リアクション
イルミンスールの白書 「それでは、第一回雪だるま王国財政再建会議を行います。僭越ながら、俺は今回の議長を務めさせていただきます、雪だるま王国お台所の火消し、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、登庁! と申します。よろしくお願いいたします」 クロセル・ラインツァートが、会議室にという名の自室に集まった者たちを前にして言った。 「はい、議長」 「なんですか、リトルスノー議員」 すっと、甲冑の腕を上げた魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)を、クロセル・ラインツァートがさした。 「今ごろ第一回というのが、王国の末期的症状をあらわしていると思うのですの」 「そこは突っ込まないでください。何ごとにも始まりというものがあります」 クロセル・ラインツァートが言ったとたん、壁の高い位置に貼りつけてあった『第一回だるま王国財政再建会議』と書いた看板が、ガタンと斜めになった。不吉である。 「現在の雪だるま王国の状況は深刻です。先日のイナテミス攻防戦で、人的被害はほぼなかったものの、多大な経済的被害を被りました。戦とは、常にお金がかかるものなのです」 「税金で、そのへんは補填できているのではござらぬか?」 童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)がクロセル・ラインツァートに聞き返した。 「いい指摘ですね、スノーマン議員。ところで、雪だるま王国の税金とは、ずばり、なんゴルダでしょうか?」 「もちろん、すばらしき雪だるまが税金……」 「はーい、雪だるまは王国では価値ある物でも、諸外国に対して経済価値は限りなくゼロですの」 胸を張る童話スノーマンを尻目に、魔鎧リトルスノーが現実を突きつけた。 「せ、責任者を呼ぶでござる」 価値ゼロと聞いて、童話スノーマンが叫んだ。 「確かに、このままでは財政火だるま王国に改名しないといけないかもしれません。ひとまず、空京にある『雪だるまカンパニー』と『魔槍グループ』の御当地ショップから、細々とした収入は入ってきますが、とても充分とは言えません。そこで、俺に提案があります。我が雪だるま王国の観光立国を目指すのです。王国の涼しさを生かして、夏は避暑地、冬はウィンタースポーツの聖地として観光客を集めて、彼らの懐からゴルダを搾り取るのです。どうです、名案でしょう」 クロセル・ラインツァートが、完璧に黒セルモードになって自慢げに言った。 「そこで、税収として保管してある雪だるまをグッズショップ販売します。当然、持ち帰られた雪だるまは溶けてしまいますから、リピーターはまた雪だるまを買うというお得なスパイラル商法です」 いや、それは一度で懲りてしまうと思うのだが……。 「何を言っていますの。そんなことだから、財政が火の車なんですの。むしろ、ここは雪だるま王国の立地条件を生かすべきですの。エリュシオン帝国に面した危険な場所ではありますが、キマクに物資を運ぶ帝国の船がパラミタ内海を通ってやってくるさいのルート上にある重要な中継ポイントとなりうるですの。それに、コンロンやカナンとの交易も可能ですの。ですから、ここは交易都市を名乗って流通の拠点を気づきつつ、素通りしようとする船から通行税を搾り取って栄えるんですの」 「いや、払ってくれなかったらどうするんです」 「撃ち落とすだけですの」 それは無理だと、クロセル・ラインツァートが心の中で叫んだ。戦う資金すらないからどうしようかというのであって、エリュシオンの輸送船を撃墜できるほどの戦力を維持できる経済力が最初からあるならばこんな苦労はしない。 「このままではジリ貧でござるな。観光や交易もいいでござるが、こんな最前線の王国に好きこのんでやってくる観光客や企業は少数派でござろう。ここは守りではなく、あえて打って出ることを提案するでござる。王国中で働いている雪だるまたちを、各都市に労働力として派遣するでござる。その賃金を集めれば、かなりの額になるのではござらぬか」 「でも、王国の外では、彼らは溶けてしまいますよ」 そのとおりだ。 「IMFはどうですの?」 「断られました」 「国債を発行して……」 「買ってくれる人がいませんでした。それ以前に印刷費がありません」 「はあ〜」 最後には、三人全員が深い溜め息をついた。 「こうなったら……」 「こうなったら?」 「どうするでござるか?」 口を開いたクロセル・ラインツァートに、魔鎧リトルスノーと童話スノーマンが聞き返した。 「機先を制する怒涛の一撃……出稼ぎしかありません! 俺たちが外で働いて、その賃金を王国に寄付という形で納めるのです」 「でも、どんな仕事をするですの?」 