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幸せ? のメール

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第12章 昼休み・校庭(3)

「ああ、ようやく透乃ちゃんの番ね」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)は壇上に上がる霧雨 透乃(きりさめ・とうの)を見て、呟いた。
 見つからないよう人混みにまぎれてこのときを待っていた彼女は、そっとビデオカメラの電源を入れ、構えてズームする。
 もう既に何人かを録画済みなので、ピントはすぐに合わせることができた。それが練習になったと思えば、透乃の順番が遅かったのは良かったかもしれない。
(べつに、あとでネット配信したりはしないわよ。本人の目の前で再生して、反応を楽しむくらいにしか使わないわ。多分だけどね)
「透乃ちゃん、頑張ってー」
 レンズ越しに声援を送りつつ、芽美は、早くもBGMから編集レイアウトについて、考えを巡らせていた。

(ううう…。やっぱり少し恥ずかしい)
 透乃は、ぐるりと校庭を見渡して、ぎっしりと埋まった人の中に顔見知りの者や友人たちを見つけてしまい、パッと顔を伏せた。
(多分、この中のどこかに芽美ちゃんもいるんだ。だって、後ろにいないんだもん)
 そっと顔を上げ、告白する相手・パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)を正面に見る。
「人前で叫ぶの恥ずかしいから、一番前にいて。そうしたら、陽子ちゃんだけ見て叫ぶことができるから」
とお願いしていた通り、陽子は最前列で透乃の真正面に立って、心配そうに透乃を見上げている。
(陽子ちゃん、ごめんね。メールが来て、叫ばなくちゃいけなくなったって言ったの、あれ嘘なの。芽美ちゃんに協力してもらったんだ。だって、陽子ちゃんへの想いがいっぱいいっぱいになって、苦しくて、叫んじゃいたくてたまらないから。このあったかくて、ぎゅーっとなって、きらきらする気持ち、みんなに知ってもらいたいって思ったの。でもきっと、陽子ちゃんは嫌がりそうだから、こういう状況を作り出すことにしたんだよ。ごめんね)
 目の前の陽子に、心の中で謝って。
 透乃は息を吸い込んだ。
「私と陽子ちゃんが出会って、契約してから約半年、一緒に色々なことをしてきたよ。特に、恋人になってからの3ヶ月は、一緒に何かをして、その姿やその反応を見る度に、どんどん陽子ちゃんのことが好きになってるんだよ。今回もそう。
 こういうことをすると、陽子ちゃんはきっとすごく恥ずかしがると思うけど、私にはそういう反応がとっても愛おしいから。
 それに……陽子ちゃんは私に虐められたりからかわれたりして喜んじゃうドM、変態だもんね! 今言われて本当は嬉しかったんじゃないの? でも、ここではこれ以上は言ってあげない!
 その代わり……好き、大好きだよ。陽子ちゃんは私のこと、好き?」
 透乃からの突然の告白に、陽子は完全にうろたえてしまった。
 何を言うのか、全く想像していなかったのだ。
 「熱き思いのたけを告白」なのだから、当然透乃の場合は愛の告白だ。考えれば分かりきっているのに、あんな命令メールでこんな壇上に上がらなければならなくなった透乃がかわいそうで、心配ばかりをしていて、叫ぶ内容にまで気が回っていなかったのだ。
 熱くなった頬に手をあてる。真っ赤になってしまっているのが自分でも分かる。
「陽子ちゃん…」
 俯いてしまった陽子を見て、壇上の透乃が弱々しい声で呟く。その声に、彼女困らせてしまったという後悔を聞き取って、陽子ははっと顔を上げた。
(人前で告白されるなんてとても恥ずかしいし、告白するのも恥ずかしいですが、透乃ちゃんだけをこんな壇の上で見世物にするなんて、絶対駄目です!)
 そう思ったら、すんなり覚悟は決まった。
 壇に手をかけ、ひらりと飛び乗る。透乃と向かい合わせに立ち、陽子は答えた。
「私、透乃ちゃんの気持ちは分かっています。罵るようなことを言ってくるのも、どうしてか、ちゃんと分かっています。分かった上で、言います。
 私も透乃ちゃんが好き。大好きです。私にひどい言葉を投げつける透乃ちゃんが好き。ときどき私を虐める透乃ちゃんが好き。そんなふうに私を想ってくださる、透乃ちゃんが心から好きです」
「陽子ちゃん大好き!」
 ぎゅーっと抱き締め、キスした。
 涙を浮かべて恥ずかしそうに言う、こんな陽子ちゃん見ちゃったら、もう我慢なんてできるわけないよ!
「大大大好きだよ! 陽子ちゃんをいじめていいのは私だけ! 陽子ちゃんが泣くのも、私の前でしか許さない! だれにもこの泣き顔を見せちゃ駄目だから!」
「私……もう死んでもいい……幸せ…」
 ぎゅっと陽子を胸に押しつける透乃に、陽子はしっかりとしがみついた。
 ――えーと。
 俺たちは一体どう反応すればいいのでしょうか?
 完全に2人の世界においてけぼりをくっている生徒たちは、とりあえず、場を盛り上げるべくはやしたてようと試みたのだが。
(私や透乃ちゃんに向かって品のないことを叫んで来た人は、容赦なく畏怖と幻覚で精神的に潰しますよ。透乃ちゃんは気にしないと思いますが、私が許しません!)
 透乃の脇から覗く、陽子の殺意のこもった眼光がそう告げていて、上げた手を下ろすしかなかった。
 触らぬ神に祟りなし。きっと、そんな言葉が共通して全員の脳裏に浮かんだことだろう。

