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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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【カナン再生記】擾乱のトリーズン(第1回/全3回)

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第8章 ワーム襲来(2)

「ワームを倒せても、外壁が破壊されては意味がありません。ワームを一定距離から近づけないようにする必要があります。
 正悟は外壁から10メートルほどの距離に油をまいてください。リカインには俺と一緒にその警護をお願いします。キューと河馬吸虎はもしも10メートル以内に入っているワームの穴があったらふさいでください」
「やっつけてもいーんだよな?」
 総石造りの禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が、羽のようにページをパタパタさせてすいすい飛び回る。
「やろーぜやろーぜキュー。あの寸胴の腹ん中、どんだけ氷つめられるか試してみたかったんだ。あれだけ口広けりゃどんどん詰まるぜ。そしたら凍るかな? 凍るかな? な? な? 氷像になっちゃうかもだぜ? どーんとでっかい塔みたいなワームの氷像。つーかそれって花瓶みたくね? 花瓶だよ、バラとか中に挿しちゃったりしてさ! それも氷で作ろうぜ! うおーっすっげー楽しみー」
 パタパタ、パタパタ。
 顔の前で蛾のように飛び回るうっとうしい河馬吸虎を押しやって、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の正面に立った。
「リカ、くれぐれもあの毒液には気をつけるんだ。われらはだれもキュアポイズンが使えない。いざとなったら正悟よりも自分を守れ」
「って、キューさん、それどういう意味!?」
 外壁の上と往復して油壷を下ろしていた正悟だったが、聞きずてならないと問い返す。
 そりゃ、女性に身を挺して庇われるよりかは自分が浴びた方がマシだが、言い方ってものが…。
「貴公は肉体の完成があるだろうが」
「うっ…」
 そういやそうだった。
「大丈夫、心配しないでキュー」
 そう言おうとしたリカインだったが、言葉が喉につかえてうまく出てくれなかった。せめて表情で、とも思ったのだが…。
 分かっていると言うように、ぽんと二の腕を叩き、キューは離れた。
 言葉はなくても触れ合うだけで伝わる意思もある。
「行くぞ、カバ」
「カバではないっ!」
 でも素直にキューのあとをついていく河馬吸虎。
「では、われわれも行きましょう」
 冷線銃を抜く陽太の足元で、機晶犬が吼えた。


 計画は迅速に行われた。
 正悟が地面に油を撒く作業をする間、リカインがシールドバッシュで妨害しようとするワームからの毒液を防御する。陽太と機晶犬の攻撃にのけぞったところへ飛空艇に乗ったキューと河馬吸虎が上空から氷塊を落とす。
 さすがにワームも死ぬまで氷を食らい続けるほどバカではないので、さっさと穴の中に引っ込んでしまう。河馬吸虎は目論見がはずれたことにまたブチブチ言っていたが、キューと2人がかりの氷術で、10メートル以内の穴は二度と出てこれないよう氷を詰めて、確実にふさいでいった。
「これが最後の油壷、と」
 レッサーワイバーンの背中から取り上げて撒く。
 意外にも、油は町の外周を1周するだけの量があった。
「みんな、離れて」
 油をすべて撒ききったところでレッサーワイバーンに乗り、火を吹かせる。
 火は、油の道を生き物のように走って、町をおおった。


 ワームを寄せつけまいと立ち上がった火壁は、意外な効果をもたらした。
 熱をもったせいで地面が乾燥することをワームが嫌がり、穴から飛び出してきたのだ。
 もぐったとしても、長くもぐっていられずにすぐ飛び出してくる。しかも体の大半を地上にさらけ出して。
「ほんと、あの巨体で壁にビターンされるとまずいですね……というか、これってアレを彷彿しません? ほら、モグラがひょこひょこ穴から飛び出す……なんでしたっけ……モグラたた――」
「それは思っても口にするんじゃない」
 ここからは少し距離がある。炎の影響も計算に入れなければいけない。混戦になっているからセテカたち兵士に当たってもまずい。
 智宏は確実にワームへと当てるため、シャープシューターとスナイプを発動して巨獣狩りライフルを撃つ。
 そんな彼を見て、凜はちょっと肩をすくめると、火術による炎をサイコキネシスで操って弾の着弾箇所を焼くことに集中したのだった。


