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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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第5章 ワーム襲来(1)

 西カナンを横断し、一路東カナンへ――。
 休憩を挟みつつ飛び続けること丸2日、地上部隊と共に進んでいた飛空隊の一団が、ついにメラムの町を視界に捉えた。
 速度を優先し、先行したヘリファルテの一団と違い、こちらはさまざまな乗り物が混じった混合部隊である。
 一番多いのはオイレやアルバトロスといった飛空艇だが、空飛ぶ箒やレッサーワイバーンも浮かんでいる。天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)のように自身の魔法翼といった、個性的なもので飛んでいる者もいる。
 彼らはメラムまであと数時間という距離に来て、地上に不自然に盛り上がった土の山――ワームがそこを通過した痕跡――を発見したことにより、ワームが自分たちの予想よりかなり先を行っていることを知った。そして、地上をラクダで進む者たちより先行してメラムに着くことを選択したのだ。地上部隊が到着するまで、ワームの足止めをするのが目的だった。



「なんとしても門を死守しなければなりません」
 外壁で一番薄い所は門だ。門を突破されたら、市内に甚大な被害が生じてしまう。それは避けなければいけない。
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)から前もって与えられていた指示通りに、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)は門近くの外壁の上に陣取るべく、飛空艇を降ろした。
「お、おい、おまえら! 何者だ!?」
 歩哨の兵士たちがあわてて駆け寄ってくる。
「心配ない。彼らはセテカさまの要請でわれらの応援に来てくれた東西シャンバラの者たちだ」
 同行した兵士――初めて乗る飛空艇に、幾分青ざめていた――に説明を任せ、3人はぐるりと町を見渡した。
 町は平屋かせいぜい2階建てしかないので、外壁からは何の問題なく全景が見渡せる。その中で派手に動いているのは、南西の方角へ向けて疾走する巨大ワームのみ。そして、その通りすぎたあとには破壊された家屋が累々と連なっていた。
「なんか、もう既にかなりの被害が出てるみたいね」
 携帯してきたギャザリングヘクスを飲みながら、麗夢は眉を寄せる。
「これでわたしたちが防衛に成功したとして、守れたことになるのかしら?」
「でもほら、1匹はもうやっつけてるみたいよ」
 ヴァリアが町の中央部を指す。そこに主な建物はないため、首を落とされたワームの姿がはっきりと見えた。
「……あれを片付けるのも大変そう。どうやって解体するのかしらね。――ううっ、考えただけで生臭そうっ」
 あたしだったら、絶対ごめんだわ。手伝わされそうになったらどこかに隠れとこっと。
「もう、麗夢ったら。憎まれ口ばかり」
「町の中のことは中にいる者を信じて任せて、私らは私らにできることをすればよいのじゃ」
 幻舟が狭間の上からそう諭した。
「そうでヤンス。そう言ってる麗夢が先にヘタバって、そのせいで城壁やぶられでもしたら、シャレになんねーでゲスよ」
「なんですってぇ? そのギャザリングヘクス返しなさいよ! あなたなんかにあげないっ」
「おっと」
 掴みかかってきた麗夢の頭にぽんと右手を乗せ、距離をとった状態でアンゲロはさっさとギャザリングヘクスを飲みくだす。カラになった瓶をさかさに振って、にししと笑って見せた。
 2人のじゃれあいに、幻舟は思わず顔に右手をあてる。
「いいから、定位置につけ。どうやら何匹かは既に現れておったようじゃぞ。8匹いるそうじゃから、そいつらもぞくぞく集まってくるじゃろう」
 幻舟の位置からは、地中でのワームの移動を示すモコモコと膨らんだ地面が、蛇行しながら近づいてくるのがはっきり見えた。より柔らかな地盤を選んで進んでくるため、その動きは定まっていない。
 よくよく見れば、何度か城壁に近づいたらしきあともあった。5メートルほど手前で地面の隆起が止まっている。そこからさらに深くもぐったのだろう。
(じゃが地下壁が越えれんかった以上、あやつらも地上に出てくるほかあるまい)
「私の出す合図を見逃すなよ」
 念のためにと幻舟はスウェーを発動させながら、さらに高く上昇して彼らの上まで進んだのだった。



