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第8章 海人襲撃

「海人さん! カノンさんが講義を行っているステージに、寺院の刺客が現れたそうです。理由はわからないけど、カノンさんも精神が不安定になっていて、危険な状態だそうです」
 火村加夜(ひむら・かや)は情報を伝えると、強化人間・海人の車椅子を押して、その場から退避させようとする。
「あはは。やっとお祭りが始まるね。みんな、死ぬんだ!」
 横島沙羅(よこしま・さら)が、目を拘束具で覆われたまま、笑い転げ始める。
「おい、あまり興奮するな。近くにいろよ、おい」
 西城陽(さいじょう・よう)はどこかにフラフラと行ってしまいそうな横島の手を引いてつなぎ止めるのに必死だ。
「逃げようとしても無駄だ。もう間に合わないぞ。態勢を整えて、迎え撃つべきだ」
 鬼崎朔(きざき・さく)は、どちらへ行こうか決めかねている火村にそういうと、海人の前に立って、拳を握りしめ、臨戦態勢への移行をスムーズに行った。
 ちりんちりん
 鬼崎の耳の、三日月と蝶のイヤリングが音をたてる。
「迎え撃つ、って? 海人さんも狙われてるんですか?」
 火村は、死闘に巻き込まれる危険から海人を遠ざけようとしていただけだったので、鬼崎の言葉に戸惑った。
「当然。前回のイベントで寺院は海人の存在を知り、その力を問題視している」
 鬼崎はうなずいて、いった。
 どうしてそこまで断言できるのかはわからなかったが、鬼崎の闘争本能は既に真相に気づいていたのだ。
「コリマ校長はこの事態をある程度予見していたはずだ。掌上で争わせ、勝った方を学院の勢力として取り込むつもりだろう。私にとっては、寺院と闘えるのであれば全く問題ないことだ」
 鬼崎は、迫り来る敵の気配を既に感知していた。
 校長とは利害が一致している。
 いまのところ、プランに協力しない理由はない。
 数秒後、「黒の十人衆」の残り5人の男たちが、海人の周辺に現れた。
 全員長身で、サングラスをかけている。
 かたまってくるのではなく、四方八方から、取り囲むように現れた。
「海人さん!」
 火村は、海人をかばうように、その前に立った。
「あははははは。血の匂いがするよ。これから狩られる獲物のね!」
 横島は大はしゃぎだ。
 視覚を塞がれたことで、感覚がかえって強められているようにもみえた。

「強化人間・海人。サンプルXなどと、コリマが勝手につけた記号では呼ばん。私は、鏖殺寺院所属の魔酢瑠坊主(まっするぼうず)だ。覚悟はできているな。寺院への潜在的脅威であるお前を、生かしておくことはできない!」
 スキンヘッドの男が、サングラスを外していった。
「……う……あ」
 例によって、海人は、虚空をみつめたまま、うわごとのような音を発するのみだ。
「じきに、よだれも垂らせなくしてやる。抹殺!」
 スキンヘッドの男は、合掌して目をつむると、すさまじいオーラを全身から放って周囲を圧倒した。
「うん? これは、プレッシャーか!! か、身体が動かない!!」
 西城は、魔酢瑠坊主のプレッシャーを前に、身動きひとつとれなくなってしまった。
「これはこれは。自分も、動くのに骨が折れますね。ですが、手は打てますよ」
 神楽坂紫翠(かぐらざか・しすい)は、何とかプレッシャーに抗って扇を開いたり畳んだりしてみせると、ふっと微笑んだ。
「そこまで苦労して扇を動かして、楽しいの?」
 橘瑠架(たちばな・るか)は思わず指摘してしまった。
「心を落ち着かせるためです。やむをえないのです。これほどのプレッシャーに対して打つ手はひとつ。自分たちは、防御に専念しましょう」
 神楽坂の指示に、橘と、そしてシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)がうなずいた。
「なるほど。敵も、その動きには意表をつかれるでしょうね」
 シェイドはどのような攻撃も弾く態勢に入っていった。
「ほう。動ける奴もいるか。では、いくぞ!」
 魔酢瑠坊主は目を開けると、海人に向かって突進した。
 そこに。
「ふざけた真似を。死ね!!」
 鬼崎朔もまた突進し、坊主の巨体に体当たりをくらわせた。
「うおおお!? 貴様は全く平気だとでも?」
「当り前だ。その程度のプレッシャーを出せるからといって、思い上がるな!!」
 叫ぶ鬼崎の胸のうちに、鏖殺寺院に対する憎しみが燃えあがった。
「死ね! 死ね! お前たちこそ、不要な存在だ!!」
 鬼崎の放つ拳の乱打を受け止める坊主の顔が、激痛に歪む。
「くうっ! これほどの力を!!」
「私の情念はこの程度ではとどまらん! 焼き尽くし、殺し尽くす!!」
 鬼崎の拳が触れた坊主の衣が、炎を上げる。
 「朱の飛沫」が使われているのだ。
「あがあっ!! 心頭滅却すれば火もまた涼しいっ!!」
 全身を炎上させられながら、坊主は合掌して叫んだ。
「くらえ、ファイヤー・ボーズ・アターック!!」
 そのまま、海人にタックルして、自分もろとも炎に巻き込もうとする坊主。
 だが、その身体が、急に動かなくなる。
「うお、このプレッシャーは、まさか!?」
(僕の警告を無視して殺戮を行うのか?)
