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お見舞いに行こう! せかんど。

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第一章 だいすきなひとといっしょ。そのいち。


「おめでたですよ」
 にこり、幸せそうに笑って言う医者に。
「えっ……?」
 思わず、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は素っ頓狂な声を出す。
「二ヶ月目ですね」
 そして、医者の言葉を噛み砕き、飲み込み、理解した結果――
「ル、ルオシンさーん!!」
 診察室を飛び出して、待合室で待っていたルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)に抱きついた。
「なっ、コ、コトノハ? どうした、何があった。……まさか病気か!?」
「うえーん、ここは産婦人科ですー」
「産婦人科の病気!? な、何か深刻な――」
「はい、深刻です。とってもとっても、深刻です。心して聞いてください」
「うむ」
「私……、私、妊娠二ヶ月目なんですっ!」
「……!!」
 コトノハのその言葉を受けて、ルオシンは言葉を無くす。
 ただ、ただ強くコトノハを抱きしめる。
「我に二人目の子供が出来るなんて……武器として扱われていた我に……」
「ふふ。ルオシンさん、苦しいですよー?」
「よくやった……! 偉いぞ、コトノハ!」
「やったのは、まぁ、ルオシンさんですけど。
 ……ところで、」
 ちらり、ルオシンから視線を外して。
 向けた先には、小学生低学年くらいだろうか? 幼く可愛い女の子。
 彼女が、じっとルオシンとコトノハを見上げていたから。
「この子は?」
 問いかけると、彼女は屈託なく笑い「はじめましてコトノハおねぇちゃん!」と、コトノハの名前を呼ぶ。
「わたし、クロエよ。お見舞いって言って病院内をはしっちゃったら、ルオシンおにぃちゃんにとめられたの」
 そうなんですか? とルオシンを見ると、頷かれた。
「うむ。病院内で走ったり騒いだりしてはならぬ。マナー違反なのだぞ」
「それで、そのままルオシンおにぃちゃんにコトノハおねぇちゃんのことを聞いたのよ。
 ねえ、にんしんってなぁに?」
 コトノハを見上げ、大きな瞳に疑問符を浮かべて問うクロエ。彼女の頭を撫でながら、
「妊娠っていうのはね、新しい命の芽吹きのことなの」
 言う。
 そう、このお腹の中に、新しい子が宿っている。
「?」
「お腹の中にね、新しい命があるということよ」
「いのちがあって、コトノハおねぇちゃんはそれをつくったの?」
「はい。ルオシンさんと一緒に」
「すごい! いのちをつくるって、すごいわ!」
 言葉にクロエは驚いて、喜んで、飛び跳ねて、「だから病院内で騒いではならぬ」とルオシンに注意され、両手で自分の口をふさぐ。
 そして、命が入っていると言ったお腹の方を、ちらりちらりと見てくるから。
「触ってみる?」
「! いいの?」
 提案すると、クロエが寄ってきた。それから、そろりそろりとお腹を撫でる。
 夜魅の妹かな。弟かな。どっちかな。
 撫でられながら、コトノハは思う。
 そこに、ルオシンの手も伸びて、愛しそうに撫でられて。
 ああ、どっちが生まれても、ルオシンさんとなら上手くやっていけるから。
 どっちでも、素敵なことに変わりないですよね。と、思った。
 ゆっくり流れる、温かい時間。終わりは唐突に、
「リナファさん、診察、終わってませんよ」
 飛び出した診察室からの医師の声。
 ああそうだった! と慌てて立ち上がり、ルオシンとクロエに手を振って、診察室へ向かう。
 気分は幸せ一色だ。


