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こちらツァンダ公園前ゲームセンター

リアクション


<part2 クイズでバトル!>


「あ、ここみたいですよ! 新しくできたゲームセンター!」
 よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)が店の前で立ち止まった。ももたろうについてきたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)が店を覗き込む。
「へー、ここ? 結構お客来てるじゃない」
「ですねっ。早く入ってみましょう」
「はいはい。やる気満々ねー」
 このゲームセンターに来たのは、ももたろうにねだられたから。普段は引っ込み思案なももたろうに珍しくわがままを言われ、イランダは驚きながらもご注文に応えたのである。
 二人は店の中を順に見て回った。フラワシの達人のそばに七夕 笹飾りくん(たなばた・ささかざりくん)がぬぼーっと立っているのを発見すると、イランダの目が星になった。
「きゃー! 笹飾りくんだわ! ねぇねぇ笹飾りくん! 私と契約してパートナーになってよ!」
 笹飾りくんは無言で首を振った。
「じゃあ、勝負よ! そのゲームで私が勝ったら、私のパートナーになるの! いいわね!」
 イランダは勝手に話を進め、笹飾りくんの枝を引っ張って筐体の正面に陣取った。コインを入れるとスタート画面が表示される。イランダはボタンを押そうとするが、そのゲーム機には一つもボタンがなかった。
 よく見れば、ゲーム機の上の簡易マニュアルに、コンジュラーでないとプレイできないと書いてある。
「そ、そんな! 私の不戦敗!?」
 勝ち誇ったように枝葉をわさわさ動かす笹飾りくん。
「ま、まだ負けてないわ! ちょっとももたろう! ゲーム得意なんだから代わりにやって!」
 イランダは勢いよく振り返ったが、ももたろうはいなかった。

 −−その頃、ももたろうは。
「わー、変なゲームがいっぱいですー」
 イランダのことは頭からすっぽり抜け落ち、大はしゃぎで店内を巡っていた。

 イランダは床に手を突いてうなだれる。
「そういえば、ももたろうもコンジュラーじゃなかったわ……。私の野望はこんなところでついえるの……?」
 イランダの肩を笹飾りくんが軽く叩いた。イランダは涙を浮かべて見上げる。
「慰めてくれるの?」
 笹飾りくんがうなずく。
「つまり、私と契約してくるのね?」
 笹飾りくんは断固としてかぶりを振る。実は笹飾りくんもコンジュラーではないからイランダの不戦敗でもないのだが、彼女は気付きもしていなかった。
「お、おおお覚えてなさいよーっ! 今度こそ契約させてあげちゃうんだからーっ!」
 イランダは捨て台詞を残して脱兎のごとく逃げ去る。涙を散らしながら店を走っていると、『クイズ!イルミンスール魔法学校』のコーナーにいたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が呼びかけた。
「おーい! イランダーっ! もしかしてまた笹飾りくんにふられたのー?」
「ふ、ふられてないわ! 今日は契約の調子が悪かっただけよ!」
 イランダは立ち止まって、よく分からない言い訳をした。ルカルカがチョコバーをイランダに差し出す。
「ほら、食べなよ。ふられたときは食べてストレス解消するのが一番!」
「ありがとう。……なんだか、しょっぱいわ」
 イランダはチョコバーをかじりながらつぶやいた。


 クイズゲームのコーナーでは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)と顔を突き合わせていた。
「小暮がゲーセンに来ているとは意外だな」
「広告を見て妙に気になったものでな。試しに来てみた」
 秀幸は郵便受けに入っていたダイレクトメールをひらつかせた。
「そうか。ここで会ったのも天命。どうだ、このクイズとやらで勝負をしようではないか」
「いいぞ」
「ありがたい。死力を尽くして戦おう。どちらが死んでも文句はなしだ」
 ダリルは上着を脱いで放り投げた。二人でゲーム機の前に並んで不敵に笑い交わし、辺りに一触即発の空気が満ちる。
「お二人さーん……? これゲームなんすけど……。暴れちゃ駄目だよー?」
 ルカルカは突っ込むが、当人たちは聞いてはいない。
 若松 未散(わかまつ・みちる)がマイク片手に駆けてきた。
「ダリル、小暮と勝負するのかっ? そういうことなら実況は私に任せておけ! 審判と解説込みでばっちり実況してやるぞ!」
「わーお、なにその衣装! 未散可愛い!」
「そ、そうか? ちょっと派手すぎると思うのだがな」
 ルカルカが歓声を上げると、未散は恥ずかしそうに体を縮めた。やたらと裾が短いミニスカチャイナ姿である。背中はしっかりえぐれているし、光沢のあるサテン生地がなまめかしい。
「僕も派手すぎると思う……」
 会津 サトミ(あいづ・さとみ)は未散にちょっかいを出す不逞の輩がいないかと目を光らせている。
「では、始めようか」
 ダリルが『クイズ!イルミンスール魔法学校』の筐体に大量のコインを投入し、対戦モードを選択した。

