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第2章 戦いの理由 2

「そーれ! とりゃ、あちゃあっ!」
「ぐっ……!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の掛け声一番。敵の手の甲を狙ったミドルキックが炸裂し、相手の腕全体を痺れさせた。華麗なステップで相手の背後に飛んだ美羽は、続いて側頭部に向けて瞬速のハイキックをお見舞いする。
 翻った彼女のミニスカートがまくれると、その下のスパッツと脚線美が露わになる。小柄な彼女の美しいとも言える足技を受けて、蛮族たちは次々に脳天を蹴り飛ばされていた。
 だが、蹴り技の専売特許は美羽だけとは限らない。
「……やれやれ」
 襲い掛かってくる蛮族たちへと、アシャンテは無駄のない動きで脚技を繰り出した。戦闘中のガウルから放たれる烈気も気になるが、今はそれどころではないらしい。蚊でも相手にするかのような静かな動きで、確実で敵を仕留めていった。
 しかしながら――そんな彼女たちが次々となぎ倒していく蛮族を、彼女のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が癒してあげていた。
「これ以上怪我したくなければ、いまのうちに早く、ここから離れてください」
 美羽の攻撃の威力を一度知った身では、これ幸いにとばかりに蛮族もそそくさと逃げ出す。そんな、例え敵であっても助ける彼女の行為は、誰にも傷ついてほしくないという優しすぎる心ゆえのものだった。
 そしてそれは逆に言えば、迷うことなくエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)たちも戦えるということである。
 強化装甲を施したパワードスーツに身を包み、エヴァルトは襲い掛かろうと駆けてくる敵に向けてポーズを取った。
「税金も払わずに土地を領有するなど……そのような脱税者は、このパラミティール・ネクサーが許しはせん!」
 自称正義の味方は自称土地所有者と激突する。そもそもあんたの戦う理由は脱税云々かい、というツッコミはこの際スルーしておこう。
「うおおおおぉぉぉ!」
 気合を込めた声を響かせて、パラミティール・ネクサーは敵を蹴散らしていく。――しびれ粉所有で。
「てめぇ、この正義の味方が卑怯だぞ、ぐ、ぐえええ、う、うごけ……ない」
「何とでも言え! 仲間のため、涙のため、想いのため! パラミティール・ネクサーは手段を選ばないのだ!」
「ひ、ひきょおおぉだあぁ……ぐああぁ」
 しびれて身動きの取れない敵をぼこぼこになぎ倒す姿はまるで悪人であったが、姿見は正義の味方なので良しとしよう。
 そして、こちらにもまたパワードスーツに身を包んだ男がいた。
「パランテールとかいうの、なかなかやるなぁ。いっちょこっちもやったるかね!」
 軽い口調で光条兵器のショットガン『スプレッドカーネイジ』を構えた月谷 要(つきたに・かなめ)は、パートナーである三人の女たちと見事な連携を組んだ。
「動こうったってそうはいかないよ!」
 霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が掌を突き出して能力を発動させると、サイコキネシスが蛮族の動きをピタリと止める。戸惑う蛮族たちへと、続いてド派手な追撃が起こった。
「そーれ、やっちゃうわよ〜」
 山林を崩して突撃してきたのは――なんと小型飛空艇に乗ったマリー・エンデュエル(まりー・えんでゅえる)である。露出の多い色気ムンムンお姉さまは、可愛い女の子が蛮族にいないことに退屈そうなため息を吐いていた。
「可愛い子が居ないなんて、つまんないわね〜」
 言いながらも、的確に拳銃で敵を撃ち抜いていく様は見事なものだ。
 そこに突っ込んできたルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)は、下手な男よりも漢らしい突貫で敵を殴り飛ばしていた。
「ハッハー! 殴られたい奴からかかって来いやああぁぁ!!」
「働いた後の美味しいごはんが私を待っているんだ! 大人しく散弾を食らえ!」
