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第一章:のろっちくなった分、素早くしてみっか

「くっ……なんてレベルの魔法だよ」
 眼前に撃ちこまれた火球を寸前で後方へと飛び退いて避けたアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)は、自分の頬を冷や汗が伝うのを感じていた。彼自身も魔法を学ぶ者だけに、この魔法の威力や精度がどれだけ高いかを嫌というほど痛感していた。
 相手の力量を考えてアッシュが戦慄している間にも、再びもう一発の火球が飛んでくる。それを転がって避けながら、アッシュは火球の飛んできた方向に目をやり、敵の姿をしっかりと捉える。
 紺色のローブを纏った魔道士。それが今、アッシュが相対している敵の姿だった。目深にかぶったフードで顔は判らず、そのせいで若いのか老体なのかも、男なのか女なのかも判然としない。ただ一つ言えることは、この魔道士が並大抵ではない技量を持っているのは間違いないということだ。
 中西洋風の屋敷の一室。そんな印象を与える大きな部屋に出たかと思えば、一人立っていたのはこの魔道士だった。
「アゾートを追って『本』の中に入ってみりゃあ、いきなりトンデモないのが出てきやがったぜ……!」
 ぼやきながらも機敏に立ちあがると、アッシュは再び床を転がった。三発目の火球が既に発射されているのだ。
「っとぉ! 危ねぇ!」
 三発目の火球も間一髪で避けるアッシュ。だが、その直後に敵の狙いに気付き、彼は戦慄する。
「……マズったぜ!」
 今しがた放たれた三発目の火球はフェイント。次いで即座に放たれた四発目の火球こそが本命だったのだ。三発目を大仰な動きで避けた直後にできた隙をつかれ、アッシュは迫る火球への反応が間に合わない。
 だが、火球がアッシュに直撃する寸前、彼の眼前に突如出現した何かに激突した火球は、空中で霧散する。
「危ないところだったな」
 その声に振り返ったアッシュが見たのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の姿だった。
「助かったぜ!」
 突如出現した何か――エースが聖なる気を放つ事によって作りだした防御力向上の障壁に助けられ、間一髪で事無きを得たアッシュは彼に礼を言う。
「気にするな。それよりも、今はあの魔道士を倒す方が先だ」
 そう応え、エースは弓を構える。その隣にメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が歩み立つと、エースに声をかけると共に彼も弓を構えた。
「エース君。取りあえず探し人の片割れたるアッシュ君は見つけたんだ。では、次はあの魔物を倒すとしようか」
 互いに頷き合い、弓の弦を引き絞るエースとメシエの二人に後ろから声がかかる。
「エースさん、メシエさん。僕も援護します」
 声の主はエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。彼は持参した機関銃を素早く床にセットすると、しっかりと固定する。射撃の準備を整えた彼は素早く機関銃の安全装置を解除した。
「メシエ、エオリア。まずは俺たちからいくぞ」
 エースの合図に頷くメシエとエオリア。メシエは弓の弦を引き絞り、エオリアはトリガーに指をかける。そして、エースとメシエは引いた弦を放し、エオリアはトリガーを絞った。
 魔道士に二本の矢と無数の機関銃弾が襲いかかる。空を切り裂いて迫り来る矢と弾丸に対し、魔道士は魔法による障壁を展開しそれらを防ごうとするも、物理的な攻撃である矢と弾丸は防ぎきれない。
 障壁をぶち破って肉迫する矢と弾丸が魔道士のロープを貫き、その身体へと突き刺さる。だが、魔道士は冷静に矢を引き抜き、銃弾を撮み出すと、それらを床へと放り投げる。
 そして、特に怯んだ様子も無く傷口へと右手をかざし、回復魔法でその傷を治癒しにかかる。傷はたちどころに塞がっていき、魔道士は復調を果たしつつあった。