 画面の黒板に問題文が表示されていく。
『十九世紀に限定戦争と絶対戦争について説いた、かの有名な<戦争論>の著者は?』
 筐体を破壊するような勢いで、ダリルと秀幸の手の平がボタンを叩いた。
 未散の実況が天井のスピーカーから響く。
「おっとー! これはいきなりマニアックな問題だ! ボタンは同着!? いや、木暮選手が早かったようだ!」
 秀幸は眼鏡を指で押し上げる。
「カール・フォン・クラウシュビッツ。プロイセンの将軍だ。戦争の定義を考察したその著作は、多くの実業家のあいだでも名著として親しまれている」
 彼がボタンを押して答えを選択すると、ファンファーレが鳴った。
「正解! さすがはシャンバラ教導団! 戦争関係の出題は十八番だったか!」
 未散は少し悔しそうに言う。ダリルは秀幸を横目で見て小さく笑った。

 黒板に次の問題文が表示される。
『調味料を入れる順番として、<さしすせそ>というものがあります。さ、し、すはそれぞれ砂糖、塩、酢ですが、<せ>はなに?』
 ぐっと詰まるような音が秀幸の喉から漏れた。
 未散が実況する。
「今度は家庭科の問題だ! 男性陣にはなかなか酷かー!?」
「そうでもないぞ」
 ダリルが悠然とボタンを押した。
「<せ>はせうゆ。醤油のことだ」
 答えを選ぶとファンファーレが鳴った。
 秀幸が驚いた顔をする。
「随分な博識だな。こんな、任務には役立たないことまで」
「料理は日頃からたしなんでいるいるからな。このぐらい常識だ」
 ダリルは肩をすくめた。
「なんとダリル選手に意外な趣味がー!? これはクイズとは違う話でポイントが高い!」
 未散はマイクを両手で握り締めて叫んだ。

 ゲームが白熱している中、サトミは未散を狙うレンズに気付いた。立ち並ぶゲーム機のあいだに身を隠し、腹ばいになって超ローアングルから未散を撮っている客がいる。
 サトミは皆には黙ってその客に近づいた。高々と足を振り上げ、客の手ごとカメラを踏み砕く。客は手を押さえてのたうちまわった。
「ぎゃあああああ!? な、なにをするんだ君い!」
「なにをするのだはこっちの台詞だよ。お掃除されたくなかったら、……分かってるよね?」
 サトミは光条兵器の大鎌を客の喉元に突きつける。
「ひいいいい!? すいませんすいません! すいませんでしたー!」
 客は転げるようにして店から逃げていった。

 ゲームは終盤戦になっていた。点数は今のところ五分五分。熱の入ったダリルと秀幸は上着どころかシャツまで脱ぎ、下着のTシャツ姿になっている。
 画面の黒板に最終問題が表示される。
『その数を除く約数の和が、その数と等しい自然数を完全数と呼びます。小さい方から6、28、496、8128です。その次の完全数は?』
 ダリルは顔をしかめた。確か次は九桁ぐらいの数だったと思うのだが、正確に記憶していない。
「どうやら自分の勝ちのようだな。数字は大好物だからな、完全数は暗記している」
 秀幸が余裕を表してシャツを着始めた。上着に袖を通し、眼鏡すら拭く。
「ダリル選手、絶体絶命だー!? どうするどうする!?」
 未散の手の平は汗ばんでいた。
 このままではまずい、とダリルは思った。秀幸がボタンを押して答えればゲーム終了だ。その前になんとか正解を見つけなければ。
 ダリルは相手を油断させるために焦った表情を作りつつ、ゾディアックエンブレムの速度上昇効果を使った。ゴッドスピードで思考を大幅に加速させ、計算を進める。
「楽しかったぞ、ダリル殿。ではそろそろ終わりに−−」
「ああ、終わりにしよう」
 ダリルはボタンを押した。
「な!?」
「五番目の完全数は33550336。最後まで油断は禁物だぞ」
 答えを選ぶとファンファーレが鳴り響く。そして、でかでかと『130000ポイント! ハイスコア!』の文字が表示された。
「なんと、ダリル選手、窮地からの逆転勝利だ! やったやったー! 凄いぞダリル!」
 未散が大はしゃぎでダリルに飛びついた。おー、と周囲の友人たちから声が漏れる。ダリルはぎこちない手つきで未散の頭をぽんぽんと叩いた。
「……ありがとう」
「む!?」
 そこでようやく未散は自分の行動の大胆さに思い当たり、顔を真っ赤にしてダリルから離れた。
 ダリルと秀幸は握手を交わす。
「いい勝負だった。また頼むぞ、木暮」
「ああ、こちらこそ」
 微笑み合う二人の横で、未散は『い、今のはあれだ、他意はないからな、他意は……』と小声でつぶやいた。


