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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション公開中!

少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3
少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3 少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション


OVERTURE 収監

   1

 約束はしたのに、当日、待ち合わせ場所まできてデートをすっぽぬかされた経験ってありますか?
 あたしとくるとくんは、どうやらヴァーナー・ヴォネガットちゃんにフラれちゃったみたいです。

「くるとくん。ヴァーナーちゃん、こないね」

「うん」

 現在の状況をご説明しますと、あたし、ミステリ好きの地球の女子高生古森あまねと、あたしの遠い親戚の映画小僧、一部では少年探偵なんて呼ばれている小学生の弓月くるとくんは、知り合いのかわい維新ちゃんをサポートするために再び、新幹線でパラミタ大陸へやってきました。
ちなみに維新ちゃんは、虚言癖のある8歳の女の子です。
あたしたちの目的地は、彼女のお兄さんのかわい歩不さんが収容されているという移動刑務所(兼少年院)コリィベル。
しかし、まず、パラミタ各地を歩きまわっているコリィベルの中に入るには、どうすればいいのか。
そもそもどこに行けばコリィベルと接触できるのか。
捜査以前の段階で困ってしまったあたしは、以前に一緒に事件を調査したパラミタの契約者のみなさんに、応援をお願いするメールを送ったのでした。
 そうしたら、百合園女学院のヴァーナーちゃんから、さっそく返信がきて、

「くるとちゃん、あまねおねえちゃんおひさしぶりなんです!
維新ちゃんのこいびとさんがつかまっちゃってて、たいへんなんですか。
ボクも維新ちゃんをたすけるおてつだいをするですよ。
コリィベルはパラミタのあちこちをあるいているんで、中にはいるのがたいへんです。
でも、ボクは、ロイヤルガードなので、ロイヤルガードのけんげんで、しってるひとのおみまいなんです! っておねがいして、くるとちゃんたちをコリィベルにはいれるようにてはいしてあげるですよ。
パラミタにくる日がきまったら、れんらくしてくださいです。
まちあわせして、一緒にコリィベルにのるです!」

 で、待ち合わせしたのに。
 こないなー。ヴァーナーちゃん。携帯もつながらないし、どうしたのかなあ。
 ゛シャンバラ大荒野入り口゛のバス停前で会うはずなんだけど、ここ、本当にえんえんと荒地が広がってるだけで周囲に家もお店もなんにもないし、人も車もバイクも馬車も通らないし、バスも二時間に一本で、こんなところで放置されるのは、さすがにきついなぁ。
 たまにTVにでてくる、墜落したUFOが運び込まれているっていう、アメリカネバタ州のエリア51基地がある場所みたい。
 トイレになったら、どうしよう。

「誰かきたみたいだよ」

 くるとくんが指さした方を眺めると、はるか遠くから、こちらへとむかってくる土煙が。

「ヴァーナーちゃん?」

「違うと思う。
オートバイがくる。
マッド・マックス2 The Road Warrior」

「それって、どんな映画なの」

「核戦争後の荒廃した近未来で、モヒカンの暴走族が暴れまわるお話。
北斗の拳とか、近未来バイオレンス系の作品によく使われる、暴力が支配する世紀末世界観を創造した、バイオレンス・アクション映画」

とすると。
 あれは。おそらく。

「ヒャッハァ〜。誰かに呼ばれた気がしたぜィ」

 轟音と土煙とともに、あたしたちの前まできてとまったオートバイにまたがっていたのは。

「おい。すごい大事なことに気づいたぜ! 俺もあまねが一緒じゃないとトイレに行けねえ!」

「いきなりなんなんですか」

彼はバイクからおりると、問答無用でいきなりくるとくんを蹴っとばし、地面に倒れたくるとくんを助け起こそうと屈んだあたしのお尻を下から上へ、上から下へ一往復、さらにすりすりと撫で回しました。

「キャ。南鮪さん。やめてください」

「ヒャッハァ〜! やっぱまずこれをしないと、はじまった気がしないぜ。
フゥ〜ム。いまのさわり心地から判断して、あまねのパンツも良い感じに育ってきたか。そろそろ収穫時かァ〜?
んンーもうちょい回収せずに育てるべきかァ〜?」

「そんな問題で、顎に手をあてて、首をひねらないでください」

「いまの発言で、おまえにはまだパンツの深さがまるでわかっちゃいねぇのがはっきりしたな。
俺は、くるとが映画で事件の真相を推理するみてぇに、はいてるパンツからそいつのすべてがわかる域に、すでに達しちまったんだァ〜。
つまり、おまえがパンツをはいてる以上、俺に隠し事をしてもムダってわけだぜ。ヒャッハァ〜」

