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獣人の集落ナイトパーティ

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第3章 ナイトパーティと変わる狼 1

 唯斗たちと別れて、リーズは一人ナイトパーティへと戻っていた。唯斗たちを案内するつもりでもあったが、エクスのあの妬きっぷりを見ては、それも野暮というものだろう。リーズは、他人の恋路が分からぬほどに鈍感なわけでもなかった。
 一人になって所在無さげに会場を眺めるリーズに声がかかったのは、そのときだった。
「あら? リーズじゃない?」
 色っぽい妖艶な声色に振りむくと、そこには他者を寄せ付けぬ美貌を持った女性と、整った優男風の顔立ちの男が立っていた。
「え……シオン? それに……司?」
 シオンと呼ばれた女の銀髪はウェーブを描いて、モデル体型とも言うべき体の豊満な胸に垂れ落ちている。薄く微笑んだ彼女は、リーズへと近づいてきた。
「久しぶりね」
「お久しぶりです、リーズくん」
 月詠 司(つくよみ・つかさ)、そしてシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)。美しき吸血鬼と不幸体質の男は、久方ぶりの友人との再会を懐かしんだ。その多くは、雑談とも言うべき内容だ。そのうち、司はナイトパーティへと話題を移して話し出した。
「それにしてもカップルが多いもので……全く、我ながら場違いですね」
「それを言ったら、私だって同じよ」
 苦笑する司に、リーズも同じように賛同した。二人は、まるで見知らぬ主人のもとにやって来たペットのように、手持ち無沙汰に会場を見るばかりだ。
 それを眺めていたシオンは、何かを考えるような仕草のあと、素晴らしい悪戯を思いついた子供の顔になった。
「あら、二人ともそんなこと言ってたら愉しめないわよ。せっかくのパーティなんだから、愉しまなきゃ損よ。なんだかカップルも多いことだし、ね?」
「そんなこと言っても、相手がいなかったらどうしようもないわよ」
「あら、なに言ってるの? 相手なら、ここに、いるじゃな〜い!」
「うわっ……って、ハイ?」
 くすくすと笑うシオンは、司をリーズの前に突き出した。何事か把握できない司とリーズのきょとんとした目が、シオンを見やる。
「早速ツカサを貸してあげるから、二人でデートしてきなさい。ハイ決まりね。行ってらっしゃい♪」
「え、ちょ……シオン……っ!?」
 リーズが引き止める声をまるで聞かず、シオンはそそくさと雑多の中に紛れて去ってしまった。あとに残されたのは、呆然とする司とリーズの二人だけである。
「ど、どうしよう……シオンに計られた」
「ええ……なんだか変な予感はしたんですよねぇ……」
 リーズは愕然とし、司はそれに苦笑いを浮かべた。どうやら、彼にとっては日常的になれたもののようだった。
 どうしようかといった視線を送るリーズに、司が続けた。
「うーん、シオンくんが何を考えてるかはさて置きにしても、実際、食べず嫌いは良く在りませんし、物は試し……やってみますか? もしかしたら興味を持てるかもしれませんよ? まぁ、無理に好きになる必要も在りませんがね」
 そう言われては、リーズとしても無下に断ることはなかった。
 司が優しげな好青年であるということもあるが、それに加えて、確かにデートというものにも興味はある。それに……愉しまなければ損というのも、リーズにとっては心を動かされる言葉だった。
 二人はこうして、ぎくしゃくながらも仮のデートを開始した。

