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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第5章「神殿探索・中層」
 
 
 神殿の中を探索しているグループは、最初に作った拠点から幾度か階段を下り、新しい階層へと到達していた。水神 樹(みなかみ・いつき)はその新しい階層を探索するメンバーの一人だった。
「思ったよりも広いわね。一階ごとの高さも結構あるみたいだし」
「そうだねぇ。でも樹お姉ちゃん、その割には何も出てこないねぇ」
「えぇ……でも油断は禁物よ、珂月」
 樹は怪しい仕掛けや罠が無いか、隣を歩く東雲 珂月(しののめ・かづき)と手分けして探しながら歩いていた。身長が高めの樹は上の方を、低めの珂月は下の方を見るという簡単な分け方ではあるが。
 ちなみにもう一人、下側担当として、カテリーナ・スフォルツァ(かてりーな・すふぉるつぁ)もいる。
「神殿の探索と聞いて楽しみにしていたのですが、こうも変わり映えしないと飽きてしまいますわね。それのこの目線の低さ……はぁ、昔が懐かしいですわ」
 彼女は英霊。今の姿は十歳にも満たない幼女だが、生前は四十代まで人生を送っている。当然その頃とは違う物は色々とあるだろう。周りの事然り、自分の事然り。
「……あら? これは何かしら」
 その違いが今回は良い方向に働いたのか、カテリーナの視線の先に一つ、違和感を覚える壁のブロックがあった。
「見るからに怪しいですわね……珂月、調べて頂戴」
「は〜い」
 見た目からは不用意に触りそうな印象を受けるが、実際は樹や珂月よりも年上なカテリーナ。念の為に罠に対する知識のある珂月へとバトンタッチする。
「う〜ん。特に怪しい所は無いかな? 魔法とかなら分からないけど」
「この世界の特性を考えるとその可能性は低いでしょうけど、一応気を付けておくべきですわね」
 念の為珂月以外を下がらせ、何かあった時にすぐ対応出来るようにする。そうして慎重にブロックをいじると、押し込むように壁の奥へと動いて行った。同時に壁の一部から音が聞こえて来る。
「振動……? 珂月、こっちへ!」
 急いで珂月の手を引っ張り寄せる樹。音は段々と強くなり、続いてその部分の壁が横にズレて行く。音と振動が止んだ時には完全に壁は消え去り、奥へと続く道が出来上がっていた。
「隠し通路、ね……踏み込んでみるべきでしょうか?」
「可能性がある以上、調査は行ってみるべきだろうな」
 開いた通路を注意深く観察する。レン・オズワルド(れん・おずわるど)の意見に大多数の者が賛成したが、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)はもう片方、通常の通路の方が気になっていた。
「申し訳ありません、オズワルド様。私はこちらの道を調べさせて頂きますわ」
 レンが綾瀬へと向き直る。黒い布で眼を覆っている彼女と、サングラスで目線を隠しているレン。その心の機微は他人からは窺い知れないが、レンにとって、綾瀬はパートナーがギルドマスターをしている冒険屋ギルドのメンバーでもある。結局僅かな間をおいて、レンが静かに頷いた。
「分かった。何かあれば誰でも良い、連絡を取るようにな」
「えぇ、承知しております。それでは、また後ほど……」
 通路の奥へと消えて行く綾瀬。それを見送りながら、一行は隠し通路へと歩を進めて行った。


『水心子、そちらの状況は?』
 後続として拠点の設営を行っている水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)の頭に直接連絡が入った。レンからのテレパシーだ。
『今は仮拠点を三つ目に移した所よ』
『そうか。こちらは分岐点に辿り着いた。仕掛けのあった方を調査する。向かった方に目印を付けておいたからそれで判断してくれ。場所は――』
 レンの話す内容を頭の中で整理する緋雨。テクノコンピューターが手元にあるのに使用しないのは、バッテリー残量を考慮しての事だ。記憶力の良い彼女ならではの芸当とも言える。
『――以上だ。何か質問は?』
『ん〜、まだ携帯の電波は来てるのよね?』
『あぁ。若干不安定ではあるがな』
『分かったわ。じゃあ途中で二番目の拠点を作った後にまた仮拠点を前に進めて行くわね』
『了解した。そちらは頼んだぞ』
『えぇ、レンさんの方も頑張って』
 