「そうですね、手っとり早いのでは、キマクで盗賊狩りをして、その強奪品をさらに強奪するとか……」 なんだか、話が危ない方向にシフトしていく。 結局、クロセル・ラインツァートの最終提案も表向きは却下され、結論は第二回に持ち越されたのであった。 ★ ★ ★ 「霧の事件も解決しましたし、また安心して森を散策できますね、姉さま」 「ええ、そうよね」 バスケットを腕に提げながら、『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)と『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が、このときはまだ平和であったイルミンスールの森でキノコ狩りをしていた。まさか、この後でイルミンスールの森が先日の霧事件以上の惨状になるとは、このときはまだ想像もしていない。 新入生歓迎会での薬草学研究会の催し物『実験!アーデルハイトのスペアボディ!』の準備のために、材料となるキノコを探しているわけだが、なかなか気に入った物は見つからないでいた。 「エリザベートさん曰く、毒々しいキノコの方がいいとのことでしたが……困りました」 『地底迷宮』ミファの美的感覚からすると、ちっちゃなキノコたちはどんなに毒々しくてもかわいく見えてしまう。どこからが毒々しいのか、ちょっと分からないで困っているというところだ。 「イルミンスールの森のキノコなら適当でいいみたいよ」 「それじゃあ、適当にたくさん持っていっちゃいましょう」 『空中庭園』ソラに言われて、『地底迷宮』ミファが手当たり次第にキノコをバスケットに詰め込んでいった。 「キノコの他にも、何か珍しい花とかないかしら」 この間は黒蓮が生えていたのだから、うまくすれば輝睡蓮もあるかもしれないと、淡い期待を持って『空中庭園』ソラが、茂みなどをキョロキョロと見回した。 すると、突然近くの茂みでがさがさと音がした。 「クマ?」 何かいると、二人の少女が身構える。 「あ、誰かいるよ」 「挨拶しよう」 「こんにちは〜!」 突然茂みから三人の少女たちが飛び出してくると、キックとパンチと頭突きを繰り出してきた。 「危ない、お姉様!」 とっさに飛び出した『地底迷宮』ミファが、『空中庭園』ソラの盾となって三人の攻撃を一身に受ける。 「こ、この感覚は、メイちゃん!? きゅう……」 相手の正体に気づいた『地底迷宮』ミファであったが、以前と同じように気絶してしまった。 「いきなり何をするの……って、あなたたち、まさかあの三人なの?」 話だけは聞いていたが、人間体のメイちゃん、コンちゃん、ランちゃんたちは初めて見る『空中庭園』ソラが目を白黒させて驚いた。 「あいたたたた……。こんな所で何をしているの?」 大事にはいたらず、すぐに意識を取り戻した『地底迷宮』ミファがランちゃんたちに訊ねた。 「もちろんパトロールです!」 とげとげのついたボンボンで髪を二つに分けたメイちゃんが、元気に答える。うんうんと、ポニーテールの先に髪留めをつけたランちゃんと、長い黒髪をストレートに下ろしたコンちゃんがうなずいた。 「パトロールって、まだ変な霧が森に残っているの?」 残っていると言えば、今のメイちゃんたちの身体も、元は霧だったわけではあるが、そういう残り香のような物がまだ森に残っているのだろうか。 どうも、あの霧は、完全に固定化してしまうと、極力その形状を維持しようとするようであった。ストゥ伯爵が五千年経ってもあの姿形を維持しているのも、そのへんが関係しているのかもしれないが、真実はまだ霧の中だ。 「うーん、なんだか、森で暴れているメイドさんたちがいて、茨を傷つけようとしているの」 コンちゃんが答えたが、それはどう見ても、いなくなったアルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)を探しているココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)たちゴチメイ隊の面々に違いない。 「でも、注意しようと思ったらいなくなっちゃったんだよね」 「まさかとは思うんだけど……。それで、メイドさんたちを捜してパトロールしてるんだ」 「ええと……」 ランちゃんたちの言葉に、ちょっと『地底迷宮』ミファたちが戸惑った。今ひとつ意味が分からない。茨ってなんなのだろう。 「じゃ、パトロール続けなきゃなんないから」 「またね」 「また御挨拶するね」 そう言うと、メイちゃんたちは小走りに駆け去って行ってしまった。 |
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