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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第4章(3)
 
 
(モフモフ……ボクも触りたかったなぁ。モフモフ……ハッ! いけないいけない。ボクは今、イェガーさんの鎧なんだからちゃんとしないと!)
 ――というリヒト・フランメルデ(りひと・ふらんめるで)の思考はさておき、最初に那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)の妨害を受けなかった寿 司(ことぶき・つかさ)毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)イェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)と戦っていた。因縁を持つ司が前衛として戦い、大佐はサポートという名の下に自身が気になっていた事の検証を行っている。
「ふむ……飛行は問題無く可能か。魔力と違い、機晶エネルギーの減衰は無いと判断して良さそうだな。次は超能力、と」
 飛行翼で空を飛びながら状態を確認。淡々とした流れで今度は右手から電撃を放った。その攻撃はイェガーの周囲に張られた耐電フィールドによって無効化される。
「威力の減衰あり……か? 相手が対策をしていたとはな。これでは正確な検証が行えないか」
「……貴様、それで満足か? であればこのような下らぬ攻撃は控えてもらいたいものだ」
「む、それはすまんな。後は真面目に戦うとしよう」
 魂を焦がすと形容するほどの戦いを望むイェガーにとって、小手調べのような行為は不快でしか無い。そんな彼女の睨みを飄々と受け流しながら、大佐はようやく地上へと降りてきた。
「さて……貴様が以前より力を増したかどうか、見せてもらおう」
 イェガーの視線が司へと向く。二人は以前に一度戦った事があり、その際にはイェガーが勝利を収めた。司はそれ以来、イェガーを越えるべき壁として認識している。
「今日は負けないよ! 前はあたし一人で戦う事に拘っちゃったけど、もうそんなミスはしない。あたしだけの戦いじゃないんだから、皆で勝って見せる!」
「どうやらその『皆』は今回、私一人だけのようだな。ならば私なりにやらせてもらうか」
 剣を構える司。そのすぐ後ろに立つ大佐。二人を前に、イェガーは自身の象徴ともいえる炎を纏い始めた。
「それでこそだ。立ちはだかる『悪』に対し、力を合わせて挑む。実に『正義』と言えるだろう。なればこそ両者の間に熱き戦いが生まれる。獣相手では味わえぬものだ」
 炎が強くなり、段々とイェガーの姿を隠し始める。これまでの司であれば爆炎波の使い手であるが故に真正面から挑み、イェガーの計略にはまっていただろう。
「はぁっ!」
 だが、敗戦を糧に自身を鍛え直した司はむやみに飛び込む事はせず、気を遠当てで炎にぶつける事で対抗した。炎が揺れ、その先にはイェガーの姿が既に無い事が分かる。
「やるな。確かに以前より成長していると見える」
「当たり前でしょ。少しは炎対策もしてるし、前までのあたしじゃ無いんだから!」
 飛び出して来たイェガーの拳と司の剣がぶつかる。寄生虫の力もあり、単純な筋力だけならイェガーの方が上だ。とは言えその辺は分かっている事。万全な体勢で受けさえすれば脅威的という訳ではない。
(と言っても、このままじゃ決め手が無いんだけどね)
 問題はイェガーは魔術師系が実力のベースとなってはいるが、武術の嗜みがあるなど、防御に関しては司に引けを取らないという事だ。仮に過去の戦い同様一対一なら徐々に押し込まれてしまった事だろう。
「さて、そろそろ私の事を思い出してもらわねばな」
 そうならずに済んだのは、今回は大佐がいた事だった。大佐によって煙玉が投げ込まれ、先ほどの炎の比では無いほどの視界不良となる。
(そう来たか。だが、炎の壁を考えた時点でこういった状況での動きは想定済みだぞ?)
 自身の気配を消し、逆に殺気を感知するイェガー。そこに二体のイコプラが突然出現した。
(! なるほど、確かにこれは感知出来ないが……)
 内心で軽く驚きながらも的確にイコプラを無力化する。相手もこちらの探知が不可能な以上は遭遇戦でしかなく、そうなれば先手を取った者勝ちだ。
 ――その両者の間で、なら。
(そこにいたか。イコプラの網にかかったようだな。予定とは違う使い方となったが、結果的には良かったというべきか)
 実は大佐はイコプラと自身の幻影を重ね合わせて攪乱を行う作戦だった。それが流れ上、今回の投入方法になったのである。とは言えチャンスはチャンス。超能力の検証第二弾、アクセルギアの能力を五倍で発動し、一気に煙幕の中を駆け抜けた。
「ふむ。こちらの能力は減衰無しか。電撃と違い、属性的な物でなければ問題無く使用出来るのかもしれぬな」
 きっちり制限時間まで使い切り、大佐が通常の速度へと戻る。その頃には煙幕も既に晴れ、大佐の通り抜けざまの攻撃を受けたイェガーと、それにより生まれた隙を突いて剣を叩きこんでいた司の姿があった。
「よ、良かった……ちゃんと当たってた……」
 煙幕の中での行動で自信が無かったのか、攻撃が命中していた事に安堵する司。それとほぼ同時に遠くから爆発音のような物が聞こえてきた。見ると、四条 輪廻(しじょう・りんね)達が向かった柱から煙が上がっている。
「あれは……貴様達の目的が達せられたという事か。丁度良い」
 爆発を確認したイェガーが素早く下がり、それに合わせて火天 アグニ(かてん・あぐに)や紅煉道が集まってくる。リデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)達も同様に戦闘行為を止めていた。
「や〜、やっぱりこの世界じゃやり辛かったんじゃないか、イェガー?」
「そうでも無い。拳で戦う分には普段通りだからな。それに……向こうの気概、それもこの世界だからという事は無いはずだ」