 だが、エースたちも黙ってはいない。エースとメシエがすぐさま発射した矢と、エオリアが張った弾幕が魔道士を牽制し、その動きを押さえることに成功する。
「みんな、今だッ!」
 弾幕を張る機関銃の掃射音に負けないように声を張り上げながら、エースは自分たちに続いて『本』の中に入って来る仲間たちに向けて合図をかける。
「感謝する。まずは私からだ――!」
 エースの合図に応えてまず動いたのは涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)だ。彼は呪文により高めていた自らの魔力を一気に解放するつもりで、全力の魔法を放つ。
 涼介の魔法によって召喚された召喚獣――フェニックスとサンダーバードの二体が同時に現れると、魔道士へと一斉に襲いかかった。
 炎の翼をはばたかせるフェニックスと雷の翼をはためかせるサンダーバードが高速で飛行し、加速の乗った体当たりを魔道士へと仕掛ける。
 それに併せて涼介も炎の魔術と氷の魔術を同時に操り、魔力を込めたその攻撃を魔道士へと叩きつける。左からフェニックス、右からサンダーバードの突撃がそれぞれ炸裂し、更に正面から涼介の魔法が魔道士へと直撃する。圧倒的な魔力を惜しげもなく活用した、実に高位の魔道士らしい戦い方だ。
 対する魔道士も魔法の障壁を張ってそれを防ごうとするも、あまりの猛攻を前に全ての攻撃を減衰させることはできず、ダメージを負う。
「このチャンス、逃すわけにはいかないんだから」
 魔道士の展開する魔法の障壁を突き破ろうとしてせめぎ合っているサンダーバード。その電撃攻撃に合わせるように、更なる電撃が後方より押し寄せる。
 混ざり合った二つの電撃は更に強力な電撃となり、サンダーバードの方向に展開していた魔道士の魔法障壁をぶち破った。それだけではない。障壁をぶち破った電撃は魔道士の身体を強かに打ち据え、魔道士の身体を痺れさせていく。
 はっとして涼介が振り返ると、その先にはアイドルコスチュームを着た美少女――アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が立っていた。先程の攻撃はアスカによる機晶シンセサイザーの雷電魔法だ。
 二重の電撃によるダメージで膝をつきながらも、魔道士は障壁を修復するとともに、再び回復魔法で自らの傷を癒して立ちあがった。
「あなたたちが射撃で時間を稼いでくれたおかげで助かった」
 エースたちが射撃で魔道士を押さえている間に、自分の魔力を高める呪文を詠唱し、攻撃の準備をすることができた礼を述べる涼介とそれに頷き返すエースに次なる声がかかる。
「差し出した物が『力』ならば、知略で解決すべきという事だな! ここは私に策がある!」
 続いて『本』の中に入って来たニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は手にしたサラダ油のボトルを掲げながら、先んじて『本』の中へと入っていた仲間たちへと、声高らかに宣言する。
 ――どうしてそんなものを持っているんだ? という視線が先んじて突入していた仲間たちから自分に集中するのを感じたニコラは一つ咳払いをすると、その理由を語り出す。
「私の手元に都合よく『サラダ油』がある理由? いやなに、調べ物をしていたら、サラダ油で石鹸が作れると書いてある本を見つけてな。興味があったのでこれは是非試さねばと思っていた矢先にこの事件。うっかり手に持ったまま来てしまったのだよ」
 そこまで一息に語り終えると、ニコラは体勢を立て直し終えた魔道士へと向き直る。
「まぁそんな事はどうでも良い。この『サラダ油』を使って魔道士を転ばせ、集中力を削ぐとしよう」
ニコラは用意がいいことに、サラダ油が入ったボトルの上の部分を切って撒きやすくする加工を既に済ませてあったようだ。
