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想い出の花摘み

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想い出の花摘み

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終章 始まりの白

 プリッツたちが丁寧に花を摘んで帰ってくるときには、既にお菓子作りのメンバーたちがテーブルや椅子を外へと準備していた。
 席に着いた一行の前に、色鮮やかなお菓子や軽い食事を用意されていく。ささやかながら、プリッツからのお礼らしい。彼女の得意料理のアップルパイを筆頭に、巨峰や杏の季節を感じさせるもの、それに様々な具材の入ったサンドイッチが並べられていった。
「ん? なあ、あれって、お前の兄きじゃないか?」
 ふと食事を用意するメンバーの中に混じる長身を見つけたシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)に尋ねた。三つ編みの黒髪を尻尾のように垂らした青年に尋ねられて紫翠も長身へと視線を向ける。
「確かに……兄さんですね」
「な? それにしてもお菓子かよ……。もしかしてお前たちって、二人そろって器用なんじゃないか?」
 そもそもが、見かけたら気づかないはずなどがなかった。なにせ、まるで複製の人形でも見ているかのように二人は瓜二つなのである。輪郭から整った美形な顔だちまで、そっくりだ。唯一違う点があるとするならば、それは髪の色、そして纏った雰囲気、といったところだろうか。
 金髪の優しげながらも男性的な長身――翡翠が、双子の片割れに気づいた。
「来てたんですか」
「兄さんも、ですよ」
 くすっと、女性的な笑みを返す温和な青年――紫翠は、兄と一緒にお茶会に参加することにした。
「――じゃあ、結局クラウズは学園でも育てることにするの?」
「そのつもりです。もちろん、最初はいくつか持ち帰って相談しようと思ってますが……」
 小さなポットに入ったクラウズの花を目の前に、アリア・セレセスティと御凪 真人が相談していた。あれだけの数のクラウズが見つかったとはいえ、環境の変化に弱いというクラウズの性質は変わらない。なるだけなら、確実に育てられる場所を確保しておいた方が良いというのが真人やアリアの考えだった。
「ふむ……設備等で助けがいるときは言ってくれ。よろこんで力を貸そう」
「ありがとうございます、ゴライオンさん」
 二人の案には、ヴァルも助力を惜しまない構えだった。得意の技術面ならば、きっと力になることも出来るだろう。
「…………」
 準備の最中にあっても、ガウルの顔色はあまり優れてはいなかった。いや、考え事をしているとというべきか。そんなときの彼の考え事は、きっと誰かに言おうともしない事だろう。
「ねぇ、ガウルさん、クラウズの花の花言葉って知ってますか?」
「花言葉……?」
「そう、お花の持つ言葉」
 笑顔を浮かべる詩穂は、ガウルの手を握って握手をした。
「それはね、縁って言葉なんです」
「縁……」
 突然手を握られたことにいささか戸惑いながらも、彼はそれを引き離そうとはしなかった。
「ガウルさんがプリッツさんに出会ったように、私たちにも出会ったように……そして、花の種が次の花を生やすように……。全部、結ばれてるんですよ、きっと」
「……縁か」
「来年はまた、きっとクラウズの花が咲き誇ってることでしょう。そのときは、一緒に見に行きましょうね」
 詩穂との握手を握り返して、ガウルはその手を離した。すると、詩穂とガウルを見守るようにして見ていた菜織が柔和に笑う。
「良いものだな。死した後も想ってくれる者が居るというのは」
「……そうだな。だが、後悔もしている」
 ガウルは先ほどのような悩むような顔で言った。きっと、過去の自分が浮かんでいるのだろう。
「貴方が生まれた時、周りの人は笑って貴方は泣いていただろう? 例え道を違えても、貴方が死ぬ時、貴方が笑って周りが泣くような最後であれば良いと思うよ」
 無理に彼を励まそうとしたわけではないだろう。菜織にとっては、それが本当に自分が思う道理だ。それが許されるからこそ、人は、生きていくことが出来る。
「もちろん……私なら貴方が死ぬと泣くな」
「……感謝する」
 それが冗談であったのか本気であったのか……いや、きっと本気なのだろう。少なくとも、この旅でガウルが信じた彼女は、誰が死んだとて涙を流すはずだ。それが自分にも注がれるというこの気持ちは、きっと嬉しい、と言うのだろう。
 やがて――準備が終わり、全員が一通り揃ったのを確認すると、プリッツがすくっと立ちあがった。
「本当に今日は……みなさんありがとうございました」
 それは、心からの感謝の気持ちだった。もちろん、花を摘んで母の命日に供えることができたこともある。だが、それ以上に、自分のためにこうして仲間たちが何かをしてくれること。そして、かつて母と父が見たであろうクラウズの花が一面に広がるあの光景を、見ることができたこと。そんな――全てに対するお礼だった。
 そうして、冒険のあとの静かな平和を噛みしめるように、お茶会は始まった。



