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リアクション
「フフフ……流石は伝説の魔法少女です。ですが……これで勝負あり、ですね」
「は、離してくださいですー」
無数の触手に四肢を縛り上げられた豊美ちゃんを見つめ、アルコリアが笑みをこぼす。どこから触手が現れたとかは気にしてはいけない。魔法少女のお約束というものである。
「こんなことして、何するつもりですかー」
「何をする、ですか? フフ……決まってるではありませんか」
意味深に呟き、アルコリアがパチン、と指を鳴らすと、
「ママー、よんだー!?」
マヤられたはずの眞綾が現れ、アルコリアの前に立つ。
「さあ、まぁやちゃん。そのカメラで、豊美ちゃんの魔法衣装の下を激写するのです!」
「げきしゃげきしゃ〜」
アルコリアに指示され、いつの間にやらカメラを手にした眞綾が、豊美ちゃんの元へと駆け寄る。
「や、やめて下さいー!!」
ジタバタともがくが、触手は巧妙に絡みついて解けそうにない。それどころか、触手のうちの一本が豊美ちゃんのスカートに伸び、ゆっくりとまくり上げていく。
「ふっふっふ〜、でんせつのまほーしょーじょの『すくーぷしゃしん』いっただき〜」
眞綾がカメラを覗き込み、レンズが豊美ちゃんの秘密を収めようとした矢先、斬撃音が四つ響き、豊美ちゃんを縛っていた触手が切断される。切られた触手は粘液を噴き上げ、萎れるように地面に消えていった。
「うおっと! ご主人、俺様の使いが荒いぜ!」
地面に落ちそうになる豊美ちゃんを、滑り込んだベアがキャッチし、暴れ回る触手の欠片に苦戦しながら一つずつ引き剥がしていく。その背後では、
「うえぇ〜、ようじょにべとべとのえきとかダメだとおもう〜」
触手から噴き上げられた粘液の直撃を食らって、眞綾が粘液まみれになっていた。激写どころか顔射――ゲフンゲフン、このくらいにしておこう。
「……あら、これは予想外です。誰も踏み込めないと思っていましたのに」
一人が一騎当千のパートナー二人を掻い潜り、自分のところまでやって来たことに、アルコリアは驚いているようであった。
魔弾と魔弾がぶつかり合い、相殺され辺りに衝撃波を撒き散らす。そんな光景が二度、三度どころではなく十回、二十回と繰り返される。
「魔力開放……禁書目録に名を連ねる我が眷属よ、地獄の門を開け! コキュートス!」
表情に余裕を無くしたナコトの、撃ち出した魔弾に自ら発射する魔弾をぶつけて、やはり相殺させた魔穂香が、肩で息をして六兵衛に答える。
「……もう疲れたんだけど」
「普段動いてないからッスよ! 明らかに運動不足ッス! 若いからって怠けるとろくな事にならないッスよ!」
「耳元で騒がないでよ、うるさいわね! あなた私のマスコットなんでしょ、何か役に立つことしなさいよ」
「もう十分、魔力をふんだんに使えるようにしてるッス! 体力不足は魔穂香さんの自業自得ッス!」
その間にも、魔弾はひっきりなしに飛んでくる。
「……あ、そっか。疲れるなら動かなきゃいいのよね。運動は弾にしてもらえばいいわ」
「何かとてもダメな発言を聞いた気がするッス! もうワケが分からないッスよ!」
六兵衛のツッコミを聞き流して、魔穂香が足を止め、銃の動きすら止め、ただただトリガーを引き続ける。しかし発射された魔弾は、驚異的な誘導性を以て空中を舞い、発射された魔弾を撃ち落とし、ついにナコトをターゲットに収める。
「きゃあああ!!」
衝撃を受け、ナコトが吹き飛ばされる。圧倒的な攻撃力を持つ彼女も、流石に一発二発もらえば、無事では済まない。
「……このわたくしが、敗北? ありえませんわね!」
ふらつきながらも立ち上がったナコトが、自らの全魔力を放出する秘術を繰り出さんとする。
「魔力よ膨張せよ――」
しかし、その攻撃は背後からの、シーマのランスの一撃で防がれる。
「ボクは死人を出さないと決めたからな。……さて、ここは一旦離脱を図るか。アルコリアは……まぁ、死にはしないだろう」
グッタリとしたナコトを担いで、シーマが戦場から離脱を図る――。
「魔法少女がそのような武装で戦って、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ、問題ない! ていうか、あんたが言うなー!!」
ケイの繰り出した血煙爪と、アルコリアの突き出した牙が触れ合い、両者は一歩も譲らない。それどころか、何度も交錯を繰り返していくうち、ケイの攻撃がより鋭く、より重く、そして何故か衣装が可愛くなっていくようであった。
「……もっとだ! もっと! もっと輝けぇぇーー!!」
全身を光に包みながら、ケイが徐々にアルコリアを押し込んでいく。
「ケイ、凄い……!」
「そう、あれこそがケイが示す魔法少女の真の姿……魔法少女としての力が増せば増すほど、可愛くなるのだ」
「えーと……そ、そうだったんですか、凄いですー」
感嘆するソアと解説を行うカナタの横で、豊美ちゃんが果たして本当なのかどうか疑問の表情を浮かべる。その間にも二人の戦いは決着を迎えていた。ケイの二本の血煙爪が、アルコリアの四肢を捉え、衝撃で吹き飛ばされたアルコリアは流石に、立っているのがやっとといった状態であった。