 過去に何回も一緒に調査? しているとはいえ、どうして、あたしはこんな人にまでメールを送っちゃったんだろ。
 パラミタ実業高校の生徒だった南鮪さんは、いまは、空京大学に通っているはずだけど、まさか、大学でパンツの研究をしてる、とか。

「さあ、あまね。すごくすごく大事な作戦を実行するぜ」

 不穏な発言に寒気をおぼえて、あたしはくるとくんの手を引いて、鮪さんから数歩、離れました。

「ヒャッハァ〜。おまえが照れて、聞かねぇから教えてやる。
白昼堂々、青空の下、このどこまでもあけっぴろげな大荒野で、俺があまねをたっぷりかかわいがってやれば、そいつがなんだろうと自動的にやってくるに決まってるぜィ」

「きゃー」

 鮪さんがズボンとパンツを脱ぎ捨てて、あたしたちの方に近づいてきたので、あたしとくるとくんは、彼に背をむけて全力で駆けだします。

「くるとくん。うしろをみちゃダメ。走るのよ」

「わかった」

数分間、あたしたちは無我夢中で足を動かしました。
真夏の炎天下のダッシュで、日頃から運動不足のくるとくんは、すぐに息があがり、ふらふらと頭を左右に揺らしだし、いまにも倒れそう。

「しっかりして」

あたしは、汗まみれで苦しそうなくるとくんをおんぶか、抱っこしてあげようと、足をとめて、背後の状況を確認しました。
鮪さんは。

「あれっ。追いかけてきてないの」

「ふうーふぅーふぅー。あまねちゃん。あの人、倒れてるよ。
ホラーや、スプラッタ映画だと、だいたいああいう人は、悲惨な死に方をする」

「いくらなんでも、まだ死んでないと思うけど」

くるとくんをお姫様だっこしたあたしは、下半身裸のまま、うつぶせで大の字にのびている鮪さんのところへ近づきます。
いくら、鮪さんでも、このまま放っとくのは、ちょっと、その。
鮪さんの周囲には、彼にダメージを与え、あたしたちを助けてくれたらしい二人が立っていました。

「うぃ〜っす。くると、あまね殿。久しぶりだなぁ。マジェの時以来か?
ヴァーナー殿からこのへんに貴殿たちがいるときいたので、空からきてみたんだ」

イルミンスール魔法学校の制服を着た、ぼさぼさ頭で眠そうな顔をしたこの人は、空京にあるテーマパーク、マジェスティックの連続殺人事件の時にも力を貸してくれたアキラ・セルーンさんです。
隣にいる、腰までの金髪、銀色の瞳のクールな雰囲気の女の子は、彼のパートナーのルシェイメア・フローズンさん。
彼女は大きなハリセンを手にしています。

「アキラの空飛ぶ箒でわしら三人がここまできたら、ちょうど貴様らがそこの獣と追いかけっこをしておったので、容赦なくツッコまさせてもらった。
ただでさえ暑いのに、うっとおしいものを丸出しにするではないわ。
ちなみに、アキラは、いまは葦原明倫館の生徒で鬼城家の後見人をしておる。
なのにイルミンの制服を着ておるのは、単に不精だからじゃ」

つまり、ルシェイメアさんが鮪さんを張り倒してくれたんですね。
感謝します。
それと、三人って言っていたけど、アキラさんとルシェイメアさんとあと一人は。

「俺とルーシェと、こいつ、アリス・ドロワーズ。
今回はこの三人で協力させてもらうぜ」

「はじめまして、ワタシ、アリスでス。
ヨロシク。お願いシマース」

アキラさんの服の中からからでてきた身長30センチくらいのゴスロリ服の女の子が、彼の肩にちょこんと座って、頭を下げました。

「こちらこそ、よろしく。
ほら、くるとくんもあいさつするの」

無言でアリスちゃんを眺めている探偵小僧の頭をあたしは、力づくで押さえつけます。

「ところでアキラさん。ヴァーナーちゃんは、どこにいるんですか。あたし、ずっと待ってたんですけど、会えなくて」

「俺もみてないんだ。ここで貴殿らと待ち合わせしていると、メールにはあったが。きていないのか」

「ええ。コリィベルに入れるように、手配してくれるって話だったんですが」

パラミタは怪物や魔法使い、そのうえ、鮪さんみたいな人までうろうろしている不思議の国だから、ヴァーナーちゃんが心配です。きっと、大丈夫だろうけど。

「さて、ヴァーナーがどこにいるかはわからんが、動く城は本当にきたようじゃぞ」

ルシェイメアさんが視線をむけた先には、維新ちゃんのメールにあったように、まるで、あの映画のお城がそのままスクリーンが抜けだしてきた感じの、二本足で歩く巨大で奇妙な建造物がいました。
側に案山子さんは、いないみたい。
動く監獄、コリィベルは、大きすぎる影をおとしながら、ゆっくりとたしかな足取りでこちらに近づいてきます。

