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リアクション
「皆様、本日はようこそお越しくださいました」
空京のとあるホールで、フューラーは集まったプレイヤーに向け、深々とお辞儀をする。
何度目かのゲームの開催で、見知った顔もあればそうでない人もいる。大分バリエーションが豊かになってきたな、と内心喜びつつ、ゲームの説明を始めた。
「ご存知の通り今回はロボットバトルです。中でチュートリアルがございますから、必要な方は目をお通しください」
それではあちらでお会いしましょう、そう言ってログイン用PODの部屋へと案内した。
もっとも、電脳空間でプレイヤーを出迎えた彼は、いつの間にかパイロットスーツにフライトジャケットを羽織り、IDカードをひっかけた、いかにも今回の内容にあわせた格好に着替えていた。
さっきまでオールバックに執事服という格好だったのに、今度は今まさにロボットから降りてきました、とでも言いたげにぼさぼさと髪を下ろしている。
こいつなりきってるなあ、とだれかが思った。
あなたのご希望をお伝えください―OK
シートの調整をし、楽な姿勢をお選びください―OK
ヘッドセット、アイマスクの装着をお願いいたします―OK
『オーダーメイド・パラダイス』へようこそ。限定イベント『パラミタ・オーバードライブ!』をお楽しみ下さい。
当ゲームはお客様を安全に、かつエンターテイメントに満ちたバーチャル世界へご案内するものでございます―LOGIN
―今回のイベントに際し、チュートリアルを希望される方はそのままお待ちください―
―速やかにゲームを開始される方は、目の前のコンソールにタッチしてください、設定画面に移行いたします―
本日の電脳空間は、いつもの様相を塗り替えられていた。島には小さいがかつて集落があり、乾いた砂の吹き抜ける無人の渓谷に様変わりをしていた。
渓谷の両端には、無骨なトーチカが建設され、A陣営とB陣営がロボットで互いの覇を競うという設定なのだ。
フィールドはゆがんだ胃袋のような形で、その両端にトーチカが存在を主張する。ちょうど中間地点には小高い丘があり、互いの陣の視認を阻み、そこを囲むように打ち捨てられた住宅が並んで、要所にはかつては人が集まっていただろう頑丈な建造物が戦略性を高めている。
「ティア、楽しみだねえ」
「兄さまが楽しそうだもの、私も楽しいわ。でもいいの?」
青年と小さな少女が、とある展望台から下界の島を眺めながら会話をしている。足元の床が透明に透けて、真下を見下ろしているのだ。
フューラーは少し残念そうに答える。
「しょうがないよ、不公平になっちゃうからね」
さすがに自分たちはホスト側なのだから、参加してはなるまいと自らを戒めているのだ。
「でも今度このデータを使って、ぼくに付き合ってくれたら嬉しいな」
「わかったわ、待っててね兄さま」
この世界の主たるAI、ヒパティアはプレイヤーのため、ひいてはデータの蓄積を心待ちにする兄のためにも、ロボットの演算に意識を振り向けた。
◇ ◇ ◇
「な、なんじゃぁこいちゃあ…、くろがねの、武者じゃあ!」
冷たい金属の床にへたりこんで、岡田 以蔵(おかだ・いぞう)は腰を抜かしていた。
なにやら丸い桶の中に突っ込まれたと思ったら、このような場所に移動しているのである。ナラカから上がったばかりで現代の技術進歩に未だ慣れず、すべてが妖術のように見えている彼には、何をとっても刺激がきつい。
周りにはハンガーがそびえ立ち、仕切りに囲まれてプレイヤーたちがアバター、もといロボットの設定をしているところだ。
以蔵はそれらのロボット、すなわち巨大な鎧武者たちに見下ろされているようで生きた心地がしない。
「く、黒船ん中ろうか?」
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)がその姿にあきれ、以蔵をひったててその場を離れる。観戦場所は別にあるのだ。
「うるさいですわよ、…まったくここではゆっくりお弁当も食べられやしませんわ」
見るもの全てにガタガタおびえる以蔵を、雪はとうとう蹴立てていった。
ブースの中では着々とロボットの形が組みあがり、喜びの声や、期待に満ちた叫び、意気込みを表す咆哮がどこからか聞こえてくるのだった。
しかし葉月 エリィ(はづき・えりぃ)は、先ほどからひっきりなしにエラーを頻発し、設定が完了しないことに苛立っていた。
