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リアクション
A陣サイド、丘の手前の住宅街の手前、一際目立つようにフロントラインのぎりぎりに降下した機体がある。
「無限 大吾(むげん・だいご)、アペイリアー、目標ポイントに降下、これより前進する、陽動は引き受けた。みんな、よろしくな!」
重々しい装甲に高速機動のためのバーニアが突き出、その腕には巨大なシールドを抱え、対峙するものに威圧を与える姿だ。
「アペイリアー、行こうか」
大吾はコクピットの中で軽く操縦桿を動かし、機体感覚を掴む。
自分の名字と同じ<無限>と名付け、これから命を預ける存在に、友達にするように声をかけた。
火力にはさほどポイントを割かなかった。スコアを稼ぐよりも、とにかく前に出て戦況をかき回すことを念頭に置いて設定をしたのだ。
「おおっと!」
敵陣の奥から何発目かの曲射砲が突っ込んでくる。センサーを向けると、次の榴弾が発射された様子が捉えられる。
レバーを動かし、その射線から逃れて住宅地をつっきり、敵から見えやすいところへアペイリアーを向かわせた。
『…陽動は引き受けた。みんな、よろしくな!』
「ふふんっ、防衛戦とは最も血が滾ると言うものよ! 守備は任されよ!」
「と、ここにおわす山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)が申しておるでござる…台詞とられた…」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は思いっきり出鼻をくじかれた。
メイン操縦は鹿次郎のはずである。あまつさえ鹿之助は鹿次郎から機体制御を奪い、大刀を抜き放ち、大上段に咆哮する。
「良かろう、この山中鹿之助の首を上げ手柄とするがよいぞ! ここまで存分に来られるがよい!」
彼らの機体は、他に例えようがないくらい、そのまんま武者型だった。機動力を削り、装甲と攻撃力に費やされた、防衛を目的に置いた配分がなされている。
「だからといって、その状況は単なる窮地でござるよ!」
アピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)は、下界を見下ろしながらゆっくりと紅茶に口を付けていた。
「貴方は参加されなかったのですね」
ヒパティアが声をかけ、アピスはそれに少し微笑みながら答えた。
「私は、彼女についてきただけだったから」
下界が移りこむ足元を指差す。その先には両肩に機晶キャノンを担ぎ、ミサイルをぶっぱなし、機動性に物を言わせて敵をぶん殴りにかかるシリル・クレイド(しりる・くれいど)のロボットの姿がある。
「装甲にパラメータを振っておられませんね、大丈夫でしょうか」
「あら、シリルらしいわね」
思いつきで行動する彼女らしい機体だとアピスは思った。
『どどうのこうげき、くっらえー!』
ロボットの中でノリノリで叫ぶシリルの姿が、アピスには手に取るようにわかるのだった。
そのシリルと遭遇し、交戦中のガートルードは、相性の悪さに歯噛みしていた。
「くっ…、飛び道具と機動力で来られましたか…!」
なんとか長い腕でシリルの重装甲アーマーに覆われた拳の近接攻撃をかわし、住宅街を盾としてミサイルを防ぐ。
「ちょこまかちょこまか、じっとしろーっ!」
ミサイルで動きを止め、まっすぐに突っ込んでこようとするシリルの目の前で白燐弾が炸裂、とっさに直前で足を止めたその肩の機晶キャノンを、煙の中から伸びてきた腕が掴み止めた。ガートルードの機体の腕は、驚くほど長く伸びた。
「…このっ! はなせーっ!」
「ここは、私の距離だ!」
シリルの機体は超合金の腕に引き寄せられ、もう片方の腕がコクピット狙って貫手を矯める。
「!!!」