◇◇◇◇◇

事前にヴァーナーちゃんが話をしておいてくれたのか、あたしたちはあっさりとコリィベルに入ることができました。
アキラさんたちも、鮪さんも一緒です。
気を失ったままだった鮪さんのパンツとズボンは、アキラさんがはかせてあげてくれました。

刑務所のスタッフの人は、警察官や警備員の方たちがきているみたいな紺色の制服を着ています。
さらに重そうなベストも身につけてて、これが防弾チョッキってものかしらん。
頭にはヘルメット。肩には紐つきの銃(マシンガン?)をかけ、腰には、警棒と拳銃さらに剣らしきものを鞘に入れてぶらさげてる。

「所内にいる間は、寝る時と入浴時以外は、額にこれをつけていてくれ」

あたしたちが一人一つずつ渡されたのは、バンドつきの超小型のビデオカメラです。カメラのサイズは小指の先くらい。

「つけているだけでなにもいじらなくていい。出所する時に返却してもらう。
なお、このカメラで撮影した音声、画像はこちらで自由に管理、使用させてもらうので、同意書にサインをしてくれ」

「サインしないとどうなるんだ」

アキラさんが質問しました。アリスちゃんは、アキラさんの服の中に隠れています。

「カメラをつけない部外者の入所は認められない。
見学や面会希望、慰問に訪れた者は、まず簡単な身体検査を受け、余計な持ち物をすべて預け、同意書にサインをし、カメラを身につけてもらう。例外はない」

「了解しましたよっと」

アリスちゃんを除くあたしたち全員は、身体検査をパスし、同意書にサインして、カメラをもらいました。どこに隠れているのか、アリスちゃんは発見されません。

「自由に歩いていい場所は、いま渡したマップに示されている。
マップに書かれていない場所や立ち入り禁止ブロックに入った場合、即座に射殺されることもありえるので、注意しろ。
マップに書かれている注意事項はすべて絶対だ。
各区画への立ち入り可能時間も厳守してくれ。
部外者用の施設、トイレ。食堂。シャワー室。寝室。給湯室。ランドリー室。休憩室。面会室等は、規則に従って自由に使用してもらってかまわない。
当刑務所は、スタッフは三交代、二十四時間体制で常に稼動している。
自分のスケジュール。生活サイクルに従ってすごすといい。
おまえらの滞在期間は最長でいまから、72時間だ。
その時間をすぎたら、強制的に退去させられる。
でたくなったら、近くにいるスタッフに声をかけるか、インターフォンでその旨を伝えろ。
くれぐれも受刑者、スタッフに迷惑をかけないように頼む。
それでは、ようこそ。コリィベルへ」

硬い表情でぶっきらぼうなしゃべり方、少しも歓迎されている感じはしませんでしたが、とにかく、スタッフさんからの説明は終わりました。
アキラさんたちは、まず、ここの責任者さんに会うとかで、鮪さんは、パンツが呼んでる声が聞こえるそうで、それぞれどこかへ行ってしまって、あたしとくるとくんは、とりあえず、休憩室へ。

「いざ中に入ってみると、病院とかホテルとかそんな雰囲気の場所ね。
廊下も壁も天井も余計な装飾は、まるでないけど。
ヴァーナーちゃんもここにいるのかな。
携帯は入り口で預けちゃうから、つながらないのも当然よね」

「マップでみると、縦に二十八層。横に六層にわかれていて、それが複雑に入り組んでて、中にいる人を混乱させるために造った感じ。
テリー・ギリアム監督の頭の中は、こんなふうなのかも」

くるとくんがまたわけのわかんないことを言ってます。
マップをみながらたどりついた休憩室は、二十畳くらいの広さの部屋でなんと畳敷き! でした。
どうして、和風なの?