*...***...*


「ごめんねごめんねー……!」
 泣き出しそうな、申し訳なさいっぱいの声で、遠野 歌菜(とおの・かな)は謝る。
「そんなに気にするな、カナ」
 それに対して、柔らかな声で答えるのはブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)。その右足には、痛々しくギプスが巻かれ、天井から吊られて固定されていた。
 ブラッドレイが右足骨折で入院したのは、歌菜が原因だった。
 タンスの上を掃除していた歌菜が、踏み台から足を踏み外し、それを助けるべく下敷きになった、その結果。
 なので、歌菜はとても申し訳なく思い、開口一番謝ったのだ。
「そんなに大きな怪我でもない。俺はカナがそんな顔をしているほうが、嫌だぞ」
 ブラッドレイは子供をあやすように言い、歌菜の頭を撫でる。
 大きくて、ごつい、温かくて優しい手。
 その手に自分の手を重ねて、歌菜は再び「ごめんねぇ〜……」と謝る。
「歌菜、人に荷物全部持たせて先に行きすぎ……っと、ノックし損ねた。悪い」
 そこに、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が入ってきた。
 手に持っているのは、果物の詰め合わせと、トルコキキョウの花束。
「羽純くん。だって、レイが心配で……」
「病院内で走るなって言っただろ?」
 変わらず、泣き出しそうな歌菜の声に、呆れたような羽純の声が続いた。
「でも……って、あぁ!」
 羽純が果物の詰め合わせをサイドボードに置いた時に、歌菜は気付いた。花瓶がない。
「花瓶無いね、病院内で借りられるかな? 買ってきてもいいかな。えと、急いで用意してくる!」
 そしてダッシュで病室を出て行って。
 今走るなって言ったばかりなのに……と、歌菜の背に羽純は再び呆れた目を向けた。そうしてブラッドレイから目を離した直後、
「……カナは元気か?」
 話しかけられて驚いた。話しかけられたことだけでも驚きなのに、声にも驚く。探り探りの、この男にしては珍しい声音。
「歌菜? 見ての通り、元気だが……」
 言いかけて、思い出す。ブラッドレイが入院してからの歌菜は、
「いや、今回の入院の事でしょげてるな」
 泣きそうな顔をしたり、しょげかえって塞ぎこんで、「私のせいだぁ〜」と言いだしたり。
 若干の情緒不安定とも、言える。
 そのたび、頭を撫でて抱きしめて、落ち着かせてはいるけれど。
 どうも、羽純一人では無理らしい。
「……うむ……」
 そんな心情を知ってか知らずか、歯切れ悪くブラッドレイが唸った。何か言いたげで、だけど言いだせない。そんな感じ。
 なので、羽純は来客用のパイプ椅子に座って言葉を待つ。急かしたりはしない。果物でも剥こうか、と林檎に手を伸ばすが。
「……カナの事を、よろしく頼む」
 伸ばした手が、止まった。
「……何だ、藪から棒に」
「ずっと言おうと思っていた事だ」
 伸ばした手を引っ込めて、ブラッドレイに向き合う。多少身構えてしまうけれど、表には出さないようにして。
 言葉の続きを、待つ。
「俺はカナの……そうだな、親のようなモノだと自負している。カナには幸せになって欲しいと……思っているんだ」
 そんなの、普段のあんたを見ていればわかることだ。
「最初は得体の知れない羽純を選んだ事に……納得出来ない部分があった」
「得体の知れない…まぁ、間違ってはないな」
 自嘲気味に笑うと、「最後まで聞け」と静かな声で、制された。
「……カナは羽純と居ると、幸せなんだと……見て分かるから。
 だから……、頼む」
 この男の、こういう一面を見たのは初めてかもしれない。
 羽純はもう一度、笑った。今度は自嘲ではなくて。
「今更、だな」
 そういう、笑み。
「あいつの手を取った時から、覚悟は出来ている。頼まれなくてもわかっているさ」
 歌菜と一緒にいること。
 歌菜を支えること。
 歌菜と幸せにすること。
 そう、わかっている。
 だけど。
「でも、歌菜には俺だけでは駄目だ」
 ここ数日見ていて、気付いたんだ。
「ブラッドレイ。……お前も居ないと、歌菜は笑顔で居られない」
 あんな悲しそうな辛そうな顔、見ていたくもない。
「だから、早く戻って来い」
 それで、歌菜に笑ってもらうんだ。
「ただいま〜、遅くなってごめんね! 借りるにもこの階のナースステーションになくてさぁ、……あれ?」
 元気な声が響いて、花瓶を持った歌菜が病室に入って来て。
 羽純とブラッドレイが向き合って会話していたのが、意外だったようで。
「あれ、二人とも、なんだか楽しそう? というか、仲良しさんっぽい?」
 楽しげにそう言ってから、笑う。
「二人が楽しそうだと、私すっごく嬉しいな♪」
 そうして、鼻唄まで歌いだしそうな勢いで花瓶に花を活けて。
「よし、レイ、リンゴ剥いてあげるね!」
 とびきりの笑顔を、二人に向けて。
 そんな歌菜を見て、羽純とブラッドレイは顔を見合わせて、笑う。
「ホラ……な?」
「ああ」
「?? 何〜、どうしたの?」


*...***...*


「訓練のしすぎで、倒れちゃうなんて……」
 如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、思わずため息を吐いた。
 日奈々の視線の先。冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、バツの悪そうな苦笑を向ける。
 そんな千百合を見て、もう一度日奈々がため息。
 少しだけ軋んだ空気。この二人の間に、滅多に流れる事のない種類のもの。
 それを破ったのは、日奈々の声。
「……凄く……心配、しました……」
 ぽつり、と。
「日奈々……」
「千百合ちゃんが……倒れちゃった時……胸が、張り裂ける……ような、気持ちに、なりました。……くしゃって、なって、壊れちゃうんじゃないかなって、くらい……」
 目の前で倒れた千百合。声をかけても、ゆすっても、目を開けない、千百合。
 ……怖かった。
 それがすごく、怖かった。
「心配かけて、ごめんね」
 千百合の手が伸びてきて、日奈々を抱き寄せる。柔らかで、温かで、いい香り。日奈々も、千百合の背に手を伸ばして、ぎゅっとしがみつく。
 居なくならないで。
 怖いから。
 置いていかないで。
「大丈夫だよ。あたし、日奈々のこと守るんだから」
「……や、ですぅ」
 千百合の言葉に、思わずそう言った。「え、」と、驚いたような千百合の声が聞こえる。
「……だって。千百合ちゃんが……私のためって……頑張って、くれるのは、……嬉しい、けど……。それで、倒れちゃったりしたら……、私は、凄く、悲しいですぅ……」
「あ……、ごめん」
「私のせいで……千百合ちゃんが……傷ついたり、するのは……いや、ですぅ……」
「……、うん。ごめんね。本当に、ごめん」
 頭を撫でられて、髪を梳かれて。その手の感触に身を委ねて。
 ああ、なんだか、眠い。
 千百合が心配で、眠れなかったから。ちょっとだけ、眠い。
「居なく、ならないで……」
 うわごとのように言った言葉に。
「うん。居なくならないよ」
 とても優しい声が返ってくる。
「日奈々。眠いなら、あたしの隣おいで。ここ使って寝な?」
 あたしも、日奈々が倒れたりしたら嫌だからね? と。
 気遣いの言葉と、相思相愛の想い。
 日奈々はこくりと頷いて、ベッドに上がり。
 きゅ、と千百合にしがみついて。
「千百合ちゃん、」
「ん?」
「ずっと、……いっしょ?」
「うん。ずっと、一緒」
 その言葉に安心して、眠れる。