 敵を殴り飛ばすルーフェリアの後ろから、彼女を避けて要の銃弾が飛び交う。悠美香のサイコキネシスから逃れて近づいてきた敵には、逆手に構えたショットガンを鈍器のように殴りつけた。
「銃って、撃つだけじゃないんだ、これが」
 ――そんな、のんびりしたようにそう口にする要たちからそう離れていない場所では、近づいてくる敵を拳一つで吹き飛ばすガウルがいた。
 彼は炎のようにうなる拳で、蛮族を地に叩き伏せていく。四方から飛び交う武器には生身一つで挑み、それが彼の身体を貫くことはない。いつの間にか背後に回っていた彼の手が横なぎに振り払われると、蛮族たちはなぎ倒された。
 ――すると、不意に気配が現れた。
「!」
 大木の影から現れた気配は突然ガウルの首へと刃を突き立てた――が、ガウルはそれにいち早く気づき後退する。
「…………」
 ガウルの見据えた小柄な少女――辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は彼と同様に対峙した。いや、少女、というには幼すぎた。手足が服の袖口に隠れるほど幼い少女が、まるで人形か何かように感情の起伏のなさそうな顔をしている。高く結い上げられた黒髪の隙間から覗く顔は、昏いながらも透き通る白の肌だ。
「ガウル、大丈夫!」
 ミニスカがまくれることも気にせずに、跳躍した美羽がガウルの横へと降り立った。自分よりも明らかに幼い少女が、酷薄の瞳でこちらを睨み据えている。
「なに……あの暗い目……」
「……くるぞ」
 刹那の双眸に畏怖さえ感じ始めた美羽だったが、ガウルの声がその意識を引き戻した。いまは、立ち止まっている場合ではない。
「悪く思うなよ……仕事なのでな」
 刹那は囁いた。
 次点――彼女の姿が風のように消える。瞬間的に、美羽の鼻先を剣の切っ先が切り裂いた。反射的に後ろへとのけぞるように落ちた美羽だったが、その反動を生かして槍の蹴りを放つ。
 今度は刹那が退く番だった。再び距離をとった彼女はついと周りの木を見回し、飛んだ。大木を打ち鳴らす足の音は、彼女の烈風のような軽業を示していた。その速さは身軽そのものであり、姿を捉えるのは困難だ。ガウルは目で追うことなく一点を集中し、聴覚を研ぎ澄ましていた。
 そして――
「くっ……!」
 横合いから振られたブロードソードを、腕一本で防ごうとする。ガウルの腕に沈んだ刃に血が流れるが、それは刹那の動きが一瞬止まったことを意味していた。
「しまっ……」
 彼女が武器を離す間もなく、むんずと掴まれた身体が放り投げ出された。
 だがその力は……ふわりと身体が浮き上がる程度のものだ。地に立った刹那は、まるで理解できないというような視線でガウルを見つめていた。
「なぜ……殺さないのじゃ?」
「……殺すのは趣味じゃない。それに、関係のない奴を痛めつけるのも気が進まない」
「…………」
「去れ。そして姿を現すな。次に会えば、手加減はしない」
 刹那はしばらく黙ったままだったが、やがて彼女は軽やかに大木を跳び渡っていった。
 そんなガウルの姿を見ていた紫月唯斗は、それまで自分の中で突っかかっていた違和感が何を指していたのかを思い出した。そう、姿形は違えど、あの纏った力の姿はまさしく……。
 唯斗は彼の側まで近づき、ぼそりと他の者には聞こえないように囁いた。
「生きてたんだな、ガオルヴ」
 途端――それまでのガウルの顔色が一変した。唯斗に振り返ったその顔は、驚愕と懸念の混じり合ったものだ。それは、睨むような視線とも相まって。
「だだ、大丈夫だって。誰にも言ったりしてない。もちろん、言う気もない」
「……そうか」
 ようやく落ち着いたガウルに、更に唯斗は続けた。
「これまで一体どうしてたんだ?」
「歩き続けていた。そして倒れた」
「…………」
 呆れるような目の唯斗。そして、そこに彼のパートナーであるエクス・シュペルティアと紫月睡蓮もやってきた。
「なるほど。どこかで会ったことがあるような気がしていたが、ガオルヴであったのか」
「ガウルさんも、封印されてたんですねー」
「エクスも気づいてたか。……案外、あんたのこと気づいてる奴多いかもしれないな?」
「……かも、しれんな」
 ガウルは何の興味もなさそうに、気絶した蛮族たちを乱暴に蹴って隅へとどかしていた。
「リーズには……」
 唯斗がそう口を開くと、ピタリとガウルは立ち止まった。
「リーズには、黙ってたほうが良いか?」