魔道士の一挙手一投足をつぶさに観察し、魔道士が魔力を集め、それを練り上げて魔法を構成する瞬間――狙うべき瞬間をじっと待ち続けるニコラ。
 やがて魔道士の手に魔力が収束し、魔法が練り上がる。練り上がった魔法を放つその瞬間、ニコラは魔道士が魔法を使う瞬間に合わせてサラダ油のボトルを投げる。
「万が一にも私たちが滑っては元も子もないからな」
そう一人呟いたニコラは、魔道士と共に戦う仲間たちに声をかける。
「サラダ油を撒いた。足元には注意してくれ」
 ニコラの手から投じられたサラダ油のボトルは放物線を描き、魔道士の足元へと落下する。魔法を練り上げることに意識を集中していたこともあって、魔道士は一瞬ながら反応が遅れる。
 まるでその隙を狙ったかのように、魔道士の足元へと落下したサラダ油のボトルは二度三度、床で回転するように動き、カットされた注ぎ口から盛大にサラダ油をぶちまける。
 魔法に意識を集中していた所に突然飛来したボトルを、一瞬何であるか認識できなかった魔道士は、強力な魔力弾を放つ為の準備として、しっかりと足を踏ん張ってしまう。
 そして、それこそがニコラの狙い通りであった。全力で床に足を踏ん張った魔道士は、サラダ油に濡れた床を全力で踏みつけるかたちとなり、見事に滑って転倒し、床へと身体を強かに打ちつける。
 ニコラが敢行する作戦の一部始終を油断なく見守りながら、五月葉 終夏(さつきば・おりが)は静かに呟いた。
「『本』の中に入った時に私が差し出したものは、どうやら『力』みたい。もともと魔法使いだからそんなに影響があるわけじゃないんだけど……いや、やっぱり杖がちょっと重いかな」
 呟きながら、自らの手の感覚を確かめるように何度も杖を握り直し、手を動かす終夏。彼女はしっかりと杖を握り直すと、重たく感じる杖をしっかりと保持するべく、もう一方の手も添えた。そして、意識を集中し、魔道士の頭上に魔法を展開する。
 通常の建物の二階から三階ほどの高さはありそうな高い天井。その天井付近に突如としてヒビが入り、魔道士の頭上に何かが落ちてくる。
 突如として頭上から降り注いだ異物に驚き、魔道士はそれを避けようとするも、勢い良く立ち上がろうとしてまた滑って転倒し、再び身体を強かに床へと打ちつける。
 しかも、魔道士の受けたダメージはそれだけではない。転倒して身体を打ちつけた所に追い打ちをかけるが如く落下してきた異物が魔道士の身体を痛打する。
「のろくなったと分かるけど、パワーと魔力はそのままでラッキーって感じね。ポジティブに行きましょ」
 ニコラの作戦が成功したことにより勢いづく彼等に続いて、『本』の中に入ってきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は皆に笑いかけ、既に突入していたエースに目配せすると、更に口を開いた。
「アゾートとは携帯番号交換し合った仲よ。だから助けに来たの。アコを見張りに残したわ。行くっきゃないっ」
 そう告げたルカルカは武器を構えると、しっかりと魔道士を見据える。『本』の中に入る為に彼女が差し出したものは『勇気』。いつもより、自分が遅くなったという自覚が彼女にはあった。
 しかし、倒すべき敵である魔道士を見据える彼女の目は些かも曇ってはいない。その瞳には力強い光が宿っている。それもそのはず、彼女には『勇気』を差し出した状態にあっても、明確な勝算があるのだ。
「のろっちくなった分、素早くしてみっか」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いたルカルカは自らの意識を集中していく。様々な危険に対処してきたことで、不意の状況にも素早く対応できるようになった彼女ならば、たとえ『勇気』を差し出したこの状況にあっても、自らの判断速度を上げることが可能なのだ。
 そして、彼女の準備はそれだけに留まらない。物理的な攻撃や魔法による攻撃への防御力を落としていく代わりに更に速度を上げ。今の自分にできる加速を極限まで突き詰めていく。