エネルギーを充填したまま掴み潰されたキャノンの砲身が過熱、半ば癇癪めいた勢いでトリガーを開放、自ら招いた暴発は相手の片腕を破壊し自由を獲得したものの、至近距離だったシリルのほうがダメージは大きかった。
「うわああああああああっ!」
「…腕が…やってくれましたね…」
倒れこんで動かないシリルに悠然と近づき、ガートルードは残った腕を悠然ともたげて、今度こそコクピットに狙いを定めた。
シリルの機体は首が吹っ飛びかけている、モニターがいくつか機能しなくなって、かろうじて働くセンサーが危機を知らせた。
「…あ、あたいはただではやられないもんね!」
コクピットに貫手が触れる直前、シリルはオーバードライブを発動した。
「まだ動ける!?」
ミサイルの塊をぶつけるような全弾一斉発射は、避ける間もなく敵へ、周囲へと降り注ぎ、ひるんだガートルードは爆炎に包まれる。
「やったあ! …でももうおわりかぁ…」
敵を吹き飛ばしはしたものの、代償に千切れかけた首を完全に吹き飛ばしていた。もう何秒もしないうちに、シリルはゲームオーバーで引き戻されるだろう。
最後に敵はどうなったろうか、センサー類は全部吹き飛んだが、ご丁寧にフィニッシュデモがコクピットの中を照らし、外部の様子をも伝えてくれる。
敵にまとわりついた爆風が引くと、そのシルエットはまだ崩壊はしていなかった。
ガートルードはとっさにのたうつ腕を盾に、急所への直撃を防いでいたのだ。
装甲をまったくのゼロにしてしまった代償が、この耐久の差なのだ。
悔しがりながらシリルの視界はブラックアウトした。
気がつくと隣には彼女のパートナーのアピスがおり、微笑みながら労ってくれた。
「ちっ、無事とは行きませんでしたね…」
ガートルードの機体はもうぼろぼろだった、あれだけの直撃を食らいながら生き延びたことは、装甲の厚さと肝心要の武器である二本の腕を引き換えに勝ち得たものだ。
つまり彼女の機体はもう、まともな攻撃手段は失われ、牽制のみの頭部バルカンしか生き残ってはいない。
まずその場を離れ、システムチェックと機体の状況を把握し、その悪条件に絶望する。
「腕も半分に千切れてしまいました、これではもう盾にしかならない…」
キャタピラ部分に破片が突き刺さり、運動性能もがた落ちしている。回復しようと内にこもるガートルードの背後に、突如影が躍った。
あれほど派手にミサイルが撒き散らされては、センサー・レーダー系統に自分の存在を大呼するのと同じで、目を付けた敵がそこを目掛けてやってくるのは自明の理であり、ダメージを追った彼女はまさしく獲物に相違ない。
カモフラージュを解き踊りかかるシルエットは、メカニカルな仮面の女性銃士、ひらめくマントが目をひいた。
「もらったぁっ!」
裂帛の気合と共に、瓜生 コウ(うりゅう・こう)のロボットがセイバーを振りかざす、咄嗟に上半身を反転させ、振り回した腕で防御、飛び退ったコウを頭部のバルカンが追いすがる。
「どこに消えました!?」
かすめるバルカンは単独では記録すべきダメージとして計上されない、しかし大量に食らえばその限りではない。瓦礫を蹴立て、その隙にカモフラージュを発動、建物の影から回りこんで電磁マスケットを抜き撃った。
ガートルードの機 体の肩に直撃、運動量に押されてキャタピラの片方が一瞬浮き、その隙に再びセイバーが振るわれた。コクピットの中がかき回される。
「ぐあああっ!」
「悪く思うなよ」
首の継ぎ目に剣先が沈む、そのまま斬り飛ばされて、ガートルードはゲームオーバーで転送されるまでの少しの間に、フィニッシュデモの中で見られるはずのない続きを垣間見る。
『ちっ!』
どこからかマシンガンの雨がコウの機体に浴びせられた、対電フィールドを纏ったリアクティブマントでは実弾を防御しきれない。飛び退る己の首を跳ねた敵が視界から外れたところで、ガートルードの視界は暗転した。
