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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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10.パジャール



「さて、あとはあれをどうにかすればゴールじゃな」
 ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)通路から少しだけ顔を出し、奥の通路の様子を観察する。その先には、大きな扉が一つとうごめくパジャールの姿があった。
「あの扉の奥で間違いないんだよな?」
 月詠 司(つくよみ・つかさ)に、実里が頷いて答える。
 あの先に、三枝がいる。そして、恐らく話に出ていた潮満玉・潮涸玉もあの先なのだろう。
「よし、ここはコレの出番よね」
 自信ありげにシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が言うので、何か策があるのかと思いきや、取り出したのはツカサをパシれる券だった。
「それは、実里に渡したんじゃ?」
「うん。そだよ」
 いや、聞きたい言葉はそんなものではないのだが。
 そんな司の気持ちは微塵も汲む様子はなく、びしっとシオンは扉を指差した。
「ツカサ、あんなのさくっと突破しちゃいなさい!」
「ええ! 無理ですよ、あんな気持ち悪い動きしてるんですよ」
「ずべこべ言わない! 男でしょ!」
「おい」
「そ、そんな事言っても、あれってどうやって倒すんですか!」
「スライムみたいなもんよ。どうせ、HPは4よ、よ・ん! 殴れば倒せるはずよ」
「二人とも……」
「そんなに弱い相手なら、わざわざ一番大事なところを守ってるわけないじゃないですか」
「弱いから一番奥に引きこもってんのよ」
「二人共! 奴等がこっちに向かっておるぞ!」
「へ?」
「え?」
 こちらに向かってパジャールが地面を這うように、まるで蛇のような動きで向かってきていた。太さは成人男性ぐらいあり、人間ぐらいは丸飲みできそうなサイズだ。
「……やれやれ、こうなったら戦うしかないようじゃな」
「あ、私は後方支援するね」
「ああもう、どうしてこんな目にっ!」
「二人が騒ぐからじゃろ。ともかく、それほどの量ではなさそうじゃ。責任持って、一番に切り込んでいくべきじゃろう」
 ウォーデンに言われたからではないが、司は一番に敵に向かっていった。
 ある程度距離が縮むと、パジャールは鎌首を持ち上げて、肩の辺りから腕のようなものを飛び出させる。食いついて攻撃するつもりは無いようだ。腕の先からは、左右それぞれ三本ずつの鋭利な爪を飛び出させている。
 思っていたよりは、まともな戦闘スタイルだ。とびついて器官に入り込み窒息させる、なんて本職のスライムのような攻撃をしてくるよりはずっと気が楽だ。
「接近戦しかできないのでしたらっ」
 パイロキネシスで高熱の炎を叩き込む。反応は早かったが、太い体では避け切れなずに炎に飲み込まれていった。
「どうだ?」
 生き物ならこれでかなりのダメージのはずだ。しかし、さすがに番人やっているだけあって炎を振り払って突撃を慣行してきた。飛び上がって、切りかかってくる。
 だが、蛇姿の宿命なのか、尻尾の辺りは地面にくっついたままだ。そこは本体よりもずっと細くなっており、一撃を入れたら簡単に千切れそうに見える。本体が跳躍しきる前に、今度はそこに向かってパイロキネシスを撃ちこんだ。予想は的中し、簡単に千切れてしまう。
 すると飛び上がった本体は、突然空中でバランス崩し、投げ捨てられた人形のように不恰好に地面に落ちた。ほんの少し警戒したが、全く動く様子が無い。見れば、先ほどちぎった部分は、するすると逃げるようにして扉の隙間を伝って部屋へと逃げている最中のようだ。
「もしかして、本体と繋がってないと動けないのでしょうか」
 あまりにもあっけない終幕に、少し気が抜けてしまう。扉の前でたむろしていた時ならばこううまくは行かなかっただろう。偶然だが、誘き出すことで敵を弱体化できたのだ。
「ふむ……本体と繋がっているのであれば、三枝どもの思惑を知っとるかもしれんのう」
 千切れて見捨てられた部分にウォーデンが手をかざす。
 それを見た実里が、彼に駆け寄るが一歩遅かった。
「ぬおっ」
 まるで熱いものに触れてしまった時のように、本人の意思というよりは反射でウォーデンは手を引っ込めた。額には汗がどっと浮き出て、呼吸も荒くなっている。尋常な様子ではない。
「どうしたんですか?」