「わぁ〜。くるとくんとあまねさんだ。
シェイドのお菓子があるから、こっちでワタシたちと食べようよ」

声をかけてくれたのは、休憩室の大きなちゃぶ台を囲んでいる人たちの一人、PMR(パラミタミステリー調査班)のミレイユ・グリシャムさんでした。
ミレイユさんは、ボブカットのかわいい吸血鬼さん! で森が大好きだったはず。
彼女のまわりには、いつものPMRのみなさんと、あたしたちが初めてお会いする二人が座っています。

「ミレイユさん。PMRのみなさん、こんにちは。
それと、こちらは」

「ロレッタは、くるととあまねと会うのははじめてなんだぞ。
ロレッタ・グラフトンなんだぞ。
でも、ミレイユから話はきいているので二人のことはよく知ってるんだぞ」

ミレイユさんのパートナーのハンサムな吸血鬼シェイド・クレインさんの隣にいる、一本三つ編みの女の子がお菓子を食べながら、話しかけてきました。

「くるとくん、あまねさん、おひさしぶりです。ロレッタは私と同じで、ミレイユのパートナーなんです。
春夏秋冬真都理くんと仲良しなんですよ。
このお菓子は、ブリンツ。
クレープ生地にクリームチーズを包んで、グラニュー糖をふりかけてバターで焼いたお菓子です。
ロシアではこれをブリンチキを呼びますから、コリィベルではブリンチキかもしれませんね」

お菓子作りが趣味のシェイドさんは、調査のたびに、いつもなにか作ってきてくれて、超偏食でお菓子が主食といっても過言ではないくるとくんに、貴重な栄養分を分け与えてくれる優しい人です。
あたしもくるとくんも、長方形のクレープみたいな外見のブリンツを一つずついただきました。
バターの香りがして、食欲がそそられます。

「シェイド兄ちゃんのお菓子は、どれもすごくおいしいんだぞ。
くるとやあまねは事件の調査でパラミタのあちこちへ行っているだろうから、ロレッタの知らないお菓子屋さんを知ってるかもしれないんだぞ。
もし、オススメのお店があれば、教えて欲しいんだぞ」

ロレッタちゃんはお菓子を食べるのが好きみたいね。
同好の士のくるとくんのいいお友達になってくれるといいんだけど。

「ミレイユさんたちも、あたしのメールを読んで歩不さんを探しにきてくれたんですか」

「ううん。それがね、PMRに、あまねさんのとはまた別の依頼がきてね。その内容がね」

「実はね……ベスティエがここに収監されているの」

ミレイユさんの言葉を引き継いだのは、同じくPMRのメンバーのリネン・エルフトさん。
こういう衝撃的な発言をきいた時、PMRの流儀としては、

「な、なんだってぇーっ!?」

少し恥ずかしかったけれど、PMR流のお約束のリアクションをして、あたしは、みなさんから親指をたてたグットのサインをいただきました。

「ちゃんと驚いてくれてありがとう。
コリィベルから、PMRにこんな写真が届いたの。
同封された手紙には、一行、助けてくれ、って」

リネンさんがみせてくれたのは、白と黒の縞模様の囚人服? を着たベスティエ・メソニクスさんがめずらしくまじめな顔でカメラ目線で立っている写真でした。
ベスティエさんは長身の獣人さんで、リネンさんのパートナーで、やたらに情報通の怪しげ方ですが。
刑務所に収監されるなんて、なにをしてしまったんでしょう。

「リネンに男がいて、しかもそいつがかなりのワルだってきいて、オレもびっくりしたぜ。
コリィベルに入れられるようじゃ、かなりどころじゃねぇな。ワルの中のワルだぜ。
かなり裏に通じてる情報屋なんだろ。
きっと、知らなくてもいいことまで知っちまって、ここで消されるのかもな」

いえいえ、本人に会えばわかりますけど、そんな、ワルの中のワルという感じではなくて、のらりくらりの正体のつかめない話好きのお兄さんなんですけどね。
ところで、極小のビキニのうえに、シャツをはおっただけのこの刺激的な格好の人は。

「オレはフェイミィ・オルトリンデ、リネンとはつまりそういう関係だから、くわしくは説明しないが、オレたちが二人でいたい時には、空気を読んで席を外してくれ。
リネンが昔の男とのよくない関係を清算したがってるようなので、現彼氏としてここまでついてきた」

「現彼氏。ですか」

フェイミィさんは背中に大きな黒い翼があって、胸も大きいし、腰もくびれてるし、どう見ても女性なのですが。

「エロ鴉の話は信じないでね。
私たちはベスティエと面会するために、ミレイユの知り合いにお願いして、人権派の弁護士さんに今回の訪問の段取りをつけてもらったの。
あんなベスティエでも私にとってはパートナーだし、できることなら、ここからだしてあげたいから」