「あれを、完全にもぐれないようにすればいいわけだ」
 クレアはつい今しがた攻撃を避けたワームがもぐっていった穴を見た。
「ハンス、氷術だ」
「分かりました」
 彼女の意図するものを正確に理解して、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が穴の周辺に集中して氷術を放つ。ピシピシと地表が凍りついたところでクレアが火術で炎を撃ち込む。
 水攻め火攻め、そして熱い水蒸気でより穴の中を高温にし、さらにワームの皮膚呼吸を阻害する計画だ。
 それに耐え切れず、ワームが伸び上がったとき。
(ここだ! ここが俺様の名を知らしめる絶好のポイント!)
 きらーん。
 獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)の目は暗闇の中の新星の如く光った。
 彼は戦いが始まって以来、パートナーの神薙 魔太郎(かんなぎ・またろう)とともに兵士たちに混じって戦いながら、一秒たりとも周囲に目を配ることを怠らなかった。
 新しいフロンティア、カナンの地での初舞台。ここで活躍し、華々しくスポットライトを浴びることが俺様の野望に通じる第一歩だ。彼はそう信じて疑わなかった。
 それは、6匹のワームのうちで一番大きなワームを倒すことにほかならない。
 そして今、その巨大な1匹が彼のすぐ近くで、まるで高層ビルのように天を突く勢いで伸び上がった。
 これがチャンスでなくて何なのか?
(これを逃せば男じゃねぇぜ!)
「いっけぇ! ライトニング・ボルトーーー!!!」
 猛く叫び、龍牙は雷術を放った。
 あまりの出来事に、一瞬で周囲が固まる。
 全注目が集まる中、龍牙はビシッと親指で己を指し、こう宣言した。
「真打ちは遅れてやって来るモンだぜ? 貴様等覚えておけ。俺様は獅子導 龍牙。いずれこの世界を統べる男だ!
 今はそこのワームをぶったおーす!!」
「龍牙さま、僭越ながら私もおともさせていただきます」
 横に控えていた魔太郎が、深々とおじぎをしながら畏まり、ブロードソードを抜き放つ。
「私はバトラーでございますが、まだ転職して間もないので、剣を使わせていただきます!」
「うむ。
 行くぞ、魔太郎!」
 ハーフムーンロッドを手に、真正面からワームに向かって行く。
「……ばかはやめろっ」
 はっと正気に返ったクレアが止めようと手を伸ばしたが、一瞬遅く、龍牙は彼女の手をすり抜けた。
「うおおおおーっ!!」


 数々の攻撃に、ワームは激怒していた。
 突っ込んでくる龍牙に向け、毒液を次々と吐き出す。それを龍牙は避け、避けられないときは氷術で防いでいたが、完全に防ぎきれるものではなかった。
「龍牙さま!!」
 後ろを走っていた魔太郎が龍牙の背を突き飛ばし、身代わりとなって毒液を受ける。
「くっ……。申し訳ありません、あのような乱暴を…」
「魔太郎! しっかりしろ!!」
「すみません。あとはお任せします…」
 がくり。腕の中、頭を垂れて気を失った魔太郎を、そっと地面に寝かせる。
「きさま、よくも魔太郎を…。覚悟はできてんだろうなあ!? ――はあっ!!」
 鬼神力が発動した。
 龍牙の体が2メートル近く伸び、額から1本角がめきめきと音をたてて生える。
「……この手で八つ裂きにしてやる…」
 金色の瞳をぎらつかせ、龍牙は再びワームに突進した。
 右手と左手のこぶしそれぞれに火術と氷術をまとわせ、ワームに打ちかかる。こぶしはワームを焼き、凍らせ、砕いた。
 しかし無謀な行為であるのはかわらない。
 すっかり頭に血が上り、防御一切無視の彼は、そう時を置かずに毒液を受けて倒れてしまった。
「く……くそ…」
 鬼神化が解除され、元に戻った龍牙は地に這いつくばって呻く。
「フラワシ!」
 美悠の指示で、慈悲のフラワシが龍牙の元へ飛んでいき、ヒールをかけた。
 だがヒールでは体力を補充できても毒抜きはできない。
「体力が続くうちに門にいる麻衣たちの所へ連れてって!」
 外壁を指差す。距離があるため見えなかったが、そこでは天津 麻衣(あまつ・まい)レナ・ブランド(れな・ぶらんど)が亜衣の補助でけが人の回復治療を行っているはずだった。
「分かった! ジーナ!!」
「はーい、樹様。いきますよぉ〜」
 六連ミサイルポッド全弾発射!
 ドゴーーーーン!
 今まさに龍牙を飲み込まんとしていたワームにミサイルを撃ち込む。煙幕のように煙が立ち込める中、樹は突入し、龍牙を手早くバイクに拾い上げるとその場を離脱した。
 そのまま門の所へ運び、先につんであった魔太郎ともどもハインリヒに預ける。
「やれやれ。なんだったんだ? こいつは」
 ハインリヒはあきれ声でつぶやき、2人を肩に担ぎ上げると麻衣の元へ運んで行った。