 海人の精神感応によるメッセージが、坊主の脳内に反響する。
「ほざけ!! 寺院は寺院の利益のために動く!! くっ、動けない!!」
 海人の放つ恐るべきプレッシャーは、坊主を圧倒するものだった。
 だが。
「スタンドプレーはやめろ。ここにいる5人で連携して動くのだ! さすれば海人も翻弄される」
 黒の十人衆の仲間たちが坊主に声をかけ、別方向から同時に海人に攻撃を仕掛ける。
「くっ、一人でもやるつもりだ、だが、防ぎきれん、それでもやる!!」
 鬼崎は歯ぎしりして叫ぶ。
「一人でやらなくていいですよ。みんなで、海人を守りましょう」
 神楽坂は静かな微笑みをみせると、扇を持つ手を巧みに動かし、攻撃という攻撃をことごとく防いでいく。
 橘、シェイドも神楽坂の動きにならい、海人を徹底的に防御する態勢に入った。
「よし、オレも海人を守る! どんな理由があろうと、車椅子の人間を集団で襲うなんて、許せない!!」
 日比谷皐月(ひびや・さつき)もまた、盾を掲げて、海人のガード役に徹することを誓った。
「敢えて武器は使わない!! 専守防衛でいかせてもらう!!」
 叫ぶ日比谷に、魔酢瑠坊主は激昂した。
「生意気な口をきくな!! 専守防衛などと、どのくらいの覚悟が要ることか、思い知るがいい!!」
 坊主は、スキンヘッドを日比谷の盾に向けて、突進する。
「いくぞ、ボーズ・チョトツモーシン・アターック!!」
 坊主の突進を、日比谷は全身で受け止めた。
 受け止めるだけではない。
 日比谷の盾は、相手の攻撃を弾き返していた!
「バカな。既に覚悟ができているというのか!? 一般学生が!!」
 坊主の目が、驚きに見開かれた。
「ふざけたことを。『一般学生』などという学生はいない!! おまえのそのしなびた認識が既に堕落だぜ!! やれるならものなら、やってみろ!! オレの盾は、お前の坊主頭の百万倍硬いんだぁっ!!