不動 煙(ふどう・けむい)は同陣の危機に間に合わなかった、IFFが近隣でノイズにまみれた救難信号を出している戦闘状況を察知して向かったものの、カメラが捕らえた映像は、僚機の首筋に埋められた剣が今まさに振りぬかれるところだったのだ。
狙いを付けるよりまずマシンガンを掃射、そこから飛び退る敵機の動きは、彼女の目には劣ったものと見えた。
「遅いっ!」
そもそも住宅地では遮蔽物は多いものの、同時に障害物ともなる。マシンガンが敵の予測進路を先読みして住宅を破壊、吹き飛ぶ建材がその足を阻んだところをスナイパーライフルがその砲口からマズルフラッシュを吹き上げる。
「くそっ」
分が悪いとにらんだコウは、自ら住宅に突っ込んで盛大に煙を上げたところを、さっきと同じようにカモフラージュでさっさと姿をくらました。
「立ち向かいもしないとは、まさしくハイエナでしたね…」
逃げたのだと悟ると、煙は先ほどの僚機に近寄った。瓦礫の中に半身を突っ込み、空転していたキャタピラはぴくりとも動かない。
もうIFFの応答すらなく、完全に動かなくなったガートルードの機体に、煙は黙祷を捧げる。
「間に合わなくてすみません、この【龍雷連隊】不動煙が、勝利をもって報います」
「むむぅ、着弾が右にずれるのです…コリオリ力ですね」
「ステージは北半球の設定だからな」
じゃわはスナイパーらしく、ふにふにの中身で冷静に弾道を計算していた。丁度真北に向かって打ち込んだ弾は、ほんの少し東にずれる。多少は無視してもいいが、遠距離に弾を撃ち込むとなれば無視のできない誤差になる。
視界の先で小高い丘を登攀しているのは無限大吾のアペイリアーだ、身を隠そうともせず、こちらの陣営を挑発しているのだろうと見て取って、牽制と射撃試験を兼ねて撃ち込んだ。動き回るアペイリアーに当たるとは思ってはいない。
「ぽいんとを移動するのです、感覚はつかんだのです」
「了解した、あの機体は以降無視だな」
こちらにあたりをつけてビームガンを撃ってくる敵を無視し、彼らは新たな狙撃ポイントを探して移動した。
「む、挑発には乗ってこないか」
どこからか自分に向けて弾が撃ち込まれたが、そちらのほうへセンサーを向けても彼のアペイリアーでは敵を見つけられなかった。少し距離はあるがビームガンを打ち込んでも、それきり反応はなかった。
「早く誰かと出くわさないかな」
そのために彼は身をさらしているのだから。コクピット越しでも、戦場に立つ緊張感がちくちくと肌を刺す。
エンカウントを期待して、彼はフィールドの中央の丘を登り、ことさらにゆっくりと敵陣へと向かっていく。
「ちょこまかとうるさいわね!」
「こ…コームラントみたいにゴツいくせに、なんて機動力なの…?」
外見こそかけ離れているが、二人の機体のパラメータは同一である。機動力のポイントはMAX、装甲は完全に捨てていた。
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の機体はピンク色で女性的なフォルムをしており、葉月 エリィ(はづき・えりぃ)の機体は一見重厚そうな装甲に覆われている。ちなみにエリィの機体はそのまんまコームラントの形にしようとしてエラーが出たため、詳細は変えてぎりぎりのラインまで似せているものだ。
そして互いの武装はまったくの正反対だった。
A陣に属するアリアはビームサーベル二刀流、B陣に属するエリィは二丁拳銃という対象性を持っている、嫌が応にも相手に対する思い入れが募る。引けを取ってなるものか。
サーベルのアリアと、短砲身のエリィ、どちらも戦法はインファイト。
組み付いては鍔迫り合い、離れては詰め、どちらも決定打を放つことができない。
「くうっ…!」
何度目かの撃ちあいでエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)はうめいた、今ほんの少し掠めたビームサーベルは、避けられる間合いだったはずなのに!