「……な、なんでもない」
 頭を振り、駆け寄った司を押しのける。何があったのかよくわからないが、ほんの一瞬の間に調子が悪くなったのか、少しふらついている様子だ。しかし、目で聞くなと釘を刺されてしまい、司を近づけようとしない。
 すると、実里が千切れて動かなくなった部位を蹴飛ばして一行から遠くの場所に移してから、司に向き直った。
「あれに含まれる情報は……意図的に向こうが変更できるの……だから危険」
 それだけ言うと、実里は扉に向かって歩き出した。ほんの少ししか経過していないが、ウォーデンの持ち直したようだ。ほとんど触れていなかったのも大きいのかもしれない。
「サイコメトリ対策……よりも、物騒な代物みたいですね」
 ウォーデンの様子は偽装情報を掴まされたというより、攻撃を受けた様子だ。なんとも恐ろしい技術があるものである。
 扉を開けると、一際天井の高い部屋に出た。中央には、巨大な台座が二つあり、それぞれの天辺に二つの玉があった。その玉の中央に避雷針のような一本の針があり、恐らくはそれで二つの玉で発生させているエネルギーを回収しているのだろう。
 円状の部屋は広く、簡単な運動するには困らないだろう。その壁の一箇所に、何か操作する機械の群れがあり、その中の中央の席に人影があった。
(ふむ……何か妙だとは思ったが、そうか。貴様、奴らの使いか)
 ぐるりと椅子を回転させてこちらに向き直った人影は、実里を見て言う。
 身長二メートルはありそうな巨漢だ。頭をすっぽりと覆う仮面を被り、服は中国の貴族が着る礼服のようなものを身につけており黄色を中心とした派手な色をしている。肌が見えるところは一切なく、手にも白くて薄い手袋がされていた。
(そのような華奢な娘で、この俺の邪魔をしようというのか……ふん、随分と甘く見られたものだな)
 太く腹に響くような太い声で、男は笑った。
「あなたが……パジャール」
(そうだ。さて、腰抜けどもにそそのかされてここまで来たわいいが、どうするつもりかな?)
「あなたを……ここで止めます」
(なるほどなるほど……では、頑張ってもらおうか)
 部屋の隙間という隙間から、どろどろした液体状の物質が流れ込んでくる。それらはそれぞれ、腕の形を形成していく。人間の腕なんてかわいらしいサイズではなく、大きさはイコンのソレと同じだ。
 切り離した部位は動きを止められるのだが、切り落とした部位がまた本体と繋がる事で結局は意味がない。電撃や炎によって皮を破壊しても、内部にまで通らない。
 被弾をほぼ無視する事ができる巨大な腕は、さながら大蛇の群れといったところだろうか。
(なるほど、それなりに腕が立つようだ……随分頑張ったと褒めてやろう)

 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は扉の一番近く、実里とパジャールから一番遠い場所で拘束されていた。
 そこからだと、全体が一望できる。
 イコンと分類するべきなのかわからないが、このナノマシンの集合体のパジャールはかなり厄介な代物だった。一つのナノマシンがありとあらゆる部位の代用品となるのだ。致命傷も弱点もあったものではない。
 だが……妙だともレンは考えていた。
 情報通である実里が、このイコンの特性を全く知らないわけがない。むしろ、対策を練っていなければおかしい話だ。知らなかった可能性は限りなくゼロに近い。
 となると、ああして捕まっているのは作戦のうちかもしれない。そう思うと、先ほどから拘束の一部が緩くなり抜け出す事が可能にはなっているのだが、下手に動けない。
「さて、小娘よ。貴様が望むのならば、世界が破滅するのを特等席で見せてやろう。この俺を見限った奴らも、それで少しは考えが変わるかもしれないしな」
 今まで一歩も動く事の無かったパジャールは、ゆったりとした動きで実里に向かって歩く。どうやら、奴と実里のクライアントは知り合いらしい。
「興味ないわ……それに、あなたには不可能」
(ふん、その状態で強がるか。しかし、予想通り宝剣もここに来た。今頃、三枝が回収している頃だろう。気に食わぬ輩ではあるが、奴がしくじるとは思えん)
「その前に……あなたがしくじるわ」
 あまり実里らしくない挑発だな、とレンは思った。どこか不自然な様子が、彼女の意図を察するヒントになる。どうにかして、奴を自分の間合いまで引き寄せたいのだろう。
 そうすることができれば、何かできるのかもしれない。
 なら、どのタイミングで援護すればいいか自ずと見えてくる。
(俺がしくじるだと。一体どこの誰が俺を止められる。小娘、お前がそうだとでもいうのか、笑わせるな!)