 日比谷は叫んだ。
 完全防御態勢。
 それが、海人の周囲の生徒たちの特徴であった。

「あははははは、敬礼、警備出動!! 俺も遊んでよ、ねえ?」
 吉柳覽伍(きりゅう・らんご)は、海人の側から離れると、斧を振りまわして暴れ始めた。
「吉柳さん、何をするつもりですか? やめて下さい」
 パートナーの暴走に驚いた蓬生結(よもぎ・ゆい)は、慌てて引き止めようとする。
「結ちゃん、一緒に遊ぼうよ、どうしてそうやって距離をとるの?」
 吉柳は無邪気な口調でいった。
「あなた、何もしないといったじゃないですか、海人の側にいられればいいって!」
 蓬生は無駄と知りつつも呼びかけていた。
「そう、何もしない、何もしないよ。適当に遊ぶだけ。だって、楽しそうだもん!!」
 吉柳は笑って、敵の一人に斬りつけた。
 しゅううう
 斧の一撃が、敵の衣を斬り裂く。
「やるな。だが!!」
 サングラスをかけたその相手は、サイコキネシスで吉柳の身体を宙高くに持ち上げる。
「わー、飛んでる、わー!!」
 吉柳は大喜び。
「仲間はやらせません!!」
 吉柳をもてあそんで殺そうとするその相手に、ティアン・メイ(てぃあん・めい)が剣の切っ先を水平に構えた突進攻撃を仕掛けた。
 だだだだだっ
 ぶしゅう
 ティアンの攻撃が、敵の身体を貫いたかにみえた。
 だが、剣の先にまとわりついたそれは、衣の切れ端だった。
「本体はどこへ?」
 焦るティアンを、3人の敵が取り囲んだ。
「これで終わりだ!!」
 3人が、いっせいに攻撃を仕掛ける。
「あぶなーい!!」
 サイコキネシスによる空中捕獲から解放された吉柳が、落下しながら斧を、ティアンを襲う敵に投げつける。
「ティアー!! 騒ぎが起こったようだからきてみれば!!」
 海人が苦手だといって離れたところで警備についていた高月玄秀(たかつき・げんしゅう)が、超スピードで駆けながら、パートナーを援護すべく、電光の術を放った。
 ピカア
 イベント会場に、目もくらむような光がほとばしり、敵をかく乱する。
 吉柳と高月の援護、そして瞬時に防御の構えをきつくしたことにより、ティアンは致命傷はまぬがれた。
 だが、その衣はビリビリに引き裂かれ、肌の大部分が露になってしまっている。
「くうっ!」
 赤面しつつ、剣を構えるティアン。
 そして。
「ハッ! 涼しくなれよ!!」
 襲いかかった敵の一人が、ティアンの胸を覆っていた切れ端を無造作につかむと、思いきり引きちぎった。
 剣を振るっていたティアンの乳房が露になる。
「きゃ、きゃああああ、嫌ああああああ!!」
 思わず剣を投げ捨て、両手で胸を隠すティアン。
「敵は隙を誘っています。動揺せず、すみやかにさがって下さい」
 高月はティアンの肩に手をかけると、海人たちの方へ押しやった。
「おやおや。大変ですね」
 神楽坂紫翠は、うずくまったティアンの胸に開いた扇をかざして、視線の悪意を防ぐ。
(蓬生結。吉柳とともに、ティアンを連れていくんだ。そして、他の一般参加者も避難させて欲しい)
 海人に精神感応で指示を受けて、蓬生はうなずいた。
「了解です。吉柳さん、行きますよ」
 蓬生に手を引かれた吉柳は、膨れ面になった。
「やだー! もっと遊ぶー!!」
「海人の指示です。吉柳さんがこれ以上ここにいれば、無邪気さゆえに傷を負うと、配慮しているんです」
「えー、そうなの? じゃあ、海人がいうなら!」
 吉柳は機嫌を直すと、海人に手を振って、蓬生とともに、胸を隠すティアンの背中を押して、激戦の場から退避した。
「着替えたら、私はまた闘うわ。玄秀を置いて逃げるわけにはいかないし」
 ティアンは、口惜しそうにいった。
(ティアン。君の問題に答えておこう。ともに闘う戦士としてではなく、女としての自分も蓬生にみせるんだ)
 海人が、去り際のティアンに精神感応で語りかけた。
「女として。わかったわ。でも、まさか、さっきみたいなかたちで示せって意味じゃないわよね」
 ティアンは、海人の答えるタイミングがタイミングなので、ますます顔が赤くなった。
 蓬生ともっと親しくなるには、どうすればよいか?
 自分が内心海人に聞きたいと思っていたことを、海人が見抜き、回答を与えてくれたことに、ティアンは素直に感謝した。

「はああああああ、海人! 5人同時の攻撃を前にしても、お前も力を集中させられまい!!」
 魔酢瑠坊主は数珠をはめたまま手刀をうならせ、海人の首筋を強打しようとする。
「や、やめて! 海人を打つなら、私を!!」
 火村加夜をかばって、坊主の攻撃の前に身をさらした。
「上等だ! まずお前を葬ろう!!」
 坊主の手刀が、火村の喉を両断するかに思えた。
 そのとき。
「焼きが足りなかったか? 邪悪な坊主め!!」
 鬼崎朔が坊主に打ちかかっていった。
「くっ、いくら炎を与えたところで無意味だ! もう慣れたわ!!」
 火村から離れて鬼崎の拳を受け流しながら、坊主は叫ぶ。
「この闘いの後、貴様を連れ帰って、慰みものにしてくれる!! 一生私の奴隷として、鎖につながれて奉仕するがいい!!」
 坊主の拳が、鬼崎の顔面にヒットした。
 ぼごお!