「武器と能力設定までは順調だったのに、外見設定でエラー?」
「何かお困りのようですが、どうされました?」
エラーログの嵐に何事かとトラブルシュートに来たフューラーを捕まえて、エリィは問いただす。
彼女がやろうとしているロボットのデザインをちらりと見て、フューラーは納得した。
「すみません、現行のイコンそのまんまは不可能なんです、ご了承ください」
「駄目なの!?」
「一応肖像権ってものがありますので、勝手に使うことはできませんし、すみません」
結局彼女のイコン、コームラントに『よく似た』デザインに修正して、ようやく設定が完了する。
「ああ、せっかくあたしのクリムゾンがすばやく動いて二丁拳銃! っていう夢を見たかったのになあ」
しかし足取りも軽く、パートナーと共に慣れた風にコクピットに乗り込んで、開始を待つ。
皆それぞれ、夢見たロボットや武装を決めて、味方同士通信をしてブリーフィングなどを行っていた。
やがてモニターにヒパティアが現れ、開始を告げた。
今回はいつものような誰かの趣味が反映されたふわふわひらひらの服ではなく、制服の生真面目さとサイバーのデザインを融合させたような感じのする格好だ。曰くオペレーターという設定らしい。
「それでは皆様、お時間です」
戦闘マップは地球の北半球のどこか、気温は22度、風は静穏、湿度は20%、ということになっている。
所属、そして任意のタイミングと降下場所を選び、プレイヤーたちは次に備えた。
勝利のため陣のため、どんな行動に出てもよいが、ただ無所属のプレイヤーは、どちらのトーチカにも攻撃してはならないというルールが定められる。
「さあ、行きますか…」
「撃って斬って勝ちまくる!」
「思いっきり、ぶっ飛ばしたいなあ」
それぞれの思いを抱えながら、移動の衝撃に息をつめる。
「なんじゃ、可愛い姉ちゃんもおるがじゃにかよ」
ガタガタ震えていた以蔵は瞬時に復活して、彼女が写ったモニターをに顔を突っ込もうとし、頭を打って悶絶していた。
胃袋の下側、B陣営から少し東に進んだ場所、住宅街の裏側に、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)の駆るロボットが降り立った。
下半身は戦車、上半身は人型という異形の姿は、そこからさらに蛇腹状の腕を伸ばして地面に手をつき、体を浮かせて最短かつ静音で方向を転換した。
「ふふふふふ、私のロボがどれだけの力を秘めているか、見せてあげます!」
住宅街の切れる場所まで進み、また腕を使って方向転換、別の住宅街の街道に入り込み、来るべき時まで身を潜めた。
彼女のロボットは近接が身上である、攻撃と装甲に重きを置くスタイルで、機動力ではアドバンテージがとれないのだ。
ハーレックに隠れるようにして、共に降り立ったロボットがある。
藍澤 黎(あいざわ・れい)が策敵・機動を受け持ち、あい じゃわ(あい・じゃわ)が攻撃を担当するスナイパー型である。
「じゃわ、任せたぞ」
「任されたのです!」
ガートルードと別れ、そろそろと移動し、さらに東へ進んだところの建造物に行き当たる。
ラスターエスクードをカモフラージュで自機ごと覆い隠し、建造物に上って辺りを見回す。
目前には小高い丘があって全体を見渡すことは不可能だが、視界に入る景色の両翼、丘の裾野には住宅街が広がっているのがわかる。丘の向こう側には身を隠せるようなものは何もないはずで、B陣側にひとつある建造物から見て遮蔽物の何もないこのルートをあえて通行するものはそれほどないだろう、と思われた。
「動きがあるまでここで待機、敵が見えたら、場合によってはそのまま叩くぞ」
「じゃわは、いつでもいけるのです」
視線の先には、キャタピラで多少の障害は乗り越え、越えられないものはその器用な両腕で突き崩し、自らの本体を運んで住宅街を移動するガートルードが見えている。
彼女の向こう側からも、そろりと身を潜めるロボットがいる、ぴんと耳を立てた猫のようなフォルムは、姿勢を低めて完全に家の陰に姿を隠しながら移動している。気配を遮断し、隠密性を高めていても、同陣営である者にはその存在の迷彩を解き、IFFでの認証を常に更新している。
狩猟猫型のロボット、矢野 佑一(やの・ゆういち)の機体は静かに住宅街に踏み込んだ。
ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が冷静に辺りの状況をチェックして、機体を崩れ掛けた廃屋の中に潜ませる。