 パジャールは足を止めた。こちらに気付かれたかとも思ったが、そうではなかった。
 もっと悪い方だった。
(もういい、そのまま絞め殺してやる!)
「ぐっ……ぁ……っ」
 実里を捕えているイコンが、全身を締め上げているようだ。このままでは彼女が絞め殺される。彼女の考えに外れるかもしれないが、ここは救出をするべきだ。レンが緩くなった拘束部位を引き剥がそうと力を込める。
 その刹那早く、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が飛び出した。
「うおおおおお!」
 拘束を無理やり引きちぎって、皐月は飛び出すと実里とパジャールの間に割って入り、そのまま突っ込んでいく。
「卯月!」
「任せて!」
 派手に飛び出した皐月の影に隠れて、翌桧 卯月(あすなろ・うづき)も拘束を外していたようだ。実里の拘束具の根元を破壊し、液体金属の動きを止めると少々乱暴にだが彼女の体から取り払った。
「この間合いなら、避けられない!」
 チャージブレイクからのランスバレスト、必殺の一撃が決まる。
 腹部をスラッシュギターで貫かれながら、しかしパジャールは踏みとどまった。
(ぐぅっ、貴様っ!)
 ここが狙い時だと、レンは判断した。
 実里がパジャールに向かっているのを確認し、なおかつパジャールはこちらも実里にも注視していない。完全に意識は皐月に向かっている。
「もう少し慎重な性格だったら違ってたんだろうな」
 拘束を抜け、狙うはパジャールの両膝。射線に邪魔はなく、外す理由もない。
(なんだとっ)
 銃弾を受け、その場に膝をつく形になるパジャールに実里がとびかかった。
 手にしていた、筒状の物体をパジャールの肩に突き立てる。金属でできた筒状の物体は一見では武器には見えなかった。
(貴様、何を……うおおっ……)
 肩に近いほうの腕が、突然崩れ落ちた。むしろ液体となって流れ出てきたと言う方が正しいだろう。それは、今まで散々邪魔をした周囲の腕を形成している液体金属と間違いなく同じものだった。
(こ、これは、まさかっ!)
 パジャールの体の融解は続く。少し遅れて、みんなを拘束していたイコンも液状になっていった。実里の撃ち込んだあれは、ナノマシンの制御を混乱させるウィルスだったのだ。
(おのれっ、まさかこの肉体の主導権を奪うつもりかっ! そうはさせぬ)
 まだ無事の腕で、パジャールは仮面を脱ぎ捨てる。やはり、その姿はイコンと同じ物質で構成されているのは間違いなかった。さらに、無事な腕で自分の体のほとんどを引きちぎった。
 上半身のさらに半分といった状態になったパジャールは、そこから腕を伸ばして天井近くの窓に逃げようとする。皐月が体に切りかかってさらに体の一部を削りとるが、本体は窓まで逃げられてしまった。
(よくも、よくもこの俺をここまでコケにしてくれたなっ! 必ず、必ず貴様等は殺してやるぞ!)
 捨て台詞を残すと、スライムように壁を伝い、そのまま通風孔の内部へと逃走を果たした。
「ねぇ、実里ちゃん、どうしたの?」
 卯月が穏便ではない声をあげる。糸の切れた人形のように倒れこんだ実里を、咄嗟に卯月が抱きとめたらしい。先ほどのダメージが深刻な状態なのかもしれないと、回復系のスキル持ちが彼女の元へ走る。
 実里は集まった仲間に、か細く大丈夫と言う。全然大丈夫ではない。
「……パジャールの主導権を……私に書き換えたの……その反動が少し来ているだけだから……大丈夫」
 それだけ言うと、実里は気を失ってしまった。



「無理しちゃダメですよ、小谷先生」
 足首を捻ってしまった小谷 友美(こたに・ともみ)にヒールをかけながら、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)めっと叱る。
「学校では小谷先生は先生かもしれませんが、冒険に関しては私達の方が先生なんですから」
 きりっとつけたくなるような顔でソアが言う。余談だが、ソアはイルミンスール魔法学校の所属である。でも、他校の先生を先生と呼ぶのは普通の事である。
 契約者でもなんでもない友美は、身体能力は普通どころかそれ以下だ。研究職から先生になった人間に、体力を求めるのは少し酷な話である。契約者にとっては、転送装置で突然放り出されるなんてものの対応はお手のものだが、友美は着地に失敗して見事に足を捻ってしまったのだ。