 だが、鬼崎は、顔面にめりこんだその拳を、がしっととらえていた。
「許さん。許さんぞ!! 鏖殺寺院!! 私をさらに捕えようというのか! さらに奪おうというのか!!」
 血に染まった鬼崎の目が、怒りに燃えていた。
「また力を増したか!!」
 拳をとらえた鬼崎を振りほどくことができず、坊主は焦った。
「私の怒りが足りないというなら! とくと味わわせてやろう! 限界突破の炎の熱さを!!」
 鏖殺寺院に拉致されて身も心もズタズタにされた過去の記憶がよみがえればよみがえるほど、鬼崎は腹の底から絶叫して、相手を紅蓮の炎で焼き殺したくなるのだった。
「あ、あああああああああああああ!!!」
 咆哮した鬼崎の中で、何かが弾けた。
 燃え盛る炎の煉獄のイメージが、明瞭になる。
「くらえ、必殺・アルモタヘル!!
 鬼崎が坊主の腹に重い拳の一撃を撃ち込むと、坊主の全身が激しく燃えあがった。
「くうっ、心頭滅却すれば! 火もまた、す、すず!! うう、ダメだ、熱い!! ああー!!」
 先ほどの炎とは比べものにならぬ超高温を前に、坊主はたまらず悲鳴をあげて、倒れ込んだ。
 ぶしゅううう
 黒い煙が上がり、一瞬にして、坊主の身体が黒焦げの骸骨になってしまう。
「お前が本当に徳の高い僧だったら、いまの炎にも耐えられただろう。要するに、修行不足だ!! 一切の同情は必要ない!!」
 鬼崎は黒焦げの骸骨を踏み砕いて、拳を天に振り上げ、さらに咆哮する。
 覚醒。
 鬼崎は、一瞬ではあるが、修羅の力を宿したのだ。

 黒の十人衆の1人目を倒した! これで残るは9人! 次は誰が倒れるのか?

「ちっくしょう、負けないぜ!!」
 和泉直哉(いずみ・なおや)は、妹の和泉結奈(いずみ・ゆいな)とともに、海人を守って闘っていた。
 強力な敵は、一致団結して、強力なサイコキネシスを兄妹に仕掛けてくる。
「きゃ、きゃあ。兄さーん!!」
 宙に身体を持ち上げられ、結奈が悲鳴をあげる。
「結奈ぁー!!」
 直哉もまた、自らサイコキネシスで宙に上がり、空中ででんぐり返しをさせられてる結奈の手をとって、引き寄せた。
「いくぜ、俺たち兄妹の力を合わせて!!」
 直哉は空中から炎の術を放ち、敵の一人を追いつめる。
 炎を浴びた敵のサングラスが熱で変形して、顔から落ちていく。
「おのれ! このスコップ・ココホレイをなめるなよ!」
 大きなスコップを振り回して暴れるその敵は、ひときわ高く跳躍すると、空中の直哉に蹴りをくらわせた。
「ぐわー!!」
 直哉の身体が、イベント会場の床に叩きつけられる。
 衝撃で、直哉の口から血がこぼれた。
「に、兄さん!」
 結奈は兄に駆け寄って、助け起こそうとする。
「うら、死ねー!!」
 敵は巨大なスコップを投げつけてサイコキネシスで操り、兄妹の頭をうちすえようとした。
「や、やめて。ああ!!」
 兄をかばって、宙を舞うスコップに立ち向かった結奈は、一人打たれて、うずくまる。
「ゆ、結奈!!」
 激痛に喘ぐ和泉は、起き上がろうとするが、うまくいかない。
「コリマ校長は嘘をついている! 強化人間に幸せなどはありえんのだ! ここで死ぬのが苦痛から逃れる早道というものよ!! くらえ!! お前をより深く掘り下げてやる!!」
 黒の十人衆の一人、スコップ・ココホレイは巨大なスコップの柄を再びつかむと、うずくまった結奈を足でひっくり返して、仰向けになったその腰にスコップの先端を振り下ろした。
「や、やめろ、やめろぉぉぉ!!」
 絶叫する直哉の頭の中で何かが大きく弾けて、きーんという耳鳴りがはしる。
 急に、時間の流れが、ひどくゆっくりと感じられた。
 巨大なスコップが妹の身体に達するまでが、スローモーションのビデオ映像のようにみてとれる。
 強化人間に幸せはない?