リネンさんの言葉にPMRのみなさんが頷いています。

「いま、弁護士さんが面会の時間を交渉しにいってくれてて、みんなで待機しているところなのよ」

なるほど。
PMRは仲間思いですね。そういえば、PMRのメンバーさんでもここにいない人もいるわね、今日はたまたまきてないんだろうけど、あの人やあの人も元気かな。超推理の元祖のあの人とか。

◇◇◇◇◇

「ここに、パートナーが収監されているのは、PMRだけじゃないんだよ。
情けないことにね」

とんとんと肩を叩かれて振りむくと、そこにいたのは、薔薇の学舎の銀髪の名探偵クリスティー・モーガンさんでした。

「ごぶさたしてます。こんにちは。クリスティーさん。
あの、ひょっとして、クリストファーさんが」

「その名前をきくだけで頭が痛くなってくるよ。
たしかにいろいろワルさもしているヤンチャなパートナーだけど、よりによって女性相手のその……なんかで、捕まるなんて。
あいつ、なにを考えてるんだろ。
本人は冤罪を主張してるけど、よっぽど、たしかな証拠がなければコリィベル送りになんてならないよね。
ボクは、もう何度も面会に来てるんだ。でも、本人はなんだかのんびりしちゃってさ。
あきれちゃうよね。
あまねちゃんやくるとくんもよかったら、バカンス中のボクの元パートナーに会っていくかい」

普段は、穏やかなクリスティーさんがよっぽど頭にきてる様子です。
にしても、チョイワルのモテ系美形男子のクリストファー・モーガンさんが、そんな罪状で捕まるなんて腑に落ちないですね。
もしかしてお酒を飲んで前後不覚になっていたとか、相手の女の人にハメられたとかなんでしょうか。

「クリスティーさん。あたしたちもクリストファーさんに会いにいきます。
気になりますから。
彼がそんなことをするなんて、あたしも納得できないですし」

「ありがとう。あまねちゃん。
きみたちがきてくれれば、あいつも喜ぶと思うよ。
あまねちゃんからもらったメールの件なんだけど、あいつの御乱行のせいで忙しくて、ろくに調査してあげられなくてごめんね。
Mrシュリンプだったら、同じ薔薇の学舎の生徒で面識があるから、きみたちが彼に会いにいくなら、一緒にいけば少しは力になってあげられる気がするな」

「その時はよろしくお願いします」

そうね。
まずは、維新ちゃんがメールで名前をあげていた所内の有名人のみなさんに会いに行くのが、ここの内情を知るのには一番いいかもしれない。

「そのうー。あまねさん、くるとくん、私もパートナーがここに収監されちゃって、会いにきたんですー。
初対面で、いきなり、あれなんですけど、私のパートナーのアヴドーチカさんをここからだすのに力を貸してもらえませんか」

あたしたちに申し訳なさそうに話しかけてきたのは、こげ茶のショートウェーブの大人しそうな女の子でした。
彼女の見た目で特徴的なのは、その背中にしょったゴルフバックに入っている、冷凍マグロと野球の金属バットと、お寺にある鐘をつく棒? みたいなもの。
重そうで、しかも用途不明なんですけど。

「あなたは、どなたです」

「ごめんなさいー。あいさつが遅れました。私、イルミンの高峰 結和です。
いままでお二人の調査に参加したことはなかったのですが、ネットでかわい家さんが公開した事件簿を読んで、お二人の名前は存じておりましたー」

「それは、どうも。
ところで高峰さん。背中のカジキマグロとバットと棒はなんですか」

「お言葉ですが、カジキではなく海京で養殖された高級クロマグロですー。
とても美味なんですよー。
は。脱線してしまいましたね、すいません。
私が持っている三本は、それぞれ、冷凍マグロ、金属バット、鐘つき棒を改造した特製バールですー。
私がコリィベルへのこれらの持ち込みを許されているのは、これが私のパートナーの無実を証明するのに必要な医療器具だからですー」

「アヴドーチカ・ハイドランジアは、バール整体治療師なんだ。
バールで殴ることで人の病気や物の故障をたちどころに治(直)す治療法を行う整体師さ。
あ、僕はアンネ・アンネ 三号。
三号って呼んでね。
僕も結和のパートナーで、アヴドーチカの治療を何度か強制されたことがあるよ。
あの治療法に効果があるかどうかは、僕も疑問に思うな。
正直、いつかこうなる予感はあったんだ。
だいたい、治る治らない以前に、フルスイングしたバールで叩かれるのは、かなり怖いし、痛いからね」

それはそうですよね。
実際の治療の現場をみなくても、三号さんの意見に納得です。
あたしと細身の美少年の三号さんは、意気投合という感じで頷きあいました。
にしても、相変らず、契約者さんとパートナーさんの外見偏差値は高くって、パラミタにくると美形ばっかりなんで、鏡をみるのがいつも以上にイヤになります。