完全に装甲を捨て、機動と攻撃にアビリティを振り分けた機体は、カラカルという狩猟に特化した種の猫を参考にしている。メイン武装でもある牙が中でも一際目を引いた。
佑一は静かに操縦桿に手をかけた。彼の脳裏には今、いつか見たテレビ番組で強く印象に残ったカラカルの姿がある。
―機動力が勝る相手でも、オーバードライブで一気に襲いかかって…
「フフフ…楽しみ、楽しみ」
ミシェルは楽しそうな佑一をちらりと見て、ちょっとヒいた。イコンとは違う戦い方が出来るからか、とても楽しそうで爽やかだと見えるのに、なんだか笑顔が怖いのだ。
「なんか笑顔が怖いよ? 大丈夫?」
「ん? 笑顔が怖い? 気のせいだよ」
また更に爽やかに、佑一はほほえんでみせるのだった。
「遊撃は住宅地に、中心部に近いところに狙撃手が展開したわね」
朝野 未沙(あさの・みさ)はB陣トーチカ近くから全体を見渡している。自陣の所属プレイヤーをネットワークし、リモートセンシングでマップの詳細を読んでいる。今こうしている間にも、他のプレイヤーが移動し、予定していたポイントを目指しているところだ。
なお、彼女のロボットは重装甲型で、トーチカの守りを引き受けている。
会敵などの動きは未だなく、じりじりと時だけが進む。
「了解、アルマ、一発叩き込んでくれ、今距離を測る」
如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)はマップのデータ提供を受け、重装甲の機体をゆっくりとトーチカから離して、遮蔽物の陰へと隠れた。
遠隔操作したサブ武装のデジタルビデオカメラを飛ばす、ペリスコープ代わりに辺りを伺い、左右上下を写し取り、視差による距離測定を行った。
ラグナ アイン(らぐな・あいん)がその測定結果から敵トーチカまでの距離を試算する。
「直線距離にして、およそ2800メートル。微風ですから影響は無視していいと思います。直接攻撃は可能ですが、距離を考えるともう少し前に出る必要があります」
「いや、今は戦力を隠そう、2000メートル地点あたりを狙ってくれ」
「はいはい、おねーさんに任せなさいっ」
アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が撃ち出した榴弾が放物線を描いて、敵陣の建造物の手前、住宅街の少し向こうに突き刺さる。
アインがその弾道を評価する。
「予測着弾地点から、ほんの少しずれましたね、無視できますがどうされます?」
「補正パラメータは出せそう?」
「少しお待ちください」
彼らのその頭の上、ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)は、コンソールに足をかけふんぞり返って、とにかく叫んでいた。
「ふむ、絶好調である!」
「ツヴァイ、なんですかそれ」
「兄者、ボクのことは総大将と呼びなさいっ!」
一応フォローしておくが、ツヴァイも未沙と佑也からのデータをさらに細分化して、マッピングを更に強化したりもしているのだ。
なんだか無駄に興奮してえらそうなので、そっちはぜんぜん気づかれないけれど。
彼らの起こす爆発の影で、影野 陽太(かげの・ようた)の機体は、目立たぬように降下していた。
隠密機動と迷彩塗装でその機体の全容は掴みにくいが、巨大な狙撃用のランチャーを抱えていることはかろうじてわかる。
『…ヴァイ、なんですかそれ』
『兄者、ボクのことは総大将と呼びなさ…』
「………」
同陣営のパイロット達が朗らかに味方に声をかけている。その底には現状を楽しもうとする明るさがある。
多分、普段なら自分だって、このように楽しめていたかもしれない。だが今は無理だった、そういう心境にはどうしてもなれなかった。
楽しんでいる他のプレイヤーには悪いのだが、今はまだ乗れないイコンの模擬シミュレートとして、戦闘能力向上の為のデータ収集の場として。
とにかく、そういうことだ。
そんな人とはかけはなれたモチベーションなので、連携しようと声をかけてくれた人もいたのに断ってしまったほどだ。
手の届かなかった人を、この手で取り戻すために。
いかなる強さをも、すべて己の血肉とするために。
そっと胸元のロケットをパイロットスーツ越しに握り締め、強くなるために、彼は誓うのだった。
建物の影に隠れ、戦場を見渡しながら、彼は狙撃ポイントを探していく。
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