 それからは、かなりスムーズに迎撃が展開した。
 上空の幻舟が、ワームが頭を覗かせる兆候をとらえて、城壁上の3人に合図を送る。指示された場所が正面ならばアンゲロがファイヤーストームを、右なら麗夢が氷術を、左ならばヴァリアがアシッドミストを放つ。
 町に侵入を果たしたワームほどではないが、こちらのワームも大きく巨大の部類に入る。彼ら1人分の魔法攻撃では致命傷を与えるまではいかなかったが、それも想定済みだ。ワームの表皮を覆った移動用の剛毛と視細胞を焼き払い、ワームの蠕動能力と感覚を奪って混乱させるのが彼らの目的だ。
 彼らには、これまで幾度となく力を合わせてきた経験がある。ゴッドリープの計画も、移動中の2日間、幾度となくシュミレーションをしてきたおかげでしっかり手順は頭の中に入っている。彼らはわざわざ言葉をかけあう必要も感じずに、流れるようなコンビネーションでワームに対処していた。
 ただ、想定外だったのは、ワームが地上に出てくるのはせいぜいが3〜2分の1程度だったということだ。考えてみれば当たり前だ、地表からぴょーんと全身で飛び出すわけはないのだから。当然、ワームは地下の部分でもぐって逃げてしまう。特に一度攻撃を受けたワームは用心してほとんど穴から顔を出さず、出しても毒液を吐くとすぐ引っ込めてしまうため、外壁からの距離では魔法が間に合わなくなってしまった。
 これでは移動能力を完全に奪うことはできない。
 そのことに真っ先に気づいたヴァリアが顔をしかめた。
「彼らもばかじゃないようね」
「こういうときこそ俺の出番だ」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が、光る箒で飛び出した。
 先ほどワームが引っ込んだ穴の上すれすれまで下降し、旋回する。
「ワームめ! この俺がじきじきに餌になってやろうというのだ。さあ、その姿を現すがいい!」
「うわーうわー、超ヤバいっスよ。ヘタすりゃワームがパクリっス。あれ、マジ危ないっス。ヴァルってばパねぇ〜」
 シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が、尊敬で目をきらきらさせながら自慢のシッポをパタパタさせる。
「いつまでもそこでそうしていないで、いつ飛び出してきてもいいようにおまえも準備をするのだ」
 神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が眼鏡を押し上げながら叱りつけた。
「ん〜、でも」ちらっと足元に立てかけてある機晶ロケットランチャーを見て「あれ、ヴァル狙って下からガオーって真上に飛び出してくるっスよね? ここからどうやって口内狙うっスか?」
 あ。
「自分、飛空艇も箒も持ってないっスよ〜」
 頭の後ろで手を組んで、うひゃひゃっと笑うシグノー。
 そのとき、ヴァルが悲鳴を上げた。
「うわぁっっ!! 来たぞ!!」
 真上に急上昇したヴァルの箒を追って、ワームが伸び上がる。
「ヴァル!!」
 ゼミナーが凍てつく炎を放つ。そしてそれを追うように氷術が、アシッドミストが、ファイヤーストームがワームに浴びせられた。

「……どうして撃たないんですか?」
 少し離れた外壁の上で、時禰 凜(ときね・りん)がぽつりとつぶやく。
「――どこ撃てばいいんだ? アレ」
 狭間の上で胡坐を組み、頬杖をついた星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)がつぶやき返す。
 いつも相手にしてるモンスターなら頭か脚が相場だが……あれの急所って?
「さあ? でもとりあえず、この角度なら胴体部じゃないですか?」
 凜の言葉に、智宏は巨獣狩りライフルを構えた。
「じゃあやってみるか」

