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第14章 放課後(1)

「……やっと来たか」
 殺気看破で背後に迫る犯人に気づき、恭司は肩越しにそちらを伺った。
「もう放課後だぞ。待たせるにもほどがあると思わないか?」
「――なにしろ大勢いるんでね。そのへんは理解してもらわないとなぁ。
 でも、まさかそんなにこの俺を待ってくれていたとは思わなかったよ」
 校舎の影から姿を現したことを知って、振り返る恭司。そこに立っていたのは、目出し帽を被り、巨大ハリセンを手にした男だった。
 髪も顔も見えないが、体つきは男のものだ。しかもかなり鍛えられた体つきをしている。
「卑怯者め。顔は見せないというわけか」
「そっちも順番待ちしてもらわないといけないな。なにしろ、俺の顔を見たがるやつは大勢いるから」
「ぬかせ! はあっ!」
 会話の間、間合いを詰めていた恭司の掌打が犯人に打ち込まれる。踏み込みの効いた必殺の一打は、しかし犯人によってギリギリのところで受け流された。
「はっ!」
 続く回し蹴りが犯人の二の腕をかすめる。
(まずいな、これは…)
 カッターで切られたような傷が走り、血が流れるのを見て、犯人は内心でうなった。
 蹴りも掌打も、半端なくきれがある。残心を使っても衝撃を防ぎきれない。
(こいつ、俺より強い)
 流れるように繰り出される恭司の攻撃をかろうじて流し、流しきれなければ受け止めて、じりじりと犯人は後退する。
「その顔、見させてもらうぞ!」
 恭司の裏拳が、顔面を狙って出される。
 しかしその言葉が、逆に犯人に恭司の動きを読ませてしまった。
「おらぁーっ!」
 目出し帽を狙ってきた拳を防御し、掴んで高く投げ上げる。
「ちぃッ…」
 地に叩きつけるでなく、空に投げ上げられた意味を悟って恭司は呻く。その予想通り、犯人は恭司を投げた直後、脱兎の如くその場から逃げ出していた。
 もちろん、最初の攻撃で放り出してあったハリセンもしっかり拾っている。
「こういう場合は逃げるが勝ち勝ちっと」
「待てきさま! どこまでも卑怯なやつめ!」
「ふははっ! 次の相手が俺を呼ぶ声が聞こえるッ! 人気者の俺を待っているのはおまえだけじゃないからなーっ!」
 わけの分からない捨てゼリフを吐いて、あっという間に遠ざかる犯人。当然追いかけようとした恭司だったが、投げ技をくらった分、一歩も二歩も差をつけられてしまっていた。
「……くそ。神速か。やられた」
 だが犯人と接触は果たした。手を合わせたことで、その特徴も分かっている。
 恭司は携帯を出し、このことを環菜に報告した。

「OK、OK。やっと犯人が動き出したみたいだな」
 瀬島 壮太はミミ・マリー(みみ・まりー)から報告を受けて、木陰から身を起こした。
「もう10回は場所移動したぞ? いつまでこうして待ってなきゃいけないかと、もうウンザリしてたんだ」
『壮太、気をつけてね。月夜さんからの連絡だと、犯人はそっちに向かって走ってったみたいだから』
 ぱんぱん服についた土埃を払い、背伸びをする。
「ああ。禁猟区の範囲内に入ってきたみたいだ。これだろ」
『僕もさっきから感じてる。じゃあ頑張って』
「切るぞ」
 パチン。携帯を閉じて、しっかりポケットの奥底に押し込んだ。こうしておけば、何があっても落ちないだろう。わざと捕まる壮太を携帯のGPS機能でミミが追ってくる、そういう計画だった。
「にしても、落ち着かねーな、こりゃ」
 ミミに貰った右手の携帯型禁猟区のシルバーリングを見て、ひとりごちる。
 シルバーリングは敵の接近を感知して通常以上の輝きを放ち、これがただのリングでないことがバレバレだった。
 犯人の接近に気づいていることを気づかれないよう、右手をポケットに突っ込む。
(一体どんな攻撃されるんだか……そりゃ承知の上だけど、痛いの嫌だなぁ…)
 できるだけ痛くない方がいいんだけどなー。
 そんなことを考えていたら。
「ハリセンはしならないよう、横を用いて殴るべーしッ!」
 そんな叫びとともにいきなり壮太の後頭部で、シパーンと痛みが弾けた。
「いっ、いいいい、いってーーーーっ!」
 気絶か、気絶したフリをするはずだったが、あまりの痛みについ、後頭部を押さえてうずくまってしまう。
「むぅ。とんだ石頭だな」
「おまっ……おまえが犯人だなっ」
 涙のにじんだ目で立ち上がり、正面に向き直る。
 犯人はミミから伝え聞いた通り、目出し帽を被って巨大なハリセンを持った、ガタイのいい男だった。
(若いなぁ。オレとそう変わらない歳じゃないか? こいつ)
 身長もほとんど変わらない。
 やっぱり蒼空学園の生徒だったというわけか?
「あのさぁ、こんな事すんのはさ、おまえにはおまえなりの何か理由があるのかもしんねーけど、オレらみてえな関係ねえ奴まで巻き込むのは、ちょっといただけねぇぜ?」
 と、言ってみる。
(簡単に説得されるくらいならこんなことしないだろうから、言うだけ無駄だろうけど、この先言う機会あるか分かんねーし、一応言うこたぁ言っとかないとな)
 そしてそんな壮太の予想通り、犯人は聞く耳を持っていなかった。
「問答無用! てやぁっ!」
「ぅわっと!」
 見たというより感じて、つい反射で攻撃を避けてしまう。犯人の繰り出した拳は校舎に当たり、ヒビを入れた。
「……えっ? マジ?」
 これを受けるの? オレ?
「くらえ!」
「わーっっ! 顔はやめて、ボディにしてっっ」
 どこかで聞いたようなセリフを最後に、壮太は腹部の激痛によって意識を失った。

