。しかし、一つだけ聞くとするならば、汝は彼らの仲間なのかね?」
 ルーは初め、石仮面が言っている『彼ら』が分からず、きょとんとしたような顔をした。しかし、もしかして、と振り向いた彼女は、コビアたちを見て『彼ら』に気づく。すると、なんと自信満々に、公言した。
「そうです!」
「…………いやいやいや」
 思わずツッコミを入れてしまったコビアに、ルカは拗ねたように口を尖らせる。
「えー! だってこうやって一緒に試練を受けることになったんだから、仲間でしょ? ほら、みんなの力で一緒に試練を乗り越えるのよ!」
 彼女の言葉に、仲間じゃないと言うのもはばかられるところであった。
 旅は道連れ世は情け。コビアたちは仕方ないと言わんばかりに苦笑の笑みを浮かべ、頷いた。
 それを確認して、石仮面が再び喋り出す。
「では、――第三の問いからだ。人は歩く。意思ある者は動くことを許される。ならば、気高き意思を以てしても動かざる哀しき存在はなんだ?」
 もしもこれで仲間じゃありません、と言っていたならば、恐らく第一の問いからだったのだろう。なかなか慈悲深さも持った石仮面である。
「えーと……」
 ルカは宙を見上げて答えを考え始めた。思考を続ける彼女は、うーんと頭を悩ませ、やがて、何かに気づいたように石仮面を見上げた。
「…………?」
 一体、何に気づいたのか。
 誰もが気になる中、彼女はにこっと笑って石仮面を指差した。
「貴方」
「…………なんと?」
 予想を遥かに越えていたのか。思わず、石仮面は聞き返していた。
「だって、あなたずっとここで問いかけしてるんでしょ? だったら、動けるはずがないものね。でも、あなたには意思があるわ。こうして、私たちのために問いを投げかけるほどの意思がね」
 ルーは何気ないことかのように、語る。しかし、コビアたちにとって、それは確かに盲点とも言うべき答えであった。……無論、石仮面にとっても。
「私か……。そのような答えは、これまで生きてきて初めてだな。確かに、私は動くことの出来ぬ、問いかけだけの存在か……」
 石仮面の声は、僅かに哀しみを帯びているかのようであった。
 もしかすれば彼は、寂しさを感じていたのかも知れない。ずっと、何年もの間、扉で試練のためだけに問いを投げかける存在。終わることのない使命を続け、それ以外を許されぬ。
「長い間、ずっとこうして問いを告げるためだけに在ったんだね。ありがとう」
 ルーが、石仮面に微笑んだ。
 石仮面は黙った。まるで何か言い知れぬものを、これまで自分を偽ってきた何かを噛みしめるようにして、彼は黙っていた。だがやがて、その反響のような声が再び聞こえる。
「……ありがとう、か。少年――コビア」
「……?」
 石仮面は、コビアを呼んだ。
 傍目からは、石仮面の表情が変わることはない。しかしコビアは、石仮面が哀しみから、希望を見出したような目をしているように感じた。
「彼女が君を呼んだ理由が、分かるような気がする」
 彼女……! コビアは咄嗟に口を開いていた。
「か、彼女って――」
「扉を開こう。私の役目は終わった。これより第三の試練が始まる。心してかかるがよい」
 コビアの声が届くよりも早く石仮面は告げ、その姿を再び現れた闇の底に沈めた。すると、それまで重く閉ざされたままだった扉が独りでに開く。
「やったー! 次の試練への階段だー! さっ、みんな行こう!」
 突然現れて、颯爽と見事に石仮面を淘汰したルーは、一番乗りとばかりの勢いで降りて行く。それに遅れて、コビアたちも慌てて続いた。
 彼女……。石仮面の言っていたそれが、あのとき見た少女のことであるのか、結局彼に聞くことはできなかった。このまま最深部まで行けば、彼女がいるのだろうか。そして、助けを呼んだ彼女を、救えるのだろうか。
 思い込むコビアの頭の中は回廊の少女のことで一杯で、自分を哀しそうに見ているニアリーの視線になど、気づくはずもなかった。