「とにかくアヴドーチカさんをここからだすには、彼女が暴行ではなく、治療を行っていたのを証明する必要があると思うんですー。
それで、こうしてアヴドーチカさん愛用のバールを持ってきて、治療を実演してもらおうと考えているんですー。
あまねさんやくるくんは、どこか悪いところはありませんかー」

力を貸せって、そういう意味ですか。
バールで殴打されるとか、探偵じゃなくて被害者です。
かんべんしてくださいよ。

「ベスティエ・メソニクス。クリストファー・モーガン。バール整体治療師アヴドーチカ・ハイドランジア。
メメント・森の他にも、リリの興味をそそる受刑者が次々と収監されてくるな。
コリィベル。
その存在を伝説化されるだけあって、なかなかおもしろい刑務所なのだよ」

聞きおぼえのある声のした方をみてみると、オカルト少女探偵リリ・スノーウォーカーさんとパートナーのララ・サーズデイさん、それともう一人、髪と服に黄色い薔薇をつけた女の子が座ってお茶をのんでいました。

「くると。あまね。やあ。元気そうだな。
なにか事件でも起きたのか? 盗み聞きする気はなかったのが、知った声が耳に入ってくるのでついつい聞いてしまったのだ。
茶でもどうだ。
秘書が水筒を持たせてくれてな、日本茶の冷やし抹茶だ。甘くて飲みやすいぞ」

あたしたちは今度は、リリさんたちの輪に加わらせていただいて、紙コップで冷やし抹茶をごちそうになりました。

「あたし、リリさんのSW(スノーウォーカー)探偵事務所にもメールしたんですけど、アドレスを変更されたのか、メールが戻ってきちゃって、連絡がつかなかったんですよ」

「それは悪かったな。
いまは、SW探偵事務所ではなく、薔薇十字社探偵局で局長をしているのだ。
今後、メールはこの名刺のアドレスに送ってくれ。
二人は、ユノとは初めてだったな。この少女は、ユノ・フェティダ。リリのパートナーだ」

「くるとちゃんたちは、クロウリーやノーマン、ルパンたち怪人とパラミタのあちこちでばんばん戦ってるんだってね。
あなたたちがここにきたってことは、コリィベルは魔法大戦争の舞台になるのかな。
あたし、わくわくしちゃう」

ユノさん。
その三人をひとくくりにまとめてしまうのは、本人たちはたぶんに異論がある気がします。
あと、

「薔薇十字探偵。
どこかで聞いた気がする」

「榎木津礼二郎だよ。映画では、阿部寛が演じてた。
百鬼夜行シリーズの映画版の二作は、原作のファンなのか、一般の観客なのか、監督や原作者なのか、誰にむけてつくったのかわからない。焦点の絞れていない作品たちだと思う。
興行成績が振るわなかった原因は、キャストや脚本よりもそこらへんにある気がする」

くるとくん。教えてくれてありがとう。
あたしには、まったく意味がよくわかりませんが。

「くるとは、メメント・森を知っておるか?」

リリさんからの質問です。
くるとくんは返事をしません。まったく。知らないなら、知らないと言わなきゃダメでしょ。

「ごめんなさい。知らないみたいです。
この子。知識が偏ってて。
森って、あの、木のたくさんある森ですか」

「ある男の名前だ。
パラミタの連続殺人犯。
リリが探偵として最初に捕まえた犯罪者なのだよ。
森は、いま、このコリィベルに収容されている。
そして、いまも、やつの行った犯罪のすべては解明されていない。
リリはそれを知るために、定期的に三ヶ月毎にここを訪れて、森と面会しているのだ」

「その人なら知ってる。
ネットでみた。
パートナーで恋人だった人を犯罪組織に殺されて、復讐のために殺人を犯してしまった契約者。
彼は、パートナーロストと愛する人を失った心理的ダメージで、一時間しか記憶がもたないんだ。
一時間ごとに彼の記憶はリセットされてしまう。
その状態でも、復讐を果たすために彼は」