「しっかし、面白いように飛び出してくるな!!」
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)はひょこひょこと穴から出てくるワームを見て、高笑った。
「美悠、ロープだ。あんなの相手にしくじるんじゃないぞ」
「分かってるよっ。あんたいちいちひと言多いんだよ!」
 ワームは苦しんで暴れていて、どんな動きをするか予想がつかない。用心のため、フォースフィールドを張った上で神矢 美悠(かみや・みゆう)はミラージュで近づいた。
「ゲーッ、間近で見たら、ほんと気色悪い! あんた、アシッドミスト受けたの? 頭ドロドロじゃん! やだやだ。こっち来んなよ、来たら殺すからね! てゆーか、来なくても殺すけどさ!」
 悪口雑言つきながらワームの1体にサイコキネシスでロープをくるくる巻きつけていたら。
「どけ! 邪魔だ美悠!」
 縛りつけられ動きを封じられたワームを、軽身功を用いて駆け上がったケーニッヒが、口内へ手榴弾を放り込んだ。
 体内での爆発が、弱っていたワームにとどめをさした。
「よし!」
 切り倒された大木のように倒れたワームに、グッとこぶしを突き上げる。
「何が「よし」よ! 上にいたあたしが危なかったじゃないか!!」
 ぽかぽかぽか。
 爆風を危ういところで逃れた美悠が、ケーニッヒの頭を連打する。
「2人とも、すぐ戻って。右が手薄になります!」
 ゴットリープの指示が飛んだ。
「うわー、なんか今日のフリンガーってばえらそう」
「この計画を全て立てたのはやつだからな。ルーキーと思ってたが、いつの間にかこんな指揮能力を身に着けやがって。コツコツと努力してきたんだろうな。なかなか見所のあるヤツだぜ」
 感心しきった声で言ったとき。
「それはどうかな。ちょっと慎重すぎるきらいがある。もう少し攻めが必要だと思うぞ」
 ハインリヒが走り寄ってきた。
「どうした? 門を守らなくていいのか?」
「今は火壁があるしな。おまえを見習って、俺もひとつ攻めてくるとしよう」
 光条兵器を手に、ハインリヒはワームへと向かって行った。


 火壁は長くは続かない。油が尽きれば終わりだ。
 町から補充を受け、正悟たちが火勢の弱った所にさらに油をつぎ足しているが、無限にあるわけでもないだろう。
 ゴッドリープは後方から戦線を見渡し、ふと気づいた。
 ヴァリアたちが2匹、ジーナが1匹、ハインリヒが1匹。そして今、全員で2匹を攻撃している。

 ワームの数が足りない。



「ばかな人たちね。モンスターは門など使ったりしないわ」
 門を守ろうとしている者たちを冷笑しつつ、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は火勢の弱っていた地面の火を踏み消した。
 少しあわてたように、ワームに追い詰められ、逃げ惑っていたように見えるよう、細工をしておこう。そうすれば疑われない。
「さあいらっしゃい、かわいい子。ここの地面は冷え始めているわよ」
 歌うように言い、喉を鳴らす。
 地下生物はこういったことに敏感だ。そして今、ワームは猛り狂っているはず。
 野生のそういった衝動は、警戒心を軽く押し流す。なぜここが冷えているかなど考えもせず、突き進んでくるだろう。
 壁に手をつき、向こう側に聞こえるよう、少し強めに叩く。
 そのとき。
「見ーちゃったっ」
 面白半分でワームにアシッドミストを放ったり、アンデッドを呼んでワームに食わせたりしていたゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、ファトラの不審な動きに気づいてレッサーワイバーンを寄せてきた。
「おーもしろいことしってまっすねぇ〜。もしかして、破壊工作ぅ? ネルガルにつくのかぁ? それとも、もうネルガルと接触しちゃってるとかぁ? うわっ、うわっ。それサイコー! 俺様もぜひお近づきになりたいわぁ〜」
「……くそ。面倒なやつがきた」
 混ぜて混ぜて、とオーラ全開にしているゲドーに、ファトラはしっしと手を振る。
 まるで野良犬を追い払うようなそのしぐさに、ぷくーとゲドーは頬を膨らませた。
(俺様だってネルガルについて遊びたいのに、のけ者なんてあんまりだ。
 俺様をのけ者にして、自分たちだけとり入ろうなんて……………………………………邪魔してやる)
「皆さーーーーん! 大変ですよーーー!! ここに裏切り者がいまーーーすっ」
「――くっ、こいつ…!」
 口元に手をあて、ゲドーが叫ぶと同時に、2匹のワームが2人の背後に出現した。



「あっ、要! 大変! あれを見て!」
 ゲドーの叫びに、最も近い距離でアルバトロスを操縦していた悠美香が気づいた。
 何を叫んだかまでは理解できなかったが、ワームが2匹、ファトラとゲドーを襲っているように見える。
 機首をそちらへ向け、旋回し、急行する。
 だがアルバトロスでは遅かった。
 ワームに気圧され、後退したファトラの手が、よろめいて壁につく。
 瞬間、壁に亀裂が走った。
「えっ!?」
 ファトラの手を中心に、四方走る巨大なひび割れ。
 ワームの前、瓦礫と化し、崩れ落ちる外壁。
 その向こうから姿を現したのは、悦に入って嗤う如月 和馬(きさらぎ・かずま)だった。

「これはきさまの仕業か!!! よくも!!」

 急行するアルバトロスから、要が機晶ロケットランチャーを撃ち込む。
 和馬は軽々とかわし、脇に準備してあったオイレに飛び乗った。
「どうだ? 見ろよ。これこそまさしく女王の加護だ。オレのような者にでも等しく女王の加護はある。
 これは、喜ぶべき事じゃないか?」
 目的を果たせば長居は無用とばかりに、和馬は逃走に移る。逃げ切れる自信はあった。この程度の修羅場など、幾度もくぐり抜けてきている。

 嘲笑の声を上げて飛び去る和馬と入れ替わるように、2匹のワームは、先を争ってメラムの町へと侵入した。