「へえ、ゲームセンターか。こんなところにもあったんだな」
 街をぶらついていた健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は『プレーランドツァンダ』に目を留めた。
 店の周りには派手な配色の旗が並んではためき、新台入荷! だの、最初のコイン十枚サービス! といった文字が躍っている。なにかフェアが開催中らしい。
 勇刃はパートナーたちに尋ねる。
「ちょっと入ってみるか、みんな?」
「いいですね! 入りましょう!」
 天鐘 咲夜(あまがね・さきや)が喜んで賛同し、枸橘 茨(からたち・いばら)もうなずく。
「私は別に構わないわ。用心棒にゲームセンターだなんて畑違いにもほどがあるけれど」
「カルミは大歓迎なのですよ! ゲームセンターっていったらカルミの畑のど真ん中! 人参さんとか大根さんがどっさりこんなのですから!」
 アニメ大百科 『カルミ』(あにめだいひゃっか・かるみ)は先に立って店内に駆け込む。四人はあちこちのゲーム機を見物しながら歩いた。どれも変なゲームばかりで食指が進まなかった勇刃だが、見慣れたゲーム機を見つけて声を弾ませる。
「おお! 『クイズ!イルミンスール魔法学校』じゃないか! 前からはまってたんだよなー、これ」
「ダーリン、これやりましょう! カルミもアニメの知識でお手伝いするですから!」
 カルミは勇刃の袖を引っ張ってせがんだ。茨が壁の貼り紙を眺める。
「ハイスコア取ったら景品もあるみたいね。私もサポートしてあげるわ」
「わ、私もっ」
 咲夜は仲間たちに遅れじと慌てて手を挙げた。
「よし、やってみるか! みんな協力頼んだぜ!」
 勇刃はゲーム機の前に仁王立ちして、コインを突っ込んだ。画面に『難易度を選択してください』とのメッセージが現れる。こういうのは難易度が高いほど得点も高くなるのだ。
「せっかくだから俺は最高難易度の『マニアック』を選ぶぜ!」
 勇刃は意気揚々とボタンを押した。

 画面の黒板に問題文が表示される。
『魔法少女シリーズ・ポポミンポポミでコメディ回を得意とする脚本家は誰か?』
「……マニアックすぎるだろ!」
 勇刃は思わず台を叩いた。怖い顔の警備員たちに睨まれ、咳払いしてごまかす。
「咲夜、分かるか?」
「すみません、分かりません……」
 咲夜は本当に済まなそうに身をすくめた。
「いや、謝らなくてもいいが。普通分からないだろ」
「カルミは分かりますよ〜♪」
 カルミは台に手を突いて身を乗り出し、歌うように言った。
「マジで!?」
「もっちろんなので〜す。ポポミンポポミのことは五臓六腑の奥の奥まで知っていると言っても過言ではないですから〜。これまでコメディ回を担当したのは、犬井さん、猿谷さん、鳥屋さんの三人。犬井脚本は妙に下ネタが多いのが難点なのです。まさか朝八時から○○や××だなんて言葉を聞くなんて思いませんでした〜。猿谷脚本は脈絡がなくてグッドです。歴史に残る名言は『お母さんの財布から世界が終わる』ですね! そして鳥屋脚本は〜」
 得意気にとうとうと語り続けるカルミ。そのあいだにも残り解答時間は減っていく。勇刃は痺れを切らした。
「すまん、先に答えを教えてくれるか」
「あ、そうですね! 答えは猿谷さんです!」
 言われた通りに答えを選ぶと、ファンファーレが鳴った。