 と――いうものの。
 そもそも司自身、シオンの荷物持ちや玩具にされることは多いものの、デートらしいデートをしたことはなかった。とりあえずは、日本の祭りのような店も立ち並ぶ出店を回り、面白そうなものを試してみる。射的屋へ行けば、さすがは集落の武人というべきか、見事に景品を総取りにしていた。コルク銃を撃つこと自体を楽しんでいたリーズは、残念ながら景品はいらないと丁重に断っていたが。
 そんな、それなりに仮のデートを楽しむ二人を、怪しい影が追っていた。
「題して「リーズ、初めてのデート」……って、ベタ過ぎるわね。まぁ良いわ、さぁどんな画が撮れるかしらぁ〜」
 ウキウキワクワクといったように、胸躍らせながらシオンは司たちを尾行していた。メイド服に着替えて給仕のふりをし、片手にはビデオカメラを装備して、準備は万全だ。人込みに紛れつつ彼女は見失わないように追跡した。
「さて……次はどこに行きましょうか……ん? リーズくん、あのいかにも胡散くさい占いなんてどうですか?」
「占い?」
 二人は、出店の一角に構えるいかがわしいオーラを纏った店にやって来た。タロットカードを目の前に並べる占い屋は、リーズの姿を見るとささやくように彼女に声をかけた。
「生命力に満ち溢れている、とても魅力的なお嬢さん、貴方の運命を占わせていただけませんか?」
 その台詞は、それまで十分に満ちていた怪しさを数倍にまで膨らませた。なんだろう、怪しさ満開である。思わず断りそうになるリーズであったが、占い屋はしつこく食い下がった。
「あ、逃げないでっ、大丈夫、すぐに終わる……こほん、えー、すぐに済みますので、ぜひお座り下さい」
 一瞬、普通の青年が顔を覗かせたのは気のせいだろうか?
 そう訝しがりつつもしぶしぶ座ったリーズに、フードを目深に被った占い師が早速占いを始めた。
「ふぅむ……」
 占い師が深く呻くような声をささやくと、途端――タロットカードが宙に浮いた。
 それにはさすがにリーズも驚いたようで、口を呆然と開けてしまっている。
 そんな彼女の顔をフードの奥から盗み見て、ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は得意げにほくそ笑んだ。
(よし、よし、乗ってきてる乗ってきてる)
 実は彼は、このナイトパーティの真意を知っている一人でもあった。集落長の娘の恋愛意欲を刺激させるという話に、ぜひともご助力しようではないかと一役買って出た次第である。
 そんなこととは露知らないリーズは、宙を舞ってシャッフルされるタロットカードに釘付けになっていた。どうやら、集落ではこういったマジック的な類がほとんどないようだ。まるで魔法でも見ているかのような一驚の視線だが、サイコキネシスで動かしているともなればあながち間違ってはいない。
「ふうぅんっ! …………さ、どうぞ、三枚、お好きなカードをお引き下さい」
 大きな声を張り上げてそれぞれのカードを宙に浮かんだままにしたジークは、その中から三枚、好きなカードをリーズに引かせた。
 まず、一枚目――
「「恋人たち」の正位置……ですか。このナイトパーティで、貴方に恋のチャンスの訪れがあることを告げていますね」
 二枚目――
「「塔」のカードですね。魅力的な貴方を巡って、ちょっとした争いやハプニングが起きるかもしれない」
 三枚目――
「最後は「力」……」
 ジークの荘厳な声に、リーズは体が氷のように凍りついた。それは、続きを聞かされることへの緊張からくるものであった。二枚目のカードで告げられた争いやハプニングが、リーズに悪い運命のくる予感を与えたのだ。
 だが、幸運にも、占い師はそれを裏切った。
「力とは……つまり、貴方の意思だ。たとえどんな困難が待ち受けようとも、どんな壁が貴方の心を阻もうとも……最後に大切なのは、貴方の意思だ。それを、お忘れなきよう」
 言い切ると同時に、ジークは懐からそっと小さな包みを取り出し、紐でくくられたそれをリーズに差し出した。
「こちらはサービスです。せっかく占わせてもらったので、そのお礼にどうぞ」
 お手玉サイズの包みは、中身がかさかさと軽く、わずかに草原を思わせる香りを漂わせていた。いわゆる、香料の一種であるポプリだ。
 ジークとしては、ナイトパーティで疲れているであろうリーズが安眠できるようにと気を利かせた単なる粗品なのだが、リーズはそれをお守りか何かと勘違いしたのだろうか、腰にくくりつけて占い師に別れを告げた。
 ジークの一言がリーズに何をもたらすかは、恐らく誰にも分かるものではない。しかしながら、リーズはたとえそれが占いでなかったとしても、彼の言葉に心が揺れていただろう。
 占い師に別れを告げたあと、リーズたちは仮デートを再開していた。出店通りを過ぎて、辿り着くは派手に盛り上がるステージの前であった。
「うーん、盛り上がってますねぇ……」
「あっ、ちょっとそこのお兄さん、もしかしてカップル!?」
「え、あ、いや……」
 ステージを眺めていた二人に、突然色っぽい陽気な女性が声をかけてきた。よくよく見れば、それはオープニングの時に司会をやっていた羽瀬川まゆりである。
「さっ、もう時間もないわよっ! カップルならぜひぜひこれには参加しなくっちゃっ!」
「あっ、いや、だからちが……!」
 リーズと司の否定の声も虚しく、まゆりは彼らの腕を掴んで、ずるずるとステージの裏へ引っ張っていった。