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第4章 氷の心

「あら灯りがあるのね・・・」
 地下2階を進みながらルカルカは壁に飾られているランタンや、ろうそくの灯りを邪魔そうに睨む。
「ここにいる魔女は暗闇でも目が利くわけじゃないみたいだな」
 通路の見回りをしている彼女たちに気づかれないよう、氷室 カイ(ひむろ・かい)が声を潜めて言う。
「足音と声はともかく、壁や床などに映る影には注意しないといけませんね」
 灯りの位置を見てサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)は影が見えないように下がり、見回りの者が廊下を通り過ぎるのを待つ。
「一番厄介なのがディテクトエビルよね」
 相手の害意を察知する術の対処をどうしたらいいものかと、ルカルカは口元に片手を当てて考え込む。
「十天君を倒すってことは魔女の味方に害を与えるってことだしな」
「あぁ〜そっか。さすがにそんな感情は隠しきれないものね」
「考えないようにしても、俺たちには無理だよな」
 非道の限りを尽くしてきた悪女どもに対して、隠すどころか多くの者を犠牲にして苦しめる女たちに対しての、恨みや怒りの感情が増すだけだと言いエースは苦笑いをする。
「フフッ確かにそうね」
 彼につられてルカルカが可笑しそうに笑う。
「この階段を上れば牢屋のあるフロアに行けるが。そっちはどうするんだ?」
「私たちは十天君たちを倒しに行くわ。捕まってるヴァーナーさんを助けに行っちゃったら、絶対に探知されるから行けないわね」
 階段の傍で足を止めるカイに聞かれ、オメガを苦しめる女を退治しに行くと言う。
「その思いだけで隠れながら進んでもばれてしまうな。オレとベディの2人で助けに向かうとしよう」
「うん、お願いね」
「捕われた者がどんな目に遭わされる分からないからな。急ぐぞ、ベディ」
 ルカルカたちと別れたカイとサーは捕らわれている少女の救出に向かう。
「東の塔へ行かなければいけないので、私も皆さんとは別行動になってしまいますね」
 不老不死の身体を欲する月代 由唯(つきしろ・ゆい)の研究を止めさせようと、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)も別行動となる。
「そうなの?」
「えぇ、すみません。どうしても助けたい人がいるんです」
 それだけ言うと彼は外庭を通って塔へ入ろうと、1階の扉を目指して走り去っていった。
「あんの大馬鹿者!何で妾たちに黙ってドッペルゲンガーの下に行ったのだ!」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は置いていかれたことにまだ腹を立て、怒りにぷるぷると身体を振るわせる。
「どうせ心配掛けない様にとか危ないからとか考えておるのだろうよ。まったく、もうちょっと信用して貰いたいものだな」
「私も言いたいことは沢山ありますけど。ここは抑えてください」
「あうう・・・。唯斗兄さん、何で1人で行っちゃったんですか・・・。酷いですよー・・・」
 どうして頼ってくれないのかと、悲しさのあまり紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がめそめそと泣いてしまう。
「もうすぐマスターのところへ行けますから。怒らないで、泣かないでください」
 おろおろとしながらもプラチナムが2人を宥める。
「なんだか大変そうね。途中までは一緒にいけると思うから、元気だしてね」
「うぅ、はい・・・」
 疲れた顔をする彼女を見かねたルカルカに慰められる。



「魔女さん、少しだけボクとお話してくれませんか?」
 牢に閉じ込められているヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は寒さで冷えきった床にしゃがみ、見張りの魔女に話しかける。
「何よ?」
「(うぅ・・・何だかいきなり言葉がこうげきてきです・・・)」
 うざったそうに振り向く相手の態度に、少女は悲しそうにしゅんとしてしまう。
「おねえちゃん、どうしてこんなコトするんですか?」