「壮太っ! どこっ?」
 携帯のGPSが全く動かないことに異変を察知して、ミミがかけつけたとき。
 そこには、壮太の服だけが散らばっていた。
 ズボンを逆さにして振ると、案の定ポケットから携帯が転がり出た。そのそばには、シルバーリングも落ちている。
「た、大変だよ、大変っ」
 ミミはあわてふためいて携帯を取り出し、環菜に連絡をとった。

「うっ……うーん…」
 痛むみぞおちと吐き気に苦しみながら、壮太は意識を回復した。
 開いた目で見えたのは、まず一面の空だった。
 それと、何かの植物の茎。青くさいにおい。
 何かに巻かれ、身動きがとれない状態で担がれて、移動しているらしい振動を感じた。
「うおっ? こっ、これはもしかして…っ!」
 もうスマキになってるっ????
「現場でスマキになるんだと思ってたのにっ!」
 思わず叫んでしまう。
 巻き込まれた両手に触れているのは裸の尻で、ゴザの中の自分が素っ裸になっているのも分かった。
「おう、目が覚めたか」
 犯人が楽しげに言う。
「なんでもう脱がしてんだよ、てめェ! 変態かっ? 下ろせよ、このッ!」
「こうしたらおまえだってヘタに抵抗はできないだろ。あんまり暴れると素っ裸で転がり落ちることになるぞ」
 ピタッ。
 言われて初めてそのことに気づいた壮太は、抵抗を諦めて全身から力を抜いた。
「おっ。急に聞き分けがよくなったな」
 スマキになる前にミミに発見してもらうはずだったのに…。
(素っ裸ってことは、携帯もナシだよな。ミミ、見つけられないじゃん。オレ、もしかしなくてもこのまんま、スマキでみの虫確定?)
 シクシク、シクシク。
 おとなしく担がれたまま、校舎に入って行ったときだった。
「あっ、いたーっ! 発見しましたーっ!」
 携帯で連絡を取りながら奥の廊下を曲がってきた秋月 葵が、壮太を担ぐ犯人を発見して声を上げた。
「壮太さんを放しなさーい!」
 変身!
 くるくるっと回転し、魔法少女に変身した葵は、ウインクを飛ばして決めポーズを作る。
「この事件、正義の突撃魔法少女リリカルあおいにお任せよっ♪」
 だがそうする間も、犯人は待ってくれてはいなかった。
 スマキ壮太を担いだまま、無視して階段を駆け上がっていく。
「えーっ、なんでーっ? 魔法少女の変身シーンは待たなくちゃいけないのよーっ? お約束でしょーっ」
 頬を膨らませて叫んだが、廊下には既に葵以外の人影はなかった。

「行くぞ、七日」
「もちろんです」
 犯人の姿を見た瞬間、葵のことは完全に意識から消去して、皐月は飛び出していった。
(あいつを捕まえれば、環菜の口添えが手に入る!)
「ねぇ皐月、殺しちゃってもいいですよね? あれが犯人って分かってるんですから」
 隣を走っていた七日が、まさに死の天使と呼ぶべき笑顔でそう提案する。
「それは最後の手だ。環菜は生きた犯人がご所望だろう」
 死体を持ち帰って、喜ぶとはとても思えない。
「それは残念。
 ではアボミネーションで怯んだところに則天去私を使用して、一気に片をつけるというのはどうです?」
(私としては、高濃度アシッドミストで一気に片をつけてもいいのだけれど、そうするとあのスマキにされた人も巻き添えになってしまいますものね)
「それでいくか」
 2階の渡り廊下に走りこもうとした犯人に向け、皐月が幻槍モノケロスを投擲する。
 足元に突き刺さったそれにたたらを踏んだ犯人に向け、七日がアボミネーションを放った。
「……くそっ…」
 押さえようもなく湧き上がる畏怖に、犯人も七日がアボミネーションを放ったことに気づく。
 かかった!
 そう確信した2人に対し、犯人がとった行動は、驚くべきものだった。
「てやあッ!」
 ブンッ!!
 スマキ壮太を七日に向かって投げつけたのだ。
「きゃあっ!」
 完全に虚をつかれた七日は、ぶつかった壮太とともに背後へ弾き飛ばされてしまう。
「なのかっ!?」
 廊下を滑り、突き当たりの教室のドアにまともにぶつかる七日。
「へ、平気です。追ってください、皐月!」
 自由を得るために!
 強打した右肩に手をあて、痛みをこらえようとうずくまった七日を見て、皐月はためらい――そして、固めていた拳を解いた。
 その手を七日の脇に回し、彼女の腕を自分の首にかけさせる。
「皐月?」
「自由を得るのも、犯人を捕まえるのも、2人一緒だ」
 まだ諦めるのは早い。
「追うぞ、七日」
「……もちろんです!」
 渡り廊下に消えた犯人に向け、2人はともに駆け出した。