 それでは、結奈が、自分たちが生まれてきたのは無意味だというのか?
「違う、断じて違う!」
 違うからこそ、これまで抗って生きてきた。
 しかし、その運命もここで尽きてしまうのか?
「前回のイベントから、俺は何も変わっていないのか!? いや、違うはずだ!」
 直哉の全身の血が沸騰し、イメージを現実に変える原動力となる。
 身体が動かないなら、届かせればいい。
 とっておきの光の兵器を!!
 その瞬間、直哉の手の中に、光り輝く巨大な槍が姿を現した。
「うおお、まっすぐ貫け、サイコ・ジャベリーン!!!!
 目をギラギラと光らせながら、直哉は絶叫した。
 手を振ると、光の槍が、ものすごい勢いで、妹を襲う敵に向かって、宙を疾走する。
 ごおおおおお
「む!? ちょこざいな。スコップ・シールド!!!」
 スコップ・ココホレイはサイコ・ジャベリンの接近に気づくと、巨大なスコップを自分の前に振りかざして、攻撃を受け止めようとした。
 ぱしゃーん!!
 だが、直哉の生み出した超兵器は、巨大スコップの金属部分をいとも簡単に打ち砕き、その使用者の胸に深々と突き刺さった。
 ずぶり!!
「が、があああ!!!」
 弾末魔の悲鳴をあげて、スコップ・ココホレイは倒れた。
「に、兄さん、いまの力は!!」
「覚醒か? わからない。俺は、結奈を、結奈を!! 幸せにするんだ!!」
 一命をとりとめた結奈に介抱される直哉は、うめき声をあげ、妹の名を連呼しながら、気を失った。
 全身の疲労が激しく、ただちに集中治療室に入ることが必要な状態だった。

 黒の十人衆の2人目を倒した! これで残るは8人! 次は誰が倒れるのか?

「うん? 何か騒ぎが起きてるみたいだけど、どうかしたのか?」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、海人のコーナーまできて、辺りの様子がただならないことにやっと気がついた。
 サングラスをかけた長身の男たち。
 海人をかばうように取り囲んで、防御態勢に入っている生徒たち。
 すさまじい闘争を示す光景が、ナガンを刺激する。
「あの、車椅子に乗ってる男、どこかでみたことあるな? まっ、いいや。今日の俺は、超能力体験イベントでいろいろ学習する予定だからな」
 ナガンと一緒に歩く下着姿の女性、ジグ ジャグ(じく・じゃぐ)も、海人の周辺の闘いに興味を示した様子だった。
「あら。何かしら。超能力の実演かもしれないわね。面白そうだからみてみようかしら」
 同時に、ジグは、精神感応でナガンに本音を呟く。
『正直このイベント退屈だし、あいつら誘惑してみるかな』
 ジグは、サイコキネシスで胸を揺らしながら、海人たちに攻撃を仕掛ける男たちに近づいていった。
「うん? 何だお前は」
 男たちの一人が、ジグに気がついて、いった。
「はじめまして。ジグと申します」
 ニッコリ微笑んで挨拶するジグ。
『うら、さっそく胸をみてるぜ。ここ以外興味ないってか』
 ジグは精神感応でナガンに男の様子を伝える。
「お前も海人の仲間か?」
 その男は、ジグを睨んだ。
「えっ、誰です、それ?」
『だから、胸みながらいってんじゃねえよ。乳首が火傷するじゃねえかよ』
 ジグは、男に近寄って、服装などをじろじろみつめてみた。
 男もまた、当然ながら、ジグの格好をいろいろみつめてしまうのだが、やがて、ため息をついて、いった。
「まあ、誰でもいい。邪魔をするな!」
 男はナイフを抜いて、ジグを威圧した。
「ジグ、やばい相手のようだぜ。離れるんだ」
 ナガンがいった。
 ジグは、ナガンの言葉に従い、男にお尻を向けて、離れようとした。
「待て」
 男がいった。
「何かしら?」
 ジグは振り向く。
『げっ、ナンパかよ。まいったな。ケツみてよけい興奮したかもな』
 男は、うーんと考え込みながらいった。
「持ち帰って、どこかに売るとするか。寺院の資金の足しになる」
『「えっ?」』
 男は、ナイフを無造作にふるって、ジグのブラの紐を断ち切った。
『「こ、これって。きゃ、きゃあああああああ!!!」』
 胸がスースーする感覚に、ジグは恥辱の極みを感じて絶叫する。
「お、おいおいおい! これは大変なことになっちまったぜ。どうするよ、おい」
 ナガンはびっくりして、ジグに向かって走る。
「静かにしろ。品定めをして、値段を見積もりたいんだ」
 男は、暴れるジグをおさえつけて、下着をバラバラに引き裂こうとした。
「くっそー、こいつ、強そうだけど、関係ねえ。恥ずかしい姿をジグを助けるため、いま、やれるのは、これしか! うおおおおおお」
 ジグの側まできて、絶叫すると、ナガンは、右手を思いっきり地面に叩きつけた。
「覚醒! パンツァーファーストォォォォォォ!!