 次の問題文が表示される。
『世界と人生と森羅万象に関するすべての答えはなにか?』
「凄い哲学的な問題来た!?」
 勇刃は目を剥いた。というかそんな答えがあったらこっちが知りたい。
「この問題は私の守備範囲外ね……。ちょっと待ってて。今調べるから」
 茨がノートパソコンを手の平に載せて操作する。
「おい! それはいくらなんでもゲームとしてどうなんだ!?」
「そうです! インチキですよ!」
 咲夜も非難する。
「あら、資料を調べてはいけないってルールなんてないわよ?」
 茨は平然とした顔で言い切って、ネットで問題文を検索した。しばらくしてモニタから顔を上げる。
「『42』らしいわ」
「なんでですかー!?」
「知らないわ。でも、そう書いてあるんだもの」
 勇刃と咲夜とカルミはノートパソコンのモニタを覗き込む。
「本当だ……」
「初めて知りました……」
「大発見なのです〜」
 図らずも場末のゲームセンターで、人生について悟りを開いてしまった四人だった。


「海くーん! 来てたんですねー! 凄い偶然です!」
 弟の杜守 三月(ともり・みつき)と共に店内を回っていた杜守 柚(ともり・ゆず)は、クイズコーナーに高円寺 海(こうえんじ・かい)の姿を認めて声をかけた。
 海が会釈する。
「柚か。今日は偶然が多い」
「海は誰かと来たの?」
 三月が海の隣に並んで尋ねた。
「いや、一人だ」
「それなら一緒に遊びませんか?」
 柚は期待に目を輝かせて海を見上げた。
「ああ」
 海はうなずく。
「じゃ、まずはあのクイズで対戦しましょう。普通に対戦するのもなんだから、負けた人が買った人のお願い事を聞くっていうのはどうですか?」
 三月は小生意気な笑みを浮かべる。
「そっちが燃えるね。でも、柚がボクに勝てるとは思えないけど」
「うー、今度こそ勝ちますよっ! 海くんはそれでいいですか?」
「構わない。柚のお願いはなんだ?」
「私はですねー……、勝つまで内緒ですっ」
 柚は恥ずかしそうに顔を反らした。
 三月が海の腕を引っ張って柚から少し離れたところまで連れて行き、背伸びして耳元でささやく。
「ボクが勝ったら、海に柚と二人でまたここに来てクイズの特訓をしてもらうからね」
 海はたじろいで少し身を引く。
「ふ、二人だと? それって……」
「ただの特訓だって。海ってばなんだと思ったの?」
「三月ちゃーん、海くーん、早く試合始めましょうよー」
 ゲーム機の前から柚が手を振って呼んだ。

 画面に問題文が表示される。
『指が切断された場合、病院に行くまでその指はどうしたらいいか。1:牛乳に入れる 2:ビニール袋に入れて氷で冷やす 3:口の中に入れておく』
「む……、ゲームなのに案外難しいな」
「3は違うと思うけど……」
「もちろん2ですー!」
 柚は迷わずボタンを押した。ファンファーレが鳴り、『正解!』の文字が躍った。

 次の問題文が表示される。
『鼻血が出た場合の対処方法として正しいのはどれか。1:上を向いて氷を当てる 2:血が一滴も出なくなるまで殴り続ける 3:わずかに下を向いて鼻をつまむ』
 海は顎をひねって思案する。
「2……か?」
「本気で言ってるの海!?」
「3です〜!」
 柚は喜々としてボタンを押す。ファンファーレ。調子がいい。場の流れは既にずっと柚のターンだった。

 十分後。
 ゲームは柚の圧勝で終わった。海は感心した目を柚に向ける。
「凄いな、柚。クイズ強かったんだな」
「なんか私の得意分野ばっかりでした」
「不思議だねー」
 そう言いつつも、三月は心の中でつぶやく。実は柚の得意分野をボクが選んだんだけどね、と。なんとも姉思いの弟だった。
「さあ、柚! 海に命令しなよ! 奴隷になってでも一緒に地球旅行に行ってでも思いのままだよ!」
「む……」
 海は緊張して身構えた。袖はうつむいて言いにくそうに手混ぜをする。三月はわくわくしながら待った。袖は意を決して顔を上げる。
「さくらんぼキャッチャーで取って欲しいぬいぐるみがあるんですけど、そういうのでもいいですか?」
「柚ー!? なんだよその可愛らしすぎるお願いはー!?」
「オレもあんまり得意というわけでもないのだが……」
「だ、駄目ですか……? オオカミのヌイグルミなんですけど、一目ぼれなんです。何度チャレンジしても取れなくて」
 切なげな瞳で見つめられ、海は尻込みする。
「ま、まあやってみよう」
「やった!」
 柚は軽い足取りで駆け出し、海もついていく。
 今度勝負するときはちゃんと自分が勝ってまともな命令をしなければ……と肝に銘じる三月だった。