「交代だよ。頑張ってね」
 ご機嫌で壇から下りてきた透乃から軽くハイタッチされて、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)はぽりぽりこめかみを掻いた。
(ううむ、困ったぞ。この空気の中に出て行くのか)
 しらけとはまた違った、妙な空気が流れている。だがメールがきた以上、叫ばなくてはいけないのだ。今だろうがあとであろうがそれは変わらないのだから、やるしかない。
(大体、なんで私や透乃にメールが届くんだ? たしかに元蒼空学園生徒ではあるが……犯人の使った名簿、古すぎじゃないか?)
 まさか自分宛に届いたメールの犯人が芽美とは思いもよらない泰宏は「ま、いーか」のひと言でポイして、壇上に向かう。
「私は霧雨 泰宏だ! 叫ぶっていうからには一丁気合いを入れていくぜ!」
 ハチマキを締め、バッと上着を脱ぎ捨てる。
 拳を握り、型をつくり、彼は大音声で叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!
 私はッ、大きい胸が! おっぱいが! 巨乳が大・大・大・大好きだー!!
 両手にあまるくらいむっちりとして、まーるくて、それでいてすべすべの、たっぷんたっぷんなバストは最高だーっ! 歩くたびに揺れる乳! 走るたびに揺れる乳! それを目にするたびに、こう、両手でワシワシして、あーんなことやこーんなことをしてやりてーーッ!! って思うんだ!!」
「ヒューヒューヒュー!」
「巨乳さいこーっ!」
「やっぱ女は巨乳だぜーっ!!」
 思った通り、女子の半数くらいにはひかれてしまったようだが、一部男子生徒の熱狂的な賛同を得たことに、心から満足して壇を下りる。そんな彼を仁王立ちして待ち受けていたのは、陽子だった。
「……ひっ」
「すばらしいご高説でした、やっちゃん。私、人の趣味・嗜好にとやかく言うつもりはないんです。だから、内容については何も文句はありません。むしろ、あれだけのことを人前で堂々と、胸を張って言えたやっちゃんはすばらしいと思います」
 強くなったんですねぇ。
 そう口にしながらも、陽子の目は据わっていて、放つ光は優しさとはほど遠い。
「あ、あの……陽子さん…」
「ただ……ねぇ、やっちゃん。あなた、だれを見てあんなこと言ってたんです? だれの胸を「ワシワシしたい」ですって…?」
「あっ、あのっ……目に入るのは野郎たちばかりで、適切な人がいなくて……それで…」
 透乃ちゃんが一番近くにいた巨乳だったので…。
「「あんなことやこんなことをしたい」ですって…?」
 陽子の鬼人の如き気迫に押され、膝をつく。
 このとき、泰宏は確かに陽子の後ろに強く輝く死兆星を見た。それはもう、間違いなく。

「……くっ。このままでは私の出番が…」
 校庭の木の陰で、人知れずそう呟く者がいた。
 それは六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)。鼎は、自称【天誅・ハリセン部隊のイルミン別働隊の一員】としてハリセンをふるまう時を、今か今かと待っていた。だが告白台で告白する者は皆上品で、放送禁止用語はうまく避けて使おうとしない。
 時計を見上げた。あと15分で昼休みは終わってしまう。そして告白の順番を待つ者はあと2組だ。
 もうこうなったらだれでもいい!
「だれでも、このお手製ハリセンの餌食にしてやりましょう…」
 巨大ハリセンを握る鼎の目が、あやしい光を放った。

