校長室
貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
リアクション公開中!
第13章(3) 「はい、頼まれた花。お釣りは貰うよ?」 家へと帰って来たラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)がラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)へと袋を渡す。ちゃっかりお釣りを自分の物にするが、ラムズは特に咎める事も無く、買ってきて貰ったシルフィスの花を花瓶に移し変えようとしていた。 それをただ何となく眺めていたラヴィニアが不意に帰りに抱いた疑問を思い出した。一日ごとに記憶が白紙に戻るという奇病を抱えるラムズに尋ねるタイミングは今日しか無いので、早速本人に聞いてみる事にする。 「ねぇ、ラムズは誰に花を贈るの? やっぱり師匠?」 師匠とは、ラムズの日記を基にして生まれた魔道書だ。ラムズはその日記に記した内容を読む事でその都度欠落した記憶を補っている。ならばラムズにとってその相手は母以上に感謝する相手と言える。花を贈ったとしても不思議では無いだろう。 だが、ラムズは静かに首を振る。 「いいえ、これを贈る相手は――」 他人であり、自分を一日生き長らえさせ、今日の自分を生んでくれた『母』。それは―― ――私が贈りたい相手は、『昨日までの私』ですよ―― 「緋翠、はいこれ!」 自宅に帰って来た水鏡 和葉(みかがみ・かずは)が神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)にシルフィスの花を渡す。緋翠は突然の事に目を瞬かせながら、何とか疑問を口に出した。 「えぇと……これは何ですか? 今日は何か特別な日でしたっけ?」 「うん、明日は母の日っていう母親に感謝する日なんだけど、ツァンダではそれに近い相手にもこのシルフィスの花を贈る人達がいるんだって。だから緋翠に贈ろうと思って買ってきたんだ!」 和葉の説明に言葉を失くす緋翠。その後ろではメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)が必死に笑いを堪えているのが見えた。 「え、あれ? 何で笑ってるの? ボク何か間違えた?」 「いいえ、間違って無いと思うわ。ただちょっとおかしくて……」 メープルが笑いを堪えている理由は午前中の緋翠との会話が原因だった。その時に二人は『緋翠は和葉とルアークの母親みたい』という事を言っていたのだが、まさかその当人から母の日としての花を貰う事になるとは思っても見なかったからだ。 「と、とにかく受け取ってあげたら? 緋翠」 「え、えぇ。その……有り難うございます、和葉」 笑顔ではあるのだが、どこか複雑な表情をしながら花を受け取る緋翠。そんな彼を見て、和葉は何か変な事をしただろうかと首を傾げるのだった。 「あれぇ……?」 「それで、透矢さんから連絡を受けて大荒野まで行っていたのですね」 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は榊 朝斗(さかき・あさと)から今日あった出来事を聞いていた。朝からツァンダに出かけていたルシェンに対し、朝斗は本来家でのんびりしているはずだった。それが帰ってみたら誰もいなかったので、どこに出かけたのか不思議になって尋ねてみた所、予想以上の事があったという訳だ。 「でも、それなら残念でしたね……私達も花梨さんと会っていたので、せっかくですから皆さん達みたいに花梨さんのお家にお邪魔すれば良かったです」 「そうだね。ちょっと惜しい事をしたかな……でも、その代わりこれを買って来る事が出来たんだ」 そう言って朝斗が白い花束を取り出す。それは、ルシェンがツァンダの花屋で見た広告に描かれている物と同じ花だった。 「シルフィスの花……ですよね。私が頂いていいのですか?」 「うん、母親じゃなくても、いつも支えてくれるルシェンがいなかったら今の自分は無いから」 自分の身に起きる不思議な現象。それらの時、ルシェンの存在によって自分を取り戻す事もあった。だから朝斗がこの花を贈るのであれば、ルシェン以上に相応しい存在はいない。 「いつも有り難う。それと……これからもよろしく、ルシェン」 「……はい、朝斗……」 「ん? 花?」 ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)が手元の花と、贈り主である月谷 要(つきたに・かなめ)、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の二人を見比べる。母の日の内容を『自分には関係無いんだろう』と興味すら持たずにいたルーフェリアには、何故二人が花を渡してくるのかが理解出来ていなかった。 「ツァンダの方でやってる母の日をちょっといじった奴のプレゼント。俺と悠美香から」 「いつもルーさんにはお世話になってるもの。このくらいは贈らせて頂戴」 「ツァンダでやってる母の日ねぇ……て事はあれがそうだったのか。ま、いいや。俺にくれるってんなら受け取らせて貰うさ。ありがとな」 早速花瓶を探しに隣の部屋に行くルーフェリア。残された悠美香が要に囁いた。 「良かったわね、要。渡す事が出来て」 「あぁ……」 悠美香は既に花を渡せるような相手は殆どいなく、その数少ない相手がルーフェリアだった。 そして要は実の両親だけでなく、孤児となった要を拾って育ててくれた『師匠』をも失っていた。一応現在の親代わりである兄弟子が地球にいる事はいるのだが、パラミタで花を贈る相手となると、やはり思い浮かぶのはルーフェリアだった。 「おい、何やってんだ? 二人共。もう飯は出来てるから、早くこっちに来いよ」 そんな二人の大切な相手であるルーフェリアが隣の部屋から呼びかける。二人は一瞬顔を見合わせて微笑を浮かべると、いつも通りの賑やかな食卓へと向かうのだった。 「ロゼ、大丈夫?」 ベッドに横になる九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)を九条 レオン(くじょう・れおん)が心配そうに看病する。