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第3章 ナイトパーティと変わる狼 2

「レディースアンドジェントルメーン! ついにはじまりました「私の彼が世界1・恋人自慢コンテスト」! 司会は、羽瀬川まゆりと……」
「私、モニカ・レントンがやらせていただきますわ」
 二人の司会者が自己紹介をすると、会場はわっと湧いた。うねるような熱気が会場を包みこんでおり、その多くがカップルをからかいにやってきた参加者たちだった。
 で――
「な、なんでこんなことに……」
 いつの間にかコンテスト参加者の組に入れられた司とリーズを置いてけぼりにして、どんどん司会は進行する。それまで暗かった照明が、ばぁっと明かりを発した。
 明かりを点すのは、黒髪を後頭部で纏めた、狐のような飄々さをもつ男であった。
「ん……? あれは……」
 男――閃崎 静麻(せんざき・しずま)はリーズに気づき、その隣に司がいることに首をひねった。
「ちゃんと恋人はいるのか? ……いや……あれは……」
 どこかぎくしゃくして、どうしようかと戸惑っている様子を見るに、恐らくは紆余曲折あってステージに立っているのだろう。
 静麻は同情するようなため息をついて、続けて険しい顔にもなった。
「これは……なんか嫌な予感もするな」
 彼の予想を余所に、コンテストそのものはどんどん先へと続いてゆく。
 参加者のカップルにまゆりが一人ずつマイクを突き出し、自分の恋人のここが好き、ここが最高といった部分を語ってもらうのだ。
 コンテストの参加者は老人カップルから子供カップルまで様々だ。そんな中で、場の雰囲気を壊すわけにもいかないリーズたちのもとに、ようやくマイクが回ってきた。
「さっ、では、今度はこちらのどたんば参加カップルです!」
 もはやなんでも良いのか、会場の見物客たちはまゆりが何を言ってもわああぁぁと盛り上がっていた。その理由は、恐らくコンテスト会場の一角でまゆりのパートナー、シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)の行う飲み比べ対決が行われているせいもあるのだろう。
「ふ、ふふふふ……全然足りん……全然足りんぞ! この程度でわらわを酔わそうなどとは百年早いわ! 樽でも持ってこーい!」
「す、すげぇ、この姉ちゃん化け物だ……!?」
 挑戦してくるつわものの酒豪たちをどんどんノックアウトしていく様は、まさに底なしの胃袋だった。まして、頬は熱くなって朱に染まり色っぽくなっているとしても、酔うことはないのだから感嘆を通り越して驚愕である。
 対決場の近くでは、酔い潰れて倒れているか、あるいは酔ってしまって陽気に騒ぐ連中が大勢集まっていた。
「く、くそ……このままだとこのへんの酒が全部飲みつくされちまう!」
「ふふふう……来たれよ。わらわはどんな者の挑戦でも受け付けるぞ!」
 挑発的なシニィにそそのかされて、こうしてまた犠牲者がどんどん増えてゆく。
 彼女の飲み比べ大会で負けた連中の中には、酔ってしまったその足でコンテストの見物に行く者もいた。そんな見物客の前で、リーズたちはどうしようかとおろおろするばかりである。
「え、えーと……」
 恥ずかしく顔を真っ赤に染めた彼女は、恋人が照れているのだとばかりみんな思っていた。だが、さすがに司もリーズにこれ以上羞恥を晒させるのはかわいそうだと思ったのだろう。恐る恐る進言した。
「あ、あのー……実は私たち、恋人とかじゃないんですよ」
「はい?」
「いや、その……なんというか、デートの練習をしてたといいますか……ちょっと話すと長くなりまして……」
 まゆりは目を丸くして司の説明を聞いていた。
 丁寧に説明する司によって、なんとか、事情は飲み込めて貰えたようだ。が――逆にそれがまずかったのかもしれない。
 まゆりは名案でも思いついたようににやりと笑うと、声高らかに言った。
「では、恋人ではなかったということで仕方ありませんので趣向を変えまして……特別企画! リーズさんの恋人募集大会〜!」
「は……?」
 ぽかんとするリーズ本人を余所に、会場の見物客はノリが良すぎた。
「俺、前からずっと気になってました!」
「ぜひ! ぜひ! 俺とお付き合いを!」
「リーズさーん! 愛してる〜〜〜!」
 まして――酔っ払ってる連中もいるのだからタチが悪い。口々にリーズへの愛の言葉を叫ぶ見物客は、徐々にヒートアップしていき、熱気を帯びてゆく。挙句の果てには、リーズは誰のものだと喧嘩を始める始末だ。
 だが、それも一つの矛先を決めることで方向性を持った。
「……ん、じゃあなにかっ! あいつは恋人でもないのにリーズさんとデートしてたのかっ!」
「んだとぉっ!? そんな妬まし……もとい、勝手なことを!」