 次に壇上に上がったのは、芦原 郁乃(あはら・いくの)だった。
 彼女は、昨夜メールを受け取ってから今朝までずっと、ドキドキしっぱなしだった。
(どこで叫ばなきゃいけないんだろう? いつ叫ばなきゃいけないの? それにこれって、いきなり叫ばれて聞かされる方も迷惑なんじゃないかなぁ?)
 叫ぶ内容に迷いはないが、それがちょっと気がかりだったのだ。だけどいざこういう場がセッティングされ、みんなの告白を聞いているうちに、案外こういうのもいいか! と気が軽くなってきた。
 みんな、楽しそうだし。うん! いいよね!
 胸いっぱいに息を吸い込み、口に両手をメガホンのようにあてると郁乃は声の限りに叫んだ。
「桃花~!! わたしは桃花が大好きですっ!!
 ふわふわでふんわりしてて、ほわっとわたしを包み込んでくれる桃花! そのふんわりした温かさはまるで陽だまりのよう。その中にぎゅ~~っと顔を埋めて、思いっきり息を吸い込んで甘い匂いで胸をいっぱいにしちゃうのがわたしの幸せなの!」
(……あれ? なんか愛の告白する気だったたハズなんだけど、ちょっと内容が変わってきたような…。でもいまさら勢いに乗った告白はとめられない!!)
「強く抱きしめてくれる腕! ときに激しくすり寄せるほっぺ! 寝てるときに密かに挟まってすりすりするおっぱい!
 桃花を手に入れた喜びを、今ここに感じたい! 桃花はわたしのもの、そしてわたしは桃花のもの!
 今は大概の事は“スキンシップ”とさえ言っておけば許されるから、体育倉庫とか、図書室とか、放課後の教室とか、そーゆー場所でヤッチマイオ――」
 シパーーーーン!
 突然の強い衝撃が後頭部に炸裂して、郁乃は倒れた。
(……やっぱ行き過ぎたか…。てか、あとで桃花に怒られそうだなぁ…)
 郁乃、きゅぅ~っと意識がブラックアウト。
 変わるようにその場で笑っていたのは、目抜きした白布で顔の上半分を覆った鼎だった。

(ハリセンは、横から上に向かって回転を加えつつえぐるように入れるのが一番効くんです)
「……はぁ~、たのしっ!
 R~18発言は駄目ですよぉ、公共の場ですからねぇ~?」
 意識がないと承知の上で、足元の郁乃に言う。
 ざわざわ、ざわざわ。
 巨大なハリセンを手に、髪と布をなびかせて立つ鼎の突然の登場に、生徒たちが一斉にいろめき立つ。
 とうとう場の注目を浴びることができたことにゾクゾク感じ入りながら、鼎はハリセンからビニールバットに持ち替えた。
「う……ん…」
 郁乃が意識の回復を始める。
「ふふっ。さあ、目を覚ましなさい。そしてもっと、もっとR~18発言するのです! ここは前年齢対象の場なのですからッ! キミは私と闘い、もっと激しく、もっと高らかにピーピーピーを…」
「おまえの方がよっぽどR~18発言しとるわっっ!」
 シパーーーーン!
 鼎の投げ捨てたハリセンで脳天唐竹割りを繰り出したのは、月美 芽美だった。
 この技は別の意味でまた痛い。なぜなら、頭でくの字に折れたハリセンの先端が、顔面に叩きつけられるからだ。
「おおおおおっ?」
 一番の被害をこうむった鼻を押さえ、膝をつく鼎。振り返ると、芽美が怒髪天の形相で肩を怒らせて立っていた。
「あなた、よくも私のカメラを壊してくれたわね…」
 右手に握った、半壊したビデオカメラを突き出す。それは、すわ突撃と壇に向かった鼎が芽美にぶつかった拍子に手から転げ落ち、踏み割られてしまったのだが、郁乃ばかり見ていた鼎にはもちろん自覚はない。
「もちろん一番大切な、透乃ちゃんと泰宏君の分は、そのオチにいたるまでデータはバックアップ済みよ。でもその他の人の分はまだこの中だったのよ。しかも肝心のカメラまで…。
 あなた、この行為は万死に値するわ」
 ビシ。指差し、殺人をも辞さない冷ややかな目で死の宣告をする。
「私の与える苦痛に顔を歪ませながら死んでいきなさい!」
 次の刹那、ヒロイックアサルト、雷光の鬼気をまとった蹴りが放たれ、鼎は残像も残さずこの場から消え去った。
「ねえねえ、芽美ちゃん。カメラ弁償してもらわなくてよかったの?」
「……はっ」
 透乃の的を射た発言に、我に返る芽美。
 オチがついたことに、生徒たちから大爆笑が沸き起こる。
 芽美はあわてて鼎の姿を求めて四方八方見渡したものの、もはや後のまつりだった。