 レンに最後の思念を送った時、周囲の安全を確認に回っていた天津 麻羅(あまつ・まら)が戻って来た。
「何じゃ、テレパシーでやり取りしておったのか?」
「レンさんとね。途中で道が分かれてるから気を付けてって。麻羅の方はどうだった?」
「気楽なもんじゃったわ。先に進んだ奴らがもう見回った後という事もあるが、そもそも幻獣がおらんみたいなのでな」
「今の所、神殿の中で幻獣を見たっていう報告は無いわね。全部聖域に出ちゃってるのかしら」
「どうじゃろな。案外奥の方にいるかもしれんが。とりあえずわしは疲れたから少し休むぞ」
「あ、悪いけどもう移動するわよ」
「何……じゃと……?」
 
 
「ふぅ……やはり、静かな方が落ち着きますわね」
「そうね」
 本隊から外れて別の通路を探索する事となった綾瀬が歩きながらそうつぶやいた。反応したのは彼女の魔鎧である漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)だ。
 二人は本来あまり人と一緒に行動する事はしないので、分岐があったのは当人達にとって幸いと言えた。もっとも、隠し通路に比べて狭い造りとなっていたこちらの通路が気になっていたのも事実だが。
「ところで綾瀬……」
「えぇ……二人、ついて来ていますわね」
 足を止め、振り返る。綾瀬は布で眼を覆っているので振り返る事にあまり意味は無いが、こちらが既に気付いているという意思表示だ。
「おっと、気付かれちゃったかな。悪いけど、俺もこっちを調べさせてもらうよ」
 やって来たのは瀬道 聖(せどう・ひじり)だった。聖も自身の勘に従って皆と別れ、こちらの道を選んでいた。綾瀬としては単独行動の方が落ち着くのだが、一本道であるここで無理やり離れるというのも不自然な話だ。
「まぁ、良いでしょう。大勢の方と一緒にいるよりは影響も少ないですし」
「そいつは有り難う。さて、とりあえずやるべき事をやっちゃいますかねぇ」
 