ローズはあの後怪我をしている運転手達を治療したのは良かったが、そこで身体に限界が来て熱で倒れてしまったのだ。 今は自宅に帰り、冬月 学人(ふゆつき・がくと)とシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)に家の事を任せて完全に休養状態だ。 「大丈夫……と言いたいけど、無理をして余計に心配をかける訳にはいかないよね」 ローズが力無く笑う。そして、力を振り絞ってベッドから手を伸ばし、レオンの頭を撫でた。 「ごめんね、レオン。私は自分の事と先の事ばかり考えていて、すぐそばのレオン達を心配させてる事に気付いて無かった……今回の事は凄く反省してる」 「いいの、ロゼ。今は早く元気になってくれればいいから」 そう言ってレオンが首を振る。ローズは優しいレオンの頭をもう一度撫でながら、机に置かれている花瓶に目をやった。そこにはレオンがローズへと贈ったシルフィスの花が活けてある。 「そういえば、学人とシンにもあげたんだって? シルフィスの花」 「うん、二人共喜んでくれたよ」 「そうか……熱が下がったら二人に贈った花も見てみたいな」 「凄く綺麗だよ。だから……早く良くなってね、ロゼ」 レオンに頷き、身体を休める為に一眠りする。体調が良くなったら遅くなったレオンの誕生会をしよう。そんな事を思いながら、ローズは思考がまどろんでいくのを感じていた。 「お帰りなさい、二人共。首尾はどうでした?」 レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が三船 敬一(みふね・けいいち)と白河 淋(しらかわ・りん)を出迎える。 「一応無事に解決だ。トラックの方はツァンダ方面の篁達に任せてきたがな」 「そうですか。その割には結構時間がかかったみたいですね」 「盗賊達の護送を教導団の管轄下で行いましたからね。私と三船さんもそれに立ち会っていたのです」 「なるほど。ではお疲れでしょう。もう夕食の支度は出来ていますから先に着替えて来て下さい」 「あぁ待った、エアハルト」 リビングに戻ろうとするレギーナを敬一が呼び止める。そして後ろ手に持っていた花束を差し出した。 「おや……これがシルフィスの花ですか。ヴァイシャリーの外れの方に行かないと生えていないので、実際に見るのは初めてですね。これは依頼の報酬か何かですか?」 「いや、俺と白河で買った物だ。エアハルトに渡そうと思ってな」 「今日はお休みさせて頂いたのに、花束まであるとは申し訳無いくらいですね。ですが、有り難く頂戴しますよ、二人共」 レギーナが花束を受け取る。包帯で顔を隠している為に表情は分からないが、きっと喜んでくれているだろう。敬一と淋はそんな確信を持っていた。 「ん〜美味しい! やっぱりニケのカレーは最高ね」 ヒラニプラ郊外の洋館。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が満足そうな顔でニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)の作った夕食を食べていく。特に今日は良く動いた為、空腹という最高の調味料も加わっていた。 「有り難う、ルカ。今日はお疲れだったみたいね」 ニケが食卓の中央に飾られている、シルフィスの花を活けた花瓶を見る。聞いた話だと、これを始めとしたトラックの積荷を奪還する為に色々と動き回っていたとか。 「まぁね〜。でも、結構楽しいハイキングだったかな」 「そのハイキングでこんなに綺麗な花を摘んで来たのね」 ルカルカ独自の表現にニケが乗る。そうして笑った後、ニケは改めてルカルカにお礼を言った。 「でも有り難う。こんな綺麗な花を貰って本当に嬉しいわ」 シルフィスの花は母の日に関連して贈るようになった花。つまりルカルカ達にとって、ニケは一家の母と思われているという事だ。 なら、自分は皆の帰る家を護り、そして時には共に行動してルカルカ達を護ろう。 ニケはそう決意して、大切な家族に向けて優しく微笑むのだった。 「その……リツ、これを受け取ってくれ」 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)にシルフィスの花を渡す。それを受け取った瞬間リッチェンスは肩を震わせ、次に千歳の胸に飛び込もうとした。 「ダーリン……とうとう私の愛を受け入れてくれる気になったのですね〜!」 「 待 て 」 リッチェンスの頭を押さえつける。 「この花はツァンダの花屋で行っている母の日に関連した物でな、その……実の母でなくとも、それに近い存在であれば渡せる風習を根付かせようとしているらしい」 一瞬千歳が言いよどむ。千歳のパートナーであるリッチェンスとイルマ・レスト(いるま・れすと)は共に母親がいないので、その話題を千歳が振る事には抵抗があるのだ。 ――実を言うと、当の二人は千歳が思うほどには気にしていないのだが。 「じゃあ、この花はそういう存在であるという事で私に?」 「まぁ母親とも母親的存在とも違うが、元々そういう細かい事を抜きにする為にカーネーションではなくシルフィスの花を贈る事にしているらしいからな。別にこれをリツに贈るのが駄目という事は無いだろう」 「母とも母親的存在とも違う……つまり、それはつまりヨメなのですね〜!」 「 だ か ら 待 て 」 再び飛び込もうとするリッチェンスの頭を押さえつける。そこを否定しても堂々巡りになりそうなので、無視して話を先に進める事にした。 「それで、だ。今回は私から誘ったのに、約束を反故にしてしまい、すまなかった。リツが許してくれるなら、また日を改めて食事にでも行きたいと思うのだが、どうだろうか?」 「……今度は事件があっても置いていかないです? ノーモアお留守番なのですよ?」 「ノーモア……? まぁそうだな。判官という立場上何が起きても優先するとは言えないが、せめてリツを一人にしない努力くらいはさせて貰うつもりだ」 「分かったのです。それなら……また今度二人っきりでデートするのですよ〜!」 「 だ か ら 待 て と い う に ! 」 結局別の形で堂々巡りになる二人だった。