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想い出の花摘み

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第1章 予感の時 2

 静かな山岳の森を裂くかのように、一台の小型飛空艇が疾駆した。
 その背後から飛空艇を追うようにして飛翔するのは、まるで光のような残像を残す箒にまたがる白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)だ。
 強化型の小型飛空艇『ヘリファルテ』が飛ぶ姿は、まるでハヤブサのようだった。巧みに操られるそれは空を裂いて速度をぐんぐんと上げていくが、光る箒にまたがるセレナも負けていない。むしろ、小回りの利きははるかに箒のほうが上だ。
 一人乗りの飛空艇も負けてはいないが、いかんせん箒の風を味方につけた疾走劇には劣る。だが――加速はヘリファルテの方に分があった。
 お互いに譲らぬ速度合戦。それがようやく止まったのは、ある程度の距離を稼いだときだった。徐々に速度を落とした小型飛空艇が停止して操縦桿を握っていた女がゴーグルを外した。
「加速はこっちのほうが上みたいですね、白姉」
「何も障害物がなかった場合だろう? 持ち前の能力はこちらの方が上だ」
 セレナの言い分を聞いて、ゴーグルを外した九条 風天(くじょう・ふうてん)がどこかくすっと笑った。沸きあがった負けず嫌いの性分を出しつつも、二人は飛空艇と箒との速度を調べられたことに満足していた。
 とはいえ――当初の目的を忘れてはいない。
 速度調べはおまけに過ぎない。風天たちが求めるのは蛮族たちの影であり、そして彼らに話を聞くことで……
「あれは……!」
 山岳の途中で鳴り響いた音と人影、そして壊れた馬車を見て、飛空艇と光る箒は駆けた。もはや話を聞くまでもないほどに、そこには村人を取り囲む明らかな蛮族たちの姿があった。



「やめてください! 私たちが何をしたって言うんですかっ!」
「なあに、通行料払ってもらうだけさ。こっから先は俺たちの縄張りなんでな。通すわけにはいかねえのよ」
 村人たちを取り囲む蛮族が下卑た笑い声を上げた。
 隣の村まで荷物を運ぶ輸送車の車輪は、蛮族の斧で見事に破壊されている。輸送車の主人は果敢に彼らに立ち向かうが、彼の娘や妻は背後に隠れて震えていた。
「もちろん、通行料って言ってもお金だけじゃ足りねえからな。全部置いてってもらうぜ。そいつが誠意ってもんだろ」
 蛮族たちはにやついた笑みで哄笑した。
 それはいかにも悪人のそれであり、その笑みが徐々に村人に近づいていく。だが、そんなとき上空から突然少年の声がかかった。
「誠意って意味を履き違えてる気がするのは俺だけかな?」
「!」
 声に気づいた蛮族たちは頭上を見上げたが、瞬間――足の裏が顔面へと降り立った。
「……ぐぶっ!」
「おっと、地面はここじゃなかったか」
 華麗に男を足蹴にした少年――トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は乗っていた箒に再びまたがり、他の蛮族たちを見下ろした。彼の後ろには、パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)も無理やりぎみにまたがっている。
「まったく、いつの時代も野蛮な者はいるものですね」
「同感だね」
 かつて自分のいた呉の時代を思い返して呆れように呟く子敬に頷いて、トマスは即座にトミーガンの銃を構えた。ただし、その銃口は空へと向いており、引き金を引かれると弾丸は空へと飛んだ。そして、弾丸はまるで花火か何かのように破裂して盛大な音を鳴らす。
 それは、まるでなにかを知らせるような信号だった。
「ホントは小型飛空艇でばっちし決めたかったところだけど、仕方ない。箒ででも、できることはきちんとやらせてもらうよ」
 トマスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。それは少年ながらも蛮族たちの警戒心を煽るに十分だった。
 トマスからは離れている村人の娘をちらりと見た蛮族は、彼女の背後に回った。
「きゃ、いやああぁ……!」
「動くなっ、この女がどうなってもいいのか!」
「おいおい……」
 典型的にも娘を人質にした蛮族は、鋭利なナイフを娘の首に押し当てた。
 それにはさすがにトマスも手が出せない。どうしようかと考えあぐねていると……瞬間、再び頭上から影が降り立った。だが今度は、足蹴にではない。
「アグァッ……!」
 降り立った影――九条風天は刀の峰を蛮族の腕に振り降ろしていた。更にそこに追撃を加えたのは、白絹セレナである。彼女のサンダーブラストが蛮族たちを襲った。
 同じく箒にまたがるセレナと視線を同じくしてトマスは自身もトミーガンを構えた。弾丸の雨が蛮族たちに降り注ぎ、彼らの血を流す。
「くそっ、退け! 退け!」
 残された蛮族たちは、トマスたちから一目散に逃げ出した。
「あの、ありがとうございます!」
「いえ、大したことはしてませんよ」
 降り立ったトマスと風天たちに、輸送車の主人が頭を下げた。そんな村人たちの姿を見ていると、彼らを助けられたのは本当に良かったと思える。
 とはいえ、トマスが感慨に耽っているところで、子敬は逆に村人たちに演説のような言葉を投げかけているのだが。
「自分たちは弱い、と思っている方々は、ご自身の力を過小評価してはいけません。一人一人は小さくとも、規律正しく団結し、寡をもって衆に当たるのではなく、衆となって寡にあたれば、勝機はあります。蛮賊も、あなたがたを侮っているからこそあなたがたの生活、移動の際などに襲ってくるのでありますれば、それを止めさせるには、あなたがたが十分に強いことを示さなくてはなりません!」
 彼女の口八丁な言葉に輸送車の村人は聞き入っており、村人たちが自警団を結成しようと決心するのはそう遠い話ではなかった。



 山岳の中腹で村人を助ける風天たちの影――それを見つめていたのは山林の中に潜む視線だった。木の上の視線はまるで人形か何かのようにただただじっと動向を窺っている。
 それはやがて、枝に付いた鳴子の鳴る音を聞いた。