「こんの優男ヤロウ!」
「え……」
 酔っ払った獣人たちの怒りの先は――リーズの隣にいる司だった。
 そのときには、すでに暴徒発生である。ステージにまで乗り込んできた酔っ払いたちが、司を捕まえてボッコボコにし始めたのだ。
「み、みなさん落ち着いて、落ち着いて下さいませ〜」
「うわぁっ、みんなやりすぎ、やりすぎっ!」
「いや、私、成り行きで……あ、ちょ、やめ、ぐえっ、がっ……!」
 おろおろとモニカとまゆりが制止する中で、司はぐっちゃぐちゃになった獣人たちの群れに捕まって殴る蹴るの散々な仕打ちを受けた。
 酔っ払いに道理は通じない。どんどんステージに上がってくる群れに、リーズは逃げ場を失って困惑していた。そんなときに……
「なあ、ちょっとそこの」
 リーズに、裏方から回ってきた静麻の声がかかった。
 彼はステージの袖口からひょっこりと顔を出し、リーズを手招いた。
「今の内にこっちから逃げとくといい。どうせコンテストは一旦中止だ」
 リーズは静麻に手引きされて、ステージ上を裏口から降りることに成功した。が、そのうち、リーズがいないことに気づいた酔っ払いたちは彼女を探すべきだと言って動き始める。どうやら、恋人募集宣言を聞いたときから、タガが外れてしまっているようだった。
「ま、こっちのほうでもなんとかしとく。そっちはさっさと逃げな」
「あ、あの……ありがとうございます」
 リーズは、親切な見ず知らずの人に頭を下げた。そして、見物客の声から逃げるように、その場を退散する。彼女の後姿を見送って、静麻は静かに呟いた。
「さて……死んでないといいが」
 ボロボロになっているであろう司を思い出して、彼を介抱するために静麻は再びステージへと足を向けた。

 酔っ払いたちの群れから逃げるリーズは、逃げ場を探して出店通りにやって来た。
「あれ……? リーズじゃない?」
「椿……っ」
 そこにいたのは、泉椿であった。
 なにやら他の友人のような人たちと一緒にいるが、ちょうど人気のない場所で串にささった荒焼きの肉を食べている。
「ちょ、ちょっとかくまって!」
 椿たちの間に割って入って、リーズは彼女たちの影に隠れた。ちょうどいいタイミングで、彼女を追った恋人立候補者たちが、椿たちの前を慌ただしく過ぎ去っていった。
「なんかよく分からないけど、もう大丈夫みたいだぜ?」
「ほんと? あー、よかった。ありがとう、椿」
「別にあたしは何もしてないけどな」
 呵々と笑って、椿はリーズをぽかんとしたように見る他の友人たちを紹介した。
「実は、さっきナンパついでに出会ってさ。三船に茅野、それに相馬ってんだ」
 三人は所在なさげにしていたが、椿にリーズのことに説明されると理解したようで、一人ずつ彼女に挨拶を交わした。
三船 敬一(みふね・けいいち)ってんだ。寂しいことに一人参加だったんだけどな、途中でこの椿にナンパされてさ。ついでに遊んでたってとこだな」
「ナンパ? またやってたの?」
「あはは〜、ほら、こうして友達とか作りたいじゃん? おかげでリーズも助かったんだし、結果オーライだぜ」
 よくも飽きずにやっていると呆れるリーズに、椿は暢気に笑ってみせた。
「初めまして、リーズ! あたしは茅野 菫(ちの・すみれ)っていうの。もともとあたしたちも暇だったから敬一と一緒にいたんだけど……敬一のナンパされついでってやつかな?」
「どんなついでだよ、それ」
 軽口を叩き、敬一のツッコミを受けて彼らは笑い合った。どうやら、そう時間も経っていないというのに意気投合しているようだ。これも、ひとえに椿の社交性のなせる技だろうか?
「お初にお目にかかる。わしは相馬 小次郎(そうま・こじろう)。……菫とは、ぱーとなーとかいう関係になるようだ」
「は、はじめまして……」
 長身もさることながら、その胸にぶらさがる巨大な果実二つの大きさにもリーズは驚いた。すかすかの自分の胸を見下ろして、少しだけ物悲しくなる。
「ところで、さっきのはなんだったんだ?」
 敬一はずっと気になっていたのか、タイミングを計って聞いた。それを受けて、リーズも騒動を思い出し、その表情が疲れと呆れから、徐々に苛立ちへと変わってゆく。
「どうもこうも……よく分からない酔っ払いたちに恋人募集中だって勘違いされて追っかけまわされてたの……ったく、それもこれも、元はといえば父さんと母さんのせいなのよっ!」
 板立ちは、その矛先をようやく見つけて怒りへと色を変えた。ずんずんと地を蹴るように歩き出したリーズに、椿がとっさに声をかける。
「リ、リーズ? どこにいくつもり?」
「決まってるでしょっ! あの馬鹿親父のところよ!」
 口が悪くなっている彼女は、地を踏み鳴らしながら若長のいる家へと向かった。椿たちは顔を合わせてどうしようかと迷うが、結局は、彼女に付き合おうとそれを追っていったのだった。