「……そうしてくれ。私は死んだんだ。リーズにとってはそれが一番良い」
 ガウルの言葉を聞いて、唯斗は一人納得したように彼から離れた。そんな彼へとエクスはじとっとした嫉妬の目を向けているが、それはきっとリーズに対するものだったのだろう。
 そして唯斗がエクスにフォローを入れ始めた頃、近くから聞こえてきたのは陽気な雰囲気を持つ明るい少女の声だった。
「あー、やっと追いついたぁ……」
 ガウルがそちらに気づくと、少女――芦原郁乃は両手を膝についてぜいぜいと荒くなっていた呼吸を落ち着けていた。その後ろでは、同じく息を荒くしている蒼天の書マビノギオンが息をついている。
 それもようやく落ち着くと、彼女はガウルに手を差しのべた。
「あなたがガウル? わたしプリッツの友達で、芦原郁乃っていうの。よろしくね!」
「……ああ」
 ガウルは少女に怪訝そうな目を向けながら、握手を返した。
 郁乃はそんなガウルの目に首をかしげている。
「手伝ってくれるのはありがたいが……」
「?」
「何で危ない山道に来た? プリッツが友人だからか?」
「友人かどうかは関係ないわ。困っている人は助けてあげる。……そういうものでしょ?」
 郁乃はなんともなさそうに答えた。まるで、それが当たり前かのように。いや、事実彼女にとって、それは当たり前なのだ。何も疑問を感じることのない、当然のこと。
 郁乃の言葉にしばらく呆然としていたガウルだったが、やがて彼は穏やかに微笑んだ。
「違いない」
 郁乃は、自分が何かおかしなことを言ったかと不思議そうな顔をしていたが、ふと彼女たちのもとに聞こえてきた、気力の抜けるようなのんびりした歌声が、その気を逸らした。
「ヤッホ、ホトゥラララ♪ ヤッホ、ホトゥラララ♪」
 気絶から起き上がり始めた蛮族たちに向かってどこかで聞いたような民謡を歌いながら、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は機嫌よく踊っていた。そんな泰輔にぽかーんとする蛮族たちであったが、泰輔の後ろからギロリと睨みを利かせるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の視線で、泰輔に文句は言えなかった。
「いやー、やっぱり歌の力は偉大やなぁ。歌って踊って、それでみんな仲良くなれば平和やのに……」
「はぁ……歌って踊って、それで仲良くなんて、できるはずないでしょうに……」
「なに言うてんのやレイチェル。こういうのは信じることが大切なんやで? おお、ガウルー。お前も踊るかー? ステップ、かんたんやし」
 ガウルを誘う泰輔の後ろで、レイチェルは呆れながらも少し嬉しそうな微笑を浮かべていた。
「いや、私はいい」
「あらま、つれないやっちゃなぁ……。まあええわ、なら、一緒に歌うぐらいしてくれんか?」
「いや、歌も……」
「えーからえーから」
 泰輔の屈託のない笑顔にガウルが断りきれずにいると、彼はガウルの手を引っ張った。その様子に、ガウルも仕方なくだがぼそぼそと歌う。
 そんな彼らを穏やかに見守っていた星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)は、気絶から目覚めた蛮族の中でもおとなしそうな男に声をかけた。
「なあ、君」
「ひ、ひいぃ……!」
「……そんな驚かなくたっていい。これ以上何もしないさ。こっちも襲われたなら護らざるを得ないもんでね」
 どこか優男然とした雰囲気を持ちながらも、智宏は静かな威圧感を込めて彼に聞いた。
「少し情報をくれないか? ああ、あとボコられる恒例行事を作りたくなかったら、毎年の今日は大人しくしていた方がいいぞ」
「じょ、情報……?」
「実は俺たちクラウズっていう花を探しててな」
「クラウズ? ……もしかして、あの、白い花のことか?」
 蛮族の何か思い当たる節があるよう言動に、智宏はさらに続けた。
「何か知ってるのか?」
「知ってるもなにも、うちのボスが大切にしてる花だぜ。あれを傷つけた日にゃあ、死刑宣告みたいなもんだ」
「なんだと……?」
 智宏の目が瞠目し、驚きの声を漏らした。そのとき、ガウルと泰輔はまだのどかな民謡を蛮族たちと歌っているところだった。
「ヤッホ、ホトゥラララ♪ ヤッホ、ホトゥラララ♪」