 混合魔法と銃弾が同時に着弾し、ワームの胴体部を吹き飛ばした。
「やったぁ!」
 1体撃破に歓声が上がる。
 だがそれもつかの間、別の穴から飛び出したワームが、側面からヴァルに襲いかかった。
「あれなら楽勝っスよ〜」
 真正面にあいた口めがけ、シグノーがすかさずロケット弾を撃ち込む。
 ヴァルの箒の一部を衝撃波で散らしながらロケット弾はワームの口内に吸い込まれ、爆発した。
「どわっっ!! あぶねーだろーが!! 俺までヤる気かコラー!!」
「見たー? ヴァル。自分、バッチリだったっスよね〜」
 憤慨するヴァルと快哉を上げるシグノー。2人は全く噛み合っていなかった。


 ワームもワームなりに学習しているようだった。
 ヘタに穴から飛び出せば先の2匹のようになると理解したのか、いくらヴァルや幻舟がおとりとして穴に近づいても飛び出してくる気配はない。
 こちらとしても、ワームが地上へ現れてくれない限り、動きようがなく。
 互いの出方を探るような、緊迫した雰囲気が流れていた。
「あいつら、何か考えてやがるぞ」
 遠巻きにして動いているワームの通り道――隆起する地面――を見ながら、ゼミナーがつぶやく。
「何かって?」
「何かだよ」
 イライラと爪を歯ではじく。
 ワームの狙いが何かを知ったのは、セテカ率いる地上部隊が地平に姿を見せたときだった。

 
「ねえねえ見て! もう2匹やっつけちゃってるみたいよ? ヴァリアたちかしら?」
 先頭を行っていた天津 亜衣(あまつ・あい)が、ラクダの上から伸び上がって外壁の方を見る。
「にしても、大きいわね。カナンは飢饉に苦しんでるって話だったけど、どうしてこんな巨大生物が何匹もいるのよ? 一体何を食べてるのかしら?」
「人間だろ」
 すかさずハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が答える。
「うえぇーっ。やめてよ、想像しちゃったじゃない」
 胸に手をあて、むかつきを示す。
 と、そのラクダが急に暴れだした。
「きゃぁっ」
 あわてて鞍のグリップを両手で握りしめ、落ちるのを防ぐ。
 隣のセテカが手綱をとり、静めようとしたが、彼の乗るラクダもまた落ち着きなく足を踏み鳴らしていた。
 見れば、どのラクダも一様に落ち着きを失い、とにかくここから走り去ろうと暴れている。
「ラクダがワームを怖がっている。この先は徒歩で進むこととする!」
 外壁は見えている。
 あそこにたどり着ければ、先行隊と合流できる。
「油断するな。ワームはどこから飛び出してくるか分からないぞ!」
 おう、と声を上げ、全員がいっせいに走り出す。

「ワームめ、これを待っていたんだ!」
 ゼミナーの叫ぶ前、6匹のワームが一斉に地上へ飛び出し、地上部隊へと襲いかかった。



 地上部隊で先陣を切ったのは林田 樹(はやしだ・いつき)たち4名だった。
 軍用バイクで飛び出し、吐きかけられる毒液を避けながら懐へ全速で突っ込む。前をふさぐ1匹の胴体部を前輪でガリガリ削り、強引に前を開けさせ、一直線に突破した。
 砂を蹴立ててブレーキをかけ、外壁までたどり着くや振り仰ぐ。太陽の加減でよく見えなかったが、覗き込む人影がいくつか見えた。
「そちらの具合はどうだ? 何か支障はないか?」
「戦線が遠すぎるズラ! もう少し引きつけてもらわないとこちらから援護ができないでヤス!」
 振り返り、目算してみた。
 たしかに距離がありすぎて、後方支援には不向きだ。
「おそらくワームたちはそれを狙ってあそこで出現したんだ。振動でおまえたちの接近を感知したんだと思う!」
「意外と賢いズラよ、あのミミズ!」
「なるほど」
 だが外壁に近づけすぎれば、倒れたワームが外壁を破壊する危険がある。
 魔法攻撃の有効射程距離内で、なおかつ外壁が壊されない距離。そのラインギリギリまで引きつけるしかない。
 樹は再度振り仰いだ。
「分かった! かような時は、我ら教導団員の意地を見せる良い機会だ! 助け合おうぞ!
 行け、コタロー」
「あーい」
 ここまで樹の背中に必死にしがみついていた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、空飛ぶ箒でふよふよと浮かび上がった。
「うっと、うっと、ねーたん」
「なんだ?」
「えいっ、パワーブレスー」
 ぽわん、と樹にパワーブレスをかける。コタローのパワーブレスはコタローそのもののようにやわらかく優しい光だ。
「こた、みはりばん、がんばるお。わーむのこうげき、おしえるお。ねーたんも、いっぱいいっぱい、がんばるの?」
「ああ。任せろ」
 ふよふよ、ふよふよ。コタローの空飛ぶ箒が上空の幻舟へ向かって行くのを確認して、樹は戦場に向き直る。
「やいバカ餅! 計算間違いなんかして、壁を崩すんじゃないでやがりますよ!!」
「そういうバカラクリ娘こそ! ちゃんと運転しろよ! 石にでもつまずいて大コケして、おまえと2人ワームの腹ん中で溶かされるなんて、絶対ごめんこうむるからな! 樹ちゃんとならともかく、おまえとは死んでもヤダ!」
 やはり軍用バイクでタンデムしているジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)が、ぎゃんぎゃん互いを罵りながらもワームを翻弄しつつサンダーブラストなどで攻撃しているのを見て、樹もまた軍用バイクで戦場へと駆け戻る。
 その体には、ヒロイックアサルトの白く強い輝きが流動していた。