機体状況は、次第に対戦によらない微細なダメージを計上しはじめていた。
ぎしぎしと機体が軋む音がする、外見と実際のパラメータが釣り合っていないからだ。
ロボットの取り回しには、ゲームとはいえ一日の長があるエリィ達は、機体バランスの悪さが足を引っ張ったが、こういった戦闘の経験がまったくないアリアは、それでも自分の戦闘スタイルに合っていたためか実によく奮戦した。ビーム刃の仕込まれたアリアの蹴りを咄嗟にかわして、エリィは決断した。
「エレナ、やるよっ!」
「わかりましたわ」
コンソールに埋め込んだ砂時計を、二人同時にひっくり返し、オーバードライブを発動した。
それを察知してアリアもまたオーバードライブを発動する。
どちらも効能は高速機動、光の残像を撒きながら走るアリアに向かって、エリィはただスプレーショットで弾をばら撒いた。
「きゃあっ!」
高速機動ゆえに、進路を阻むように撒かれた弾を避けきれず、自らアリアは突っ込んだ、しかし苦し紛れに投げたサーベルが相手の片手を斬りとばす。
同時に双方のオーバードライブの効果が切れる、モーターの過負荷による機動力低下を招き、さらにはエリィは代償に最低限の装甲すら捨てていた。
どちらも、次の行動で運命が決まると悟っていたが、そのときどこかで爆発音が響き、双方ともに現状を見つめなおす。
「………」
「………」
お互いにここでつぶし合うか、一旦引いて体制を立て直すかを迷い、二人とも後者をとった。
「や、やっぱり凡人には厳しいわ…あれ、敵陣サイドまで来てしまったみたい…」
アリアは現在地をトレースして割り出すと、軽くため息をついた。
戦っているうちに、いつのまにかB陣近くまで押し流されていたらしい、住宅密集地を警戒しながら迂回する。ここから敵陣に突っ込むにしても、引き返すにしても半端な位置だ。少なくとも一人ではこのあたりを下手には動けない。
「…鬼が出るか仏が出るか、ね」
そして出くわしたのは、残念ながら鬼であった。
「佑一さん、今だ!」
突然背後から飛び掛られて、オーバードライブを使用しパイロットともども振り回されて、半ばグロッキーに陥っていたアリアには、あらゆる方面で抵抗する術がなかった。喉元に食らいつく猫に似たシルエットと、コクピットが踏み抜かれたことを確認して、アリアのゲームは終了する。
「ああもう…やられちゃったわ」
フィニッシュデモは敵ががぎり、とその強力なあごで首を千切り、満足したように悠然と見下ろす姿までを映してブラックアウトした。
「IFF沈黙だよ、やったね!」
「ミシェルのおかげですよ、いい狩りでした」
「ほんと、楽しそうだよ、普段銃撃戦ばかりだからかな」
「それもありますけど、この戦闘スタイル、やってみたかったんですよねえ」
「手負いなところ悪いが、狩らせてもらう」
瓜生コウが、エリィの前に立ちはだかる。今のエリィは機動力も装甲も半減した死に体だ。
「…ただじゃやられないわよ!」
片手に残った拳銃を撃ち、距離をとろうとするが、もはや相手の機動力にはかなわない。リアクティブマントで直撃だけを避け、あっという間に距離をつめたコウは、易々とセイバーでコクピットを貫いた。
コウはIFFの応答をなくしたことを確認し、もうそこには何もないという風にさっさと身を翻す。
「ごめんね、クリムゾン」
それは自分のイコンの名前だが、こうあってほしいとも願った自分のロボットが、データだけの存在とはいえ名前のないまま朽ちるのは、なんとなくいやだった。
自分を倒した敵の背中をにらみ、性能を生かしきれなかった自分たちの無力に歯噛みしながら、彼女の意識はブラックアウトする。
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