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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

 蒼空学園の校庭から雅羅を追ってきた一同はしかし、彼女の姿を見つけることができなかった。
一同は先ほどまで雅羅がドラゴンと交戦していた草原までやってくる。街からはずいぶんと離れたその場所での交戦は、やはり被害が最小限に食い止められるから、だろう。
「おかしいな、向こう側にドラゴンの姿は見えるが、雅羅の姿が見当たらない」
 カイがあたりを見回すが、彼の言葉のとおり、雅羅の姿はそこにはなかった。
「でも雅羅ちゃんはこっちの方に走ってきたし、周りの被害のこと考えてもやっぱりここが一番妥当よね」
 彼の隣で、やはりあたりを見回している渚も、どうやらこの草原に雅羅がいるのだろうと踏んでいる様子だ。
「早く見つけないと、雅羅様一人では荷が重過ぎる気がしますわ」
「そうだな、早いとこと見つけてやらないと」
 可憐が心配そうに呟く様に言うと、一向に追いついていた勇刃が返事を返す。
「でも、確かに此処でドラゴンとやりあった痕跡、あるわね」
「薬莢があたりに散らばっていますし、それにあれ――何かすごい力が加わって地面がえぐれてますよ。煙も上がってるし」
「と言うことは、まだこのあたりにいらっしゃる、という事ですわね」
 緋葉と友見、セレアが一帯の状況を一同に伝えた。
「とにかく、や。はよ探して手伝ってやらな、雅羅一人ににレッサードラゴン相手はちときついやろ」
「まぁ……」
 社の言葉に反応したのはさゆみだった。苦笑を浮かべているのは、彼女たちが確認できる位置にドラゴンがいるから、である。一同の声が聞こえないほど遠くではるが、辺り一帯に高い遮蔽物がない為、上空のドラゴンの姿を探すのは容易い。
「あそこにいるんだけどね、ドラゴン」
「ですわね」
 さゆみとは対照的に、アデリーヌは何故か面々の笑みを浮かべながら返事を返す。
「とにかく……雅羅と合流するにせよ、犯人見つけるにせよ、あのドラゴンを倒さないとどうにもならないって分けだよね」
 薫は引きつった笑みを浮かべた。全員もそれはわかっていたらしく、渋々、と言った様子でそれぞれ自らの武器を手に足を前へと踏み出した。と、そこで――。
「あれ――雅羅ちゃん?」
「え? あ、ホントだ」
 柚が指を差した先、捲れ上がった大地に身を隠し、雅羅、エヴァルト、ルクセンと唯斗、エクス、睡蓮、プラチナムの姿。彼女の言葉を最初に聞いた三月も、その姿を見つけて返事を返した。
「あんなところで――何やってるんでしょう……」
「隠れてるんだと思うよ。おーい、雅羅ちゃーん!」
 夜舞が首を傾げていると、斎が両手を挙げて雅羅たちに手を振った。が、それが遠くいたはずのドラゴンにも聞こえたらしく、空中で方向転換をしたそれは、一同との距離を一気につめた。
「ちょ、何を!」
「え、あ……ごめん」
「みんな構えて! 来るわよ!」
 渚の言葉で全員が構えを取る。が、どうやらドラゴンの狙いは彼らよりも先に雅羅たちだったようだ。雅羅たちが身を寄せて隠れていた遮蔽物の真上まできたドラゴンが、飛行しながら口に溜めていた火球を放った。
「おっと!」
 ただただその光景を唖然と見つめる一同の後ろから、突如として声がした。が、目の前の光景に気を取られていた一同がその声の主に気づくのは、それから暫くしてからの事。