「戦いにも参加してたんですか? 無茶しすぎでしょう? まったく……」
「はい……気をつけますけど……兄さんも人の事は……言えないと思います」
 紫翠は兄を心配するような微笑みを返した。なにせ、本当に人のことを言えないほど――大切なものを護るためなら自分はどうなってもいいと思っているのは、翡翠のほうなのだから。
 とはいえ――他人から見れば、二人とも自己犠牲は強そうだ。
「しっかし……見れば見るほど似てるなぁ。さすがに双子か。ま、性格は多少違うみたいだけど」
 誰ともなく呟いて、シェイドはサンドイッチをぱくりと食べた。すると、がたんがたんと音を鳴らして、背後で騒ぎが起きる。
 アップルパイの争奪戦が始まっていた。
「あっ、おまっ、それ俺の分だぞ!」
「早いもの勝ちとはこのことだっ! ハハハハハハッ!」
(これ美味しい……。余ったやつ持ち帰れないかしら?)
 侘助とエヴァルトが一切れのアップルパイを奪い合って駆け回る最中、一人ぱくぱくと自分のアップルパイを食べる橘 瑠架(たちばな・るか)は、のんびりとしたようにそんなことを思っていた。
 見た目は男性的な彼女であるが、どうやら女の子のお菓子別腹説は通用するらしい。いや、むしろ、より大好き、か?
「あれ? ガウルさんは……」
 そんな彼女の横で、プリッツはキョロキョロとあたりを見回していた。どうやら、ガウルの姿が見えないようだ。そういえば、他にもちらほらと顔の見えない人が数名……。
「…………」
 嫌な予感がした。そしてそれは――どこか不安な気持ちでもあった。



 ズダ袋を担いだ旅人然とした若者が、村の出口に立っていた。彼は何の感慨も抱かぬように歩き続け、出口から去っていこうとする。
「ガウル!」
 背中から聞こえた声に振り返ると、顔を知る何人かの男女が並んでいた。気づかれぬうちに出て行こうとしたが、勘の鋭い連中だ。
「行くのか?」
「……ああ」
 まるで初めから分かっていたかのように尋ねたレンの言葉に、ガウルもまた、きっと分かっていたであろう短い言葉を返した。
「少しぐらい、残っていかないのか?」
「……雰囲気が、苦手でな」
 引き止めるように聞いた紗月に、ガウルは苦笑してそれ以上は何も言わなかった。そんな彼に、閃崎静麻は引き止めない代わりに自分の連絡先の書かれた紙を手渡した。
「なにかあったら連絡してくれ。先立つものがなけりゃ、困るだろ? 連絡くれたら、仕事でも斡旋してやるよ」
「あ、じゃ、じゃあこちらもっ」
 静麻を見たノア・セイブレムは、慌てて自分の名刺のようなものを取り出した。冒険者ギルド事務所の連絡が書かれた名刺を、彼女は笑顔で手渡す。
「空京にあるんで、もしよかったら来てみてください! 待ってますから!」
 よく見れば、ギルドのマスターがノア・セイブレムと書かれている。幼いギルドマスターと静麻からの名刺を受け取って、ガウルはぎこちないながらも、微笑んだ。
 そうして再び歩み出そうと思ったとき――聞きなれた声が、彼を呼んだ。
「ガウルさん!」
 はっとなって顔を上げると、そこには何か胸で握っている少女がいた。鮮やかな金髪がばさついており、少し荒くなった呼吸が、慌てて追ってきたのだということを明らかにしている。
「…………行って、しまうんですね」
 ガウルは何も語らず、彼女自身も、彼を引き止めることは良しとしなかった。彼の過去を知る者、知らぬ者、知ろうとする者。誰も、彼を引き止めるなど出来はしない。彼には彼自身の決めた道がある。
 いつか教えてくれる日が来るのだろうか。プリッツは静かにそれを願った。そして、胸に抱いていた何かを、彼に手渡す。
「これは……」
「持っていってください」
 それは、一輪のクラウズの花の押し花だった。乾燥した花はまるで時が止まっているかのように繊細で、ガウルのつまみ込む指先の間で揺れる。白い花弁は、どこか微かに透き通って向こう側の景色を見せてくれるような気もした。
「白い花弁かぁ……なんにも染まってない、門出の色だね」
 プリッツたちを見守っていたルカの声が聞こえてきた。視線を送ってきたガウルに、彼女は信頼深げな笑みを浮かべて頷くだけだった。だが、それだけでもきっとガウルに意味は伝わっている。
 この花の『縁』が示すように、きっとまたどこかで会うときもあるだろう。
「……世話になった」
 それだけを言い残して、ガウルはプリッツたちに背を向けた。未練を残さずに去っていく彼の姿はどこか寂しげだったが、それは彼自身が望む静寂でもある。白い花弁になることは、きっと難しい。それでも、今はそのために歩き続けようと思えた。
 いつか誰かの為に涙を流すことが出来たならば、そのときは――アップルパイを食べに来よう。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
花摘みという名のちょっとした冒険劇、いかがだったでしょうか?

今作、当初は勧善懲悪といったストーリーを予定していました。
しかし、自然を愛する皆さんが色々と話を盛り上げてくださったおかげで、なにやら様々な思惑が交差することに。
これも皆さんの素晴らしいアクションのおかげです。
ありがとうございました。

ガウルがこれからどう生きるのか。
そして、プリッツと蒼空学園がクラウズの花とどう暮らしていくのか。
それはまだ分かりませんが、温かく見守っていただけると幸いです。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。