 真剣な愛の告白から熱い友情の叫びまで。さまざまな告白が続いて、校庭の盛り上がりはいまや最高潮だった。
 今こそ自分の出番。
 壇上に上がった白銀 司(しろがね・つかさ)は、つま先でリズムを刻みながらマイクを引き寄せた。
「People! Are You Ready?」
「Yeah!」
「みんな、熱くなってきたねーっ!」
「Yeah!」
「ヘイヘーイ! 声が小さいぞーっ!」
「ヒャッハー!」
 次々と生徒たちが立ち上がる。
 真上に手を上げた司の手拍子の要求に応え、手を打ち始める生徒たち。
「OK! ノリノリでいくよーっ!」
「いいぞーっ! いっけーっ!」
「白銀 司、校庭の中心で愛・叫んじゃいまーっす!
 私ねーっ、渋いおじさまが大好きなのー!!
 ナイスミドルの包容力、大人の色気…それは20年やそこら生きた人達には出せない、唯一無二の強力な魅惑兵器!核にも匹敵する破壊力なの!
 顔に刻まれたシワも白髪交じりの髪も全てが素敵なのー(うっとり)
 ……む、加齢臭?それだって魅力なの!
 それがわからないのは、坊やだからだよ!!
 すごいのはフェロモンだけじゃないの!
 培われた経験は戦場でもルーキーとの差を見せつけてくれるわ!
 銃を撃った事もないひよっこがひょっこりロボットに乗って熟練の兵士を倒せるわけないでしょう!
 そんなのはフィクションの世界だけよ!
 それほどまでに年月という差は圧倒的なの! 
 オールハイル、O・ZI・SA・MA!」
「O・ZI・SA・MA!」
「イエースエス! カモーン! O・ZI・SA・MA!」
「O・ZI・SA・MA!」
「愛しちゃってるわーっみんなーっ! 最後まで聞いてくれて、サンキュー!」
 多分、この告白イベントを最初から最後まで楽しんだのはトリを飾った司だっただろう。
 終始ノリノリで彼女が告白を終えるとともに始業5分前のチャイムがスピーカーから流れ、長い――2~3時間ぐらいあったんじゃないかと思える――昼休みは、こうして終わった。

 ピチャッ。
 冷たいものが額に置かれた感覚で、郁乃は意識を取り戻した。
「目、覚めましたか?」
 さかさまになった秋月 桃花(あきづき・とうか)の顔が見える。
 告白の途中、何かに後頭部を叩かれたまでの記憶しかない郁乃には、あれから何がどうなったかは分からないものの、今は静かで、だれもいない校庭の木陰に桃花と2人でいることだけは分かった。
(それならそれでいいや。桃花の膝枕、気持ちいいもん)
 あー、目を覚ましてよかった。
 十分堪能しようと、目を閉じる。
「郁乃さま、私驚きました。お昼を一緒に食べようと思っていましたのに、郁乃さまのお姿がどちらにもなくて。クラスメートが、郁乃さまが校庭を歩いておられるのを見たと教えてくださいましたので、校庭に出たんです。そうしましたら、郁乃さまのお声が聞こえて…。
 私、もう顔は赤くなるし、横にいましたクラスメートにはさんざん冷やかされるしで、最初、何の罰ゲームかドッキリかと思いましたわ」
(……うわ、やばっ)
「メ、メールが来たんだよっ、例のっ。それでっ」
「ええ。私、今はそれを知っています。なぜそのことを教えていただけませんでしたの? そんな大変なことが郁乃さまに起きていたなんて…。郁乃さまが1人でどれほどお胸を痛められていたか、私、全然知りませんでした。いつも一緒にいましたのに…。気づけなくて、ごめんなさい」
「ちっ、違うよ、桃花! 桃花が謝ることなんか、全然ないんだよ!」
 バッと身を起こし、俯く顔を伺って身を寄せる。てっきり泣いていると思ったのだが。
「ええ、そうです。あれは、メールが届いたせい。それは知っていますわ」
 でも。
「寝ているときに胸ですりすりしてるって告白することは、いくらなんでもないでしょう。
 というか、郁乃さま、そんなことしてたんですか、私に内緒で」
「うはっ…」
 しまった。つい調子に乗って、秘密暴露までしちゃったんだったっ。
「はっ、話し合おうよ……ねっ? 桃花っ」
 もうちょっと目が覚めるべきじゃなかったかもしんない。
 さーっと血の気が引く思いで、郁乃は思った。