 しかも、それを押して先に進もうとするのだから、無理やり引き止めてこうして簡単な治療を施しているのである。見たところ、軽く捻った程度なのでヒールをちゃんとかけておけばすぐに痛みも引くだろう。
「調査隊は苦労したみたいだな。おかげで、こっちは楽ができるけど」
 周囲の警戒と情報集めに、少し離れていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)が戻ってくる。
「どうでした?」
「何人かにあって話を聞いてきたけど、安徳天皇を見かけた人はいなかったぜ。たぶん、もう奥の方まで行っちまったんじゃないか?」
「そう」
「心配すんなって。少し見てまわっても来たが、やられちまってる奴は見なかったし、苦戦したってみんな言うけど、死ぬほどのもんでもなかったようだぜ。安徳天皇一人ならまだしも、結構ついてっちゃってるんだろ? なら、敵にやられてるなんて事はねーよ」
「そうね。誰か止めてくれる人が居てくれればよかったんだけど」
 友美の表情は晴れない。ここに来るまでも思いつめていた様子だったし、心配でたまらないのだろう。ただまぁ、それを上手に安徳天皇に示してないのだろうな、というのもなんとなく伺えた。
「ところでさ―――うわっ」
 なんとなく寄りかかった木が折れてしまった。埃を巻き上げながらその場に倒れこむ。
「イタタ……うん?」
 木を倒してしまったため、床が剥がれて地面が覗いてた。その地面に、箱のようなものが埋まっているのが見える。
「なんだこれ? どれどれ」
 ちょっと気になり、ケイは箱を取り出してみようと引っ張ってみた。丁度手に持った部分は箱の蓋だったらしく、すっぽ抜けてしまう。今度は倒れなかった。
 蓋は横にのけておいて、箱の中を見て一瞬ドキっとした。人の頭蓋骨らしきものと、ばっちし目が会ってしまったからだ。とても小さい、恐らく子供のものだろう。
「……すー、はぁ」
 深呼吸して、一度この場所を再確認する。先ほど、自分が倒してしまった木の天井にまで届かない柱の数は少ないが、よくみると同じ間隔で床が張られていない場所がある。木が腐り落ちてなくなっただけで、そこには同じような柱が立てられていた様子を見てとれた。
「ここは、お墓だったみたいですね」
「……悪い事しちまったな。戻してやらねーと」
 蓋を戻して、少し土を盛る。ここで死んでしまった人のだろうか。
「ちょっと寂しいですね。子供のお墓なんでしょうけど、こんな場所に一人ぼっちなんて……ご両親は別のお墓なんでしょうか」
「…………一人の方が、気は楽じゃないかしら」
「小谷先生?」
「……あ、いえ。なんでもないわよ」
「なんでもなくありません! 子供が苦手だとは知っていますが……何かあったのならお話してください」
「大した話じゃないわよ。よくある話。それに、もう足の痛みも引いたし行きましょう」
「ダメです。痛みはヒールで麻痺させてるだけです。重症です。今動いたら、取り返しのつかない事になりますよ!」
 大嘘である。
「……さっき、そんな酷く無いって自分で―――」
「気休めです!」
「…………」
「…………」
「……安徳天皇は、小谷先生のこときっと好きなんだと思います。けど、なんて言えばいいのかわかりませんけど、安徳天皇って人に甘えるのちょっと苦手ですよね」
「そうだな、苦手っていうか、人との距離感をいつも気にしてるようだよな」
「天皇としての立場がどんなものかわかるような子だから、そういう風になっちゃんだと思います。だから、甘えてもいいだよって小谷先生の方から近づかなきゃいけないと思うんです!」
 友美に詰め寄るソアを見て、ケイは苦笑する。
 心配の表れなんだろうが、重症とか気休めとか勢いに任せ過ぎだろう。しかし、安徳天皇を連れ戻すには、友美がしっかりしないといけないのは事実だ。友美と安徳天皇の関係は、劇薬よりも時間をかけた方が馴染むものなのかもしれないが、今はそんな悠長な場面ではない。
「安徳天皇を捕まえた時に、はっきり言いたい事が言えるように、気持ちを整理すんのは大事かもな」
 だから、酷な話になるかもしれないが、覚悟を決めてもらうべきは大人の友美の役目だろう。
「はぁ……わかったわよ。話せばいいんでしょ、話せば。だけど、足の治療が終わるまでよ。全く、もし私の生徒だったらあとで酷い目にあわせてやるんだから。それと、別に凄い話なんかじゃないわ、たぶん、そこら辺に転がってるようなすごくつまんなくて、ありきたりな話よ」