「こちらは彼らで十分守れそうです。けれど、なんといっても人手が足りない。あのままでは逆方向からくるワームに対処できません。正悟の準備もできたようですから、われわれは彼らではカバーしきれない反対側を主に展開していきましょう!」
 影野 陽太(かげの・ようた)の指示で下に下り始めた仲間たちを見て、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は狭間からレッサーワイバーンに飛び乗った。
 レッサーワイバーンの背には、油壷がいくつかくくりつけられている。外壁に降りた直後、歩哨に町の人と交渉してもらい、掻き集めた燃料だった。
「俺はひとまずこれを下ろします。すぐ戻ってきますからできるだけたくさん用意しておいてください」
「あ、ああ…」
 両脇に油壷を抱えた男が、とまどいながら頷く。外壁へと上がってきたほかの2人と一緒にのろのろと下ろす姿に非協同さがありありと見えて、それが正悟の気に障った。
「――何が不服なんですか。われわれですか。われわれに命令されることですか」
 襲われているのは自分の町だろうに…。
「…………」
 3人は正悟の正視から逃れるように互いに視線を投げ、もぞもぞしている。その卑屈な態度が、さらにいらだちをあおった。
「ではどうしたいんです? それともあなた方は人じゃなくオモチャとしてこのまま弄ばれたままでいいんですか!? このままネルガルに蹂躙されていいと?」
「よせ」
 油壷を手に階段を上ってきた反乱軍兵士が、静かに制止した。
「おれたちは兵士だ、兵士はつまるところ、死ぬまでに敵を倒してナンボの者だ。より効率よく敵を倒すためなら何でもする。指示されることにも慣れている。あんたたちは多少違うようだが、戦いに慣れているという点ではおれたちとそう変わらない心構えだと思う。
 だが彼らは違う。戦時下で生まれたわけでもない。戦場からは遠い、ただの市民だ。
 彼らはまず、どうしておれが、と思う。どうしておれがこんな目にあう? どうしておれがこんなことをしなけりゃならない? どうしておれが戦わなきゃならない? どうしておれが――」
「見知らぬよそ者に命じられなきゃいけない?」
「そうだ」
 その理屈は、無性に腹立たしかった。だが一方で、そういう人間がいることが、平和の証なのだとも思った。
 国民全員が兵士である国ほど、悲しいものはない。
 しかし今のカナンはかつての平和とはほど遠い。彼らはそれを知らなければいけない。
「――油の手配をお願いします」
 ここにいて、彼らを見ていると、言ってはいけないことまで口走りそうな気がして、正悟はレッサーワイバーンを下に向けた。
 下には仲間が待っている。自分と同じ志しの者が。同じものを見て、同じように怒り、同じように動こうとする者たちが。
 そう思うと、なぜか安心した。