「復讐に関する情報を刺青にして自分の体に刻むようになったのだよ。
結果、やつの体には無数の文字や記号が彫りこまれた。
その時、その時で適当な彫師に仕事を依頼したせいもあって、いまや誰にもその意味がわからぬのだ。
リリが調べたところでは少なく見積もっても、やつはまだあと二十件以上の殺人を隠蔽している。
実数は、おそらく、それ以上だろう。
復讐鬼と化したやつの凶刃に倒れた者は、組織のメンバーだけでなく、その家族、恋人、友人たちもふくまれているのだよ。
リリは彼らの行方の探索を依頼されている。
幼い子供が行方不明のままになっている親族が、消息を知りたがるのは当然なのだ。
森の記憶を取り戻すために、リリも魔法を使ってみたり、いろいろ試してはいるのだが、バール整体治療師の療法に効果があるのなら、森の頭を渾身の力で叩いてもらうのもいいかもしれないと思うのだ。
どうだ。いいアイディアだろう」
 
 真意の読めないあいまいな口調でリリさんは、提案しました。

◇◇◇◇◇

あたしとくるとくんはPMRのみなさんとクリスティーさんと一緒に面会へ行きました。
高峰さんたち、リリさんたちとはブロックが違ったので、自然とそういう形になったのです。
人権派の弁護士さんに連れられて、先にクリストファーさん。次に、ベスティエさんに会う予定です。

面会室の予定が詰まっていて、本人も承諾したということで、クリストファーさんとは、彼が収容されている独房の前で格子ごしに対面しました。

「みなさん。お揃いでようこそ。
俺のブザマな姿をみにきたってわけ? どうぞ。御覧あれ、だよ」

クリストファーさんは、パイプベットに寝転がり、天井を眺めながら、投げやりな感じで両手の平をひろげてみせました。

「みんながきてくれたんだ。
せめて、寝台からおりて側まできたらどうだい。
囚人は、みんな規則的な生活を送っているのかと思ったけど、昼間からゴロゴロしていて、どうやらそうでもないみたいだね。
ほら。こっちへおいでよ」

クリスティーさんに呼ばれても、彼はベットをおりません。

「俺は無実だよ。
なのに、いつまでもこんなところに押し込んでさ。
クリスティーは、ほんとに俺を釈放させるための努力してくれているのかい。
せっかくの夏休みがこれでパーだよ……。
しかたがないんで、まあ、ここを避暑地だとでも思って楽しむことにするよ。
夜を徹して会話にふけたい興味深い人物もいるにはいるしね」

反省の念も、面会にきてもらえた感謝の気持ちもまるで感じられません。
クリスティーさんがいら立つのももっともですね。

「あきれて物も言えない。
夏休みどころか、このまま隠居して、人生の終焉をここで迎えるハメになってもボクは知らないよ。
地球からあまねちゃんとくるとくんもきてるんだ。
とりあえず、こっちへきてあいさつくらいはするべきだよ」

「うるさいなぁ。いい知らせがないなら、別に会いにこなくてもいいのに」

ぶつぶつ言いながら、クリストファーさんはようやくベットをおりて、けだるそうにあたしたちの方へ歩いてきました。
囚人服の彼は、金髪も乱れていて、いくぶん、やつれたようにみえます。
興味なさげにあたしたちを一瞥し、ため息をつきました。

「わざわざこんなところにくるなんて、みんな、遊びに行くところもないのかな。
さみしい人たちだね。
じゃ」

「クリストファー。
きみは、かわい歩不さんを知らないかい?
ほら、あのかわい家事件の犯人だった多重人格の少年だよ。
彼もここに収監されていたらしいんだけど、いまは行方不明になってるんだ。
あまねちゃんたちは彼を探しにきたんだよ。
手がかりになるような情報があったら、教えて欲しいんだ」

背をむけて去りかけたクリストファーさんは、クリスティーさんに尋ねられると足をとめました。

「俺はね、クリスティーが思っているほどバカじゃないんだ。
くわしくは言わないけど、俺はここである実験をしている。
だから、あまり、きみらに付き合っている時間もないんだよ」

振りむかず、そのまま寝台へ戻ると、横になり、今度は頭から毛布をかぶってしまいました。
過去の事件の調査ではクリストファーさんはいつも協力的で、どんな時もユーモアを忘れない人だったのに。
冤罪で収監されたショックで彼は、いつもの自分を見失ってしまっているのでしょうか。
だとしたら、悲しいです。

「Truth or Dare。邦題は、IN BED WITH MADONNA。この映画の中のケヴィン・コスナー。
ボウリング・フォー・コロンバインで悪役にされたチャールトン・ヘストン。
ドキュメンタリーで、本人の意思に反して素の姿を撮影されたスターたちみたいに、いまのクリストファーさんは自然だった。
これが本当の彼なんじゃないかな」