 二人――魔鎧であるドレスを含めれば三人――が先へと進むと、すぐに壁にぶち当たった。
「あれま、行き止まりだねぇ」
「いえ……この壁の向こうに何か……感じますわね」
「なるほど、向こうと同じかな? という事は……あれか」
 壁全体を見回した聖が上の方に出っ張った部分を見つけた。壁の切れ込みから判断すると、その部分が錠前の役割を果たしているようだ。
「しかしまぁ、随分と高い所にあるな。どうしたもんかねぇ」
「あそこですか……ドレス、力を借りますわよ」
「えぇ、どうぞ」
 綾瀬が纏っているドレスから翼が生え、空中へと浮かび上がる。そのまま出っ張りの所へと向かうが、押し下げようとしてもビクともしなかった。
「もっと重さが必要ですか。では――」
 今度は身の回りの重力に干渉し、相対的に自身の重さを増す。出っ張りを掴んだまま重量を利用して押し下げると、今度は少しずつ動き出した。そのまま針が回転するように出っ張りがズレて行き、全体が切れ込みの片側に動き切った事で支えを失った壁がまるで回転扉のように半回転した。
「へぇ、そいつがストッパーの役割をしてたって事か。さて、中には何があるのかねぇ」
 聖が壁に手を突くと、いとも簡単に壁が回転した。その先は隠し部屋のようになっていて、中にはそこそこの大きさの箱が置いてあった。開錠して中を見ると、いくつかの宝石と棒のような物が入っていた。
「ん〜、こいつは一体……」
「杖、もしくはロッドというべき物かしら。綾瀬、あなたが感じた物はこれ?」
「そうですわ、ドレス。『偉大なる賢者』が係わったとされる神殿に眠るロッド……興味深いですわね」
 好奇心が勝り、その場で検める綾瀬。だが、これがどのような物かまでは分かる物が無かった為、現状ではただの棒と変わりは無かった。
「これは他の皆にも見せて調べてみるしかないか。そいつはあんたが持っててくれよ」
「分かりましたわ。一体どのような物なのでしょう。楽しみですわね」
「ま、それは戻ってからのお楽し――」
 回転扉の壁を再び押して部屋を出る聖。そこにはいつの間にかパートナーである幾嶋 璃央(いくしま・りお)が仁王立ちしていた。
「やっと見つけた。皆と一緒にいると思ったのに気が付いたら姿を消してるんだもん。こんな事だろうと思ったわ」
 やっとと言うが、実際にはある程度の予測が出来ていたので追跡は早かった。それこそ綾瀬が『二人』分の追跡に気付いていたくらいに。
「いやぁ、俺は皆の役に立ちそうな物があると思ったからこっちに来ただけなんだけどねぇ」
「ふ〜ん。それがそっちの娘が持ってる棒って訳?」
「そうそう。これを持って帰って皆で調べようって事に――」
 璃央が無言で手を突き出す。
「え〜と、璃央……さん?」
「出して」
「な、何をかなぁ?」
「どうせこっそり何かを自分の物にしてるでしょ。出して」
「人聞きが悪いなぁ、璃央。あそこにあったのはその棒だけ――」
「……ポケット」
 ぼそりとドレスがつぶやく。その際に一瞬動きそうになった聖の腕を見逃さず、璃央がそちら側のポケットに手を突っ込んだ。
「……へぇ、綺麗な宝石ねぇ。これ、どうしたのかなぁ?」
「いやぁ、実は常日頃からお世話になってる璃央さんにせめてものサプライズプレゼントに、と」
「そんな訳無いでしょ! その手癖の悪さ、何とかしなさい! 待ちなさいー!!」
 脱兎の如く逃げ出した聖を追いかける璃央。そんな二人を見送りながら、綾瀬はのんびりと歩いて行くのだった。
 
 
 隠し通路へと進んだ本隊は、しばらく歩みを進めた後にある一か所で留まる事になった。蓮見 朱里(はすみ・しゅり)達の設置した携帯用の簡易基地局の電波が届かない距離へと到達した為だ。
 今はさらに先の探索を望んだ一部の者だけがそのまま進み、それ以外の者は後続の到着を待っている。
「お待たせ。ここが最前線でいいのね?」
 少し待ち、緋雨達がこちらへと辿り着いた。彼女はテレパシーで連絡を取り合っていたレンの所に向かい、状況を確認する。
「あぁ。上への連絡を考慮すると、これ以上先に作るのは効率が悪いからな」
「そうね。それでも結構深くまで潜った気もするわ。ところで、補給は今の所私達だけ?」
「いや、リンダを呼んだ」
 二人の視線の先にはメイド服を着たリンダ・リンダ(りんだ・りんだ)が立っていた。
「あん? 何見てんだよ」
「別に大した事じゃないわ。リンダさんって『ショートカット』してきたの?」
「あぁ、悪いか?」
 リンダは自身のトランクに食料品や医薬品を詰め込み補給要員となっていた。そのままでは移動に支障があるので、最初は地上で待機して、後からレンの召喚によって合流する形を取っていた。緋雨の言うショートカットはそういう意味だ。
「それよりてめぇも色々持ってきてんだろ? とっととそいつを用意しろよ」
「あ、そうね。それじゃあ……えいっ!」
 緋雨が取り出したカプセルのスイッチを押し、放り投げる。するとカプセルから荷馬車が姿を現した。荷台には木や布、薪など様々な物が積載されている。
「さて、頑張って拠点造りをしますか。麻羅、ちゃんと手伝ってよね」
「任せておくのじゃ。後編までには立派な施設を作ってみせるのじゃ」
「施設って言ってもテントだけどね……」
 緋雨と天津 麻羅(あまつ・まら)を中心に最後の拠点を作っていく調査団の者達。二人とリンダが持ち運んだ物によって作られる拠点は、さらに奥の探索をするのに心強い場所となるのだった――