 そうして加速した彼女は自らの調子を確かめるように身体を少し動かして身体中のバネをほぐし、もう一度しっかりと魔道士の姿を見据え、武器を握りしめる。
 そして、魔道士が魔法による突風を巻き起こし、自分の周囲に散布されたサラダ油を根こそぎ吹き飛ばし、それによって体勢を立て直した瞬間。同時にルカルカも走り出した。
 上品なデザインに仕上げられた床を蹴ってルカルカが疾駆する。新たな敵の出現に気付いた魔道士はすぐさま魔力を結集し、魔法を練り上げる。
 両手に一つずつ魔力弾を生成すると、魔道士はその手をルカルカへと向け、連続して魔力弾を放つ。矢や銃弾にすら匹敵する速度で飛来する魔力弾。
 風を切って走りながらルカルカは自分めがけて飛んでくる魔力弾から目を逸らさず、瞳に捉えることを止めはしない。『勇気』を差し出したせいで、ともすれば自分に向けて襲い来る魔力弾から目を逸らしたくなる衝動に駆られながらも、それを必死に押し殺し、恐怖に耐えながら、彼女は飛来する魔力弾を見据え続けた。
 決して速度を落とさず走り続けるルカルカに一発目の魔力弾が肉薄する。直線軌道を描いて飛来する魔力弾から目を離さず、素早く床を蹴ってサイドステップを刻み、ルカルカはその一撃を回避する。
 だが、安堵する暇も与えまいかと言うかのように、次の魔力弾が襲いかかる。今度の魔力弾はカーブする軌道を描いて斜め前からルカルカへと襲いかかる。
 更にその魔力弾はルカルカに炸裂する直前で更に軌道を変え、斜め下へ向かって下降するように飛来する。足元を狙った的確な攻撃だ。まずは彼女の機動力を削ごうというのだろう。
 それに対し、ルカルカは自らの足に魔力弾が直撃する寸前に渾身の力で床を蹴って上方へと跳躍し、そのまま前方へと着地することで二発目の魔力弾も回避。そのまま速度を緩めることなく魔道士との距離を詰めていく。
 だが、魔道士も負けてはいない。ルカルカが一発目と二発目を回避している間に両手に一つずつ、都合二発の魔力弾を新たに生成していたのだ。
 そしてほぼ同時に放たれる魔力弾。ごく僅かな時間差で迫り来る二つの攻撃をルカルカは床を蹴って跳躍することで回避する。
 しかし、先程とは違い、魔力弾は一度回避された後で軌道を変え、ルカルカを追尾する。先程の跳躍でまだ滞空中の彼女に避ける術はない――そう思われた瞬間だった。
 彼女は様々な危険に対処してきた歴戦の猛者特有の勘で活路を見出した。素早く周囲を見回した彼女は自分のすぐ横に壁があるのを見つけ、今度はそれを蹴って空中で更なる方向転換を図る。
 しかも、それだけではない。ギリギリまで魔力弾を引きつけ、二つの魔力弾が一つの標的――自分を直撃するその瞬間を狙って壁を蹴り、斜め前方へと大きく飛び退く。
 寸前で回避された二発の魔力弾は標的を穿つことなく、互いにぶつかり合って凄まじい衝撃を爆発させ、それによって壁を破壊する。飛び散る壁の破片を背後に、ルカルカは魔道士との間にあった最後の距離を一気に詰めると、振り上げた大剣を渾身の力で振り下ろした。
 魔道士は慌てて障壁を張るも、加速の乗った大剣は受け止めきれずに、肩口を深々と斬り裂かれる。それによって集中が途切れ、それを表すかのように魔法による障壁が消えた瞬間を藤林 エリス(ふじばやし・えりす)は見逃さなかった。
「魔法がダメなら物理で殴るわ! シャンバラの魔法少女に二の杖無しよ!」
 ルカルカに続いて『本』の中へと入ってきたエリスは気合いと共に良く通る声で叫ぶ。
「変身!」
 気合いの込められたその一言とともに、ハイレグレオタード姿へと変身したエリスは、改めてしっかりと魔道士の姿を見据える。
「愛と正義と平等の名の下に! 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん! 神聖なる魔法の力を悪用する人民の敵は粛清よ!」
魔道士を鋭い眼光で睨みながら口上を述べたエリスは、それと共に床を蹴り、魔道士へと全力疾走する。