「魔穂香ちゃんが説得されてしまうとは……やはり、流れは変えられぬものでしょうか。せめて一枚、豊美ちゃんの『ぱんつはいてない』を写真に収めたかったのですが――」
「だから、それはやめて下さいー!!」
叫びと共に放った豊美ちゃんの『陽乃光一貫』が、アルコリアを包み込む。光が消えた先にしかし、アルコリアの姿はなかったのを見ると、直撃を受ける前に撤退したのだろう。
そして、ここでの戦闘が終了した頃、他でも起きていた戦闘は収束に向かっていた。衝突をしていた魔法少女たちは、流石にちょっとやり過ぎたことを反省しているようで、その後の復興作業を真面目に取り組んでいた。
「あなたが魔穂香さんですねー。私、飛鳥豊美って言いますー。豊美ちゃん、って呼んでもらって結構ですよー」
「……馬口魔穂香です」
笑顔を浮かべながら自己紹介する豊美ちゃんに、つられる形で魔穂香も挨拶をする。特に日本人にとって、豊美ちゃんは一種崇拝の対象でもあったことが、もしかしたら影響しているかも知れなかった。
「魔穂香さんは、どうして魔法少女になったんですかー?」
「…………」
豊美ちゃんのストレートな質問に、魔穂香はしばらく押し黙っていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……魔法少女になれば、何でも出来る、変われる、って思った。……だけど、実際なってみても、何でも出来るわけじゃないし、あんまり変わらなかった。おまけになんか魔法少女ってすごいたくさんいるし、これなら別に、私がわざわざ魔法少女やらなくてもいいかな、って思った」
「なるほど、そうでしたかー」
うんうん、と頷いた豊美ちゃんが、次に口にした言葉は。
「魔穂香さんは、これからも魔法少女を続けるのですかー?」
「……え?」
その言葉は予想外だ、と言わんばかりに魔穂香が声を上げる。それを察したか、豊美ちゃんが先んじて答える。
「魔法少女になった理由は人それぞれで、どの理由も正しいと思うので、私がどうこう言うことは出来ないんですよー」
えへへ、と笑う豊美ちゃん。魔穂香がここで豊美ちゃんにお仕置きされないのも、魔穂香が魔法少女として、豊美ちゃんが思う正しい行いをしていないと判断されていないから――ツアーの件は無関係でもないだろうが、それも今回の件で相殺ということにしたらしい――であった。
「私が、魔法少女になって、したいこと……」
言われて初めて、魔穂香はそれを考えていなかったことに気付かされる。そして、それは今考えたところでポン、と出てくるものではなかった。
「もし分からないようでしたら、まずはやってみてはいかがでしょうかー。……ああっ、また私言ってしまいましたー」
やっぱり口を滑らせた豊美ちゃんが、頭を抱える。自分が魔法少女だからといって人に薦めるのは無責任でもあると本人も分かっているが、ついつい誘ってしまうのは、意思ある生き物の性なのかもしれない。
「……よく分からないけど、まあ、辞めたいとも思わないし……だったら、今のままでいようかな、って」
「なんだよ、中途半端な回答だな。ここはもう一発俺様が――いってぇ!」
「ベア、今度やったら本気出しますよ?」
腕をまくるような動作を見せたベアが、横からソアに叩かれうずくまる。
「じゃあ、これからご一緒することがあるかもですねー。その時はよろしくですー」
豊美ちゃんがスッ、と手を差し出す。
「…………よろしく」
少しだけ躊躇して、魔穂香も手を出し、二つの手が結ばれる。
「ううっ、伝説の魔法少女と最強の魔法少女の握手が見られるなんて、生きてて良かったッス」
「わ、凄いですー。魔穂香さんは最強なんですかー?」
「……豊美ちゃん、こいつの言うこと真に受けなくていいから」
大袈裟に泣く六兵衛を、呆れた表情で見遣りながら、魔穂香は自分がいつの間にか『豊美ちゃん』と呼んでいたことに気付く。
「はいですー」
そして、豊美ちゃんに笑顔を向けられた魔穂香は、まあ、いいか、と思うのであった――。
それからしばらくした後、円と歩の提案した『第二回魔法少女ツアー』は、『豊浦宮』と『INQB』合同で開催されることになった。
「ほら魔穂香さん、『INQB』の看板魔法少女なんスから、もっとしゃんとしてください。それにやっぱりジャージはダサいッス」
「いいじゃない、ジャージ履いてる魔法少女がいたって」
「良くないッス! ……はぁ、少しは変わったと思ったッスけど、なかなか上手くは行かないッスね……」
そんなやり取りを交わし合う魔穂香と六兵衛の元に、豊美ちゃんと馬宿がやって来る。
「おはようございますー。今日はよろしくお願いしますー」
「……こちらこそよろしく」
ぺこり、と頭を下げる豊美ちゃんに、魔穂香が姿勢を正して答える。
「ま、これから、といったところだろ。お前も気長に見守ってやることだな」
「き、聞いてたッスか!? 流石は聖徳太子の英霊ッスね」
しばらくそんなやり取りが交わされた後、本日の旅行者を乗せたバスが到着する。期待と不安をないまぜにしたような表情を浮かべる旅行者を、豊美ちゃんと魔穂香が並んで出迎える。
「パラミタへようこそ! これから私たち、魔法少女が皆さんをご案内いたします!」