雅羅たちの体が遮蔽物から強制的に剥がされ、一同の下へと転がってくる。当然彼女たちも、そして彼女たちを見ていた一同も、何が起こったのかわからずただただ灼熱によって煙を上げる部分を見ているだけだった。
「危ないなぁ、少しは逃げようとか思えよ」
「こらこら、あの状況では当然のリアクションですよ。我々も”明日は我が身”かもしれませんし、そんなに酷な事を言うものじゃありません」
「まぁ、なんにせよ間に合ってよかったよ」
 漸くその存在に気づいた一同が振り返ると、そこには四谷 大助(しや・だいすけ)白麻 戌子(しろま・いぬこ)若松 未散(わかまつ・みちる)ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)
の姿があった。
「あれ? いつの間に……?」
 自分たちが助かった事をやっとの事で理解した雅羅がそんな事を言った。
「いつの間に? じゃないわよ。あそこで私たちが助けてなきゃ、あんた今頃お星様よ。信じられないわ」
 雅羅に向かって手を差し伸べ、彼女を立たせながら近衛シェリンフォード ヴィクトリカ(このえしぇりんふぉーど・う゛ぃくとりか)が頬を膨らませて言った。
「あれ? 雅羅ちゃん、妹いたんですか?」
 そのツーショットをみた睡蓮が、雅羅たちに尋ねる。
「なっ!? 私の方ががお姉さんよ! 失礼ね」
「実の、ではないですがね」
 近衛が更にむくれっ面になりながら返事を返した横で、彼女のパートナーであるアーサー・ペンドラゴン(あーさー・ぺんどらごん)が冷静に睡蓮に向かって説明する。彼女たちと同じ学園の生徒たちはその事実を知っている為に思わず笑っていた。
「と、改めて……助けてもらってありがとうございます」
 唯斗がお辞儀をすると、ハルは「いえいえ、お気になさらず」と笑顔で返す。
「ま、事情説明、お礼に挨拶はこの際後で、まずはドラゴン倒しちゃいましょ」
 大助は手にする漆黒の手甲に力を込めながら一同を促した。
「ならば、まずは俺が先行しましょう」
 ティアマトの鱗を一振り――。唯斗がつま先で二度、三度地面を蹴ると、途端に加速し、近くまで来ていたドラゴンに向かって行く。
「ならば後ろは私に任せてください!」
 集団の中から数歩前に出た睡蓮は、レプリカヴィータの弦を引き、相手の懐目掛けて走り出した唯斗、そして彼について行ったプラチナムに援護射撃を始める。
火球を唯斗へ向けていたドラゴンも、どうやら援護射撃をする睡蓮に狙いを変えたらしく、彼女の方へと溜めていた火球を放った。
「危ない――!」
 一同が散開し、弓を引いたままの状態で言葉を失う睡蓮を抱き抱えて彼女への直撃を避ける。
「す、すみません」
「大丈夫? 怪我は?」
 首を横に数回振った彼女は、再び自力で大地を踏みしめると、更に援護射撃を続ける。
「私たちも協力しましょう!」
「当然だ!」
  可憐が魔道銃を取り出し、勇刃も自らの光条兵器、ヒルゼクスを持ちドラゴンへとそれを向ける。彼らの行動を見て、あわてて遠距離武器を持っている面々が唯斗たちの援護射撃をはじめた。
「クソ、俺たちじゃ手が届かねぇ……」
「そうだな、生憎と俺がドラゴンの前まで運べるのは一人くらいだ…よし、俺もドラゴンに攻撃を仕掛け、やつの羽を?いでやる!」
 援護射撃が始まったのを見るや、エヴァルトも走り始めた。
「皆さん、無理はなさらず。先ほどの様に狙われた場合は即座に攻撃をやめ、回避ください!」
 銃声に負けない様に、と、ハルが大声で一同に言う。
「あぁ……空飛んでるやつは面倒だな。誰か早く落としてくれよ」
 それを余所に、本当に「詰まらない」といった面持ちで未散はどこから取り出したのかクナイで手遊びを始めた。