 こちらへの警戒を続けている司を見る。その視線を見て、リデルがイェガーの感じた事に気が付いた。
「どうやらあの少女も面白い『成長』を見せたようだな。羨ましい事だ」
「そっちも十分楽しんでた気がするけどねぇ。んじゃま、帰るとしますか。カル造、ちゃちゃっとやっちゃってくんな」
「変なあだ名を付けないで下さいよ、アグニさん……」
 追撃を断つ為、カルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)がミサイルを無差別に撃って弾幕を形成する。パートナーの戦いを見守るという事でアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)とは交戦が無かった為、全員が撤退するのに十分過ぎるほどの時間を稼ぐ事が出来ていた。結局調査団側はイェガーやリデル達を追う事は出来ず、ひとまず破壊された柱の方へと向かうのだった。
 
 
 柱まで向かう途中、グリフォンの幻獣が墜落した場所に皆が集まっていると聞き、北側を調査していたメンバーはそちらに集まる事になった。現在は崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)を中心とした何名かが鳥型の幻獣の治療へと当たり、ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が――何故か背中に乗りながら――グリフォンの傷を癒している。
「いやぁ、あの濃い瘴気は結構心地良かったのですがねぇ。残念ですよ」
 柱を破壊した一人であるエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が残念そうに見えない表情で言う。結局柱へと向かった輪廻達は東側からの情報と同じく柱が瘴気を汲み上げていると判断した為、構造を確認した上で弱い箇所を破壊した、という事である。
「その破壊まで拙者は駆り出されたでござる。四条殿は本当に容赦が無いでござる……」
 大神 白矢(おおかみ・びゃくや)が疲れたのか、白狼の状態のまま寝そべっている。対する輪廻は平然としたものだ。
「うむ、御苦労だった。それはともかく、グリフォンの負傷の具合は? 正気には戻っているのか?」
「何だか軽い扱いでござる……!」
「ん。元々斬ったりはしてないから、もふもふは健在。今ならお話も、可能」
「スルーされたでござる……!?」
 ライラックの言う通り、グリフォンは目を開けてこちらをみていた。何人かの視線を感じたのだろう、背中に二人を乗せたままゆっくりと立ち上がった。
「人間達よ。あの黒い気を祓ってくれたようだな。礼を言わせてもらおう」
 落ち着いた振る舞いのグリフォン。瘴気の影響で暴れていた時とは違い、本性は随分理性的な幻獣のようだ。そんなグリフォンの前に亜璃珠が立った。
「礼には及びませんわ。それより、私から聞きたい事があるのだけれど、答えて頂けるかしら?」
「私が答えられる内容であるのなら」
「ではお聞きしますけど……あなた方幻獣はこの聖域で生まれたのよね? そして瘴気が漂っているのもこの聖域……私はその関係性を疑ってしまうのですけれど」
 一説では瘴気の影響で暴走しているという幻獣達。だが、それらが『大いなるもの』の封印が解けかかっているだけでなく、一部の幻獣達にも原因があるとすれば? 亜璃珠はそういった仮説の下、決して幻獣達も一枚岩では無いと考えていた。
「……ふむ。今回の原因、それはあの柱が関わっているのだ」
「えぇ、だから破壊して瘴気の拡散を抑えたのでしょう?」
「そうだ……本当はあの柱は、私達の力を送り込む為の物だったのだ」
「力?」
「神殿の地下で生み出されている、あの黒い気。理由は知らないが、私達の力で打ち消す事が出来ると言われている。あの柱はその力を地下へと送り込む為の物だったのだ。だが、いつしか黒い気の力が増し始め、逆に黒い気の方が聖域へと送り出されるようになってしまった」
「なるほど、あの時はそれを伝えたかったのか……」
 戦いの最中テレパシーで会話を試みた風森 巽(かぜもり・たつみ)が、途切れ途切れで聞き取れなかった箇所の内容を思い出した。
「あの黒い気……もはや私達の力でも打ち消す事は出来ないだろう。それほどまでに強くなってしまっている。頼む、人間達よ。柱を封じた以上、近く災いは起きるだろう。災いを防ぐ為、どうか力を貸して欲しい」
 グリフォンが皆に頭を下げる。そうされるまでもなく、元々そのつもりでやって来た者達は当然ながら断る事は無い。
「……有り難う、人間達よ」
「それは構わない。代わり俺からも一つ、聞きたい事がある」
 今度は樹月 刀真(きづき・とうま)が質問を行った。
「神殿から時折聞こえるという咆哮……その主は偉大なる賢者本人か、その関係者じゃないのか?」
 刀真は『大いなるもの』が負の感情から生まれた物であるのなら、それに対抗する為に正の感情である幻獣達がいるのではないかという予測を立てていた。他の世界はどうか知らないが、この世界においてはその予測は当たっていたとも言える。
 ならば、『大いなるもの』がそのシステムを崩す為に瘴気を操って人の心に恐怖という負の心を与えているのでは、とも考えていた。そして、その影響を一番に受けたのが神殿にいる賢者なのでは、と。
「…………」
 沈黙。いや、記憶を探っているのか。グリフォンがしばらく黙りこみ、そして静かに口を開いた。
「すまぬが、それは私には分からない。私はまだそれほど長く生きている訳では無いのでな。シクヌチカ殿ならあるいは……」
「シクヌチカ……報告書にあった幻獣か」
「……そうだ、一つだけ賢者について聞いた事がある。『偉大なる賢者は、今もこの世界を見守り続けている』という言葉だ」
「今も、見守り続けている……」
 それは事実か、それとも伝承の一つか。判断する材料が無い今、期待出来るのは他の調査グループからの報告だった――