くるとくんが言わなくてもいいことを言ってる。

「たしかにボクのパートナーには二面性はあるけど、でも、ボクはくるとくんのその推理には賛成できないよ」

「クリスティーさん。ワタシもそう思うよ。だから、シェイドがね」

ミレイユさんが、クリスティーさんの耳元でなにかをささやきました。
そういえば、シェイドさんの姿が。
さっきまで、みんなとここにいたのに。
周囲を見回してシェイドさんを探すあたしの耳をロレッタちゃんが引っ張りました。
そして、小声で、

「シェイド兄ちゃんは、狂血の黒影爪でクリストファーの影の中に忍び込んだんだぞ。
側にいてクリストファーの変心の理由を探って、クリスティーさんを助けてあげるつもりなんだぞ」

さすがは、シェイドさん。
そうとわかれば、ここは一端、引きあげた方がよさそうですね。

「PMRは謎を謎のまま、放置したりしないんだぞ。
どんな謎でも全力で解決するんだぞ」

「ありがとう」

ミレイユさんから事情をきいたらしいクリスティーさんが、ロレッタちゃんの髪を優しく撫でました。

◇◇◇◇◇

続いて、あたしたちは、ベスティエ・メソニクスさんが収容されている独房へむかいます。

「弁護士さんの話だと、ベスティエは模範囚らしいの……ここでの治療ですっかりまともになったそうよ」

リネンさんの説明にあたしは胸騒ぎをおぼえました。
ベスティエさんをまともにする治療とは。

「いまのベスティエは過去をすべて捨てて、名前もベスティエ・メソニクスではなくて、ここで与えられた番号を新しい自分の名前にしたんだって。
治療が完了したから、本来なら出所してもいいのだけれども、本人は一生ここにいたいって希望してる」

「カッコーの巣の上で。ロボトミー手術による人んがっ

またくるとくんが余計なことを言いそうな気がしたので、口に手をあてて黙らせました。

「ワタシも弁護士さんに聞いて驚いたんだけど、たぶんベスティエさんが過去を封印しちゃったせいで、ここのスタッフは誰もベスティエ・メソニクスさんを知らないんだ。
だから、とにかくPMRのメンバーの囚人がいるはずだってお願いして、確認してもらったんだよ」

ミレイユさんも不安そうです。
あたしたちは、ある独房の前で足をとめました。
ここにベスティエさんがいるはず。
クリストファーさんの牢屋とは違って、房内は暗くて中の様子がよくみえません。

「ベスティエ。リネンよ。
ここにいるんでしょ。返事をして」

しばらく待ってもなんの反応もありませんでした。

「リネンさん。いまのベスティエさんは、この牢屋の番号を自分の名前だと思ってるんだよ。
番号で呼んであげないと、自分が呼ばれてるって気づかないんだよ」

ミレイユさんのアドバイスは、きっと正解な気がします。

「わかったわ。
十一。
十一号。
こっちへきなさい」

さっきまでぴくりとも動いていなかった家具にみえた影の塊が動きだしました。
それは立ち上がり、人の形になって、こちらへ歩いてきます。

あ。

彼は。
遠い昔の機械の仕掛けのおもちゃのようにぎごちなく動く、無表情な彼は、間違いなく。

「イレブンさん!!」

ミレイユさん、リネンさん、ロレッタさん、あたし、さらにクリスティーさんまでもが同時に叫びました。

「イレブンさん?
それはなんですか。
私は十一号です。
はい。私は模範的な囚人です。
はい。特別移動刑務所は素晴らしい場所です。
はい。私は模範的に振る舞い、他の囚人の見本となります。
私は規則を守ります。
朝は定められた時間に起床し、昼は定められた時間に食事し、夜は定められた時間に就寝します。
私は規則を守ります。
与えられた部屋で、生かされることに感謝し、過去の行いを償いながら、日々をすごします」

うつろな目つきと意志の力のない声。
PMR創始者イレブン・オーヴィルさんの変わりはてた姿に、あたしたちは再び全員で、驚きの叫びをあげました。

「な、な、なんだって……!?」

「なんだって、ではありません。
私は規則を守ります。
他の囚人とは友好的に接し、新たな囚人はあたたかく迎え入れます。
特別移動刑務所は素晴らしい場所です。
過去のあやまちはシミひとつなく漂白され、貴方たちは新しい人生を手に入れるでしょう。
人生はやり直しができるのです。
失敗したSAVEDATAは消去して、NEWGAMEを選択すればいい。
ここは貴方たちを受け入れる優しいゆりかご。
やり直しの時間は無限にあります。
私は規則を守ります。
私は規則を守らねばなりません。
規則を破ろうとする囚人は捕らえ、閉じ込めなくてはなりません。
武器を使ってスタッフと共に戦い、彼らを無力化します。
はい、私は模範的な囚人です」