「魔法少女から魔法の『知恵』を奪うなんて、やってくれるわね。人さらいした上に入場料まで取るなんて業突く張りな魔法使いね! でも、魔法少女はメイドの上位職。白兵戦だって出来るんだってこと、教えてあげるわ!」
 威勢良く宣言し、魔道士に接近したエリスは彼女の闘法――メイド武術と格闘新体操の技を次々と繰り出していく。
 魔道士と至近距離から相対したエリスは、まず格闘新体操の華麗なリボンの演技で、魔道士を幻惑し、打ち据え、絡めとり、縛り上げる。
 更には間髪入れずに、リボンで縛られ身動きのとれなくなった魔道士の身体をフープで切り裂き、クラブで殴り倒す。
 瞬き一つの間とすら思えるほどの短時間に凄まじい武術の数々を叩き込まれた魔道士は今にも倒れそうだ。その足取りはおぼつかず、立っているのもやっとに見える。だが、それでも魔道士は立ち続けた。
 それに対し、エリスも全力で魔道士との戦いを繰り広げる。相手が必要としているものを察知して用意する技術と広大なお屋敷を掃除する技術――メイド武術の真骨頂を見せるとばかりに、魔道士の防御に存在する隙を狙い、まるで掃除をするかのような動きで次々と格闘攻撃を叩き込んでいく。
 エリスの苛烈な攻撃を受け、満身創痍となった魔道士。身体に残る力を結集し、何とか回復魔法を発動させようとするも、そうはさせまいと御凪 真人(みなぎ・まこと)が駆ける。
『本』の中へとエリスに続いて入ってきた彼は、ルカルカとエリスの連携に魔道士が押されているのを見て取った瞬間、迷いを捨てて駆け出していた。
 魔道士もそれを見て取ったのか、回復魔法の発動を中止し、彼を迎撃するべく魔力弾を放つ。手にチャージする魔力を少なめにすることで、連射力を高める戦法を選んだ魔道士は、先程に比べて小型の魔力弾をあたかも機関銃のように連射する。
 だが、真人も負けてはいない。自らが身に付けた能力を最大限に活かし、更に加速していくことで紙一重の差をもって魔力弾の連射を避けていく。
 一瞬前まで真人がいた場所に魔力弾の連射が炸裂し、床に無数の穴を穿っていく。背後に無数の魔力弾が爆発し、床が砕ける音を聞きながら、真人はなおも走った。そして、魔道士まであと一歩という所まで接近する。
 自らに接近させまいと、魔道士は両手を前に出し、おびただしい量の魔力弾を乱射した。魔力弾の弾幕と正面から相対することになろうとも真人は一向に速度を落とすことなく走り続け、その勢いを乗せて跳躍する。
 大幅に跳躍した真人は魔道士の頭上を通過するようにして、魔道士を飛び越えると、着地と同時に背後を取る。魔道士に振り返る時間も与えず真人は魔道士を羽交い絞めにする。そして、声の限り叫んだ。
「セルファ!」
 その声を受け、真人と一緒に『本』の中に突入していたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が床を蹴って走り出す。セルファは高速で疾走する最中にも更なる加速を繰り返し、力の限り急加速をかける。
「真人が作ってくれた隙――ならその隙は意地でも突くわよ!」
 セルファはそう自らに言い聞かせ、身体が軋み、痛むほどの急加速による痛みに耐えながら、また更に加速していく。
「真人!」
 魔道士の至近距離に踏み込むと同時、セルファは痛む身体全てを震わせるようにして力一杯の声で叫ぶ。その声に真人は頷くと、一瞬でセルファとアイコンタクトを交わし、即座に魔道士から手を離して遥か後方へと飛び退いた。
 その隙を逃さず、セルファは絶妙のタイミングでシールドを魔道士へと突きつけた。そして、間髪入れずシールドに仕込まれたパイルバンカーを繰り出した。真人が飛び退くと同時、パワードスーツの武装として考案されたほどの強力なパイルバンカーが魔道士の胴体を貫く。
 真人とセルファの阿吽の呼吸がなせる連携によって胴体を貫かれ、遂に魔道士は動きを止める。そして、魔道士の身体は霧のようになると、文字通りあとかたもなく霧散して消えていった。
 こうして、学生たちと魔道士の戦いは学生たちの勝利に終わったのだった。