「あんたが私たちの研究をまったく理解しないで、くだらないこと言うからよ」
「つよくなってもスゴイぶきをつくっても、ダレかがもっとつよいぶきをつくったりしちゃうです・・・」
 ツンとした雰囲気で軽くあしらわれながらも、鉄格子を掴み必死に話しかける。
「みんな、いっしょに仲よくしたらそんなコトしなくてもだいじょうぶなんですよ・・・」
 争いごとがなければ武器なんて必要ない。
 そんなものを持たず互いに歩み寄ればいいと微笑みかけ、表情を変えず黙ったまま聞いている彼女に話を続ける。
「魔女さんじゃなくても、おいしいスィーツとかかわいいお洋服とかみんなつくれるんです!みんなそれぞれイイところがあるんですよ〜」
「―・・・言いたいことはそれだけ?」
「え・・・」
 ヴァーナーは表情を曇らせ、フンッと嘲笑う冷たい口調で言い放つ相手を見上げる。
「戦争の耐えない世の中だから、力を持って誰かが統治する必要があるのよ。力なき正義なんてこの世に存在しなんだからね」
「で、でも。むりやりいうことをきかすなんて、みんな嫌がっちゃうです」
「詭弁ね。皆がそう思ってるなら、最初から争いごとなんて起きないわ」
「た・・・たしかにそうです・・・でも・・・」
 優しき少女の思いは無残に砕かれてしまい、何を言えば止めてくれるのかと言葉を探すものの、いくら頭の中で考えても見つからない。
「私たちは他のやつらもちゃんと生活出来るように、住みやすくしてあげるの。別にいうことを利かないからって、命まで取ろうとは思ってないもの」
「そうなんですか・・・?」
「えぇ。でも、逆らえば下っ端として扱ってやるけどね」
「それじゃあみんな怒っちゃうですよ!そんなやり方はいけないですっ」
「うるさいわねぇ!歯向かうやつらを処罰するのは当然でしょ!?」
 ドガァアンッ。
 苛立つあまり魔女は鉄格子を蹴り、金属音が辺りに響き渡る。
「きゃうっ」
 驚いたヴァーナーはぺたんと地面に尻餅をつく。
 今すぐにでも魔法の餌食にしてやろうかという形相で睨まれ、その恐怖でぶるぶると身を振るわせる。
「(そろそろ危なそうね)」
 地下牢の見張りをしている遠野 歌菜(とおの・かな)は眼鏡のテンプルを摘み、今にも泣き出しそうな顔をするヴァーナーを助けようと、周りにいる見張りの魔女をちらりと見る。
「(まずい、気づかれちゃったわ)」
 鍵を奪おうと1人ずつ意識を落とそうと、手刀で頚動脈へ一撃をくらわそうとするが、他の魔女に気づかれてしまう。
 その片手を雷術で狙われ、とっさに飛び退きターゲットから離れる。
「ディテクトエビルね・・・」
「フッ、味方に害をなそうと近づく者も察知出来るのよ。まさか知らないわけじゃないでしょう?」
「(くっ、イージーミスなんて私らしくないわねっ)」
 早く助けなければと気ばかり焦ってしまったのか、探知の術を計算に入れていなかったようだ。
「(囲まれちゃったわね。せめて鍵でも手に入れて一旦逃げたいとこだけど、それも難しいかも・・・)」
 じりじりと詰め寄る者たちを見据え、悔しそうに舌打ちをする。
「う〜ん、捕縛だけは簡便して欲しいわ。―・・・・・・あっ・・・」
 過度際でこちらの様子を窺っている者の影を見つけて小さく声を上げる。
「仕方ないわね、降参するわ。さっさと捕まえてよ」
 抵抗しないように見せかけようと両手を上げ、手首に鍵がついたバンドをつけている魔女の傍へ寄る。
 影の主たちは互いに頷き合い、その1人が牢の見張りに向かって光術を放つ。
「目晦まし!?向こうに誰かいるわっ」
 不意打ちをくらった魔女たちが騒ぎ立てる。
 もう1人の影が鍵を持つ者の懐へ飛び込み、腹に拳をくらわして気絶させてバンドから毟るように奪う。
「いま出してやるからな」
 その鍵で牢屋の扉を開けて、ヴァーナーを拘束している足枷などを外してやる。
「ありがとうですっ」
「礼はいい。この牢の中にいると全てのスキルが使えないみたいなんだ。早く出るぞ」
「はいです!」
「とじこめてられている人だけ何も使えなくなっちゃうんですか」
 カイに助け起こしてもらい脱獄する。
「牢の中で脱獄しようとする者を拘束するために、十天君とその協力者たち以外だけ封じられない仕組みになっているんだろうな」
「貴様ら・・・まとめて捕縛してやるわ!」
 少女を助け出そうとする彼を狙おうと、嵐のフラワシに襲いかからせる。