 ドラゴンの足元まで駆け抜ける唯斗は、そこでドラゴンが作った遮蔽物を足場にし、一足でもって標的へと向かい跳躍する。が、人間が届くような高さのそれでは無い為、本来ならば攻撃などできないはずである。しかし――彼は更に上空へと跳んだ。
「さて、早速ですが一撃、失礼しますよ」
 手にする武器、ティアマトの鱗を振りかぶり、空中で体を捻った彼は、そこからドラゴンへと切りかかった。しかし空中での行動は、おおよそ人間には不可能な領域である。特に、自らで飛行が出来なければ、それはただただ浮いているだけにほかならず、もしも対象が体をずらせるのであれば、それか容易に外れる。

 すなわち――唯斗の攻撃は空を切ったのだ。

彼のしたにはプラチナムがいる。そう、彼女の持つ剣の腹に足を乗せ、彼女に上空へと送り出されただけの唯斗には、空中でドラゴンを追撃するだけの力はない。
故に彼の攻撃は、完全に空を切り、更にその勢いでドラゴンに背を向けてしまう。
「ちっ! 不味いですね、これは」
 目視していないが、後ろの方から何やら風切り音が聞こえた。恐らくはドラゴンの攻撃だろう。と腹をくくった彼は、そのまま歯を食いしばった。持っている武器を背後に回し、衝撃をいくらか抑えるために武器を交差させた。と、急にプラチナムの声が聞こえる。
「貴方を決して――しなせやしない!」
 彼の体に次第に鎧が装着され、完全にそれが形を変えた瞬間に――唯斗はドラゴンによって殴打され、一気に雅羅たちの方へと飛ばされるのだ。
幾らプラチナムが魔鎧であったとしても、幾ら空中で攻撃を受け、衝撃が減ったとしても、その一撃は限りなく大きな一撃である。更に言えば、その勢いのままに地面へと衝突すれば、命の保障などありはしない。故に彼は瞳を閉じた。あまりににもあっけないものだ、と自嘲気味に笑いながら。
しかし、幾ら待っても衝撃は――痛みは来ない。
故に彼は目を開けた。何がなんだかわからないとでもいいたげに、彼は瞳を開けたのだ。
「危なかったですわね」
「あなたは……」
 彼は箒にまたがるセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)に助けられていた。
「もう少し地上ですわ。それまではご辛抱を」
「……助かります」
 ゆっくりと下降し、雅羅たちの下へと降り立つセシルたち。すぐさま結が走りよってきた。
「大丈夫!? あんなの直撃したら……」
 今にも泣きそうな結に対して、唯斗は大丈夫ですよ。と言う。そういい終わると、自分のみを呈して守ったプラチナムを横にさせる。
「俺よりも先に、まずは彼女を、お願いします」
「でも……」
「良いんですよ、俺は少し此処に座っていればよくなりますから」
 そっか、と言うと、結はプラチナムに回復魔法をかけ始めた。
「そういえば、人数減ってませんか?」
 治療をしている結に変わり、三月が彼に説明した。
「エヴァルト先輩が隙を作ってくれたからね。その隙に魔法を決めるとかって言って、雷術を撃ちに行ったんだ」
「そうですか――俺、少しは役に立てましたか」
「お前の力がなきゃ、今頃あいつ等はあそこにはいないよ。お前のおかげだと思うぜ」
 孝高が唯斗の肩にそっと手を置いた。そしてその瞬間、ドラゴンの足元から黄色い二本の雷が、ドラゴンの体を貫き、更にそのまま援護射撃が羽にすべて直撃し、ドラゴンは落下を始めた。
「さてさてさてさて。漸く、やっと、待ちに待ったこのときさ。暴れて暴れてひたすら暴れて、この鬱憤を晴らしてやる! まってろよドラゴンめ!」
 未散が彼らの後ろで、クナイでの手遊びをやめて立ち上がった。

 その瞳は、何処かぎらぎらと輝いている。