 ナガンが叩いた地面から発生した衝撃波が、辺り一面にはしる。
 ぱりーん
 ナガンの、右腕の機晶姫の義手が砕けて、破片が飛び散った。
「うん!? なにー!!」
 衝撃波に襲われた男のサングラスが割れ、衣服がバラバラになって、丸裸の姿になってしまった。
『「い、いやあああああ、何これええええええ」』
 その姿をみたジグが、また、悲鳴をあげる。
「うん? 周囲の者も全裸になればジグの問題は解決するかと思ったけど、違ったか?」
 そういうナガン自身も、覚醒技によって全裸になってしまっていた。
『「み、みないで、みんな! 嫌ああああああ」』
 ジグは、胸と股間を手で隠して、どこかに走り去っていってしまう。
「あっ、ジグ、待てー!」
 ナガンもまた、全裸でジグを追い駆けていく。
 後に残された男は、黒の十人衆の一人なのだが、全裸の状態のままどうすればいいかわからず、しばし茫然としていた。
 そこに、月美あゆみ(つきみ・あゆみ)が現れた。
「三つのしもべは? 砂の嵐に隠された塔はどこ? そして、全裸のあなたはいったい何?」
 月美は、全裸のまま仁王立ちしている黒の十人衆に近づき、問いただす。
「私は、愛のピンク・レンズマン、月美あゆみよ!! 天御柱学院で超能力を勉強しているの! 海人を襲う黒の十人衆の一人が、全裸でいるなんて! 許せないわ! 成敗いたします!!」
 月美は、男に突進した。
 ピンク・レンズマンとして、使命を果たす必要があった。
「くっ、この霧雨次郎(きりさめ・じろう)が、こんなところで負けてたまるか!」
 黒の十人衆の一人である霧雨は、全裸のまま結跏趺坐の態勢をとると、目を閉じて、念を凝らした。
「はああああああ。ピラミッドパワー!!」
 光のピラミッドが霧雨の身体を包み込み、霧雨の身体が、結跏趺坐のまま、徐々に宙に浮いていく。
「無駄よ。サイコキネシス!!」
 月美もまた、自身を浮遊せると、霧雨に襲いかかっていく。
「男なんか、かっこつけてたって、ここが弱点なんだから!」
 月美は、必殺の蹴りを霧雨の股間にねじこんだ。
「う、うおお!!」
 霧雨の目が大きく見開かれ、精神集中がとぎれて、その身体が落下していく。
「くらえ、電機あんまー!!」
 床に落ちて伸びてしまった相手の足をとらえて、なおも股間にねじいれた足先を震動させる月美!!
「が、がああああ、バカな、これほどとは!」
 急所を打たれる激痛の中で、白目を剥いて、霧雨は失神した。
「勝ったわ」
 月美は立ち上がって、スカートの埃をぱんぱんと払った。
「さあ、パトロールの続きよ!」
 月美は、イベント会場のどこかへ駆けていく。
 まだみぬ夢を追って……。

 黒の十人衆の3人目を倒した! これで残るは7人! 次は誰が倒れるのか?