「嫌です、こないでくださいっ」
 ケタケタと笑いながら迫る者を見上げ、またもやヴァーナーはぺたんと床に座りこんでしまう。
 少女の悲鳴を聞き駆けつけたレキが弾幕援護を張りフラワシの視界を遮る。
「今のうちに逃げてっ」
「あぁ、すまない」
 カイは、怯えて動けないヴァーナーの身体を抱えて走る。
「ベディ、頼む」
「了解です、カイさん」
 彼の合図でサーは追ってくる者たちへ光術を放ち目晦ましをする。
「ちくしょう、逃げられたわっ」
 きぃいっと頭に血が上った魔女たちが大声を上げて怒鳴り、侵入者が現れたと無線で仲間に連絡する。
「保管庫はどの辺りだ?」
「牢の見張りしかさせてもらえなかったから、自由に動けなかったからちょっと分からないですね」
 奪われたヴァーナーの武器が保管されている場所をカイに聞かれ、しょんぼりとした表情で歌菜が左右に首を振る。
「見て、魔女たちがいっぱいいるよ」
「そこにドアがあるアル」
 ちょいちょいとレキの肩を突っつき、チムチムがドアを指差す。
「私にいいアイデアがあります♪」
 歌菜は侵入者にボロボロにやられたフリをしようと服を千切る。
「うわぁあん、侵入者に牢屋を破られたーーっ!」
 保管庫を見張っている魔女を誘き寄せるため、大声を上げて通路を走っていく。
「そうみたいね。他の者が対処しに行ってるから、私たちはここで待機よ」
 対して驚くことなく冷静な口調で言う。
 この者たちはすでに牢を襲撃されたと連絡を受けてしまっている。
 彼女はそうとも知らずに、どうやってドアの傍から引き離そうか考え込んでしまう。
「こうなったらチムチムが行くアル。レキ、このケースを持っているアル」
「えぇ!?あわっ、これじゃあ手が塞がっちゃうよ」
 小動物が入れられているケースを渡され、落ちそうになるそれを慌てて抱える。
「私が持っていましょうか?」
「うん、お願いするね」
 大事そうに檻を持っているイナに渡し、もう片方の手で持ってもらう。
「(ここまでついてきちゃいましたけど。不老不死でなくなった人たちを説得しに戻るのは難しそうですね)」
 検体になった人の身体の激変が心配だったが、それよりも目の前にいる命がまた消されてしまうかもしれないと思い、ラットたちを助けることを優先してしまった。
 手が自由になり身軽になったチムチムの方は、保管庫の鍵を奪おうと魔女たちに忍び寄る。
「―・・・あぁぁあ!?」
 ディテクトエビルで即気づかれ、サンダーブラストの洗礼をくらいそうになってしまう。
「悪いことはしちゃダメ、アル」
 ロッドを叩き落し、真正面からぎゅむっと見張りに抱き込み諭す。
 バタンッとドミノ倒しのように2人の魔女を重さで気絶させる。
 彼女たちのポケットを漁り、見つけた鍵でドアを開けてヴァーナーの武器を回収する。
「取り戻したアルヨ〜」
「ありがとうですっ」
 幻槍モノケロスを受け取り、嬉しそうに彼女へ礼を言う。
「ここにいるのはまずいですね。皆さん、早く出ましょう」
 バタバタと走る魔女たちの足音を聞き、イナはその場を逃れようと小さな声音で話す。
「ボクはドッペルゲンガーのオメガちゃんと、ちょっとお話があるです・・・」
「そうなんですか・・・。1人で大丈夫ですか?」
「悪い人たちからはなれるように説得してみたいんです」
「そっか。ボクたちは地下水路から外に出ちゃうけど、気をつけてね」
「はいですっ」
 ヴァーナーはもう1人のオメガを探しに行き、レキたちは出口がある地下2階へ向かった。



「―・・・魔女が何人かいるわね。クマラばかり魔女を引き離させるより・・・」
「ルカ、どうして俺を見る!?」
 何かを頼みたそうにじっと見つめられ、夏侯 淵(かこう・えん)は思わず後退りする。
「本物の魔女がやった方がいいからオイラがいくよ」
 拒否する彼を見て仕方なくクマラが大広間へ行く。
「3階ってカフェだよね。そこで美味しいお菓子もらってダンスフロアに行かない?」
「いいわよ、行こう♪」
 1階でたむろしていた魔女たちが少年についていく。
「今のうちだ、早く塔へ向かってくれ」
「ありがとうございます!」
 睡蓮たちはぺこっとお辞儀をし、エースたちに礼を言い西の塔へ向かう。
「俺たちはしばらくここで待機だな」
 協力者が魔女の対処をしてくれるのを待つ。